我が愛しき者は、強くあれ
私は、ツァルガ王城内の廊下を急いでいた。
どうしても父上に訴えなくてはいけないことがあったからだ。
「まあ、トキ様っ。そんな風な事をされては衣装や髪が台無しに……」
侍女長の言葉は、そこまでで聞こえなくなった。なぜなら私が城の広間へと通じる廊下を走っているからだ。
衣装の事など、ましてや結い上げた髪のことなど、今の私にはどうでもいい事だ。それよりももっと大きな問題が、私に降りかかろうとしており、その問題は私の一生に深くかかわってくるのだから。このくらいのことは許されるはずである。
「父上!」
先ほどの侍女長から離れて、角を一つ曲がったその直後。すぐ右側に見えた扉を思い切り開け放って、私はそう言った。いや、叫んだの方が正しいかもしれない。
「トキ様っ」
扉の前で護衛をしていた兵士が、そんな風に私の名を呼んだが、さすがに国王の娘にそれ以上の文句はつけられないらしく、彼らはあきらめたように、すぐに体制を元に戻していた。
「何事だ、いったい」
扉の向こう、広間の奥の玉座に座した父上がそんな言葉を紡いだが、私はそれに間髪入れずに声を上げた。
「父上、ファスティと私を婚約させるという話は本当ですか!」
と。
冗談ではない。私が夫にするのはもっと強い男だ。なぜ、あんないつもにこにこして、庭の草木の手入れが好きな、強さという事からかけ離れたような男を、夫にしなければならないのだ。
そう、思う。
「あんな男を、私の夫にしろというのですか! 父上、代々護衛士を務めているファスティの家との婚姻を多く結んでいるとはいえ、武勇に優れたより強いものを良しとする王家にあって、よりによってファスティと結婚しろと言われるとは!」
思い切りまくしたてたために、父上はただただ呆然と私の顔を見やっていた。
やがて、私の切らしていた息が収まると、父上がゆっくりと口を開く。
「トキ……、ファスティは優秀な戦士だぞ? 何がそんなに気に入らないというんだ。我が王家は代々血族婚にて血を守り続けている。だがお前は兄弟がおらん。ならば一番近い血筋のファスティを婿に迎えるのがよいだろう。あれは、我が姉上の息子でもあるのだから」
「たとえ、血が良くとも、私はあの男を認めません! あれが優秀な戦士とおっしゃる父上を理解しかねます」
はっきりと言い切った。
「だが……、これはお前一人の問題出もないだろう? お前はやがてこの国の女王となり、お前の産む子はその世継ぎとなる。……夫であるのが気に入らないと言うなら、せめてファスティの子を残して……」
そこまで父上が言葉を口にした時、意外にも今まで黙っていた母上が、口を挟んだ。……というよりも、母上は父上の隣で驚きの声をあげて、私たちの会話を遮ったのだ。私も父上に言うことがあったのに。
「まあああああああつつっ」
それが、はじめの一言。続いて母上は、父上の方をまっすぐに見つめて、訴えるように言った。
「貴方まさか、私の事もそんな風に見ていたのっ? 子を残すだけの存在だなんて……。そんなひどい事って!」
母上は人一倍素直な分、人一倍思いこみが激しい女性だった。
「あっ、いや、だから」
頼りなく弁解を始めようとする父上であったが、母上はそんな言葉などきいてはいない。
「わかりました。私も少しは名の知られた戦士。潔く貴方の元を退かせていただきます」
王妃の玉座から勢い良く立ち上がり、そのままきびすを返して広い広間を縦断していく母上。
私もそんな母上の潔さを見習って、父上を見つめて決意を口にする。
「わかりました。私の夫は私がきめます。私の選んだ男が、ファスティよりも優秀な戦士であれば、たとえ王家の血に連なる者でなくとも、我が夫として認められるはずです。なにしろ、父上もそのようにして、母上を妃にしたと聞きました」
「うっ」
反論などできるはずがなかった。父上も、自らの婚約者であった姉君を退けて、母上と結婚したのだから。
強い男ならば良いのだ。ファスティよりも。
「では、そう言うことでしばらくの間、この城をあけさせていただきます」
私も母上と同じようにきびすを返し、母上の背を追うようにして、その広間から辞した
のだった。
