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【ピ リ カ】A  作者: 東 宮
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動物と会話する不思議な女の子

1ピリカ

ピリカは動物と話が出来る能力を持っている。ある時隣の女の子が行方不明になり動物からの報告を頼りに創作する。自宅の側の川縁を散歩中に一羽の怪我をしたトンビを出くわす。ピリカがとった行動とは?


2キツネとネズミ

学校の炊事遠足で羊蹄山に出かけたピリカが、子供を人間に捕獲された狐と出くわす。行きがかり上助けることになったピリカがとった行動とは?


3龍とピリカ

ピリカは親友の理恵と島牧村の賀老の滝を見に行くことになった。突然襲ってきた熊にその滝に住む大きなエネルギーが立ちはだかった。


4地下世界シャンバラ

ピリカが家の近くを散歩していると突然羊蹄山の方から一陣の風が吹いたそして案内されて行った場所はシャンバラという伝説のちかせかいだった。


5体内離脱

ピリカは母から電話で、猫のミミの状態が悪いと突然聞かされる。ガイドのルーに尋ねると「血栓が心臓の血管を塞いでいる」と伝わってきた。その時ピリカはミミの身体に侵入する方法をとった。


6パラレルワールド

下校途中でピリカはUFOに遭遇し、そのUFOに侵入して宇宙人と会うことになった。その宇宙人との会話で「300年未来のあなたです」と聞かされる。時間軸の消滅が未来の地球の姿と教えられる。


7Fとピリカ

ピリカが大学生になってホステスのアルバイトをした。勤め先の先輩に誘われて訪れたは「Fの会」というスピリチュアル系の講習会だった。そのFという人物の話すこととピリカの見聞きしたスピリチュアル世界とは違っていた。


8ピリカと花子

ピリカは夏休みを利用して本州旅行に出た。井の頭公園を散歩中にピリカと同じく動物と会話が出来る花子なる人物と出会った。話してる内に引き込まれていく花子の世界観を感じた花子だった。


9ピリカと佐伯さん

東京の旅も終盤に差し掛かり、横浜に足を向けたピリカ、カモメなどの鳥と会話しているところを佐伯という青年に視られていた。帰省したピリカはある日、市内の公園で佐伯を見てしまう。


10モモの死とミルキー

ピリカ里帰りしていた時ベランダのガラスをユメとミロが開けろと叩いていた。愛犬のミルキーがおかしいと訴える。舌を長く出し泡を吹いているモモの姿があった。


11復讐

ピリカは札幌のペット病院で就職が決まった。そのピリカの働く姿を見ていた影があった。その影はピリカを逆恨みに思っての犯行だった。そして罪もない犬と猫を使ってピリカに誤診により動物が死亡したと企てを図る。


12理恵とピリカ

ピリカは病院を退職をして自宅に籠もっていた。理恵は心配して顔を出し事情を聞きつける。精神的に追い込まれているピリカを何とかしようと、その黒い影を突き止めようと理恵は張り込んでいたのだったが、その理恵が最悪の結果となってしまう。


13沈黙と芽生え

ピリカは廃人同様となった、ピリカは自宅に戻ることを余儀なくされた。そんなピリカを下界に呼び戻したのがユメの事故だった。


14クロ助

ピリカと佐伯は余市で暮らすことになった。ピリカの勤め先の病院に運ばれてきたカラスがいた。

【ピ リ カ(動物と会話する女の子)】


一「ピリカ」


北海道は羊蹄山の麓、倶知安町で娘は育った。 名前は立花美利河十八歳。 地元倶知安町の高校に通う普通の女子高生。 ただし、チョット普通の女の子と違う感性の持ち主。


「お母さん、行ってきま~す」


「ハイよっ、気をつけてね。 走るんじゃないよ!」


倶知安町の朝は四月でもコート無しでは通学できないくらい寒く、道路端にはまだ残雪があり、その隙間からはふきのとうが顔を出していた。 ふきのとうは北海道の春を告げる光景。 今日から高校三年生。 担任も持ち上がりでクラス替えもなく、大好きな学友とも久しぶりに顔を合わせる。 どういうわけか学年変わり初日はワクワクして大好きだった。


家の玄関を出て飼い犬のモモに「モモ…わたし今日から三年生なの、高校最後の学年なんだよ、ねぇ、モモ聞いてる……?」


「聞いてるよ、それより帰ったら散歩しよう」


「うん、わかった。今日は帰りが早いから待っててね……」


猫のミミが「ピリカ。 あんたら二人だけで散歩行くつもりなのかい?」


「わかった。みんなで行こう。 ミミごめんね」


「いいよ、そんなに気にしてない。 それより早く学校へ行きな」ミミは足の毛づくろいしながら呟いた。


「は~い、行ってきま~す」


隣の農家、山田さん夫婦はそんなピリカの様子を見ていて「お父さん、またピリカちゃんったら犬のモモや、猫のミミと話してるよ変な娘だね……」


「う~ん、もしかして本当に話してるのかもなぁ? あの娘は少し変わってるもんな。 それにモモとミミの表情を見てみろ、ピリカちゃんの言葉にちゃんと反応してるようにみえねえか?」


「そう見えなくもないけど…… んな、馬鹿な!」


そう、物語の主人公のピリカは動物と会話をする能力の持ち主。 



まだ寒さの残る五月の夜七時頃インターホンが鳴った。


「ごめん下さい」女性の声。


母親の洋子が「は~い、どちら様ですか?」


「隣の山田です。 夜分すいません」


「はい、チョット待って下さい」


なんだろう? 洋子は玄関ドアの施錠をはずしドアを開けた。 そこに、緊迫した顔の山田さんの奥さんが立っていた。


「夜分すいません。うちのユキ見ませんでしたか……?」


「いえっ、見てませんけど…… ユキちゃんどうかなさいました?」


「はい、夕方畑で遊んでいたんですけどまだ家に帰らなくて……」


「チョット待って下さいピリカに聞いてみますから」


洋子は二階に向って「ピリカ~チョット降りてきて」


「ハ~イ」


階段をおりてきたピリカは「あっ今晩は……」瞬間ピリカは若奥さんの顔を視てただならぬ気配を感じ取った。


「あんたユキちゃん見なかったかい? 夕方、畑で遊んでいてそれっきり、まだ家に帰ってこないんだってさ……」


「六時頃その辺で遊んでるの見かけたけど……その後は解らない」


「ピリカちゃんありがとうごめんね。 警察に連絡してみる」


ピリカは外に出て犬のモモの前に立った。


「ねぇ、モモ、隣のユキちゃんいなくなったの、モモ見かけなかった?」


「夕方ユキちゃんの気配はしてたけど、変わった感じしなかった。 わたしはそのまま寝たけどミミに聞いてみたら?」


「ありがとうモモ。 もしユキちゃんの気配感じたら大きな声で吠えてね」


「あいよ」


ピリカは両手を口に当て叫んだ「ミミ~! ミミ~!」


家の裏手からミミの鳴く声がした。


「なに? どうかした?」


「ねえミミ。 隣のユキちゃんいなくなったの、あんた心当たりない?」


「さっき川の方に歩いて行ったけど……」


「誰かと一緒だった?」


「いや、一人で歌いながら歩いてたけど…… どうかした?」


「まだ家に帰ってないのよ…… ごめんミミも探してくれないかなあ?」


「うん、いいけどモモも探そうよ」


「うん、わかった。 私、ユキちゃんの臭い知ってるから臭いを辿る……」


「ありがとう。 後で美味しいもの沢山あげるからね」


ピリカと犬のモモ、猫のミミは臭いと気配を頼りに川へ向った。


モモが「ミミ、あんたそろそろキツネや狸が出てくる時間だから気をつけなさいね」


ミミが「うん、私になにかあったら護ってね」


モモは「あいよ」


ピリカ達は川岸の方へ向った。


「ユキちゃ~ん……ユキちゃ~ん!」


四〇分ほど探した頃突然、上の方から声がした。


「あんた、ピリカじゃないかい……?」


ピリカは声の方を見た。 そこにはフクロウの姿があった。


「フクロウさん久しぶりです。 ……そうだ、女の子探してるの、見かけませんでした?」


「その子かどうか解らないけど。 あそこの青い屋根の小屋の辺りで女の子が遊んでたよ。 

もう暗いのにひとりで大丈夫かなって思ったよ」


「フクロウさんありがとう感謝します。 今度、魚たくさん差し入れします。 わたしの部屋に遊びにきてね……」


ピリカたちは小屋の方に走り寄った。


モモが「ピリカ間違いない。 ユキちゃんの臭いが強くなってきたからあの小屋かも知れない。

急ぎましょう」


ピリカは小屋のドアを開け中に入った。 藁の上にユキちゃんが無邪気な顔で寝ていた。


「ユキちゃん、ユキちゃん……ねえ返事して! 大丈夫? ユキちゃん」


「あれ? ピリカねえちゃんだどうしたの?」


ユキちゃんは何事もなく無事保護された。


翌日の朝。


「お父さん、今日の夕方までにフクロウさんにあげるニジマスを尻別川で釣ってきてほしいの、そして私の部屋のベランダに置いておいて欲しい。 それと、モモとミミにも昨日のご褒美をお願い」


「解った。 それはいいけど、ピリカ、お前フクロウとも知り合いなのかい?」


「フクロウさんとは昨年知り合ったの」


「鳥の知り合いとは珍しいね」


「鳥の世界観ってけっこう面白いの。 特に渡り鳥は色んな国の話しを話してくれて凄く面白いの。 ほとんど自然環境の話しだけど」


「鳥も自然環境の話しするのかい?」


「渡り鳥は水鳥が多いからそういうことに敏感なのね」


「例えばどんな?」


「湖の水質がたった一年で変わってしまい、魚が激減していたとか。 水が減り地面が多くなって湖の形が小さくなったっていってたよ」


「そっか~なんか複雑な気持ちだな、人間を昔の人は万物の霊長だなんて表現したけど、恥ずかしい話しだ。 ピリカも渡り鳥からいいこと学んだね」


「お父さん万物の霊長ってどういう事?」


「うん、人間はこの地球上の生物の中で最も能力があり優れている存在という意味なんだけど。その霊長様が自然破壊し、挙げ句の果てに自分達の首を絞めるはめに…… まったく情け無い話しだ。 完全な人間のおごりだ」


「へんな話しだね」


「おいピリカ、ところで学校はどうした? 行かないのかい?」


「しまった!」


「気をつけて行くんだよ」


「お父さん、魚忘れないでお願い」


「あいよ」


そう、これが動物と会話が出来る女の子。この物語の主人公ピリカ。






二「キツネとネズミ」


 「お母さん、明日は真狩村で炊事遠足なの、ジンギスカンするからお弁当は要らないけど、おにぎり二つお願い…」


「真狩かい、真狩のどこ行くの?」


「羊蹄山青少年の森だって」


「あの下の方に湧き水が出ている池があるんだ。 なんか凛とした雰囲気の池なんだ。 時間あったらよってごらん」


「へぇ、よってみようかな」


ジンギスカンを食べ終わり、友達のミヨリとふたりで池を見に行くことにした。


「ねぇ、この池なんだけど少し空気観が違わない?」


「そうね、チョット違うかも……なんだろう?」


「あっ! 北キツネ」ミヨリが指をさした。


するとそのキツネが突然「人間はさっさとここから消えろ!」突然二人に向って大きな口を開け威嚇してきた。


「どうしてなの?」ピリカは咄嗟に声を掛けた。


「……なんだおまえは? はやく私の子供を帰せ!」


「えっ、なに? あなたの子供がどうかしたの?」


「お前もあいつらの仲間だろうが、噛み殺してやろうか」


「ねぇ、キツネさんどういう事? 話しを聞かせてくれない」


ピリカの能力を知らないミヨリはその様子を不思議そうに見ていた。


「ミヨリ、チョット危険だから先に戻っていて欲しいの」


「えっ……どうしてよ?」


当然の疑問であった。


「お願い。事情はあとで話すからゴメンね」


「うん、じゃあ先に戻ってるね。 早く来てね」ミヨリは釈然としないまま戻っていった。


狐とふたりになったピリカが「キツネさん、聞かせて…」


「三日前、お前達人間が私の子供を連れさったのさ……」


「どういう事? 子供さん罠でもに掛かったの?」


「そうだ、返してくれ!」威圧的な雰囲気だった。


「今、あなたの子供は何処にいるの?」


「ニジマスを養殖してる家の横だ。 木の納屋の中」


「場所教えてちょうだい、私行くから」


「あんたはあいつらの仲間じゃないのか?」


「同じ人間だけど仲間ではない。 信じて、それに、私はピリカっていうの、ピリカって呼んで」


「わかった。私に付いてきて」


「ついて行くのはいいけど、あなたと違って早く走れないからね」


「人間が遅いのは知ってる、あんたに合わせるよ」


二人は納屋の近くに来た。


「あそこだよ」


その納屋の側には違うキツネが茂みに潜んで様子を伺っていた。


「あのキツネは?」


「あれは私の旦那。 ずっと隙を伺ってる。 あれからずっと食事もしてない」


「じゃあ、三日も食べてないの?」


ピリカは胸が痛くなった。


「私、頑張るからね。 その前に旦那さんに私のこと説明してほしいの」


「わかった。今ここに連れてくるからピリカから説明して」


ピリカの前に二匹のキツネが座った。


「私ピリカ、事情は聞きました。 私にお子さんを助けるお手伝いさせて下さい」


「お前は誰だ? 人間は信用ならん!」


「お父さん、この娘は違うの、チョット聞いて」母キツネは必死に訴えた。


ピリカが口を開いた「ごめんなさい……」


緊張が走った。 父親がピリカをにらんだ。 父狐をじっと見つめるピリカの頬に涙がこぼれていた。 その瞬間、父親の険しい表情が一変した。


「ピリカさん。あなたになにが出来ると?」


「わかりません。 でも、私はネズミさんと会話が出来ます。 まず、中の様子を聞いててみますから、二人はネズミさんが怖がるといけないので少しの時間だけ遠くへ離れていて下さい」


「お父さん、ピリカさんの言う通りにしましょうよ」


二匹はその場から離れた。


「ネズミさん聞こえますか? 誰か応えて下さ~い、ネズミさんお願い」ピリカは声にならない声で叫んだ。


「誰じゃわしらを呼ぶのは?」


ネズミが一匹近寄ってきた。


「あっ、ネズミさんこんにちは」


「なんじゃ、人間か?」


「ネズミさんにお願いがあります」


「なに?」


「あの小屋の中にキツネの子供がいるの、様子を見てきて欲しいの」


「なんでじゃ?」


「三日前に捕獲されたキツネの子供が気になるの」


「あんたになんの関係が?」


「その子の親が心配してるの」


「だから……?」


「だからって、親なら子供の安否は気になるものでしょう?」


「あんた名前は?」


「ピリカです」


「ピリカさん、あんた馬鹿か? わしらネズミ達は猫やキツネ、トンビなどネズミの天敵じゃ。 身内や知り合いの多くは奴らに殺された。 これからも永遠に続くじゃろうて……そんな天敵の助けになることをなんでこのわしが? ふざけるな……話にならん」


