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短編・童話集

つながり――見知らぬ少女との通話――

 長い夜で、男は退屈していた。

 仕方がなく部屋の掃除をはじめ、そして押し入れの中で、あるものを発見した。


 それは、男が子どものころ流行ったおもちゃだった。

 いわゆる通信機で、他人とランダムに会話が出来る。

 自動翻訳装置がついており、言語を問わず海外の人間とも通話が可能だ。

 ただ、特殊な波長を使っており、同じおもちゃとの通信のほかに出来ることはない。

 要するに、そのとき同じ種類の通信機を使っている誰かがいなければ、会話は楽しめないのである。


 それにしても懐かしい。

 男はコンセントにつなぎ、電源を入れてみた。

 起動音は怪しく、稼動していることを示す赤いランプも点灯しなかった。

 ただ、どうやら通信機自体は問題なく動いているようだった。

 やがてディスプレイがついた。


 そのディスプレイには現在、通信機を立ち上げている人間の数が書いてある。

 希望すればランダムに選ばれた彼らと会話が出来る。

 しかし、いまの人数はゼロと表示されていた。


 まあ、そうだよな。

 これはもう、はるか昔の機械だ。

 男は苦笑すると、機械の電源を落とそうとした。

 少女の声が聞こえたのはそのときだった。


「誰か。いま、そこにいるの?」



   ※※※



 いつのまにか誰かが機械を立ち上げており、通信がつながっている。

 男はおずおずと返事をした。


「……まさか、今ごろ誰かとつながるとは」


 懐かしい感覚だった。

 子どもの頃には楽しめた。

 今ではちょっと気恥ずかしい。


「本当にいるの? 信じられない。誰かとつながるなんて。……助かったわ」

「助かった? どういうわけだい」

「実は……わたしはいま、閉じ込められているの」


 その言葉を聞いた瞬間、男は嫌な予感がした。

 これはルール違反だ。


 この通信機を使うとき、当時は暗黙の了解があった。

 あまりプライベートなことに踏み込まないこと。

 個人の特定の危険がある事柄を言わないこと。

 この通信機はただ、会話を楽しむだけのものだったのだ。


 しかし、こう聞かざるを得なかった。

 何しろ、当時もよくあったように、そういう種類のジョークである可能性だって大きいのだから。


「閉じ込められてる?」

「正確には、閉じ込められてしまった、ってところかしら。この物置に、友達と一緒に、遊びに来ていたの。かくれんぼをしてて。でも、その子、わたしのことを置いたまま先に帰っちゃった。他に沢山の友達がいたから、気がつかなかったのかも。……入り口には外から鍵が掛かってて、もう閉められちゃった。この機械は物置の中で見つけたの。どうしよう」

「携帯電話は持っていないのかい? 誰か外に助けを呼べば……」

「電源が切れちゃって。だから、あなたにお願いがあるの。今からいう電話番号に電話をかけて。そうしてここの場所を教えて。友達の家の物置だ、といえばわかるから。番号はわたしの家の電話番号。きっと帰ってこなくて心配してるはずだから、いたずら電話だとは思わないはずよ」


 少女の声には真剣味がこもっていた。

 ジョークの類ではないらしい。

 やっかいな頼みだ。

 男はためらっていた。

 けれど、少女は一方的に続ける。


「いいでしょ? ねえ、あなたしかいないのよ」

「ああ」


 やむなく、そう男は答えた。


「よかった」


 少女の声が弾む。

 そうして言葉を続ける。


「じゃ、この番号ね。998」

「998」と男が復唱する。手近にあった紙へメモを取りながら。

「995」と少女。

「995」

「387」と少女。

「387」

「401」と少女。

「401」

「928」と少女。

「928」


 おや、と男は思った。

 やけに番号が長い。

 まさか海外の人間なのか。

 それでは自分は電話が出来ないかもしれない。

 だが、その説明をしている暇はなかった。

 少女の読み上げる声が続いていたから。


「028」と少女が続ける。

「028」

「000」と少女。

「000……ちょっと待ってくれ」


 すぐに返事は帰ってこなかった。

 やがて、また声がした。


「え? なんといったの? よく声が聞き取れないわ。急にノイズが多くなって……」

「君はどこの国に住んでいるんだい? ぼくらの国の電話は、こんなに番号が多くない。……なあ、聞こえているか?」


 通信機の画面が明滅していた。

 まずいな、と思ったその瞬間、通信機の電源が唐突に落ちた。


 男は電源を確かめた。

 問題なくつながっている。

 接触不良でもない。


 だが、何度試しても、通信は回復しなかった。

 どうやら壊れてしまったらしい。


 それはいい。

 しかし、あの少女はどうするのだろうか。

 助けて欲しいという話になったときは、面倒だと思ったが。今となっては消化不良だった。


 けれど、もはや男にはどうすることも出来なかった。



   ※※※



「なんだ、切れちゃった」


 少女はそうつぶやいて、困り顔をしてみせた。

 電話番号、まだ千分の一桁も言っていなかったのに。


 まあ、いっか。

 すぐに気持ちを切り替える。

 わたしたち、OUSSUPALIERCICEALIFRAGILISTXPIDOCI1415926535897932384626433832795028841971693993星人は数億年ぐらい閉じ込められたところでびくともしないんだから。


 待っていれば、いつかは両親が見つけ出してくれるだろう。

 友達だって、わたしがいないことに気がつくだろうし。

 それが何千万年後か知らないけどさ。


 それにしても、一体誰とつながったんだろう、と少女は思っていた。



   ※※※



 異星人と通信をしていたことを、男も少女も知らなかった。

 もちろん、超光速波長と単純な電波の波長、その二つの波長の偶然の一致が、異世界といっていいほど距離を隔てた彼らを結びつけたことも。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 星新一のショートショートに有りそうな感じで、良くかけてます。 序盤のジワジワと迫る緊張感、中盤の「?」と思わせる謎展開、ラストのキレイなオチ。 文句ない構成です。 途中の「これはルール違反…
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