3新しい出会いに胸が高鳴るけん
パキリ
枝の折れる音が耳に入り、はっとした。
そうだ、異世界転生チートライフに思いを馳せる状況ではないのだ。
見知らぬ森の中、小さくなった体でただ一人。
パキリ パキリ
そして、何かが近づいてくる。
足音的には、二足歩行の何かが一体。
二足歩行といえば、人間だ。
日本であれば。
山に芝刈りにきた爺さんだとか、無害な存在だ。
だがしかし、ここはどこの森か。
転生先といえば異世界。
それが、最近の風潮である。
異世界の森だとすると、二足歩行でも人間とは限らない。
ゴブリン、オーク、美人エルフ。猫耳獣人。
いかん。胸が踊りかけた。そうじゃないのだ。
今は危険を予測して、備えなければならないのだ。
人間だとしても。まともな人間とは限らない。
山賊だとか、盗賊だとかヒャッハーなお友達かもしれない。
子供が欲しいおばあさんの為に光る竹を伐採しにきた
心優しい爺さんの可能性も無いことはないだろう。
そもそもこの広葉樹ばかりの森に竹など生えていないのかもしれないが。
緊張と恐怖のせいか、どうでもいい事に思考が飛んでしまう。
私はこんなにも集中力のない人間だっただろうか。
後100メートル程だろうか、この静かさのせいか音がやたらとよく聞こえる。
近場の木の陰にそっと身を寄せ、息を潜めた。
現状、隠れるのが一番の良策だ。
まず、戦う選択肢などない。
こちとら生まれてから今まで平和に過ごしてきた
純粋培養のニッポンダンジである。
殺し合いはもちろん、喧嘩さえまともにしたこともない。
喧嘩のような記憶といえば小学校時代、
隣の家の清美ちゃんに虐められていた思い出ぐらいだろうか。
次に、逃げる選択肢も恐らく難しい。
この背の低くなった体で満足に走れるかどうかもわからない。
縮んだせいか、体幹というかバランスになんだか違和感があるのだ。
最後の理由は、情報収集の為である。
ずっとこのまま一人でここにいるわけにはいかない。
このままでは、私の異世界転生ライフは森で自給自足生活になってしまう。
無害そうな第一村人を早いところ発見し、
私の始まりの村に案内してもらわないといけない。
こっそり観察して、無害そうな人間であればさりげなく登場し
親とはぐれたとか、なんだかで丸めこんで保護してもらうのだ。
そう、近づいてくるのは危険であると同時にチャンスなのである。
相手は一体だ。たとえ悪い想定の方であっても、
この様に何の変哲もない森の中で
周囲を丹念に索敵しながら進んだりはしないだろう。
じっと隠れていれば、やり過ごせる。はずだ。
まともな人間に会いたい。
もう何十年も昔の事なのに、
ふと近所の交番にいたお巡りさんの顔が頭に浮かんだ。
清美ちゃんが暴れ出したら逃げ出し、10分程ほとぼりを冷ましてから戻る。
当時の私のルーティンであった。
一度だけ、迷子になって帰れなくなった事があった。
その時に見つけてくれたのが、お巡りさんだ。
頭を撫でられ安心して泣き出してしまった私をおんぶして家に送り届けてくれた。
途中で起きた私は、寝ぼけて縋りつくふりをして
彼の後ろ襟でそっと涙と鼻水を拭った。
家に着くと母さんに引っぱたかれた。
清美ちゃんのパンチよりも痛かった。
もうその頃の彼よりも、今の私は年上になったのだろうな と感慨にふけった。
若返ったからには、また年下となるのであるが。
パキリ
乾いた音が、またもや思考を飛ばしかけた私を現実に呼び戻す。
足音はもう目と鼻の先。
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