よく考えると当然のはなしとピリカは気づき同時に落胆した。


「そうですよね、天敵ですものね……」


でも気を取り直しピリカは「中の様子だけでも何なんとかお願いします」


「あんた、しつこい! わしは行く。じゃあな」


「あの……」


「だからしつこ……」


その瞬間、ピリカは思わず叫んだ。


「穀物を沢山差し上げます。 キツネさんに、もうネズミたちに危害をくわえないよう約束させますからお願いします」


「ネズミだと……キツネはさん付け、わしらネズミは呼び捨てかい」


「いえ、ネズミさんです……すみません」


「穀物かわかった、とりあえず様子だけ見てくるか」そういい残しネズミは小屋に向った。



その頃ミヨリは「ピリカ、どこ行ったんだろう? もうあと片付けも終わりいつ集合の号令が掛かるかわからないのにどうしよう……まったくもう」


ネズミが小屋の中を覗いてみると、ゲージの中で身体を震わせた子キツネを確認した。


「なるほど、あの子のことだな」


ネズミはその様子をピリカに伝えた。


「よかった。 生きてた」


「あのさ、ピリカとやらひとつ聞いていいか?」


「はい、なんですか?」


「キツネのことなのになんであんたがそんなに喜ぶ?」


「キツネでも人間でも親が子を思う気持ちは変わりないと思うの、ネズミさんだって同じでしょ?」


「それはそうだけど、我々はキツネに……」


「ごめんなさい」ピリカは頭を下げた。


「あんたに頭下げられても困る。 わかった。もういいからあの子の親に無事を教えてあげな」


その様子を見ていた親キツネは歩み寄り思わぬ行動に出た。


その頃「あ~どうしようピリカちゃん。 集合の合図鳴ったよ。 どこに行ったの?」


「あと十分でバスは出発しま~す! 生徒は全員バスに戻りなさ~い!」


二匹のキツネはネズミの前に歩み出た。 ネズミは瞬間ピリカの後ろに回り込んだ。


キツネはネズミに「ネズミさん、ありがとうございます」


深々と頭を下げた。 キツネがネズミに頭を下げた前代未聞の瞬間であった。


「イヤ、その……ワシはピリカさんに言われて穀物をその……う~ん。 わかったもういい」


ネズミはピリカにむかって話しかけた。


「あの小屋の鍵は簡単な仕掛けじゃった。 ワシが中から鍵を外す、ピリカがドアを開けて中に入りなさい。 そして子狐が入った金網の箱を開けて逃がしてやるのじゃ。 外であんたら二匹が子供を待ち受け急いで一緒に逃げる。 これでどうじゃ?」


父親キツネが「ネズミさん、ありがとうございます。 私らはネズミさんに何にも恩返しできません。 せめて私達家族は一生涯ネズミを補食しません。 誓います! ありがとうございます」


「まああ、お礼はいいから。人間が来る前に早いこと救出しようや」


そして、救出は無事成功しキツネ親子は羊蹄山の森に帰っていった。


ネズミが「それにしてもピリカさんは不思議な人間じゃのう。 動物と会話できるし人間だからという高ぶりもない。 キツネを助けても何の徳もない、それどころか見つかったらあんたが危害を受ける。 まったく理解できない」


「私、これでいいのだ……」


それから十分ほどしてピリカは集合場所にもどった。


みんなはピリカが熊に出くわしたのでは? 警察に連絡しようか? などなど勝手な憶測をして大騒ぎになっていた。


そこにひょっこりピリカが「みんなどうしたの?」と突然現われたものだからさあ大変! 引率の先生に大目玉を食らうピリカだった。



それから数日後、あのキツネ親子が例の小屋の近くを通った。


母キツネが呟いた「あのネズミさんどうしたかな? 天敵のキツネなんか助けて仲間外れにあってないかしらね?」


父キツネが「そうだよな、ネズミがキツネを助けるなんてありえないよなぁ、いや、あってはならないよな絶対に……」


子供キツネは「そうだよね、すごいネズミさんだね」


すると、少し離れたところに猫に追われて逃げ回るネズミを発見した。


母キツネがその様子を見ていて「お父さん、あのネズミはもしかして……あの時の」


「そうだ間違いない!」


父キツネは一目散に逃げるネズミのあとを追った。 ネズミと猫の間に割り込んで、振り返り猫を威嚇した。


猫が「なんだお前は? そこをどけそいつは俺の獲物だ」


「そうはいかん。このネズミは俺の親友だ」


「なにが親友だ。 お前は馬鹿か? キツネとネズミが親友なんて見たこもないし聞いたこともない。 とっとと、そこをどきな!  おまえを引っ掻くよ」


「何だと! キツネに喧嘩売るつもりか? いつでも相手になる……」


「ちぇ!」猫は力量の違いを感じそそくさと退散した。


キツネは「ネズミさん大丈夫だった? 怪我してませんか?」


「いやぁ助かった。 まさかあのキツネさんに助けられるとは、ありがとうございますだ」


「こちらこそ、先日は本当に助かりました」


その後、キツネとネズミの不思議な交流がこの村で始まった。 そんなことが起こってるとは思ってもみないピリカは今日も元気に登校していた。





三「龍とピリカ」


 放課後、親友の理恵が「わたし今週の土曜日、島牧村の賀老の滝を見に行くんだ。 ピリカも一緒に行かない? なにか用事入ってる?」


「賀老の滝かぁ…… 行きたいけどどうやって行くの?」


「お父さんが島牧村に用事あるんだって、そのついでだからお父さんの車で行くの。 お父さんが用事たしてる間の二時間位だけど、私達は滝を見物して弁当食べて待ってるの……どう?」


「うん、私も一緒していいの? ていうか行きた~い!」


当日の倶知安は朝から快晴。 絶好の日和に恵まれた。


ピリカは理恵の父親に「おじさん、お久しぶりです。 今日は宜しくお願いします」


「おう、ピリカちゃん。 一段と美人になったね…」


「そんなこと……そうですか? でもリエちゃんにはかないません」


「そりゃ、そうだけどね」にやけ顔でいった。


理恵はすかさず「お父さん! バッカじゃないの……たく」


三人は大笑いした。


「賀老の滝は、規模では北海道内随一なんだよ 。落差七十―メートルの幅三十五メートル。

流れ落ちた水は岩に砕け散るんだ。 だから滝壷が無い。 そしてこの滝には松前藩の財宝が隠されており、その財宝を龍が守護しているという龍神伝説が残されているんだ。


財宝を掘り出す者には龍の祟りがあるといわれてる。 人によっては龍が飛ぶのを視たという人もいるらしい。 まっ、こういう伝説は、まやかしが多いというから聞き流して下され……おぬしたちってか」


「お父さん、バッカじゃないの! なに、そのおぬしたちって、今度そんなこと言ったら口きいてやらないからね、たく……」


「勘弁して下され理恵殿」


こんな調子で道中はあっという間に過ぎ、二人は二時間ほど賀老の滝で父を待つことにした。


「ねぇピリカ、駐車場からけっこう歩くみたいね頑張ろう」


「うん、頑張ろう!」


約五百メートル整備された道が続き、賀老の滝入り口の看板があり、そこから先が二人には大変な道のりだった。 入り口のところから、突然山道になり急な坂と階段が多く、その階段も一段一段が同じ幅ではなく、広かったり狭かったり岩が飛び出ていたり段差が大きかったりとかなり大変な思いをして辿り着いた。 二人は滝を見上げた。 

                      

「これが賀老の滝か……圧巻だね、凄いね! 理恵」


「うん、本当に凄い。 途中お父さんのダジャレをヌキにしたら最高に素晴らしい」


二人はその場に足を止めじっと眺めた。


理恵が「ここでお弁当にしようか?」


「うん、いいね賛成!」


食べ始めるとピリカの側に三匹の蝦夷リスが寄ってきて「ねぇ、お姉さん。なに食べてるの?」一匹のリスが話しかけてきた。


「お弁当だけど、何か食べますか?」


「何あるの?」


「あなた達が食べられるのは、枝豆と豆ヒジキかな?」


ピリカはタッパの蓋に乗せてそっと差し出した「どうぞ」


リスは口の頬袋をいっぱいにした。


それを見ていた理恵は「ピリカ、あんたリスとも会話できるの?」


「いや、リスは初めて話したんだけど可愛いね」


「ピリカは動物とすぐ友達になれるんだね、っていうか? なんで話を交わす前に、むこうからピリカに近寄ってくるの?」


「動物はわたしのオーラを視ているみたいなのね。 それで危険ないって解るみたいだよ。 でも動物にもよるよ。 馴れないのはずっと馴れない」


「へ~、ピリカでもそんなことあるんだ」


「沢山あるよ、こっちもいちいち気にしないから」


「相変らずピリカは面白いね最高!」


「人間の側から見たら動物って優雅に見えるかもしれないけど結構大変みたいだよ。 基本楽しむっていうより捕食が最優先。 小動物は絶えず警戒心をもってるね、特に野生は半径一キロは警戒してるよ。 空まで警戒してる」


「私、思うんだけどね。鳥でも動物でも沢山の種がいるのに、どうやって自分の種や子供を判別してるの?」理恵の素朴な疑問だった。


「あれはねぇオーラが解るの。 種、独特の色か何かあるみたいだよ。 あと、匂いや声で判別してるみたい。 大体は解るらしい凄いねっていうか動物には当たり前。 あと、決定的に人間と違うのは死が人間ほど怖くないみたい。 死とはいつも隣り合わせにあるからかもしれない。 よく解らないけど」


突然二十m位先の藪がざわめいた。 と同時に獣臭い匂いがした。


リスが叫んだ「熊だよ! 熊よ、早く逃げて!」


「理恵、ここ動かないで。 私の指示にしたがって!」


理恵はなんのことか理解が出来ない。 藪から出て来たのは一頭のヒグマ。 二人を観察していた。


「熊さん、私達はあなたに危害を加えません。 それより、あなたがここにいることが人間に知られると殺されちゃう。 だから山深くへ戻りなさい」


「お前はだれ?」


「私はピリカ。人間です」


「見れば解る。わしは人間が嫌いだ」


熊は突然二本足で立ち上がり、ピリカと理恵を威嚇した。


「きゃ~!」思わず理恵は悲鳴を上げた。


ピリカは理恵の前に歩み出て両手を広げ「待って! 待ちなさい! 人を傷つけてはいけません。 山に帰りなさい!」


なおも熊は歩みを止めない、二人が怯んだその時だった。 滝の方向から黒い龍が突然熊の前に飛んできた。 その存在が熊の意識に話しかけた。


「ここはお前の来るところではない。 このまま、山奥に戻るのじゃ! 今後、人前に姿を現してはならぬ!」


それは威厳のある龍の意識。


熊が「……人間さん、驚かせて悪かった。 親が人間に殺されたのを見たんだ。 それから私は人間が怖いんだ。だから……」


そう言い残し熊は茂みに入っていった。


ピリカは熊に話しかけるのが精一杯だったが、今度は龍を目の当たりにし固まってしまった。


理恵が「ピリカ大丈夫……?  熊はもう消えたよなんでまだ固まってるの?」


そう、理恵には龍の姿が見えていないから自然な質問だった。


ピリカは固まったまま恐る恐る龍に話しかけた。


「私はピリカって言います。 こんにちは、龍神さんって呼んでいいですか?」


「わしにも名前はあるBANという。 因みに龍神とはいえわしは神ではないから誤解しないでくれ」


「そうですか、BANさんどうもありがとうございますおかげで助かりました」


「あの熊は危害を加える気はないようだ。 ただ、あんたらに驚いて威嚇しただけ、あの熊は人間に危害を加えることはない。 熊はいつも悪者扱いされるが、簡単に人間に危害を加えたりはしない。 人間は必要以上に驚きすぎる」


「BANさんというか龍は伝説の存在だと思ってましたが?」


「伝説と言えば伝説だ。 が、わしは人間界と神界の狭間の世界に存在する。 自然を司る存在なのじゃ」


「今日はどうして助けて下さったのですか?」


「ピリカ、お主がわしを呼んだのじゃ」


「……?私、咄嗟のことで解りません」


「ふふ、ピリカがこの世に生まれる前からの約束じゃよ」


「生まれる前ですか? えっ、生まれる前?」


ピリカには全然意味が解らなかった。


「ところで古いいい伝えにあるように龍、いやBANさんはここで今でも財宝を護ってるって本当ですか?」


「はは、それは人間が創作した伝説よ。 そういうことでこの滝に神秘性をもたせ神聖なものしたいのだろう、人間のよくやることじゃ」


「創作ですか?」


「そう創作。人間らしいやり方じゃ」


「ところで今日は私達を助ける為にBANさんは出て来たんですか?」


「いや、これをピリカに渡しに来たんじゃよ」


瞬間、龍は白い玉を口に咥えていた。


「ほれ、受け取りな」


その時、天に轟くぐらいの爆音が空一面に響きわたった。 龍は消えピリカは小さな白くて丸い石を握っていた。



「ピリカ……ピリカ、ピリカ」


「あっ、理恵ちゃん……」


「ピリカ、大丈夫なの?」


「何が?」


「何がって、あの後、意識がなかったでしょうが」


「意識が……? わたしの…? じゃあ龍が出て来たのは?」


「龍……どこに?」


「ここに」


「いつ?」


「今まで」


「……あのねぇ、ピリカはここで今まで気を失ってたの」


「うっそ? だってこの玉は? あっ無い……?」


そう、龍からもらったはずの玉が、手からいつの間にか消えていた。 それからふたりは辺りを探索して時間が過ぎた。


「もうそろそろ帰ろうか、ピリカ本当に大丈夫? ちゃんと歩ける?」


「うん、身体は何ともないよ」


二人は駐車場へ足を進めた。


「あ~着いたッと。 チョットしんどいね」理恵はピリカを気遣った。


「理恵ちゃんありがとう。 さっき私は全然気絶してなかったんだ。 実は龍と話しをしてたの」


「……龍と?」理恵は突然のことにビックリしていた。


「そう龍」


「あの、掛け軸とかお寺の天井などに描いてあるあれ?」


「うん、あれ!」


「うっそ! 気を失ってたあの時に?」


「私、熊の後からずっと正気だったけどたぶんその時」


「二~三分だったけど」


「うん、私にはもっと長く感じたけど」


「ねぇ、詳しく教えて」


「うん、あのねぇ~」


ピリカはさっきの出来事を理恵に聞かせた。


「へ~! 凄いことがあの短時間に起こったんだね、ピリカ凄いじゃん! でもその白い玉って何だろうね? 気になるけど……」


しばらくして理恵の父親が迎えに来てふたりは家路に着いた。


夕食後「ねぇ、お父さん」その日のことを父親に話した。


「で、どう思う?」


「どう思うって言われても、父さんも龍のことはよくわからないよ。 でも白い玉を貰ったっていうことは少し気になるな」



翌日曜日、この日は朝から倶知安町は羊蹄山からの冷たく強い風が吹き下ろされていた。


母親が「昨日とは打って変わり天気が荒れてるねぇ。 今日は家でビデオ三昧といこうかね・」


外では愛犬モモが珍しく遠吠えをしていた。


ピリカが「モモ、どうかしたの?」。


「ピリカ、いいところに来たね。 今日は朝から龍が羊蹄山を中心に飛び回ってる。 しかも激しく!」


「どれ?」と見上げた瞬間


龍が疾風と共にピリカめがけ襲いかかってきたかのようにみえた。


「あっBAN!」


その瞬間、ピリカの意識は昨日のように遠のいた。


「BANではないRON。 BANは私の仲間で賀老の主。 私は羊蹄地区の天候を司るRON」


「わかりました。、で、今日はなにを?」


「最近、羊蹄地区の土地と空気が澱んでいるから浄化をする。 外出時は気をつけてこれを初顔合わせの記念に……」


水晶のような玉をピリカの手に乗せてRONは消えた。 ピリカは我に返り手を見るとまた何も無かった。 これで二度目、龍の玉はいったい何の意味があるの? 全く理解できない……


「お父さん、お母さん。今日は外出しないようにだって。 モモもミミも嵐が止むまで小屋に入ろうね!」


外は台風なみの暴風雨に見舞われた。 翌日は澄み切った空気で日差しが痛く感じられた。 二日間で二度も龍と出会ったピリカ。 

全然意味が解らないままピリカは登校した。


「ピリカ、おはよう」


「おはよう、理恵」


「その後、変わったこと無かった?」


「それがあったのよ。 昨日は羊蹄山の龍が山から下りてきてまた玉をくれたの、意味分かんないの……まったく。 私の頭どうかなりそう」


「でもピリカは動物と会話できる力があるからそれとなにか関係あるかもね?」


「う~ん、解らない? こんな能力無くてもいい……」


これから起こる不可思議なことをピリカは知るよしもなかった。




 


四「地下世界シャンバラ」


「ピリカ~ピリカ~~」


外からピリカを呼ぶ声がした。 声の主は愛犬モモ。


「はいはい、解りましたからもっと静かに吠えなさいね、モモったら…で、なに?」


「ピリカ、空見て!」


ピリカは空を見上げて仰天。


な・な・なんと龍のRONが上空から見下ろしてた!