「あっ、ちょっと、まてっ!」
父上はその後を慌てて追いかけたようだが、その声が何とも情けのない声であった。
「はぁ、あれがレクサンドラ大陸七王のうち、もっとも勇敢な王と知られた、我が夫の言葉とは……」
もしも母上がその声を聞いていたのなら、そうぼやいたに違いなかった。
私と父上が言い争った日の翌日、私が城を後にしようとした時、ちょうど同じように城を出ていこうとする母上と鉢合わせになった。そのおかげで父上の注意が、母上を引き留めようと言う方に向いて、私は何の障害もなく城を出ていくことができた。
「さて、まずは何処へ行こうか」
武芸の秀でたツァルガの民には、大陸中に名のしれた強者達が多く存在する。私はその者達に一通り会ってゆくつもりであった……。
※※※
「まただな……」
城を飛び出して三日目、私は立ち寄った宿にある料理屋で、一人の男を目撃した。
その男は黒いマントと黒い衣装に身を包み、その顔を半分ほど黒い仮面でおおっている、すばらしく背の高い男であった。ツァルガの王城でも一番せのたかかったファスティと並べても、見劣りしないほどの高さだろう。だが、私がまただと言ったのは、もっと別の意味であった。
その男の姿は、今日だけでもすでに六回ほど見ているのだ。一度目は途中の道ですれ違った。二度目は通りかかった橋の下で釣りをしていた。三度目は……そうそう、道から少し離れたの木の下で昼寝をしていた。四度目はなんだったか?
とにかくその男は、私の行く先々でに存在したのだ。
それが普通の民の格好をしているのならば、私も気にもとめなかったかもしれない。しかし黒づくめの衣装に仮面ともなると、目立ってしょうがない。いや、目立つと言うよりも、すごく妖しい。見るからに、妖しい。
「暗殺者?」
私の脳裏にそんな言葉がよぎる。
暗殺者は闇にまぎれるために、黒い衣装を好む。おまけに、頭からマントをかぶっている事で、髪がどんな色をしているのかさえ、わからなないうえに仮面によって、素顔を隠している。
ツァルガの国王の娘で、次期国王となる私。
外から見れば、まだ若くまあまあ美しい私。
それだけの今の私を取り囲む環境と、私の知識とで考察すれば、自ずとその黒い男が暗殺者ではないかと言う疑問は生まれてくる……はず。
きっと、私の命を狙っているに違いない。こんなに何度も会うのだから。
もし、そうでないのならば、一番はじめに私とすれ違った時に、私に一目惚れをしてしまったのだ
きっと。
まあ、それならばそれでかまわないかな。彼が私の認める強さの男で、ファスティよりも強いのならば。
私はそんなことを思いながら、ゆっくりとその男に近づいた。彼は、料理屋の客の間を縫って近づいていく私に気がつかないふりをしていたが、さすがに私が
「ここへすわるぞ」
と、話しかけたときには、びくりと肩を振るわせて、わざとらしく咳払いをしていた。
「お前、暗殺者か? 私の命を狙っているのだろう?」
単刀直入に、そんな言葉をかけてみると、男は口にしたワインを吹き出しそうになるの
を、口元を手で押さえて一生懸命にこらえた。
ますます、私が確信に近づく行動だ。
「ああ、暗殺者が自分から暗殺者だなんて、肯定するはずはなかったな。では名前は? と、聞いても教えてはくれないだろうな。それに私の命を狙っているのなら、私の名前くらいは知っているだろうし、自己紹
介の必要もないな」
そんな事を私が口にしている間、男は先程のワインが変な所へ入ってしまったらしく、何度も何度も苦しげにせき込んでいた。
少し気の毒に思う程であった。
「そうだ。お前、これからの私の旅に同行しろ。どうせ命を狙っているのならば、私の行くところについて来るのだろう? 見えない所でこそこそとついてこられるよりも、例えすぐ隣でも見える所から狙われた方が、まだ、安心だからな」
私はこそこそ隠れる奴よりも、堂々と真正面から切りつけて来る奴の方が好きだな。どちらかといえば。
男が何も喋ろうとしないために、必然的に私が次から次へとそう言うことを話す事になってしまう。
そんなことが続いて、食事をしながらその男に色々と尋ねては、答えをロにしない男の代わりに、自分で答えを見つけていた私は、やはり男の名前を知らないと、面倒が多い事に気がついた。
