父と母と妹
「パパ!ゆあピンクのパーカーが欲しいんだけど。」
「この間もピンクのパーカー買ってなかったか?」
「形も色も柄も全く違うでしょ。ゆあはこれが着たい。」
今日も四つ下の妹、ゆあの、父におねだりの声が聞こえてくる。
(うるさい……。パパ呼びとか痛すぎ。)
だが、父も満更でもない様子。そこもかなり気持ち悪い。
「確かにお前は容姿が女っぽい分ピンクが似合うんだよな。俺が生きてきた中で一番似合うと思う。」
そう言ってパソコンをカチカチし出す。これがいつもの流れだ。だが、あともう二つ段階がある。それは……
「帰ってきてたならただいまくらい行ったらどうなんだ。気持ちわりい。」
一にとりあえず文句を言い、
「お前はあの変なパーカー持ってただろ、あれでも着てたらどうだ。」
ニに妹との比較や、私への否定だ。
変なパーカー、と言っても、ファッション性の高いスポーツメーカーのロゴが胸元に一つ付いた、グレーの普通のパーカーだ。もちろん、父は買ってくれないので自分のお金で買った。
「パパ、でもあれ地味じゃん。地味子にはお似合いだよ。」
ゆあが言い放った言葉に父は大口を開け、唾液を撒き散らしながら笑った。
「あいつは可哀想な奴だな。間違って生まれただけはある!」
全員の笑い声を背に、早足で部屋へと戻った。涙で濡れた顔を見られたくないからだ。
(間違いか……。)
私には姉と妹がいる。姉と私は年が1歳違いだ。本来、両親は子供を二人にしようと決めていたらしいのだが、間違ってできてしまった。それが私だったらしい。
(だったらおろせよ……こんな家に生まれてくるなんて、不運だ。)
いくら毛嫌いしている父と母でも、親なことに変わりはない。要らない、と言われれば傷つくのが子供の精神だ。本当は誰だって愛されたいものである。
腹がなっても、用意されない夕飯には期待せずに泣き続け、最後に入らないと文句を言われる風呂に、皆が寝静まってから静かに入った。
水面を見る度に、このまま溺死でもと、毎日考えた。
生きる理由を挙げるとすれば、自分を欲してくれる人がいることだけだ。それだけが楽しみであり、同時に救いでもあった。
目を瞑り、湯に肩までつけながら、怒鳴られた時の父の顔を思い出した。あの、目尻の垂れた二重の大きい瞳に、血色の良いぽってりとした唇を。
(やっぱり、似てるな……。)
そう、なんの皮肉かはわからないが、父とは顔がとても似ていた。昔の父の写真を見た時は、どこぞの俳優にも引けを取らないその顔に驚いた。
顔が良い人がなにを着ても似合うように、父もそうだった。それ故に、自分のセンスは良いのだと思い込み、顔とセンスには絶対の自信があった。
そうしてチヤホヤされて育った父に、間違えてできてしまった子供が自分と瓜二つだった。
間違いと自分の顔が似るなんて、プライドの高い父には許せなかったのだろう。その時、父の攻撃の対象は私になった。
(とりあえず、モテる顔だけは感謝……。)
そう思いながら、明日の登校を夢見た。