「RONさんおはようございます」


「行こう」


「行こうって、何処にですか?」


「シャンバラ」


「シャンバラ? 何ですかそれ?」


「地下世界シャンバラ」


次の瞬間ピリカはRONの背中にまたがり倶知安から羊蹄山側に向って一直線に飛んだ。

山の中腹で速度を落とし林の中にそのまま突入した。


「あっ!危ない!」ピリカは思わず叫んだ。 と、次の瞬間、林を通り抜けRONは何事もなかったようになおも洞穴を下へ下へと進んだ。 どの位下降したか検討がつかず不安が増してきた時だった。 前方に光が見えてきたと思った瞬間二人は巨大な空間に出た。


「ここは?」


「シャンバラ」


ピリカは聞き直した「シャンバラ……? それはなんですか?」


「自分の目で確かめなさい。 私はここまで」次の瞬間RONはフッと消えてしまった。


一人残されたピリカは恐る恐る先に進むことにした。 そこはとにかく明るくて空気に濁りが無く、完璧に透明なのが印象的だった。 空には太陽らしい明るく光る物体はあるが、眩しさが全然ない。 山が見えるが不思議と距離感を感じさせない。 不思議に思っていたら横から声がした。


「空気が澄んで濁りがないから、山が緑のままに視えるの、だから遠近感が地上と違う」


な~るへそ、そんなものなのか? ピリカは納得した。


「えっ? だ、だ、誰?」


「私はこの国のガイドのルー。 宜しく」


「はぁ、私ピリカです」


「はい、存じております」


「存じておりますって、私はあなたと初めてですけど?」


「そのうちピリカさんにも私の言っている意味が解ります」


「はぁ? そんなものですか?」


「そんなもんです。 この世界はシャンバラ、今のあなたの世界よりずっと以前から存在します。 位置的には地球の奥深くの異空間の世界。 東洋では桃源郷と呼ばれるところがこのシャンバラ。 聞くよりも視た方が早いから少し散歩しましょう」


今のピリカは圧倒され、思考がとまり言葉がなかった。


「その前に、この世界には決まりのようなものはありません。 というか必要としないといった方が適切。 ただ人の後ろには立たない。 この世界では失礼な行為になるから。 これは厳守」


「あっ、はい、わかりました」


「では移動しますから私の手を握って」


二人が手を繋いだ瞬間だった。


「はい、目を開けて結構」


ピリカはゆっくりと目を開いた。 目に映った世界は牧歌的で、おとぎ話の挿し絵に出てくるような光景。 小川が街の中心を流れ、綺麗な花が咲き乱れ、小鳥と動物たちが会話していて、そこにいる人はみんなが穏やかな顔をしているのが印象的だった。


「ここ天国? もしかして私って死んだわけ?」


ピリカは急に動揺して不安になってきた。


「死んでません」


「じゃあ、ここはなに?」


「先程説明したシャンバラのほぼ中心で名はウルの都。 シャンバラを見て回る前に簡単にこの世界の成り立ちを説明します。 地球では約一万二千五百年ほど前、アトランティスとレムリアという大陸が存在していた。 主導権はアトランティスが握ってた。 今の文明よりもはるかに発展してた。 でも、肝心な心が伴ってなかったから物質的なことばかり暴走してしまったの。 人間の集合意識と地球の意識はエーテル層というところで繫がってる。 つまり人間の集合意識の乱れがそのまま地球に影響を及ぼし地球の極が移動してしまった。 その結果、大津波が発生し当時の文明は一夜にして水没してしまった。 多くの人命が失われた。 たった一夜で。


でも、ごく一部の人は飛行する乗り物でエジプトなどに避難しました。 ピラミッドの中にはタブレットが納められていてアトランティスの叡智が記録されている。 そのうち発見されるでしょう。 その大惨事から生き残った人間は、地上に住める環境は無いと地下での生活を余儀なくされたの。 地上環境が変化して人間が住めるようになり、人間は地下から地上に出るようになった。 それが今の地球文明の始まり。


中には地下の生活を好む人も多く、その末裔がこのシャンバラの住人達。 言い方を変えるとここの住人も地上世界の住人もみんな同類種。 視た感じが違うのは全て環境のせいです。 そして心の持ち方のせいです。 ここまでの説明でなにか疑問は?」


「地上も地下世界も親戚との説明ですが、こちらの人は少し透き通っていて光って見えますけど?」


「お察しの通り、こちらは半霊半物質なんです。 ピリカさんのいる世界は粗雑な物質の世界。物質界と霊界その中間の半霊半物質の世界つまりここシャンバラ」


「じゃあ今の私は?」


「ピリカさんも半霊半物質」


「じゃあ倶知安の家にいる私の身体は?」


「良い質問です。 二十パーセントが向こうで、八十パーセントがこちらです。 あちらは今二十パーセントの意識で生きています。 死んではいません安心して下さい。 元の身体に戻ってもここでの記憶は残ってます。 そこが夢と違うところ、そして戻った時の時間はRONが現われた時刻とほぼ同じです」


「?そこのところ解りません」


「この世界には時間の概念が無いんです。 いつも今! 地上のような時間の流れが無いのです。 思ったと同時に形になる世界それが本来のありかた。 ピリカさんの世界は時間という制約というか錯覚の中で生きているんです」


「時間が錯覚……? なんのこと?」


「突然ですがピリカさんはどんな動物が好きですか?」


「動物、パンダ」


次の瞬間ピリカの隣にパンダが座っていた。


「えっ?&$=#$ 」ピリカは驚いた。


ルーが微笑んで「これが時間の概念が存在しない証しで思いが即形になる。 だから、ここには地上のような嘘偽りは通用しません。 何故ならすぐ形になる世界だから。 嘘、偽りは存在しません。 どうですか理解できましたか?」


「はい、なんとなくですけど…… あっ、それとルーさんはいつもその様なぼくとつとした話し方するんですか?


「私の個性です。 次に向こうに視える集団の中を覗いてみましょう」


瞬間、ルーが指さした集団の中に二人は移動していた。


「皆さん、こちらピリカさんです。 地上からRONさんが連れてきてくれました」


「ピリカですこんにちは」


「よろしく」


不思議と皆の親しみの波動がピリカを包んだ。 ピリカはその波動に優しさと懐かしさと慈しみを感じて急に涙が溢れてきた。 同時にその集団も泣いていた。


「解りますか? ピリカさんの思いがそのままこの集団にダイレクトで繋がったんです。 あなたとここの住人は繫がってるのです」


二人はその後、自然の散策などシャンバラ世界を探訪してきた。


「ところで、ここの人達は食事しないんですか?」


「基本、食事という概念はありません。 ピリカさん達のような肉体ではないから」


「でも、身体があるから維持するために?」



「ピリカさんが肉体に視えているのは、あなたの固定観念がそうさせてるからです。 意識あるものは人の形をしているという思いこみがそのように映るのです。 日本では神様も人の形をしてるという観念があります。 本来、神に形はありません。 身近に感じたいので愚像化してるのです」


「じゃあ、病気は無いの?」


「当然ありません。 当然病気という概念もありません」


「出産は?」


「意識の結合はあります。 それで進化した意識になるんです。 基本性別もありません」


「だってあの集団には色んな人が?」


「個性はあります」


「じゃあ、私はみんなからはどういう形に見えてるのかな?」


「ピリカさんの表面意識が女性なのでまだ女性形です」


「まだって?」


「そのうち男女の融合というか超越する時が来ます。 その時はピリカさんに男女の区別が無くなります。 何度もいいますがここは想念の世界でもあるんです」


「そうでしたね。 物覚えが悪いもので……」


「覚える必要は無いんです。 もう既に知ってることなのです。 ピリカさんが忘れたと思ってるだけです」


「だって私、聞いたこと一度もありませんけど」


「むっとしないで下さい。 ピリカさんにも沢山の前世があって既に学んだことなんです。

今はむこうの世界に近いだけで思考が混乱してます。 少し時間が経つとすぐ覚醒します。 もうそろそろ戻ろうと思いますが、他にこの世界について質問は?」


「単純な質問ですけど、私はなんでシャンバラに来たのでしょうか?」


「あなたの故郷でもあるからです」


「帰ってから人に話しても構わないでしょうか?」


「構いません、でも多くの人は信用してくれないでしょうけど」


「もし、ここに興味ある人がいたら教えても構いませんか?」


「全然構いません。 でもここは誰でも来られる所ではありません。 容易に出入り出来ないのです」


「私はまた来られますか?」


「RONに頼んで下さい。 ピリカさんは出入り自由です」


「あと、ルーさんは私となんの関係があるんですか?」


「ルーはピリカさんであり、ピリカさんはルーですからいつでも一緒です。 今日は会話が出来てよかった」


次の瞬間、家の前で愛犬モモを相手にじゃれ合っているピリカの姿があった。


「えっ? リアル! ねぇ、モモ、私、ずっとここにいたの?」


「そうだよどうしたの? なんで?」


「わたし、変じゃなかった??」


「いつも変だけど、なんで?」


「なにそれ、ガッペむかつく、散歩してやらないからね! モモのバ~カ」


「ピリカ、噛んでやろうか」


「ごめん……」


「今更おそい、そのうち噛む」


夕食の時間。


「お父さん、シャンバラって聞いたことある?」


「シャンバラって伝説の地下都市っていうやつか?」


「え~、お父さん知ってるんだ。 わたし、今日行ってきたんだよ」


「どうやって?」


「龍のRONに乗って、羊蹄山のニセコ側の中腹に入口があったんだよ」


「お前、マジか?」


「本当だよなんで……?」


「じゃあ、どんな所だったんだい?」


ピリカは見聞きしたことを説明した。


「ピリカの話しは信憑性がある。 昔、父さんが読んだドウリル博士が書いた本の内容と酷似してるよ。 凄い体験したな。 また行くのかい? 今度いつ行くの?」


「わからない、今日だっていきなりRONが現われて、予告無しで連れて行かれたんだもの」


母、洋子が入ってきた。


「向こうで聞いてたけど、それってお父さんが昔羊蹄山には地下世界と行き来できる洞窟があるって、むかし話してたけど本当だったのね、お父さんは何処で聞いたの?」


「昔、真狩村に住んでた頃、隣のセキロウ爺さんから聞いたんだ。 なんでも将来シャンバラと地上とが結ばれるだろうっていう話をよく聞かされたもんだ。 その爺さん変わり者だからみんなははなし半分で聞いてたんだ。 父さんもそのうちの一人なんだけどね。 今思うと、ちゃんと話しを聞いておけばよかったかな、ちょっと悪いことしたかな?」