「お前、名前は? なんて言っても、きっと答えないだろうから私がつけるぞ、 勝手に。そうだな……トゥラースというのはどうだ? 私の次にツァルガの国王になる者の名前だぞ?」
私だって、きちんと世継ぎを残す事は考えている。ただ、その子供の父親となるべき男にこだわっているのだ。
「そのほかならば、タージュタージェかな。二つとも、私が子を産んだら、その子らにつけようと、今から考えている名前なんだぞ。女ならばティーナと名付けたいと思ってる」
その言葉に、男は私の目の前で少しだけ唇をゆがませた。笑ったのだ。
きっと、子を残す前に、俺が殺してやるとでも思っているに違いない。
「言っておくが、 私はそんなに簡単には殺されないぞ? 私はきちんと、夫となる強い男を見つけて、城へ帰るつもりだからな。 ……待てよ。私がお前に殺されたら、お前は私より強い男と言うことで、それなら私の夫になる資格も十分あるんだが……」
私が死んでしまっているのでは、夫もなにもあったものではないな。
我ながら、馬鹿なことを思ったものである。
まあ、そんな事で、私は目の前の暗殺者の男をトゥラースと名付け、これからの旅の供としたのだ。
※※※※※
「あぶないっ!」
トゥラースのそんな声が響いて、すぐ目の前に彼の漆黒の衣装に包まれた身体が、飛び
込んでくる。
そのために、私の喉元を狙って飛びかかってきた魔狼が、彼に体当たりを食らわされて、横へとふっ飛ぶ。
「トゥラース……?」
まさか、彼が私を助けるとは思いもしなかったために、そんな私らしくない、かわいい声で驚きの言葉が漏れてしまう。だが、その声はトゥラースには届かなかったらしい。彼は手にした短剣を魔狼の喉元に突き立てて、とどめを刺していたのだから仕方ないだろう。
それはほれぼれするほど見事な手つきであった。
さすが暗殺者である。
だが。かりにも暗殺者がこんな事で良いのだろうか。
私はそんなことを思って、目の前で短剣についた狼の血を振り払い、それを鞘におさめているトゥラースに歩み寄り、胸元の衣装をつかんで、ぐいと顔を引き寄せる。女にしては背の高い私だが、やはり彼の背はそれ以上に高く、 かなり腰を曲げさせることになった。
そんなこと、私の構う事ではなかったが。
「お前は、暗殺者のくせに、その暗殺する者を助けてどうするんだ!」
そう言ってやった。
「お前は私について来て、 もう何日になる? 一週間だぞ、一週間。その間お前は野宿をすれば、夜見張りに立つし、宿屋は別々の部屋を取るし、全く暗殺するような気配を見せないじゃないか。本当に、仕事をする気があるのか?」
さらに続けた私の言葉に、彼はただいつものように、力のないと言うか、戸惑ったよう
な笑みを浮かべて、
「ああ……」
と、短く領くだけであった。答えにもなってはいない。
「まあ、暗殺者として、誇りをもってるなら、自分の手で始末をつけようって言うことで、今助けたのかもしれないが、普通は見殺しにするものじゃないのか? それとも、暗殺と言うものは、自分の手で殺さない事には、報酬が出ないものなのか?」
「いや……」
またそんな短い言葉だけで、それ以上先の答えを濁すトゥラース。ある意味つれない男であるが、それはそれで別に嫌に思う事ではなかった。秘密と言う物は、 多ければ多いほど面白い物である。それを一つづつ解明していくのも、また一興。
ただ、 トゥラースに関して言えば、彼の秘密をただの一つも、私は解明できていなかったのだけれど……。
「まあ、いいか」
肩から力を抜いて、そう言う。そして先程彼がとどめを刺した魔狼を見やる。やせ細った、小柄な魔狼だった。
「人間を襲うとは。よほど飢えていたんろうが、襲った人間が悪かったな……」
そんなことを呟く私の前で、彼はその小柄な魔狼を肩に担ぎ上げた。
「どうするんだ?」
「今晩の宿代だ。村ならば、金よりもこういった物の方が喜ばれる。……毛皮も使えるしな」
ふうん。なかなか博識だな。だが、いつもそれくらい話してくれれば良いのに。
もしかしたら、それが本性じゃないのか?
