ツバキとミステリー・ストーン
登場キャラ紹介
コンデッサ……ボロノナーレ王国に住む、有能な魔女。20代。赤い髪の美人さん。
ツバキ……コンデッサの使い魔。言葉を話せる、メスの黒猫。まだ成猫ではない。ツッコミが鋭い。
アマテラス……天照大神。日本神話の最高神。10代の少女の姿をしている。
エビス……恵比寿。日本古来の福の神。
「ご主人様。それ、何なのにゃ?」
魔女コンデッサへ、彼女の使い魔である黒猫のツバキが尋ねた。コンデッサが家の中に、一抱えほどの大きさがある、丸っこい石を持ち込んできたためだ。
「王都の王立考古学研究所から頼まれたんだよ。『海岸に漂着した、この謎の石の正体を調査してください』ってな。何でも、石より不思議なパワーが漏れ出ているらしい。ミステリー・ストーンだな」
「やっぱり、古代世界の遺産であるオーパーツなのかにゃ?」
ここは、ボロノナーレ王国の端っこにある村。魔女コンデッサと黒猫のツバキは、その村の外れにある小さな家に住んでいる。
コンデッサは20代の若さながら超絶有能(しかも美人さん!)な魔女として知られており、王国中の様々な人たちから頼りにされているのだ。そのため、厄介な案件にかかわらざるを得なくなるケースも多いのだが……。
ちなみにコンデッサたちが生きている世界は、現代より数億年経った後の地球である。なんやかやあって文明が一度衰退した結果、人類は〝記憶としての歴史の継承〟に失敗してしまったのだ。そんな訳で、科学文明が栄えた過去の地球は、コンデッサたちの時代の人々には『旧世界』あるいは『古代世界』と呼称され、謎の時代とされているのである。
で。
コンデッサは得意の魔法を使用し、ミステリー・ストーンをいろいろな方法で調べてみた。しかし、石はウンともスンとも反応しない。
「この石、全然変化しないな。リアクションは、ゼロか。なんだか面倒くさくなってきた。捨ててしまうか」
「ご主人様、トンデモにゃいこと言っちゃダメにゃ! 研究所からの大切にゃ預かりモノにゃんでしょ? 有効活用するのにゃ」
「けれど、ただのデッカい石ころなんて使いようが無いぞ。置いておいても、邪魔なだけだし」
「漬けもの石にするのにゃ。丁度良い大きさにゃん」
「なるほど。ツバキにしては珍しく、ビンゴなアイデアだ」
「アタシは、賢い使い魔なのにゃ」
コンデッサとツバキがウンウン頷き合っているさなか、家の中へ誰かが入ってきた。
「じゃまするぞ~。……おい、コンデッサとツバキ。何をやっておる?」
「あ、アマちゃん様にゃ」
来客は、アマテラス(天照大神)であった。ご存じ、日本神話の最高神にして太陽神の女神である。黒髪で巫女服、10代半ばの少女の姿をしている。
コンデッサたちと旧知の仲であるアマテラスは、暇を見付けては遊びにくるのだ。
「アマテラス様。また、お仕事の機織りをサボって、高天原より脱走してきたのですか? 教育係の高木神様に怒られますよ?」
「違う! 何度言ったら分かるのじゃ。妾の行為は、断じてサボりでも無ければ、脱走でも無い! これは、〝本業の間のちょっとした息抜き〟じゃ!」
「アマちゃん様は、息抜きしすぎにゃん。息抜き自体が、本業みたいにゃ」
「妾は太陽神じゃからな。夜はもちろん、雨の日も雪の日も霙の日も曇りの日も嵐の日も台風の日も働かないし、日食の日は天岩戸に籠もるのじゃ。これこそ、太陽神としての〝正しい有りよう〟。妾は、何も間違っていない!」
アマテラスが薄い胸を張り、威張る。
「アマテラス様は〝サボることに全力を尽くす〟タイプなのですね」
「休むことに関しては、一切手を抜かんぞ! 妾は努力家なのじゃ」
「努力の方向性がオカしいにゃん」
「だいたい、なんで最高神にして太陽神たる妾が、こんなに働かねばならんのじゃ。朝から晩まで機織りの道具をギッコンバッコン。他の神話の最高神や太陽神は、もっとエラそ~にしておるのに……ん? なんじゃ、それは?」