ピリカが「うん、それは父さん悪いことしたと思うよ」


「おい責めるなよ。その時はそう思ったんだから」


猫のミミが寄って来た。


「ねぇピリカ、耳のうしろ、なでなでして~ねぇ」


「待ってね、もう少ししたらやってあげるから」


「今やって……ねぇ!」


「ミミ、うるさい」


「ウガ、ピリカむかつくけど」


「あんたねぇ、モモもミミも自分勝手なんだから」


「ピリカ、うざい」


「ミミ、なんか言った?」


その様子を見ていた父親が「ピリカ、ミミなんて言ってるの?」


「ミミの裏なでなでしてだって」


「ミミおいで。お父さんがやってあげるよ」


ミミは父親の膝の上に乗った。


「ピリカのバ~カ」


「ミミ、あんたねぇ、ぶっ飛ばすよ」


母親が「ピリカ、よしなさい」


ミミが「そうだそうだ、ピリカ、べ~だ」


ピリカは母親に「ミミが私にべ~っていってる」


「ミミもいい加減にしなさい餌あげないよ」


「ミャオ~$%&&”#’’%Y:デブ、ババァ」


ことばお母さんに通訳していいのかい?」


それを聞いてミミは一目散に逃げた。


母親が「ピリカ、今ミミはなんて言ったの?」


「デブ、ババァだって」


「ミミ! チョットこっちおいで! お風呂に入れるよ! たくもう!」


父親が「我が家はピリカの通訳のおかげで飽きないな」


「冗談じゃないわ! 毎日餌を与えてるのは誰だと思ってるの? ミミ、こっちおいで!」母の怒りはおさまらない。


横ではピリカと父親が吹き出していた。 ミミはモモの小屋にいた。


「ねぇモモ、お母さんにデブ、ババァって言ったら凄く怒られちゃった。 ここで寝ていい?」


「ああ、いいけど、そんなこと言ったら駄目だよ。 お母さんはそういうことに傷つく年頃なんだから」


「うん、わかった。 私、寝るもん」


「ハイ、お休みミミ」


しばらくしてピリカがモモのところにやってきた。


「ねぇ、ミミ来なかった??」


「知らないって言って」ミミの小さな声がした。


「知らないし見ていない」


「あっ、そうかい? ミミの好きなお魚あるのに」


小屋から声がした「います、ここにおります。ミャ」


「はいどうぞ。これはミミの分。 ちゃんとお母さんに謝っておきなよ」


「ピリカ謝って」


「なんで私があんたの変わりしなきゃいけないのよ、ぶっ飛ばすよ!」


「ミャ!」





五「体内離脱」


「ミミ、モモおはよう、学校行ってくるね!」ピリカが登校前に声をかけた。


ミミがどことなく淋しげに「ピリカ、さよ……%$&%」


「ミミなんか言った?」


「行ってらっしゃい、ピリカ」


「ミミ、モモ帰ったら三人で尻別川に散歩に行こうね」


六時間目の授業中、母親からメールが入った。


「ミミが調子悪いみたい! 早く戻って事情を聞いてちょうだい」


ピリカは胸騒ぎを覚えた。


「マリコ、ゴメン今日急用出来たの、掃除当番変わってほしいの……いい?」


「うん、わかったよ早く帰りな」


ピリカは電話をかけながら自転車を走らせた。


「お母さん、ミミどうかしたの?」


「うん、朝から食欲無いし元気も無いのよ。 だからミミに聞いてほしいのあんた今どこなの?」


「今、ビデオ屋の所だからあと十五分くらいで着く」


「わかった。気をつけて!」


大急ぎで帰宅したピリカはミミのいる和室に向った。


「ミミ、ただいま、どうしたの?」


何の反応もなかった。


「ミミ、ねぇ、ミミ返事して」


ミミは目を開けた「ピリカ、私……もう駄目みたい、モモは?」


「うん、今モモ連れてくるから待って」


ピリカはモモの所に走った「モモ、ミミがミミが」


「ミミがどうしたの?」


「元気ないの、で、モモって言ってるの」


モモも駆けつけた。


モモが「ミミ、どうしたの?」


応答しなかった、いや出来なかった。 ミミは全身の力が抜けていくのを徐々に感じていた。

ピリカには意味が全く解らない。 とにかくミミの一大事で生気が抜けていくのが感じられた。

その時、ルーに聞いてみようと心に浮かんだ。


刹那だった「血栓が心臓の血管を塞いでいる。 あなたが処置しなさい」ルーの答え。


「私、そんなことやったこと無いし、出来ないよ」


「あなたがミミの身体に入って血栓を取除く急ぎなさい」


「何のことか解らない……?」


「右手をミミの心臓に当て」ルーの言われるように意味が解らないまま従った。


「次に意識を心臓の詰まった血管に集中する」


ルーの力強い意思の力を感じた。 次の瞬間ピリカの目に映ったものは心臓だった。


ルーが「ミミの心臓」


「えっ、うっそでしょ?」


「次に太い血管を探す」


「血管だらけだけど、あっ? この血管だけ黒ずんでる」


「その中に入って血栓を全部取除く」


ピリカは指示に従った。 程なくして血栓はピリカの手によって完全に除去された。


「もう大丈夫」ルーの意識が伝わってきた。


次の瞬間ピリカの意識も元に戻った。 同時にミミは大きく息をして目を見開いた。


「みんなどうしたの? モモ家の中に入ってきてお母さんに怒られるよ」


その声を聞いたモモは「あんたねぇ」と言いながらミミの頭を丁寧に舐めた。


母親がピリカにそっと聞いた「あんた、また何かやったの?」


「うん、心臓に血栓があって取除くように指示されたから、全部取ったの。 そしたらああなった」


「あんた、凄いことやったのね」


その時ミミが「ピリカお帰り。 帰り早くない?」


「あんたねぇ、今にも死にそうだったのよ。 あんたの心臓の血管が詰まってて私が綺麗に掃除したんだからね、感謝してよね……」


「ピリカ、何でそんなに偉そうなの?」ミミには事の重大さが理解できてなかった。


「あんたね」ピリカの目から涙が溢れていた。


「私、隣の家に遊びに行ってきま~す」ミミは走り去った。


ピリカが「モモ、どう思う? あいつの態度」


モモはしっぽを大きく振り黙って犬小屋に戻っていった。 ピリカは部屋に戻り、今の出来事を振り返ってみた。 そして、もう一度ルーに語りかけた。


「ルーさん、さっきの事なんですけど、人間の体内にも侵入出来るんですか?」


「できる」


「コツは何ですか?」


「呼吸を合わせること。 あとは経験」


「経験か……」


ピリカが「モモ、散歩行くよ。 ミミは戻った?」


「ハイよ。でもミミまだ帰らない」


「モモ、ミミ呼んで」


モモは隣家に向って遠吠えした。


すぐ反応があった「ミャ~」


ミミが足早に戻ってきた。


ピリカが「ミミ、身体の調子どう?」


「いつもと変わらないけどなんで?」


「よかった。 これから川に散歩行くけどミミはどうする?」


「ミミも行く」


「じゃあ三人でしゅっぱ~つ!」


三人が川の土手を三十分ほど歩いた時だった。 何か黒いものが道の端に横たわっていた。


「モモ、あの黒いのなんだと思う?」


「鳥の匂いがするけど、私には見えない」


「そっか、目は私の方がいいもんね」


三人は恐る恐る近寄ってみた。


一番先に反応したのはミミだった。


「あれ、トンビでしょ!  ピリカ怖いよ」


「そっか、ミミの天敵だもんね、でもあのトンビなんか変?」


そのトンビは羽を痛めたらしく飛べないでいた。


「トンビさん、どうしたの?」ピリカが優しく言った。


「車に羽をぶつけてしまい、何だか思うように飛べないのさ」


「痛むの?」


「痛い、あんた人間なのに私の言葉わかるの?」


「うん、わかる」


遠くから見ていたミミが声を掛けてきた。


「ピリカ、早く行こうよ、トンビなんかほっといて行こうよ」


ピリカは振り返って「あんた、なにいってるのよ! たく! 生きものはみんな一緒なの。 命あるものはみんな大事。 あんただってさっきは死にそうだったんだからそのくらい解りなさい!」


「ミャ~%$#&%’」


ピリカはまたルーを念じた。


返答がきた「羽に骨折はない、筋を痛めてる」


「ミミの時のように私に癒せる?」


「癒せる」


ピリカはトンビの顔をみて「トンビさん、これから私はあなたの痛めてる羽を触ります。 驚かないで危害は加えないから」


トンビの羽にそっと手を当てた。 さっきと同じように小さくなったピリカには羽の筋が見えた。 翼の中程の筋が黒く熱も感じられた。


「ここね。 え~と?どうするの?」


「健康な元の状態を意識して手でさする」ルーの指示だった。


一生懸命両手さすっていると筋は段々と熱が引き色がピンクに変わってきた。


「もう大丈夫」ルーの声がした。


意識が戻ったピリカはトンビに「羽、動かしてくれる?」


トンビは何度か羽ばたいて見せた。


「全然痛くないです。 もう家族と会えないかと思いました。 ありがとうございました」


「もう大丈夫と思うけど無理しないでね」


その後、トンビは何度もお礼をいって飛び立った。


ミミが「ピリカ、行こう」


「ミミ、チョット待ちなさい。 あんたねぇ、さっきの態度はなんなの? あんたって冷たい猫ねぇ……」


「だって、トンビはいつも私達を空から狙ってるのよだからつい……」


「あんた、聞いたでしょ、トンビにも家族がいるって」


「トンビに家族がいたらどうしたの?」ミミは不思議そうな顔をして言った。


「まっ、どちらにしても命は大切なの! 解った?」


「ミャ!」


「モモ行くよ」


家に戻ったピリカは母に話した。


母親が「あんた、どこでそんなこと学んだのよ?」


「ガイドのルーさんが教えてくれたの」


「私にもそのガイドいるのかい?」


次の瞬間「とうぜん」と伝わった。


「いますって」


母親は目を大きく見開いて言った。


「私も話してみたいけどどうやったらいいの?  聞いてみて」


「肯定」


「肯定しなさいだって」


「肯定か……」


母親は人差し指を顎に当てながら「何を肯定?」


「自分のガイドの存在を肯定でしょが」


「するする」


「お母さん、何それ? その、するするってなんか軽くない?」


「軽かった?」


「駄目だこりゃ……」


就寝前にピリカは布団の中で今日一日のことを振り返った。 ショッキングなことが今日は多すぎた。


「何で私が? 他にどんな能力があるんだろう?」


次の瞬間だった「チャネリング」心の声が聞こえた。


チャネリング? なにと?


「意識体」


「意識体? 例えば?」


「死んだ婆ちゃんの意識」


「お婆ちゃんに会いたいお願いします」


次の瞬間、祖母の意識体とチャンネルが合った。


「お婆ちゃん?」


「ピリカかい?」


「うん、わたしピリカ」


「そっちのみんはな元気でいるかい?」


「うん、みんな元気だよ。 お婆ちゃんはどんな世界にいるの?」


「お前が視たシャンバラに似たもうひとつ上の世界」


「毎日、何やってるの?」


「他の存在達の役に立つ仕事」


「お爺ちゃんは一緒?」


「いや違う世界」


「なんで?」


「魂は自分の意識に合った世界が一番居心地がいい、お爺ちゃんは自分にあった別の世界にいる」


「お婆ちゃんは行かないの?」


「お婆ちゃんにはこの世界が自分を表現できて一番居心地がいい」


「へぇ~? そうなんだ」


「こっちは私と同じ意識の人達」


「じゃぁ心の葛藤とかストレスって無いの?」


「全く無い。 考えが全て相手に伝わるから、ピリカの世界のようなことはない」


「楽しいの?」


「毎日楽しい。 人間的な楽しさとは意味合いが違う」


「どう違うの?」


「簡単にいうとピリカの世界はものごとを自分の為にする。 多くの人は自分の利になることを考え自分の為に蓄える、そこが大きく違う。 この世界は他人に施しをするのが楽しい、みんな同じ考えだからいつも恵まれてる。 全てが」


「な~んか良くできた世界だね」


「機会があったらもっと上の世界も視てくるといい。 為になる。 今日は懐かしかった。

お前に会えて。 またおいで」


そしてピリカは戻った。


「今日は何だか疲れたから寝よう」





六「パラレルワールド」


  母親が「ピリカ、今日の帰りは遅くなるのかい?」


「いつも通りだけと思うけど何かあったの?」


「聞いてみただけ」


「なにそれ? あんたはミミか……」


「モモ、いってきま~~す」


いつも通り自転車を走らせ橋のたもとに来た時だった。


「上!」突然ルーの声。


「……え、上?」自転車を止め上を見て呆然とした。


空にはとてつもなく大きくて丸いUFOがピリカの真上でホバーリングしていた。 


「UFO? でかい……! もしかして私は誘拐されるの?」


 橋の向こう側から歩いてくる女性三人は全然気付いてない。


「あなたにしか視えない」


「なんで私だけ……?」


「波長が合った」


「そんなもんなんだ??」


「そんなもん! 乗る?」


「学校行くから乗らない」


ピリカはルーの誘いを断って学校に向った。 それにしても倶知安は自衛隊がいるのにレーダーに反応しないのかしら? 大事な税金使ってなにやってるの……たく。 ピリカは変なところに冷静だった。 授業が終わり校舎から出てすぐ空を確認した。


「右良し・左良し・上空良し・ピリカ下校開始」一人呟くピリカだった。


今朝、UFOを目撃した橋に自転車を止め空を眺めたその刹那。


「行こう」


突然、なに者かが呟いてきた。


「ルー助けて!」恐怖からルーに助けを求めていた。


「大丈夫!」


次の瞬間、薄い乳白色の室内にピリカは移動していた。 そこは部屋全体がふんわりしていて、空気感が清々しく穏やかでなんとも居心地がよかった。 突然、三体の白く光る人影のようなものが姿を現した。 


これってもしかして宇宙人なの? 恐る恐る「あなた達はだれ?」


一人の意識がピリカの胸に飛び込んできた。


「あなたをよく知る者」


その瞬間、懐かしさを感じ胸が熱くなりついには大泣きするピリカがいた。


その三人も同様に泣くのが伝わった。


「もしかしてあなた達はわたし?」


「そう、未来の」


「私の未来は宇宙人なの?」


「その表現は不的確。今のあなたも立派な宇宙人。 当然人は皆そう。 宇宙人という概念は地球だけのもの」


「あっ、そっか、そうよね」


三人からの笑いの波動が伝わた。


「どの位、未来なの?」


「今の地球の計算だと三百年後くらい。 未来の地球には時間という概念がありません。 正確には語れません」


「あっ! 知ってます。 先日シャンバラに行った時に同じ事を教えてもらいました。 時間軸の消滅ですよね」


「理解いただいて嬉しいです」


「ところで、今日は朝から私の上にUFOが出現してどうしましたか?」


「質問の答えの前にひとつ訂正します。 あなたの言うUFOとは未確認飛行物体のことです。でも今のあなたにとって未確認ではなくなったので宇宙機と呼んで下さい」


「あっ、はい解りました」


「今朝、急に現われたのではありません。 今までも幾度となくあなたの上空におりました。 今日はあなたの周波数が私達に同調したので初めて視えたのです」


「それって、私の周波数が上がったって事ですか?」


「そうとも云えます。 正確に言うと元に戻ってきたと表現した方が適切」


「で、何で宇宙機に乗せられたんですか?」


「宇宙を見てみませんか?」


「見たい。 みたいです!」即答した


「こちらにどうぞ」違う部屋に誘導された。


そこは透き通った空間、でもガラスではない独特の透明なシールドで囲まれていた。


「目の前にあるのが地球、右が月。 少し変わったものを見せます。 軽く眼を閉じて下さい」


ピリカは言われるまま軽く眼を閉じた。


瞼に浮かんだのはグレーの星だった。 よくみると柄が地球によく似ていた。


「地球に似てる? これは?」


「ピリカが住んでる今の地球」


「待って下さい。 地球はこんな色じゃありません。 さっきあなた達もみたでしょう?」


「今見えるたくすんだ地球は、今のアストラル体の地球。 

今、住んでいる地球の想念体の姿。 地球のアストラル体と人間のアストラル体が同調して黒ずんで視えてます。 そのネガティブなエネルギーの歪みが自然災害として現われてます。 本来の地球はあなたの視てきたシャンバラのような環境。 近い将来地球は再生されます。 但し、ただ再生されるわけではありません。 今は産みの苦しみのようなもので、これを超えなければなりません」


ピリカは胸が締め付けられる思いで徐々にネガティブになってきた。


「あなたを責めているのではありません。 あなたには今の地球の姿を確認してほしかった」


次の瞬間、元の場所に戻っていた。 今の地球の人間ってバッカじゃないのまったく、何故か後味の悪さを感じていた。


「モモ、ただいま~」


「お帰りピリカ。 今日も早いねぇ」


「うん、何だか解らないけどお母さんが用事あるみたい。 だから早く帰ったの、それより今、宇宙人と会ったよ」


「宇宙人ってなに……?」


「この地球以外の人のこと、わかる?」


「……?」


「まっ、いっか…あとでね。 それより最近ミミの姿見てないけど」


「ミミに彼氏出来た。 不良猫してる」


「えっ! 相手は何処の猫?」


「裏の方に住んでる黒猫のニャン吉」


「ふ~ん、ミミに彼氏か~。で、そのニャン吉ってどんな猫なのよ?」


「たまに私の前を通って何処かに行くけど、興味ないから」


「そっか、ミミにあったら彼氏のこと聞いておくね」


「お母さん、ただいま~ミミが不良になって彼氏出来たって知ってる?」


「何ですか急に」


「ミミに彼氏出来たんだって」


「知ってるよ。 黒い猫でしょ? 最近遊びに来るけど」


「ニャン吉って言うんだって」


「ニャン吉か、今度餌でもあげようかね」


「それとお母さん、今日は何かあった?」


「なんで?」


「朝、帰りは遅くなるのかい? って聞いてたからなにか用事あるのかなって」


「そのあとに聞いてみただけって。 言ったでしょ」


「うん、言ったけど」


「そんだけ」


「そんだけ?」


「そんだけよ」


「本当に本当にそんだけ?」


「そんだけていうか、ピリカしつこい」


「な~にそれ…」


「そんな事より、ミミがデートしてたら呼んできて。 彼氏にもおやつ食べさせてあげるって」


「わかった。見かけたら言っておくよ」


部屋に戻り宇宙機での出来事を思い起こしていた。


三百年後の私?


時間軸の消滅?


本当の地球……?


三年に進級してからいろんな事が起こりすぎて、頭の整理を出来ていなでいた。


ルー、RON、宇宙機、体内離脱、シャンバラどれも初めて経験することばかり。 

ていうかなんで私が……?  ベッドで横になりながら、もう一度自分を見直してみた。


「以前から動物と話しできるけど、それとこの一連の事はなにか関係あるのかなぁ?」


その時だった。 突然ド~~ンという音が響きわたった。 ベットから飛び起き、辺りを見渡して二度ビックリ。 倶知安の自衛隊に何かあったのでは? 次の瞬間、あっ、私が寝ている……、えっ? もしかしてわたし死んだ?


「体外離脱」ガイドのルーだった。


「この前の時とすこし感覚が違うんですけど……」


「今回は完全離脱」


「へ~体外離脱にも種類があるのか……?」


「ある」


「で、今度はどこに?」


「パラレルワールド」


「パラレルワールド?  初めて聞く言葉。 あのう、簡単に説明して下さいませんか?」


「怒ってますか?」


「いつも突然で少しいらってしてるだけ……」


「時間の感覚が無いので失礼」


「いえ、いいですけど。 気を悪くしないで下さい今のわたしの言動謝ります。 すみませんでした」


「パラレルワールドとは平行宇宙の事をいいます。 宇宙はたくさん存在します。 当然たくさんの地球があってたくさんのピリカさんが存在します。 それらが平行して同時に存在することです。 そして微妙に影響し合ってる」


「じゃぁ、私と同じ女の子がこの宇宙に何人も存在するということですか?」


「はい」


「それって見られますか?」


「何人か見てみましょう」


ピリカは何ともいわれぬワクワク感をおぼえた。 次の瞬間、地元倶知安町の通い慣れた学校の教室。


「なんだいつものクラス?」


しかし教壇で生物を教えている先生は、なんと!チョット老けたピリカだった。


「えっ……これってわたしなの? しかも、私の好きな生物の先生になってる。 それに生徒の中にはミヨリや理恵もいる……超うけるんだけど」


「つぎ行きます」


「なにここは?  石造りの洋館が建ち並ぶこの雰囲気はヨーロッパ?」


「イギリス」


「えっ!わたしの憧れの国……」


そこに一人の女性が路上で絵を描いているのが見えた。 どことなくピリカに似た雰囲気がする。 しかも顔はピリカの目鼻立ちを白人風にアレンジした感じだった。


「ルーさん、これもわたし?」


「そう」


「え~本当に? 私はイギリスが好きで、町並みをスケッチしてみたい。 出来れば絵を描いて生計を立ててみたいと思ったことあるの」


「パラレルには法則があります。 自分がなりたい職業やどことなく哀愁を感じる場所などは、既にパラレルの自分がやっている可能性があります。 思考に無いものは形になりませんから。当然、同じ職業を選ぶ自分も存在します」


「じゃぁ、動物と関わっている私は存在しますか?」


「当然」


次の瞬間学校内が視えた。

 

「ここ何処?」


「北海道大学獣医学部」


ピリカは授業を受けていた。


「えっ、私のパラレルに頭の良いのがいるんだ。 凄いね北大か……面白い!」


次の瞬間ベッドに横たわる自分が確認できた。


「そっかぁ、パラレルワールドか…… 私の知らない世界って沢山あるんだ。 あっ、ルーさんに聞き忘れたことが…… ルーさ~~ん」心で念じた。


「なにか?」


「今までの全ての事はなんで今で、そしてわたしなの?」


「質問の意味が解りません」


それ以後ルーからの返答がなかった。


「どういう事?」


その時、玄関の方からモモの声がした。


「ピリカ、ミミ戻った。 ニャン吉も来た」


どれどれニャン吉はハンサムさんかな~?