魔狼を担いだ彼の背を見て歩きながら言ってやったが、彼は一度だけ肩を振るわせただけであった。やはり、つれない男である。
その日、私達は彼が言ったとおりに、しとめた魔狼を宿代にして、山里の小さな一軒家に泊めてもらった。私の足の裏にできてしまっていたマメがつぶれてしまったために、その先の村にまではたどり着けなかっただ。
武芸を身につけ、かなり鍛えていたつもりであったために、少しばかりショックだった。
「気にするな。旅に慣れない者ならば、必ずできるものだ……」
私の心をよみとったかのように、丁寧に私の足のマメの治療をしながら、そんな言葉をかけてくるトゥラース。
「それは、私の事をきづかってくれているのか?」
暗殺者のくせに変な奴だな。
そう言ってみたが、
「一言多い」
という、やはり短い言葉で返された。良い奴なのか、悪い奴なのか、わからない奴であるが、嫌いな奴ではなかった。
※※※※※
真夜中。
山の中の一軒家。
同じ寝室。
私達二人以外には誰もいない。宿を提供してくれた人物は狩りに出てしまっている。何でも、山の頂上付近に朝、日の昇る前にしか姿を現さない鳥がいるらしい。だから夜中から家を出て頂上付近へと行き、そこで鳥
が姿を現すのを待ち伏せるらしい。
ということで、 トゥラースが私の命を狙うなら間違いなく今夜だろうと、 私は思っていた。これほどまでに、舞台が整っているのだから。
だが。
彼は私が横たわる寝台の隣、床の上に、荷物袋を枕にして眠っていた。胸が、 規則正しく上下している。どうやら熟睡しているようだ。
たぶん。
「つまらん」
それが、私の感想だ。
本当は暗殺者ではなく、やはり 私に一目惚れしたから、ついてきているのだろうか?
そんな馬鹿な考えが、再び頭をよぎった。
その時。
いきなりトゥラースががばっと起きあがった。そして、私の寝台に近づいてくる。
今まで私は横を向いて頭を掌で支えていたのだが、彼はその腕をぐいと引き、そのま
ま私の身体を引き寄せて背中から抱きしめる様な形にする。
やはり、惚れたほうか?
一瞬そう思ってしまったが、 腕を引っ張った手を離し、私の口を塞いでしまうところを見ると、そうではないらしい。
「静かに」
私を抱きしめると言うよりも、抱え込んで動きを押さえると言った感じで彼が言う。
どうやら暗殺するつもりでもないらしい。
だが、彼にそこまで言われて、 私もようやく様子がおかしいことに気がついた。部屋の周りでいくつもの気配がする。そして、鋭い肌を刺すような殺気。
「武器を……」
私が異変に気付いたとわかって、押さえていた手をほどいて、寝台の横に立てかけてあった私の剣を彼が渡してくれる。そして、自分は懐から短剣を取り出して、鞘から抜き放つ。どうやら、武器を身につけたまま眠っていたらしい。
かたん。
小さな音を立てて、 彼が短剣の鞘を床においた瞬間。
その部屋の扉が勢い良く開け放たれ、そこから三つの人影が飛び込んでくる。先程から目覚めていたために、私の目は闇になれていて、その人物達の姿がきちんと確認できた。どうやら、その体格からみな男のようであった。
そして、やはり、衣装は黒かった。
「ツァルガの姫だな?」
一人がそんな事を口にする。
「……私を確認するところを見ると、お前達も私の命を狙った暗殺者か?」
そう聞き返してみる。そんな私の傍らでは、トゥラースが私を守るように、かばってくれていた。