グチグチ文句を呟いていたアマテラスが、卓上に放置されている石へ視線を向けた。問題のミステリー・ストーンである。
「ああ、これですか。〝謎のパワーを持つ石〟として調査依頼を受けたのですが、思うような結果が出ませんのでね。漬けもの石にしようかと、ツバキと話し合っていたところです」
「つ……漬けもの石とな!? なんと、罰当たりな。これは、ご神体じゃぞ!」
「にゅ? ご神体って、にゃに?」
ツバキが、首を傾げる。
「神性が宿る物体じゃ。〝神そのもの〟とも言える」
「単なる石にしか見えませんが……。如何なる神が宿っておられるのですか?」
「これは……エビス(恵比寿)じゃな。漁業の神じゃ。波間に漂うのが趣味だったはず。しばしば漂流物に変身して、どっかの浜辺に打ちあげられたりしておる。今回は、石になっておるのじゃろう」
「ハタ迷惑な神様にゃん」
「そう言ってやるな。エビスは、漁業以外に商業関連の神でもあるのじゃ。豊漁やら商売繁盛やらの祈願も多く、その応対が大変なのじゃろう。現実逃避してプカプカしたくなる気持ち、妾には良~く分かる」
「逃亡仲間というわけですね。しかし、時代は変わりました。現在の文明では、エビス様の神名を知る人間は殆ど居ないはず」
「いや、そうでも無い。東の果てにある和の国においては、妾たちへの信仰が未だにかなり残っておる。まぁ、このボロノナーレ王国では、妾たちは無名の存在じゃが。……おい。起きろ、エビス。アマテラスじゃ」
アマテラスが石へ語りかける。
「……返事しませんね。まさに〝石のように〟黙りこくっている」
「無視にゃん。アマちゃん様って、ホント~に神様にょ頂点なにょ?」
「おのれ~、無礼者!」
アマテラスが、沈黙を続ける石へ向けて掌を翳す。
「喰らえ! 太陽光線3連発じゃ。紫外線ビーム! 可視光線ビーム! 赤外線ビーム!」
「わ! 眩しいニャ!」
手で目を覆うツバキ。
コンデッサは「当たると、肌に悪そうな予感がする」とアマテラスの背後へ回り込んだ。
直射日光を浴びつづける、ミステリー・ストーン。次第にブルブルと震えだし、やがてボン! と大きな音を立てて煙を吹き出した。
「わ!」
「にゃにゃ!?」
「おお。久しいな、エビス」
「これはこれは、アマテラス様」
部屋の中に立ち込めていた煙幕が薄れる。そこに居たのは、小太りの男。右手に釣り竿を持ち、左手に何故かドデカい魚を抱えている。
「お魚さんにゃ」
「おや? 黒猫さんですか。これは、鯛ですよ」
「ご馳走にゃ!」
「魚の種類とか、どうでも良い。貴方は神様なのですか?」
コンデッサが、男に訊く。
「如何にも。某の名はエビス。海神にして福神です」
「エビちゃん様……。〝海老で鯛を釣る〟から、エビちゃん様なにょ?」
「それは関係ありません、黒猫さん。重要なのは、某が〝海の神〟であり、同時に〝福の神〟でもあるということです」
「確かに、福々しいお顔ですね。竿や魚を抱えておられるし、まさしく〝名は体を表す〟そのものだ」
「神にとっては、見た目のインパクトも大切なのですよ、魔女殿。神が貧相なツラをしていては、信者もガッカリしてしまうとお思いになりませんか?」
「エビスの申すとおりじゃ。故に、最高神にして太陽神たる妾は、このように気高く、神々しく、麗しい姿をしておるのだ。納得したか? コンデッサ、ツバキ」
「…………」
「……ニャム」
「何故、黙る」
「それはさておき、エビス様はどうして石になっておられたのですか?」
「そうにゃ。危うく、漬けもの石にしてしまうところだったにゃん。でも、そしたら御利益で、漬物が福神漬けになったりしたのかにゃ?」
「話を逸らすな」
「アマちゃん様、うるさいにゃん」
「ハイハイ。そ~ですね、そ~ですね。アマテラス様は、気高いですね。神々しいですね。麗しいですね。ピカピカのテカテカのツヤツヤですね。凄い凄い」
「妾をぞんざいに扱うな、猫と魔女! 妾は最高神じゃぞ、太陽神じゃぞ、偉いんじゃぞ!」
「泣かなにゃいで。アマちゃん様」
続きます。