「お母さん、ミミ帰ったよ。 ニャン吉も一緒だって」


「わかった。今行くから待ってるように伝えて」


母親とピリカはおやつの缶詰を用意して外に出た。


「こんにちは、あなたがニャン吉くんね!  わたしはピリカ、こちらがお母さんです」


「僕ニャン吉、三歳。 ピリカさんの話しはミミから聞いてます」


「へ~で、どう聞いてるの?」


「とっても話のわかる人間で、すこし気が強く怒ると手が付けられないって」


「そうですか…… ミミ、あとで話しあるから。 今日はお母さんがおやつ用意してあるから食べてね」


「ニャン吉さん、わたしがお母さんです。 ミミがお世話になってます」


ミミが「ねぇピリカ、お母さんなんて言ってるの?」


「ニャン吉さん、わたしがお母さんで、ミミがお世話になってます。 ありがとうって言ったの」


ミミが「さすがお母さん。 ピリカもこういう言い方出来ないのかなあ?」


「あのね!」ピリカは少しむかついていた。


ニャン吉が「ミミの家、面白いね、ぼくらの言葉がわかるって最高!」


ミミが「そうでもないよ。 お母さんは優しいけどピリカは……」


「ミミ、なんだって! 最後までいってみなよ」


ミミが「お母さんこれ美味しいね! わたしの場合、沢山食べなくっちゃならないから」


ピリカはすかさず「何だって? あんたもしかしてお腹に赤ちゃん……?」


「みゃ」そのまま二匹は消えた。




七「霊能者Fとピリカ」



ピリカは高校を卒業し札幌市内の大学に理恵と一緒に入学した。 ピリカは獣医学部、理恵は建築学部へ通うことになった。 札幌に来て三ヶ月が過ぎた頃。


ピリカが「理恵は夏休み帰省するの?」


「親が、バイトがないなら帰ってこいって言うからとりあえず帰る。 どのくらい帰ってるかわからないけど。 で、ピリカは?」


「一週間ぐらい帰ろうと思う。 モモやミミとその子供達にも会いたいし。 でも、その前にアルバイト探そうと思ってるんだ」


「私も秋からアルバイトする。 いい所あったら教えてね」


「了解」


ピリカはアルバイト情報誌を購入した。


「なにこれ? 夜の商売ばかりじゃん。 でも、日中の仕事と違い時給高いのね。 時間的には都合良いし、内緒で夜働こうかな……? 短期間で稼いじゃおうかな?」安易な考えだった。


そしてピリカは夜、働く事にした。


ここはススキノにある「スナックRON」そう、ピリカは内容はともかく、店名に惹かれて勤めることにした。 夜八時から十二時迄の四時間で一万円。 別途タクシー交通費支給。 夜の仕事は同い年の友達が働く一般のパートの倍以上の時給。


初日、和子ママから他のホステスに紹介された。


「今日から働くピリカちゃん二十歳。 昼間は大学生ですって。 この商売初めてだからみんな丁寧に教えてあげてね。 初日はキョウコちゃんに教えてもらって」


「私、キョウコ宜しく」


「私、アケミ宜しく」


「私、リエ宜しく」


「ピリカです。 何もわからないので、どうぞよろしくお願いします」


勤めてから二ヶ月が過ぎた頃だった。


「いらっしゃいませ~~」


「おう、ピリカちゃん元気だった? だいぶホステス業が馴れてきたみたいだね」


「はい、おかげさまで緊張しなくなりました。 オネェ様達が良くしてくれますので」


「それは良かった。じゃぁ乾杯」


RONはカウンターだけのBARスタイルの店。 ママが大の麻雀好き、役が出来て上がった時の「ロン」というかけ声が好きで店名にしたらしい。


ある時、客の小林が「最近さぁ、犬のムラサキの調子が変なんだ。心配でさっ」


「動物のことならピリカちゃんが詳しいですよ」リエが言った。


ピリカが呼ばれた「小林さん、いらっしゃいませ」


「ピリカちゃん、動物のこと詳しいだって?」


「この春から勉強を始めたのでまだ何にもわかりません。 因みにワンちゃんどういう症状ですか?」


「たまになんだけど食べてすぐもどすんだ」


「予防接種しましたか? もしかしてフィラリアかもしれません」


「やってない、座敷犬だし散歩しないからいいと思って」


「フィラリアは蚊が媒体ですからそういうの関係ないと思います。 獣医へ診せて注射して下さい」


「ありがとう。明日、病院に行ってみるよ」


そんな具合にピリカはペットの相談も多かった。 だが、ピリカの他の能力のことは一切話していなかった。



 RONに勤めて半年が過ぎ、従業員ともすっかり仲良くなり、客が入り始めるまでの一時間あまり、先輩ホステスとの雑談がピリカお気に入りの時間となっていた。


リエが「私のホステス仲間の夢香って娘なんだけど、今、スピリチュアル系にはまってるのね。一年ぐらい前から東区にあるFの会の会員になってるらしいの。


アケミが「Fの会? あっ、それ聞いたことある! スホステス系が結構入信してるって聞いたことある」


リエが続けた「夢香の話しだと、会費は月三千円でまあ普通なんだけど。 事あるごとに除霊代三万円だとか、先祖や水子供養代五万円だとか、あなたの守護霊は力がないから十万円で交代しませんかって、結構な代金を要求されるらしいの……。 だから私、それってお金目当てでしょ? 辞めなさいって言ったの。そしたら、夢香がこんな事言ったの。 『教祖のFさんには龍神様が憑いて守護してるの。 だから絶大な法力があるから邪悪な霊は太刀打ちできない。 そしてそのFさんは、宇宙とも交信できる脳力があるの、宇宙人は今の黒い地球はこのままだと終焉を迎える。 それを救うためにはFさんと私達会員の祈りが大事』っていう話しなのどう思う?」


キョウコが「言ってることはもっともらしいけど、先祖や水子供養など昔からある霊能者の現代版みたいだね」


アケミが「聞いた話しだとそのFさんにどうして名前を名乗らないの? って誰かが質問したらしいの、そしたら『売名行為は一切しません』だって。 なもんだからこれは本物だって一気に広まったらしいのよ」


キョウコが「ますますごもっともな話しね、ピリカはどう思う?」


ピリカは「龍の存在は認めるけど、自分の守護霊を変えるなんて本当にそんなことありえるの?って感じです」


リエが「そうよね、目に見えない話しは実証できないし解らないものね。 言った者勝ちみたいなもんよ、でも、そういう話し結構好きなの私……」


「いらっしゃいませ~~」ママの声だった。


それから数日が経ちリエが「この前のFの会の話しなんだけど講演会に誘われてるのよ。 だれか一緒してくれない?  講演料はビギナーは無料なんだって、ねえ誰か付き合わない?」


だれも手をあげなかった。


「ねえ、ピリカちゃん付き合ってくれない?  途中で帰ってもかまわないらしいし! 

ねっ、ピリカちゃんどう?」


「……わかりました。 いいですけど……」渋々こたえた。


 

 二人は会場を訪れた。 五十席ほどの小さな会場で、ピリカが味わったことのない独特の雰囲気が感じられた。


受付で「どなたのご紹介ですか?」と聞かれ、


「夢香さんからの紹介です」


その時、後ろから「リエちゃん、いらっしゃい」夢香だった。


「どうぞ、ご自由に席にお座り下さい」受付の丁寧な応対だった。


ピリカは席について会場の雰囲気を感じていた。 開演の時間となり正面のホワイトボードの前に現われたのは、年の頃なら五十代と思われる小太りでチョット派手目な婦人だった。 会場は一気に緊張と静寂に包まれた。


「皆さんこんにちは。 今日はようこそFです。 今日の講演内容は………」


ほぼ二時間、霊障の話しから、宇宙の事など面白おかしく話は続いた。 会話によどみが全く感じられなかった。 言葉を巧みに使い分け内容は興味をそそるものだった。 ただし龍神の話以外は……


質疑応答の時にその事を聞こうとピリカは思っていたが、最後まで質疑応答は無く講演は終了した。 リエとピリカが会場を出ようとしたとき二人に声が掛かった 。振り返ると会の役員らしき中年男性。


「お二方さん、ちょっとお時間よろしいですか?」


「ハイ」リエが応えた。


「お二方は夢香さんのご紹介ですよね?」


「ええ」


「Fさんのお話しの内容はどうでしたか?」宗教関係者らしい丁寧な優しい口調。


リエが「はい、大変参考になりました。 ありがとうございました」


「今日の話しで何かご意見や質問はありませんか?」


ピリカが「ひとついいですか?」


「はいどうぞ」


「Fさんは龍のことを龍神と言ってましたけど、私の認識では龍は神の使いであって、神とは違うって聞いてますけど、その辺のところ教えてくれませんか?」


「昔から龍神っと言いまして、龍は神扱いされてますけどそれがなにか?」


「羊蹄山のRONさん、賀老の滝のBANさんが、龍は神ではないって本人が言ってたものですから……」


リエが「本人って? 龍、本人ってこと……?」


「ええ……」


その中年男性が言った「Fさんはそんなこと言ってませんでしたが」


「だから私そのへんのところ質問しようと思ったら終ちゃったんです……」


「ピリカさんはその龍神さまとどんな話しを?」


その男性はどこかピリカを小バカにしたような蔑む言い方だった。


「だから、自然をつかさどるのが龍の仕事だって……」


「それはその、RONさん? BANさん? どちらが?」


「賀老の滝のBANさんです」


「ちょっと待って下さい」その中年男性は席を外した。


そこに遠くからその様子を見ていた夢香が二人に近寄ってきた。


「リエこの人……なんなの?」


「私も今初めて聞いたのよ……」


そこにFさんが歩いてきて正面椅子に座った。


「あなたが竜神のことで聞きたいという方なの?」


少し威圧的な態度だった。


「はい、私です」


「何故、龍が神でないといえるのかしら?」


「はい、知り合いの龍がそう言ってたものですから」


「なんて?」


「龍は自然を司るもの、神ではない。 と賀老の滝のBANさんが……」


「じゃぁ、ここに出してみなさい。 そのBANとやらを」


「私、そんなこと出来ません……」


「それだけ大きな口、叩くんなら出しなさいよ!」だんだんと威圧的になってきた。


その時、ルーが久々に話しかけてきた。


「ピリカ、感情的にならない! 話に乗らない!」


静かな口調でピリカが切り出した。


「じゃあ、Fさんの龍神さんを先に拝見できますか?」


二人の間に沈黙が走った。


なおもピリカが「Fさん、無理いわないで下さい。 龍はその地域の自然や天候を司るって聞いてます。 我々の都合で簡単に呼び寄せるなんて私には出来ません。 勘弁して下さい」


「じゃぁ、その龍はどんな色と姿をしてたの?」


なんだか素人っぽい質問とピリカは感じた「普通にお寺や掛け軸にあるような形で、色は白い龍と黒い龍でした」


「あなたの龍はまだまだね」


「まだまだとはどういうことですか?」


「まだまだ下のレベルってことだけど……」


「龍に上下があるんですか?」


「当然あるわよ」


「RONが龍は神界と人間界の狭間って言ってましたし、龍に上下はないとも」


「下っ端の龍はそういう言い方するのよ」


「そうですか? わかりました」


「あんた、UFO視たことあって?」Fは話しをすり替えてきた。


「宇宙機は乗りましたけど。 その時、地球も月も視ました」


「嘘いいなさい!」


「あの~。 Fさんに嘘いってもわたしに何のメリットもありませんけど……」


「じゃあ、それはどんな感じだった?」


「感じではありません。実体験をそのまま話します。 全体が乳白色で低い電磁パルスのような音がしてました。 出入り口はなく何処からでも侵入出来ました。 形は丸い大きなものと

卵を少し潰したような小さいタイプしか見てませんけど」


リエと夢香は二人のやり取りを片時も目を離さず聞き入った。


Fは切り返した「あなたの見たUFOは嘘よ! 普通はTVで出てるような、ちゃんとした未来的なアダムスキー型があたりまえなの……」


「そうですか。私は私の見たままを言ったまでですし、アストラル体で乗ったので肉体感覚ではわかりません」


「それも、あなたの逃げね」勝ち誇ったようにFは言った。


「すみません。 Fさんの気を悪くしたのでしたら謝ります。 わたしのガイドからいい争わないようにと注意を受けましたのでこれで失礼します」


「あなたは守護霊とも話せるの?」


「ガイドとなら話せます」


「あなたのそのガイドは霊界のどのレベルにいるのよ?」


「また、レベルですか? それは次元という事ですか?」


「そうともいうけど」


「わかりません。 聞いたことありませんし霊界というよりも私の中にいつもいます」


「あんた、いい加減なことばっかり云って! あなたにはそんな能力ありません」


「そうですか、私のガイドは全ての人間はみんな能力があるって言ってました。 特別な人間は存在しない、もし特別な人間が存在するとしたらみんな特別とも……」


会場の多くの人間が帰らずに二人のやりとりを、一語一句聞き漏らさぬよう固唾を飲んで聞いていた。


「あなたに何がわかるのよ?」


「私にはわかりません。 すべてガイドから聞いた話です。 あっ、もうひとつあなたのガイドから伝言を頼まれましたけどあとでいいます」


「なによ、その思わせぶりな態度。 いいからいいなさいな!」


「でも、みなさんが聞いてますから、あとで」


「なによ、そうやって逃げるつもりなの? 私がいいっていってんだからどうぞ」


ピリカはリエと夢香の顔を見た。


二人は同時に首を縦に振り話すよう促した。


「じゃぁ『自分をしっかり見なさい』って。 そして、わたしにいえそれだけです、もういいですか……」


 

会場は誰ひとり動こうとしなかった。


「生意気なこと言ってすみませんでした」


ピリカはそれ以上なにもいわずに頭を下げ、リエと会場をあとにした。


帰り道リエが「コーヒー飲んで行こうか?」


ピリカを誘いパーラーakubiに入った。


「ピリカ、あんたとんでもない才能あるのね。 よく動物のこととか詳しいのは知ってたけど、もしかして動物と会話できるの?」


「はい、会話は子供の頃から動物と会話してましたけど、それよりFさんに悪いことしたかも」


「そんなこと気にしないの。 だってそういう世界を全く知らない私でさえ、ピリカの方が内容に無理はないし正論だと思うよ。 たぶんそう思った人多いと思うけど…」


「うん、内容と言うよりFさんの悲しさが話しの途中で伝わってきたの。 それがとっても悲しそうだったの…… Fさんは子供の頃いじめられっ子で、ひとりぼっちだったの。 ある時、みんなの気をひくため目に見えない世界を表現してしまったの。 自分を認めてもらい友達になろうとしたのね。 その延長線がFの会だった。 そこに、見も知らずの娘がみんなの前で否定したというか、自分の主張と違うことをみんなの前で話したから…… 

わたしどうしよう、謝った方がいいでしょうか?」


「って言うか、ピリカが教祖みたいね、そんなことまでわかるの?」


「いえ、これは私のガイドが教えてくれました。 私なんかわからないことばっかりです」


「でもさっきFさんとのやり取りはピリカが正論だと思うよ」


「勝手に言葉が出たんです。 私、普段はあんなこと考えていません。 本当に咄嗟に出て来たんです言葉が……」


「まあ、どっちにしても、起こったことは仕方がないし、今後のFの会の様子をみようよ。 案外平気かもしれないよあのFオバサン。 何かあったら夢香が何かいってくるから気にしないで!」