この男の考えていることは、本当にわからない。
「やはりツァルガの姫だな」
また別の男が言い、その言葉を合図にしたかのように、三人が一斉に襲いかかってくる。あまり広いとはいえない部屋に、五人。とても、大立ち回りのできる広さではなかったが、それでもみすみす殺されるわけには行かない。
それに、もう何日か前から私を狙って共にいるトゥラースがいるにも関わらず、今突然襲いかかってきた奴等に殺されたくはなかった。順番から言えばトゥラースの方が私の命を奪える権利があるはずだ。
だからといって、トゥラースにも殺されるつもりはなかったが。
がちぃぃんっ。
三人のうも、二人は武器が短めの剣であったために、それらの剣と私の剣がぶつかって、そんな音がする。 ようは、三人いたうち二人が私の方に回り、 残りの一人がトゥラースの相手に回ったのである。考えれば当たり前のことだろう。彼等は私の命を狙っているのだから。
「ザール! 後ろへ回り込め!」
右側にいた男がそんな事をもう一人に言っている。そのために、ザールと呼ばれた男がわかったと答えて、素早い動きで、もう一人を相手にしていて自由に動けない私の後ろへと回り込む。
だが、ちょうど男が移動し終えたとき、
「ぎゃあっ」
と言う悲鳴があがる。
「レストっ!」
前後の男達が同時に、その名を呼ぶ。きっとトゥラースの方へ行ったもう一人の名であろうが、その男はす
でにトゥラースの足下の床に伏してしまっていた。彼が、倒したのだ。
目の前の男が怒りを露に、肩を振るわせた。
そのために一瞬のスキがその生じ、私は自らの剣を思い切り押し出して、今まで動きを押さえていた彼の剣を押しのける。男は突然のとこで対処しきれず、その場から何歩か後ずさった。
「ガフートっ。男の方は俺にまかせろっ!」
背後のザールの声がひびき、私から離れていった気配がする。
これで、後ろを気にしないですむ。
そう思った私は、目の前のガフートなる男に向かって、思い切り駆け出した。と言っても狭い部屋の事。そう大した距離ではなかったけども。
「てえい!」
真上には振れないために、真横に剣をなぐ。ガフートはそれを剣の腹で受け止めた。おまけに、その次の瞬間に繰り出した、私の蹴りまでも予測していたかのように避けきったのだ。
強い。
そう思う。
かなりのやり手だと。
「これはどうだっ!」
運身の力を込めて剣を振ったのだが、それが災いし、剣できれいに受け流されて、私は自らの勢いで壁の方へとよろけ、ぶつかってしまう。
ぶつかる瞬間、何とか体制を変えることができたが、それでも背中を壁に強く打ってしまう。部屋の狭さが、仇になった。
「くっそうっ」
そんな声を思わず漏らし、首を振った瞬間。ガフートが短めの剣を胸のあたりで構え、突
く様な形で襲い来ていた。
「トキ!」
初めて、トゥラースが私の名を呼んだ。そして、壁の前で座り込みかけていた私の身体を包み込むようにして、かばう。
視界が、彼の衣装のおかげで、半分ほど真っ黒に染まったとき。
金属が堅い物にぶつかる激しい音と、
「うっ」
と言う、トゥラースの声が響く。私はトゥラースによって抱きしめられていたためにに見えなかったが、それでもガフートの剣がトゥラースの仮面に当たったのだと言うことは、音で判断できた。
「トゥラース、大丈夫かっ!」
その言葉を言い終えないうちに、 トゥラースはその場に立ち上がった。
私の聞き間違いだろうか?
