勇者からの手紙
今代の勇者に選ばれた。
それは誉高いことであり、誇らしいことなのだろう。
家族も皆喜んでくれた。
とはいえ勇者だ。
一等危険な場所に赴き、一等狙われる存在である。
相応の心配をされ、嫌ならば使命なぞ果たさなくても良いと言ってくれる。
生きていくだけならどうにかすると。
一緒にいることで、解決できることもあると。
私の家族はとても良い存在だ。
私としても離れ難く、出来るなら一緒に居ていたい。
だが、それもそうはいかない。
何より、選ばれてしまったのなら狙われてしまう。
家族といれば危険も齎す。
残念ながら手立てはない。
そうであるならば強さを手にし、守れるだけの実力をつけた方が建設的というもの。
討伐なんて危険なものは、二の次だ。
教会や王族、民衆からの期待感なぞどうでも良いが、私の大切なものを傷つけられるのは我慢ならない。
側付きやら護衛やらを勧められたが、そんなものは遠慮被る。
次はどこそこだ。
やれ何々を目指そう。
オレ達が私達が世界を救う。
そんなものに興味はない。
それよりも私の家族を守って欲しい。
勇者を輩出したとなれば、その家族が狙われてしまうというのも道理。
当然、誘拐などされようものなら、私は何もできなくなる。
自分の命も大事だが、それと同じくらい家族も大事だ。
私が危険な目に合うのは逃れようがないとしても、家族にその被害が及ぶのはダメ。
私に精鋭を付けるぐらいなら、家族を守って欲しい。
一応、建前として輩出した国が狙われてはならないからと、国の戦力に充ててくれと伝えたが、家族に被害が及ばないようにだ。
国が守られれば、家族も平和だろう。
当然、家族は特に狙われてしまうかもと伝えているので、より手厚い守護が望める。
司祭とやらも、王とやらも、痛く感動していた。
私の本心なぞ理解していないだろう。
それに、私の仲間は私で見つけるとも伝えてある。
自身の目で見つめ、相応の者を探し出すと。
勇者ならばそれ相応の出会いもあって然るべきだと。
英雄標にでもなぞらえれば、向こうも得心がいったようだ。
えらく納得していた。
バカな大人は扱いやすいといったところか。
そもそも、魔王退治だなんだと言っているが、魔王の被害なぞとんとここ最近聞いてはいない。
やれ少し魔物の被害が増えただの。
やれ不穏な気配が漂っているだの。
安寧な国にいる身で言えることではないが、余程人同士での争いの方が悲惨なものだ。
いったいどこの誰が仕入れたのか知らないが、魔王が顕在したなんて情報は迷惑でしかない。
一応、存在は確認されているらしいが、それだけだ。
全く、急に任命され矢面に立たされる身にもなって欲しい。
魔王とやらに恨み言をぶつけるぐらいは許されるだろう。
そうだ。
そ奴に恨みはないが、手紙でもしたためてやろう。
貴方という存在を人間は知りました。
それ故私という勇者も選ばれました。
選考基準?
そんなものは知らない。
神託とやらで決まるらしいが、生憎私は敬虔な信者ではない。
どこの神だか知らないが、私を選んでくれたことにほとほと嫌味を綴ってやろう。
届ける相手は、長い付き合いになる奴へだが。