「あ、お店の方には、私のこと内緒にお願いします」


「うん、わかったよ!」



数日が過ぎスナックRONに中年男性が訪ねてきた。


ママが「いらっしゃいませ~」


「こちらにピリカさんと言う方おられ……あっ、あなた」


その客はピリカを指さした。


ママが「ピリカちゃんのお知り合い?」


その客はFの会の役員、あの中年男性だった。 ピリカとリエが出迎えた。


リエが「こちらにどうぞ。 今日はお客様として来られたのですか? それとも……」


「いや、今日は客として来ました」


リエが「お飲み物は何になさいますか?」


「バーボンのロックで」


「はいバーボンです。どうぞ」ピリカが差し出した。


「僕は田坂といいますよろしく」


「ピリカです。先日は失礼いたしました」


「リエです。いらっしゃいませ」


しばらく三人の間に沈黙が続いた。


リエが「田坂さんはススキノによく来られるんですか?」


「いや、めったに来ません。あのじつは……」


リエは何かを察し「私、席をはずしましょうか?」


ピリカは “待って!”という目をリエに投げかけたが首を横に振られた。


田坂が語り始めた「あのあと会からの脱退者が続出し、たぶん来月にも解散すると思います」


ピリカは、なんでそんなこと私に言いに?っと思った。


「そうですか……」とりあえずそういってみたが、それ以外の言葉は見つからなかった。


田坂が「僕も目が醒めました……」


「えっ?」田坂の言葉に呆然とした。


「じつはね、僕も薄々感づいてはいたんだ…… Fはおかしいってね! でも、君のような勇気はなかった。 だんだん信者数が増えるに従って、僕も頭が麻痺してしまった。 気が付いたら指導者みたいな立場に立たされ半分有頂天になっていたかもしれない…… 君の、いや、ピリカさんのおかげで僕の間違いに気が付いたよ。 ありがとう! 今日は夢香さんからここを聞いて君にお礼をいいたくて来たんだ。 目を覚まさせてくれて本当にありがとう」


「今夜はその話しを忘れて飲みませんか? 私とリエさんにもバーボンいただきます? 乾杯しましょうよ。 ようこそ田坂さん」


三人は乾杯した。 その後、なんの噂を聞きつけたのか、ピリカ目当ての客が急に増えはじめ、店に迷惑がかかると考えピリカはRONを辞めた。

 





八「ピリカと覚者花子」



 店を辞めたピリカは授業のない時など暇をもてあましていた。 ホステスで稼いだお金は手つかずで百万円ほど。 この際、本州旅行でも行こうかな……? そうだ! その前に久しぶりに倶知安に帰省してモモやミミと子供達に会いに行こうっと。


「モモ、ただいま~~」


「ピリカ姉ちゃん久しぶり~ 話し相手がいなくて私、寂しかった~」


モモは大きくしっぽを振ってよろこんだ。


「話し相手…… ミミいるでしょう。 ミミはどうしたの?」


「子供たちを私に預けていつもどこかいってる。 ピリカからもなんかいってよ~」


「うん、わかった。 で、チビちゃん達はどこ?」


「私の小屋の中で寝てる。 もうすっかり大人だよ」


小屋を覗くと二匹の猫が重なっていた。


「お~い、ただいま~生きてるかい?」


ユメが「あっ、ピリカねぇちゃんだ」


「はいユメちゃんただいま」


「おっ! ピリおかえり」


「はい、ミロただいま。 っていうかおまえねぇ、ピリカって最後までいいなさいね。 なんでピリだけなの?まったく」


「べ~ べ~」


「なにそれ、お前はミミ似だね……その態度の悪さ」


ピリカは玄関を開け「お母さんただいま~」


「お帰りピリカ」


「ミロちゃんが私に向ってべ~べ~だって、あの態度の悪さはミミゆずりね」


母親は大爆笑していった「ミロはどこかミミに似てると思ったらやっぱりねぇ……フフ」


「久々に会ったっていうのにモモとユメはちゃんとお帰りって出迎えてくれたのよ。 でもミロは私をピリっていうのピリよ…… 私、誰にもピリなんて中途半端にいわれたことないよ。 

おまけに、ピリカって言いなさいったら、べ~べ~だって」


母親はしばらく笑っていた。


「ピリカねえちゃんお帰り~」


「おっ、ミミただいま。 あんた、しばらく見ない間に老けたね、もうお婆ちゃんだね」


「ピリカねえちゃんあんたもね」


「なに! ミミこっちおいで。 ミロのことでいいたいこともあるし」


「ミャ! べ~」ミミは出て行った。


「やっぱりミロは母親似だ。 品が悪る……」


「ところで、お父さんは今日帰り遅いの?」


「普通どおりだと思うけどなんかあった?」


「うん夏休みを利用して旅に行こうかなって思って」


「そんなお金、どこにあるのよ?」


「ペットショップのアルバイトしてたの、たまに頼まれてね。 で、少し貯まったからそれを使おうかなって思ってるっけど」


ピリカは母親に嘘をいってしまった。


「自分のお金で行くんならかまわないんじゃない。 ひとりで行くのかい?」


「うん、ひとりでゆっくり東京・横浜・京都・大阪・神戸なんてどうかなって思ってるの」


「夏に暑いところ行くなんて」


「学生のまとまった休みはやっぱり夏なのよ」


「お母さんは賛成よ。 学生のうちにやりたいこと大いにやりなさいな」


そして、父親からも許可をもらった。 夕食後リビングにミミ親子が遊びに来た。


「ミミ、ニャン吉はこないの?」


「別れた」即答だった。


「なんで?」


「わたし他に好きな猫出来たから」


「お前もやるねぇ、で、ニャン吉は納得してるのかい?」


「ミミをしつこく追い回す」


「誰が?」


「ニャン吉が」


「それはまだミミが好きだって事でしょ?」


「だって、ニャン太郎の方がいいもん」


「か~、お前ねぇ子供もいるんだから、もう落ち着いたらどう?  今度はニャン太郎かい」


「べ~べ~」ミミは罰悪そうに出かけた。


「なんだ、あいつはまったくもう。 ユメとミロおいで面白いことして遊ぼう」


「わ~い。ピリカ大好き」


「よ~し、遊ぼうね」


三人はじゃれ合った。 裏のベランダから猫の声がした。


「ユメとミロ、だれか鳴いてない?」


「お父さんだ!」ミロが言った。


「ユメ、ニャン吉に一緒に遊ぼうっていってきなよ」


「でもお母さんが」


「ミミがどうかしたの?」


「ニャン吉お父さんと会ったら駄目って」


「なんで? ユメのお父さんでしょ。 それに、なんで会ってはいけないの?」


「ピリカねえちゃんから、ミミお母さんに言ってくれますか?」


「いいよ。 ミロちゃんミミ呼んできてちょうだい」


「なんで私なの?」ミロは返答した。


「あんた、ニャン吉父さんに会いたくないの?」


「別に……」


「あっそう…… でも、なんで?」


「母さんが過去を振り返るなっていったもん」


「なんか意味違うと思うけど……」


「ミロちゃん、大事な話するね、ミミ母さんの言うことなんでも真に受けたら駄目だよ。 わからない時はモモにも相談しなさい」


「だってお母さん、モモの話し聞かなくていいって……」


「そんなことありません」


「だって、モモはしょせん鎖に繋がれた犬なんでしょ?」


「あんた、そんな言葉誰に教わったの?」


「お母さんいってた」


ピリカの頭は混乱してきた「あの馬鹿猫ミミ……」



 そして一週間後、ピリカは東京渋谷にいた。


「さすが東京、すべてがが札幌とは桁違いね」


都内を数日かけ自由気ままに歩いた。 その日はハンバーグショップで朝食を済ませ、下北沢から井の頭・吉祥寺に行こうと計画した。 下北沢を見学してから井の頭公園駅で下車し、のんびり公園を散策した。 多くの鳥が飛び交っていた。 たまに鳥と会話してみたくなったピリカは、そっとスズメの群れに話しかけた。


「スズメさん達、何やってるの?」


スズメの集団は突然、人間に話しかけられ警戒した。 小鳥の中でもスズメは非常に警戒心が強い。


その中の一羽が「あんた動物と話し出来るの?」


「はい。 私はピリカ」


「私はピー」


「この公園に住んでるの?」


「そう」


「いい公園だよね」


「そうですか?  わたし他の公園知りませんから」


「そっか、ここは大きい池があって最高よ」


「そうですか?」


「ところでここは鷹とかトンビはいないの?」


「いますよ。 たくさん」


「やっぱりね、私の住んでる北の街では、ミミズクという大きいフクロウとか大ワシもいるの。

ウサギやリスなどの小動物なら捕まえて飛んでいくんだよ」


「ここにも白鳥という大きな鳥がいる」


次の瞬間、スズメの集団は一斉に飛び立った。  猫の気配を感じたからだった。


猫が「あんた誰?」と声をかけてきた。


「私、ピリカ」


「あんたは花子の仲間か?」


「いえ、私は花子さんって人は知りません。 わたしは北の方から遊びに来ました。 で、その花子さんって猫さんと話せるんですか?」


「僕はチョビ。 花子もピリカさんみたいに話せる」


ピリカは花子にどこか親近感をおぼえた。


「その人とどんな話しをしますか?」


「わかりません、ミャ」


「じゃぁ、質問変えます。 その花子さんはどこにいますか?」


「花子ミャ?」


「もう一度いいます。 花子さんはどこにいますか?」


「花子そこに居るミャ」


「えっ?」


ピリカは後ろを振り返った。 そこにはピリカと似たような年格好の女性が笑顔で立っていた。


ピリカが「こんにちは」


花子も笑顔で「こんにちは。 お久しぶり」


「えっ?初めましてですけど……」


笑みを浮かべながら花子はもう一度言った「お久しぶり」


同じ返答にピリカはつぎの言葉が出てこなかった。


「そのうちわかります」


「はぁ?」ピリカは内心、面倒くさいのに会ってしまった…… その時は思った。


「あなたは何処から来たの?」


「札幌ですけど」


「何しに?」


「関東ひとり旅です」


「そう、楽しんで下さいなじゃあ」立ち去ろうと背を向けた。


「あっ、あのう~ チョビちゃんが花子さんは猫と話が出来るっていってましたけど」


「ええ、あなたと同じ」


「あっ、私は二十一歳です。 花子さんはお幾つですか?」


「う~ん、たぶん二十五か六だと思う。 ごめんね私って年齢に興味ないから」


「花子さん、面白いですね……」


「そうですか?」


「この公園いいところですね。一緒に散歩しませんか?」


「いいけど」ぼくとつとした返事だった。


「あなた、東京は何度も?」


「高校の修学旅行でディズニーランドに来ました。 今回が三度目です」


「観光?」


「はい。 明日から横浜、鎌倉に行こうと思ってます」


「楽しい旅になるといいね」


二人が公園を歩いていると「ハナちゃん、こんにちわ」数人から声を掛けられた。


「花子さん、有名人ですね……」


「有名人というよりも変人という方が的確なの」


「花子さんおもしろい。 お仕事、聞いてもいいですか?」


「駅の向こう側で夜になったら椅子とテーブルを置いて座ってるの」


「座ってなにやってるんですか?」


「人と会話してる。 ピリカさんあなたは?」


「あっ、私は大学三年。 獣医学科です」


「今のあなたに最適な学科ね」


「花子さんは椅子とテーブルを置いてどんな話しをなさってるんですか?」


「夜になったら、そこの吉祥寺のサンロードというアーケードの下で、色んな話しをしてお金を頂いてる」


「占い師みたいなことすか?」


「占いというよりも通訳」


「なんの?」


「ガイド……」


「えっ! わたしもガイドと話し出来ます」


「私は相談者のガイドの話しを通訳してる」


「面白いですね。 私は相手のガイドとは一度しか話したことありません」


一瞬ピリカの脳裏にFさんとのやり取りが浮かんだ。


「意識の問題よ」


「……? つまりどういう事ですか?」


「私は人との会話を楽しむという意識で座ってるの。 人と会話をするということは相手と同調しようとすること。 あなたは動物と同じ事してるでしょ」


「あっ、私が動物にしてることを人間にっていうことですね」


「そう、人間だったり、ガイドだったり動物だったり、そういうこと。 難しく考えないで人は自分に制限を付けるからそれ以上にはならないし、なれない。 自分勝手なかたちを作ってそこから出ようとしない」


「何で、そのことに気が付いたんですか?」


「私の場合は心身脱落を経験し、その時にみえたの」


「みえた?」


「そう、気が付いたということ」


「気が付いた……? なんに?」


「全てに」


「全て……?」


「気付きは人それぞれだから、形や定義は無い。 あなたのしていることもそう」


ピリカはわかったような、わからないような不思議な感じがした。 その表情を見て花子は笑みを浮かべていた。


「今夜、食事でもしない?」花子から誘うという行為はめずらしいこと。


「吉祥寺駅のサンロードの前で六時にどう?」


「六時ですね。 わかりました」


二人は花子の馴染みの「居酒屋 とりあえずビール」の暖簾をくぐった。


「いらっしゃいませ! 花さんいらっしゃい」


「ここのモツ煮は美味しいよ」


「はい、私もモツ煮にします」


食べ始めてからピリカは、今まで疑問だった沢山の質問を投げかけた。 その全ての質問に対し花子は適切に答えた。


「なんで花子さんはそんなに詳しいのですか?」


「考えてないから。 わたしニュートラルなの」


「意味が……?」


「ある時、壁を越えたの」


「公園でも壁っていってましたけど、どうやったら超えられますか?」


「いい、本当は壁なんて存在しない。 壁にみえるのは全てイリュージョン。 幻影なの。 私はホームレスしてる時に気が付いたのね…… カモメを眺めていて」


ピリカは目をまるくして「花子さんホームレスしていたのですか?」


「学校を卒業してやりたいこと無かったからね」


「プッ! おもしろい超うけるんですけど」


「そう? 受けてもらえてよかったフフ」


花子と別れ渋谷のホテルに戻ったピリカは今日の事を振り返った。 東京って花子さんみたいな人が普通にいるのかな?  よどみなく言葉が出てくるよね、どんな頭の構造してるのかな?


その時、ルーの意識が入ってきた「悟り」えっ、やっぱり悟りってあるんだ…… ピリカは悟りへの興味より花子のクリアーな爽快さに心打たれた。 ピリカの質問に対し即答だった。 考えるというより的確な答えが勝手に湧き出るという感じ。 しかもピリカにも理解できる内容と話し方で会話してくれた。 これって、ルーに近いものがある……


……悟りか?……



 


九「ピリカと佐伯」


 

 ピリカはその後、鎌倉見物を二日間楽しんだ。 今日は横浜中華街と元町辺りに行こうと東横線の横浜で降りた。 ここは渋谷や新宿と雰囲気が違う…… 私はファッションのことよく知らないけどこの違いはわかる。 なんだろう? 


山下公園で港を眺めながら潮の香りを感じていると、一羽のスズメが羽を引きずりながら歩いているのがピリカの目に入った。


まわりの人に気を遣いながらそのスズメに声を掛けた。


「あなたどうしたの? 羽が痛むの?」


「えっ、……? 人間さん話し出来るの?」


「えぇ……」


「昨日、トンビに襲われたの、なんとか逃げた。 でも羽が思うように動かない」


目を凝らして見てみると翼の関節に不具合が診てとれる。


「調子悪いのは左の羽ね、わたし触れてもいいですか?」


「どうする気?」


「もしかしたら痛みが取れるかもしれない……」


「でも…… 人間はチョット」


「それはあなたの自由だけど、そんな状態でトンビや猫に襲われでもしたら、もっと大変なことになるよ。 痛いならこちらにおいで!」多少強い口調でいった。


スズメは恐る恐る近寄ってきた。


「ど~れ?」


軽く触れた。 あっ、折れてるどうしよう? 骨折は初めての経験。 ヤバッ、これチョット大ごとかも?