「絶対に殺させない!」
彼がそんな風に叫んだ気がした。
そして私の目の前で、彼が短剣をふるってガフートへと襲いかかり、ガフートの剣での攻撃も、鮮やかによけて彼の懐へと飛び込む。
「なっ?」
ガフートがそんな驚偶の声を発した直後、トゥラースの短剣はガフートの二の腕に深々と突き刺さり、手にした剣を落とさせた。そしてそのまま腕をつかんで身体を引き寄せたかと思うと、勢いのままに肘をガフートの腹に食い込ませる。
「ぐふっ」
そんな濁った声を発して、ガフートは背後へと倒れて行き、そこに倒れていた、もう一人の仲間レストに重なった。その向こう、さほど遠くない位置に、ザールも倒れている。トゥラースが私をたすけにきた時にはすでにもう一人も倒してしまっていたということだろう。
結局の所三人ともが、トゥラースによって倒されてしまったのだ。
私はその一部始終を、彼の背中からじっと見ていることしかできなかった。
「大丈夫……だったか?」
彼がそう言って後ろを振り返った時、私は思わず彼の胸ぐらにつかみっかってしまっていた。そして、はっきりとした口調で言ってしまったのだ。
「私の夫になってくれ。いや、 私の夫になるべき男は、お前しかいない!」
本気で思ったのだ。私よりも強いと。そしてここまで強い男も他にはいないと。
すでに彼が暗殺者であるという事はどうでも良かった。彼こそが私の夫となるべき男であると、悪いこんでいたから。
突然、彼のロ元に笑みが浮かぶ。そして、
「やれやれ 貴方も王妃様に似て、思いこみの激しい方ですねぇ」
トゥラースのロからそんな言葉薬がこぼれ、私は一瞬確然となってしまった。こののんびりとした口調、 どこかで聞いたことのある口調だ。
そう思ったとき、 ピシッと言う音が私の目の前で響いて、彼が今までつけていた仮面が額の部分から、まっぷたつに割れて、床へと転がってしまった。そして、彼の顔が初めて明らかになる。
「ファスティ! ファスティバルス!」
私が夫と認めた男は、私が婚約を取り消したくて城を飛び出してきた、その婚約者であったのだ。いつもにこにことして、とうてい強いとも思えなかったあの男が、トゥラースであったのだとは。
「よくもっ、今までだましてたな! 口調までかえて!」
かっとなって、つかんでいた彼の衣装をさらに強く握りしめていたが、 彼はそうされてもその表情におだやかな笑みを浮かべたままだった。私の良く知っている笑みだ。
「だましたつもりではなかったんですがね。ただ口調は変えないと、貴女に私だとバレてじまっていたでしょう? そしたら隣で貴女を守れませんしね?」
そう微笑まれて、言葉をうしなってしまう。
彼が笑ったのをすぐ近くで見て、急に顔がぼっと熱くなった。そして、こんな事は初めてだと思うほど、心臓がドキドキと早鐘を打っている。なんだか、急に恥ずかしいと思い始めたのだ。
今まで彼を暗殺者だと勘違いしていたことが恥ずかしかった訳ではなかった。まあ、はんの少しはそれもあったが、一番の理由は彼の顔を見ることであった。それが、恥ずかしかったのだ。
だから、私はそのままつかんでいたファスティの衣装から手を離し、変わりに彼の胸に顔をくっつけた。彼の顔をみないために。
「お前はひきょうだ!」
そんな風に言いながら。
なのにファスティは私に謝ることもしなかったのだ。それどころか、私をその破壊的な腕力でぎゅっと抱き
しめたのだ。そしてそっと、耳元で職くように言った。
「愛してます……トキ様。貴女が無事で良かった。私は城を飛び出した貴女の事が心配で、後を追ってきてしまったのですよ……」
その言葉を聞いて、私は身体から力が抜けてしまうような感覚を覚える中、何がなんだかわからなくなっ
て、そのまま
「私も……」
と、返してしまった。
だが、それで良いと思った。
なぜなら彼は私が認めた男であったから。それに彼の言葉に、こんなにも幸福感を心に抱いているら……。
これで、良かったのだ。
余談ではあるが、半年後、本物の暗殺者であったあのザール、ガフート、 レストの三人が、私が会おうとしていた名のしれた強者達の中に入っていたと言うことを知った。
その時、改めてファスティの強さと、自らの幸せを噛みしめてしまった。そして……自らの身体に訪れた変化に、これでツァルガも安泰であるという予感をかんじていたのであった。
《我がいとしき者は、強くあれ 終》