「ルー、どうしたらいい? 教えてちょうだい」


「いつもと同じ」


「ってことは? よし……」


ピリカはスズメの小さな羽に手を当てた。


スズメは少しのあいだジッとしていたが「あっ、痛いのが治まってきた」


集中力が途切れそうになった。


「ごめん、少し黙ってくれる?」


「あっ、羽、ちゃんと動く…… なんで?…… どうして?……」


「あんた、すこし静かにしなさいな!」


「怒ってますか?」


「怒ってませんから少し黙って」


「怒ってる、怒ってる」


「あのねっ! 止めようか?」


「ごめんなさい…」


「はい、終り! でも完全に治るまでまだ時間がかかるから、無理して遠くまで飛んじゃ駄目」


「ありがとう……」


「翼を大事にしてね」


スズメは木の枝に心配そうに待ってる仲間と合流した。


しばらく公園を散歩していると又、スズメが一羽近寄ってきた。


「今度はどうしましたか?」


「あのう~」


「おや? さっきのスズメさんと違う…… どうしました?」


「さっきやってたこと私の子供にもやってほしい……」


「えっ? いいけど、私は飛べないからここに連れてこられますか?」


「……」母スズメは黙った。


「子供さんはどこにいますか?」


「あの山の方です」


「まいったねぇ……」遠くにある山を眺めた。


その時「ルー、お願い」ピリカは念じた。


「ベンチに座る」


ベンチに座る? とりあえず空いてるベンチを見つけて腰をかけた。 母スズメはその後をついてきた。


ルーが「眼を閉じ母親に触って子供を念ずる」


「お母さん、こっちに来て子供さんを思ってちょうだい」


「母親を通じて意識だけ子供の所に飛んで手を当てる」


ピリカはルーの言われるまま従った。 次の瞬間、巣が視え小スズメと思われる鳥が確認できた。 ピリカの意識体は小スズメに手を当てた。 しばらくしてその小スズメが元気になってくるのがわかった。 集中が途切れたところで意識が戻った。


「お母さん、直ぐに子供の所に戻ってください」


母スズメは空に飛んで姿が見えなくなった。 ピリカはそのまま中華街に向って歩き出した。

中華街を見学して遅めの昼食を済ませ、また山下公園で海を眺めていると突然知らない男性に声をかけられた。


「すみません」


ピリカは声のする方に目をやった。 そこにはギターを抱えたレゲー風の髪型をしたおじさんが

立っていた。


「はい?」


「観ましたよ」


「えっ、何を?」


「午前中、あなたが二回もスズメとなにかしてるのを……」


ピリカとスズメのやり取りをこの青年に見られていたのだった。 なにかしてる? ということはスズメとの会話の内容はわからないのかも。


咄嗟に出たことばが「ええ私、スズメ好きなんです」


「それだけですか?」


「それだけですけど……?」


「野生のスズメに手を触れてましたよね?」


マズイ……!


「フフ! 知ってますよ」


「なにがですか? あなた、なん、なんですか?」少し苛つき気味な演技をみせた。


「あれは、まさに会話ですよね?」


「あのねっ、鳥と会話なんて馬鹿げてます。 失礼します!」


そう言い放ち足早に公園から立ち去った。


自分の軽はずみな行為を反省した。 でもせっかく来たんだから、気を取り直してショッピングしようと思い元町方面に戻った。 小一時間ほど買物をしながら歩いていると何処からか男性の歌声が聞こえてきた。 歌い手の顔は影になっていて見えないが、歌詞は聴き取れた。 


歌詞の内容を聴いて思わずピリカは足を止めた。 その歌詞の内容は……


♪スズメさんどうしたの?♪ 

♪羽痛むの? えっ、あなたスズメと話が出来るの♪

♪はい♪

♪昨日トンビに襲われたの♪

♪何とか逃げたけど羽が思うように動かないの♪

♪調子悪いのは左の羽ね。 私、触っても良いですか? ♪

♪どうする気ですか? ♪

♪痛みを取ってあげられるかもしれない♪

♪でも人間さんはチョット♪

♪そんな状態でトンビさんや猫さんに襲われでもしたら今度は大変♪

♪痛いならこっちおいで、私が癒してあげる♪」


ピリカは驚愕した。 午前中のスズメとのやり取りをそのまま歌詩にしてうたっていた。 あの人、わかってたんだ……このままここを立ち去ろうか? それとも、声を掛けようか? 迷っていた。

えい、これも旅の醍醐味。 ピリカは意を決し前に出ていった。 男も気が付いたらしくピリカにアイコンタクトしてきた。 歌い終わりレゲー風男はギターを置いた。


「やぁ、どうも……」


「どうも、わかってたんですね」


「うん、君の後ろを通りかかったら、会話が聞こえたのでついついみてしまった。 君の能力に驚いたよ。 僕も動物の言ってることは少し理解できるけど、君のように痛んだ羽を癒したり出来ない。その能力には驚いた。 あっ、僕は佐伯っていいます」


「私はピリカです」


「ピリカさんは東京の人?」


「違います。 札幌から夏休みを利用して旅行で来てるの」


「学生さんなんだ。こう見えても僕も同じ学生」


「はぁ? えっ! どう見ても三十歳前後にしか…… あっ、ごめんなさい」


「いえ、いつもいわれてることだから馴れてます」


ピリカは思った「どう見ても、あんたはとっつぁんです」と思ったがいうのを我慢した。 が目は柿の種のような形で笑っていた。


「ピリカさんはそれ以外にもなにか能力あるの?」


「いえ動物と会話できるだけです」


「いつごろから?」


「子供の時から気が付いたら」


「佐伯さんは?」


「去年ぐらいから徐々に」


「なんで歌ってるの?  歌手志望ですか?」


「いろんな人と出会ってみたくて、歌は趣味でやってます」


「そっか、で、楽しい?」


「結構ハマってます」


「頑張って下さいね、北の空から応援してます」


「もう行っちゃうの?」


「渋谷で約束があるから。 もうそろそろ行きます」


「せっかく話し相手が出来たと思ったのに残念だな…… 渋谷のそれ断れないの?」


「チョット無理です」私の断り文句ぐらい察してよね……内心思った。


「いつか札幌でも歌って下さい。 その時は是非ゆっくり聴かせて下さい」


別れを告げ渋谷に向った。 東横線の車窓から夕暮れの景色を眺め思った。 やっぱ、こっちは大都市……不思議な人がいる。 そして数日後帰路に着いた。



札幌に戻ったその足で倶知安の実家にお土産を抱え帰省した。


「モモただいま、ミロもユメもただいま」


「ピリカお帰り」モモが暑そうに言った。


ユメが眠そうに「ピリカお姉ちゃんお帰り」


「おや、ミロは? お出かけ?」


「ミロはミミ母さんと出かけた」


「そう、じゃあモモとユメにおやつどうぞ。 ハイ」


小屋の前におやつを置いて家に入った。


「ただいま~」


「おや、お帰り。 どうだった? ひとり旅……」


「うん、楽しかった~! 人が多いのを除けば」


「な~にいってるの。そんなこと初めからわかってるでしょ」


「うん、のんびり関東と関西を満喫したよ。 ハイ、これ鎌倉の鳩サブレ」


「ありがとう」


「ミミもミロも居ないようだけど元気なの?」


「元気良すぎ。 あの二匹は似たもの親子なの、朝から晩までフラフラ遊び廻ってるよ。 それに引き替え、ユメはどういう訳か犬のモモに似てるのよ。 人間でいう育ての親似ってな具合」


「ミミは相変わらずか……」


その夜、父親に旅の報告をし、二日後には札幌に戻った。


札幌の町は青く澄んだ空がここちいい季節となった。 そんなある日、午前中で授業が終り、友人の久美と大通り公園を歩いている時だった。 久美が出で立ちの変わった男を目にした。


久美が「あの男の人、なんかやばくない?」


久美の視線の先を見てピリカは目を疑った。 そして小さな声でピリカは言った。


「見なかったことにして、早く行こう久美! 悪いけど、私をあの人の視界から見えないようにしてくれる!」


久美は理由を聞かずに黙って従った。


「ピリカ、どうしたの?」大抵のことでは動揺しないピリカを知っているだけに久美は驚いた。


「シッ! あとで話すから」


そういいながら二人はその場を通り過ぎ、近くにあった喫茶店に逃げ込むように入り、コーヒーを注文した。


「さっきはゴメンね。夏に旅行した時、横浜で声を掛けられた人なの」


「えっ、あのオッサンに?」


「そう、あのオッサンに、なんか面倒くさそうなタイプだったから断り文句で『今度、札幌に遊びに来て下さい』って言ったの。 そしたら今、大通り公園にいるんだもの焦ったよ」


「なんでそんなこと言ったの?」


「だって、まさか札幌に来ると思わないもん」


「そっかあ~ それもそうよね、とりあえず無視しよう。 いくら狭い街だって外出しなければいいジャン。 ところで大学名を言ったの?」


「言ってない。 あっ……でも、獣医学部って言ったかも……?」


「あらら、獣医学部っていっちゃったの?  獣医学部はうちと酪農大しか無いでしょが」


「久美どうしよう」自分の言動のミスを悔やんだ。


「でも、ピリカに会いに来た訳じゃないかもしれないし分かんないよ」気休めにと考えた言葉である。


それから二日経った昼間、同級生の佐々木が「ピリカ、つい、さっき面会の人来たよ」


「面会?」内心嫌な予感がした。


恐る恐る「どんな人だった?」


「髪がレゲエ風な感じのオッサンだった」


「来た~! で、なんて言ったの?」


「外出中だからそのうち戻ると思いますっていったけど、ダメだった?」


「あっ、ありがとう」


ピリカは帰り支度を始め「ごめん、私、今日はこれで帰るから、その人が来たら気分悪くて帰宅たって言ってほしいの…… お願い!」


佐々木が「ピリカ、その人どうかしたの? ストーカーかなにか?」


「いや、そんなんじゃない。 横浜で少し立ち話しただけ。 立ち去ろうとしたらもう少し話そうって言われたのね、でもその気無いから断り文句で『時間がないので、いつか是非札幌に遊びに来て下さい』っていったのよ」


「そっかぁ、そんなこと言ったの?」


「まさか札幌に来ると思ってなかったから、その時札幌の大学生で獣医学専攻って言ってしまったのね」


佐々木は宙を見ながら「ピリカって平和ボケしてるんだから……わかった。 適当にあしらっておくから早く帰って途中気をつけるのよ」


ピリカは裏玄関からそっと飛び出し、正面玄関を避け、業者用出入り口に向おうとした瞬間だった。


後ろから「ピ~リカさん」


ピリカは恐る恐る振り返った。 そこには親しげに笑顔を振りまくあの男の顔があった。


「あら! 佐伯さん……でしたよね? こんな処でどうしたんですか?」精一杯の演技だった。


「遊びに来たよ!」


「そうですか。いい季節に来ましたね楽しんで下さい」


「ああ、楽しむよ。それはそうと君に話があって来たんだけど……」


「はい? この私に?」こいつはなにか企んでいると思った。


「こんな処じゃなんだから、コーヒーでも飲みながらどう?」


「う~ん、そんなに時間無いけどいい?」ピリカは時計を見ながら忙しそうな演技をした。


「うん、かまわないよ」


二人は大学構内にあるカフェに入り向き合って座った。


「話しって何ですか?」少しつっけんどんな言い方をした。


「僕、考えたんだけど、君と友達になりたいんだ」


コーヒーを飲む手を止め「そんなことでわざわざ、この札幌まで来たんですか?」


「駄目なの?」


「駄目って」それ以上の言葉が出てこなかった。


「僕さぁ、動物の声が聞こえる能力を持てあましてた。 というかこんな能力が嫌だった。 以前に他人に話したら、すっかり変人扱いされだんだん。 友達も、僕の前から去っていく。 そんな時君を見かけたんだ。 衝撃的だった。 僕以外にも同じ能力を持った人間がいるんだ。 そう思ったら内心ホッとしたんだ。 そしてもっとたくさん話したかった。 横浜で話が全然出来なかった事を悔やんでた。 何日も何日も…… 気が付いたら飛行機のチケットを予約し札幌に来ていたっていうわけ。 ごめん、迷惑ならこのまま横浜に帰るけど……」


言い終えた佐伯はピリカの顔色をうかがった。 危険性が無いとピリカは判断した。


「わかりました。私で良ければお友達になりましょう」


二人は再会の握手を交わした。


「改めまして、ようこそ札幌へ!」


「久しぶりですピリカさん!」


「横浜では失礼しました。 私、人見知りなのでつい……」


「気にしないで下さい。 それよりピリカさんの能力の話しをしてくれませんか?」


ピリカは動物との会話や龍の話。 パラレルワールドの世界。 霊能者Fさんとの経緯など一気に喋りまくった。 ピリカも不思議な世界の事を話せる相手が今までいなかったので、溢れ出る湯水のごとく話し続けた。


「面白い! 僕、札幌に来てよかった。 本当にそんな世界があるんだ…… ピリカさんの話わかる。 なによりもピリカさんの体験は僕の体験なんかよりはるかに凄いよ。 下手な新興宗教の教祖より真実かもしれない」


「真実かどうか、私にはわからない。 けど、確かに私が経験した事だけどそれが真実かどうか、もしかして私の錯覚かな? とか誰かに相談したくても相談する相手がいないの」


心なしか寂しげな表情をするピリカ。


「そっか、昔でいう査神サニワっていうやつだね?」


「査神? なにそれ……?」


「よく、私には高級霊が憑いているとかって本人はいうけれど、それが本当に高い世界の存在か、又は邪霊の仕業かどうかっていう、審査をする人のことをサニワっていうんだよ……」


「何処に行ったらサニワしてもらえるの?」


「そこが問題なんだ」


「問題って、どういう事?」


「そのサニワが信頼できるかどうかっていうこと」


「なにそれ? 面倒くさそう」


「うん、やっぱり自分次第ってことかな」


「最後はそうなるのか……」ピリカはサニワをしてほしいと本当に望んだ。


「もう、そろそろ僕は帰るよ。 そんなにのんびりしてられないんだ。 そろそろ学校に行かないとね。 バイトもあるし貧乏暇無しってやつ。 また横浜に来ることがあったら連絡ちょうだい。 これ僕のメルアド。 本当に楽しかったどうもありがとう」


「今日帰るの?」


「うん、君に会えて札幌に来た目的が成就したからこれでもう帰る」


「せっかく会えたのに……」さっきまでのピリカとは態度が変わっていた。 ピリカにも理由がよくわからない。


「だって、ピリカさんは用事があるんだろう?」


「いいの、予定変更してもらうから。 もう一泊していかない? ススキノでジンギスカンでも食べてビールでも飲みませんか? ご馳走しますから」


「いいけど、酒飲むにはまだ早いよ」


「そうだ……動物園行きません? そこから直通のバス出てるんです」


「うん決めた! 行こう!」


二人は動物園に入った。 ゲートを入り、いきなりオオワシが話しかけてきた。


「ピリカ、久しぶり! もう私のこと忘れたかと思った」


「そんなことありません。 忙しかったの……」


「そうかい。 隣の男の人は誰?」


「僕は佐伯でピリカさんの友達です」


「あれ、あんたも話し出来るのかい?」


「ハイ、少しだけですけど」


「よろしく」


それから三〇分ほど歩きチンパンジー館に二人は入った。 ピリカを見つけたチンパンジーのボスが駆け寄ってきた。


「おうピリカ、久しぶり!」


ピリカが「この夏は暑かったですね」


「うん、今年は暑かった。 で、そいつ誰?」


「私の友達」


「そのオスは強いのか?」


「あのね、あんた達と違うの。 強い弱いは関係ないの」


やりとりを聞いていた佐伯は思わず笑ってしまった。


ボスが「ピリカ、そのオスわかるのか?」


佐伯が「僕はピリカの友達」


「……話をした! ピリカこの男話したぞ!」


「そう、私と同じ能力があるの」


「そうなのか? 他にも話せる人いたんだ! 今度、俺と決闘しようか?」


「あのねぇ!」ピリカがそのチンパンジーに睨みをきかせた。


ボスが「嘘だよ、よろしくな……」


「ピリカさんはよくここに来るのかい?」


「年に三回は来ます。 たまに来るとさっきみたいに動物が話しかけてくるから、他の客はその様子を観て怪訝な顔をするの。 だから普段はあまり来ません。 でも、落ち込んだ時とかは必ずここに来るの。 動物たちと話すと元気が出るの」


「それはいえるね。 僕は港に向ってカモメと話す事が多いよ。 基本、動物は補食の事が多いけどカモメのジョナサンみたいのがいたら話してみたいと思うけどやっぱりいないね……」


翌日二人は再会を約束し札幌駅で別れた。


 




十「モモの死とミルキー」



 ピリカと佐伯が札幌駅で別れて数ヶ月が過ぎた。


空には冬空特有の重そうな雪雲が「そろそろ白いものを下界に降らせましょうかね」といってるような感じがする。 ピリカはラインで近況報告をしていた。


ピ「今日、天気予報で今年初の雪マークを見ました」


サ「こちらは銀杏の葉が黄色く色づいて綺麗です」


ピ「ところで卒業後はどうするんですか?」


サ「オジンなので就職に難儀しております。 今日も不採用通知が…… これで三十九社目」


ピ「そっかぁ…… ガンバです!」


サ「頑張ります」


ピリカは思った。 佐伯さんはいい人なんだけど若さが、例の能力を活かした仕事に就いたら最高だと思うんだけどなぁ。 例えば、動物園、ペットショップ、警察犬訓練士、ウマ関係、ウシ関係けっこうあると思うんだけど……そんな時だった。


佐「就職の内定通知が来ました!」


ピ「やったぁ↑おめでとうございます。 で、どんな仕事ですか?」


佐「農家です」


ピ「家畜農家ですか?」


佐「いいえ、普通の果物農家です」


ピ「なんで農家ですか?」


佐「これからは農家の時代」


ピ「どこで農家しますか?」


佐「北海道の余市町です」


ピ「余市って小樽の隣の余市町?」


佐「そうです」


ピ「ゲゲッ、なんで余市ですか?」


佐「知人が余市町にいて紹介してもらいました」


ピ「春から働くの?」


佐「そうです。二年間は給与をもらいながら実習生として地元の農家さんに世話になり、その後は町の援助を受けて独立し自分の畑を持ちます」


ピ「頑張って下さい。 応援します! 因みに私の実家は同じ後志管内の倶知安町で、余市から車で四十分の距離です。 今度案内します」


そっかぁ、余市で農家か思い切った選択したのね。


そして季節は春。 佐伯は余市町に移住してきた。 引越しの手伝いでピリカは余市を訪れた。


「佐伯さん、本当に余市でいいの……? 農家はどこにでもあるのよ」


「余市じゃあ駄目なのかい?」佐伯は怪訝そうに言った


「駄目というよりも北海道の農家って半年は収穫が無いの。 それが大変で跡継ぎが無く離農する農家も多いのね」


「そこがいいのさ。 半年一生懸命働いて半年は自分の好きなことやって暮すんだ。 僕にはもってこいの仕事。 そして、出来るだけ沢山の動物を飼うのが夢なんだ。 動物といっても食用とは違うよ」


「わかってます。 私達にそんなこと出来ないよ」


「私達ってどういう事だい?」


「私達のような能力者のことよ。 それ以外に何か?」


「あっ、いや…… 僕が自立する頃はピリカさんも卒業だね。 ところで、これから余市神社にお参りに行こうと思うんだけど、ピリカさんも付き合わない?」


「うん、いいよ」


余市町の象徴シリパ岬、その下に神社は位置していた。


「へぇ、ここにも龍が関係してるんだ」ピリカが呟いた。


「なんか言った?」


お参りを済ませ神社の境内から港を眺めピリカ唖然とした。 港に浮かぶ数隻の船の上にそれぞれ小さい龍が船を見守るように浮かんでいるのが視えた。


「余市ってチョット不思議な町ね」


「えっ、何が??」


「何でもない。 でも、私は山の生まれだから海の事よくわからなかったけど、どこか心引き締まる思いがしていいわね……」


「何が?」


「いいの! 特に視界が広いのがいい。 あの水平線の向こうはロシア…… なんか不思議」


「そうだよね、ロシアか僕達本州の人間には無い感覚だ」


「そうだ私、倶知安によって札幌に帰る。 駅まで送ってください」


「ああ、また遊びに来てよ」


「わかりました」



倶知安に帰省した。


「ただいま」


小屋から愛犬モモと猫のユメとミロが顔を出した。


「みんな、ただいま」


モモが「ピリカおかえり」


ユメとミロが同時に「ピリカお姉ちゃんおかえり」


「ユメもミロも大きくなったね、元気だった?」


三匹とピリカはしばらく笑いながら戯れた。


「おや、ピリカおかえり」


「お父さん、ただいま」


「どうだね調子は?」


「うん、変わりないよ。 そろそろ卒業後の進路決めようかなって思ってるんだけど、なかなか思うところがなくって」


「そうか、もうそんな時期なんだ。 五年なんてあっと言う間だな、もう就職の事考える時期なんだ」時の早さを感じた。


「な~にお父さん、チョット爺くさいけど」


そこに母親が声を掛けてきた。


「何ですか、お父さんに向って爺くさいなんて」


「だって、お父さん、お爺ちゃんみたいな表情するから」


「今日は連絡も無しにいきなりどうしたの?」


「うん、用事で余市に来てたから帰って来たの」


「じゃあ、泊まっていくのかい?」


「うん、泊まっていく。 で、ミミは?」


「相変らずミロと不良してるよ」


「ミロはさっきモモの小屋にいたよ」


そんな時だった。ベランダのガラスをユメとミロが開けろと叩いていた。


「ハイハイ、どうしたの?」ピリカはベランダを開けた。


「お姉ちゃん、モモが…… どうしよう。どうしよう」


ピリカは咄嗟に玄関に向った。 長い舌を出し泡を吹いているモモの姿があった。


「モモ! どうしたの?」


軽く目を開けた。


「どこが痛いの?」


「……」


「ねえ、どこが痛いの? モモ!」


「……」


「ユメ、お父さんとお母さん呼んできて!」


ピリカは眼を閉じた「ルーお願い! 教えて!」無我夢中でルーに語りかけた。


繰り返したが応答がない。


「ルー教えてお願い!」


やはり返答がない。 次に取った行動はモモの心臓の辺りに手を添える事だった。 ピリカはモモの身体の中に入っていったが疾病ヶ処がわからない。


「ルーどこが悪いの? 教えて!」


「寿命」


「なに? 寿命ってどういう事? 嘘でしょ、さっきまであんなに元気だったのにルー!…… 

嘘と言って! ねぇ」


ピリカの意識が戻った。


「ピリカ、どうかしたのかい?」母親の声だった。 と同時にモモの異変にふたりは気が付いた。


「モモ、どうした? おいモモ」父親の呼びかけにもなんの変化もなかった。


小屋の上でミロとユメが心配そうにしていた。


ピリカが口を開いた「ミロ、お願いあるの。 ミミを急いで探してきて! モモが死にそうだって伝えて」


ミロが「ピリカお姉ちゃん、モモ死んじゃうの?」


「わからないけど、とりあえずミミを呼んできて。 ミロならミミがどの辺にいるかわかるでしょ。 さあ早く!」


そのやり取りを見ていたユメが小屋から飛び降り、モモの頭を小さな舌で舐め始めた。


母親が「ピリカ、何があったのか説明して」


「心臓が弱ってるの。 この様子だとたぶん明日までは持たないと思う。 リビングにモモ運んでいい? 寒がってるから毛布を何枚か持ってきて」


モモはリビングに移されたが様態に変化はなかった。 その時、ミミがベランダのガラスを叩いた。 ピリカが窓を開けミミとミロをリビングに入れた。 ミミはモモのところに向った。


「モモ、モモ、ねぇモモ! なんか言ってモモ」


横たわっていたモモのシッポが微かに動いた。 モモの身体を三匹の猫が舐め回す光景がいたいけだった。


ミミが「モモごめんね、いつもミロとユメの面倒を……ありがとうね。大好きだよモモ」


ピリカはミミ達の会話をそのまま両親に伝えた。 父と母はモモと猫たちの光景を泣きながら見ていた。


母親が「ピリカ、本当にモモはもう駄目なの?」


「正直、大学でこんな光景は何度も診てるけど大方が無理だった…… たとえ今、薬で持ちこたえたとしても長くは持たないと思う」

 

「だってお前のあの能力があるだろう?」母親も泣いていた。


「やったわよ!」ピリカの強い語気だった。


「でも、たぶん無理、ガイドが寿命って教えてくれた……」


部屋には沈黙が走り三匹の猫がモモを囲んでいた。


ミミが「ピリカ姉ちゃん、モモなんとかして、ねぇ元気にして、ねぇ、お願い……」


ピリカには返す言葉がなかった。 そして三時間後そのままモモは旅立った。 ミミ・ミロ・ユメは、その後もモモの遺体に寄り添い顔を舐め続けていた。


「みんな、モモは遠くに行ったよ」ピリカにはそれ以上の言葉が出てこなかった。


ピリカは翌日の昼頃札幌に戻り、ピリカとモモが一緒に写った遺影を机の上に飾った。 瞬間脳裏にはピリカが小学生の時、モモが家にきた日の記憶が鮮明に甦ってきた。 また涙が溢れてきた。 動物の死には幾度となく出くわしているが、我が身に起こった時の衝撃は特別のものがあった。 ペットを連れてくる家族はみんな同じ思いなんだと、生命に携わる仕事の重みをモモが教えてくれた。



それからしばらく勉強に専念し六年の大学生活を終え獣医師免許を取得した。 合格の報告で倶知安町に帰省した。 家の横にあったモモの小屋は撤去され花壇になっていた。


「ただいま~」


「ピリカ帰ったの?」出迎えたのはミミだった。


「ミミただいま。ミロとユメは?」


「最近、家に帰ってこないの」


「へ~どこかに彼氏でも出来たかな? ミミは元気?」


「うん、元気」


「あんた、何歳になるの?」


「この家に来て九回雪降った」


「じゃあ九歳半くらいか…… 婆ちゃんジャン」


「べ~べ~」


「ふっ、久々にミミのべ~べ~聞いた。 あんたは変わらないね!」


「おや、おかえり」母親が言った。


「なんかいいこと、あったのかい?」


「ミミが可笑しいの」


「そうだ、ちょうどいいところに帰ってきたよ」


「なにかあった?」


「うん、お父さんが今日の仕事帰りに犬を連れて帰ってくるの。 ヨークシャー・テリアの子供なんだけどね、知り合いが譲ってくれたみたいなの。 またメスらしいの」


「へえ~、ヨーキーか楽しみ」


そこにミロが帰ってきた。


「わ~ピリカ姉ちゃんだ! なんかちょうだい!」


「あんたねぇ挨拶なしに、いきなりなんかちょうだいなの?」


「べ~」


「始まった。 都合悪いとすぐべ~ね。あんたら親子は」


「ユメはべ~ いわないよ」


「ユメはモモに育ててもらったからそんなこといわないの」


「はは~ん、ピリカ姉ちゃんまだ知らないんだ……」


「なにが? ユメがどうかしたの?」


「ユメねぇ、近所で有名なゴン太と付き合ってるのよ」


「へぇ~、ゴン太っていうの、別にいいじゃない?」


「ゴン太って子供三十四匹いるんだよ!」


「へぇ~やるもんね」


「もう出来てるかもね」


「ミロ、それ本当なの?」


「しらな~い」


ミロはそのままいなくなった。


「ねぇお母さん、ユメに子供出来るかも知れないってミロがいってるよ」


「うっそでしょ……」母親のコーヒーを入れる手が震えていた。


それから数時間後、父親が子犬を連れて帰ってきた。


「ただいま~」


「お帰りなさい、お父さん」


「おう、ピリカ来てたのか。 ちょうどよかった。 今日から我が家の家族になるワンちゃんだ」


父親が段ボール箱をそっとピリカに手渡した。 ピリカが取り出したのは生後三ヶ月のヨークシャー・テリア。


「わ~! あんた可愛いね……」


子犬はピリカの顔を不思議そうに眺めた。


「驚かせてごめんね、私はピリカ。 あなたと話が出来るの宜しくね」


「ここどこ……? お母さんって帰る」


「今日からここがあなたの家なの、他にもあなたの仲間がいるのよ」


「か、え、る、もん」


「お母さん、みんないないの?」


「さっきミロがいたけどチョットみてくるね」


母親がミミとミロを抱えてきた。


ミミが「ピリカ、この犬なに?」


「今日から仲間になる子」


「名前は?」ミロが聞いた。


「そっか……チョット待ってね」


「お父さん、この子名前は?」


「前の家ではミルキーって呼んでたみたいだけど。 なんか適当に考えようか?」


母親が「ミルキーか…… それでもいんじゃない?」


ピリカが「可愛い名前ね、私も賛成」


「じゃあ、我が家もミルキーで決定!」父が言った。


ピリカが「ミミ、ミロ、この子はミルキーです。 宜しくね」


「いやだ…… 帰る。お母さんって帰る」小さな声のミルキー。


ミロが「この家は楽しいよ…… 遊ぼうよ」


「お母さんって帰る、帰る、帰る……」


その日、ミルキーは一晩中リビングで鳴き通した。


翌朝、ユメが顔を出した。


「ユメお帰り、朝帰り?」ピリカが言った。


ユメはピリカを無視して「おはよう、ミルキーちゃん。 私、ユメだよ……」


「帰る……お母さんって帰る」相変わらずのミルキーだった。


ピリカが「夕べからずっとこの調子なのよ」


「なるほど。ミルキーあなたはこの家の子になったの。 だから私達と暮すの、わかりましたか?」


「暮らすの? この家で? お母さんは?」


ユメが「そう、暮らすの。 でも、ミルキーのお母さんはもうミルキーとは別に暮らすの……

わかった?」


「ハイ」小さな声で呟いた。


ピリカが「ユメ、ミルキーは今なんっていったの?」


「ハイって……」


「うっそ……?」なんでそんな簡単に?


「この子、自分の状況がわからなくて不安だったみたい。 だから、この家の子になるんだよってそれだけ。 そしたらハイって」


「ユメ、あんた凄いね!」


「だって、私の彼ったら子だくさんだから色々子育てのコツ聞いてるもん」


「たしかゴン太とかいう、子だくさんの猫よね?」


「ピリカ姉ちゃん、誰に聞いたの?」


「ミロだけど…… どうかした?」


「あいつ、ゴン太にふられたもんだからそんな言いかたして」


「なにもゴン太の悪口いってなかったよ、ていうかミロはゴン太にふられたの?」


「そう私が勝った」


「あんた達ね姉妹でしょ…… まったく。 それより、これからはミルキーの面倒見てね」


「うん、わかりました」


「ミルキーよかったね、ユメ姉ちゃんが面倒見てくれるって」


「ユメ姉ちゃんが私の新しいお母さんになるの?」


「私、あんたのお母さんではないけど…… まっ、よろしく」


「ユメ母さんって呼んでいいですか?」


「まぁ、勝手にしな……」


それからのミルキーはユメにべったりだった。


シリパは経緯を父と母に報告し札幌に帰った。 その後、ユメはミルキーの面倒と躾に忙しく、

ゴン太が誘っても拒否することが多くなり別れた。 妊娠はしていなかった。 ユメは死んだモモがやっていた犬の習性を熟知していたので、犬らしさをミルキーに教えていた。


父親がある時「母さん、ミルキーって死んだモモにどことなく習性というか仕草が似てないか?」


「私もそんな気がしてたの。 もしかしてユメがミルキーの躾してるから? でも、どっちにしろ早く我が家に馴染んでくれてよかった」


「本当だ…… 家に来た日は一晩中鳴いてどうなることかと思ったもんなあ」


「本当ね、ユメに感謝! そうそう、ピリカに電話しなくちゃ。あの娘心配してたから」


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