4-8 イダ
尋常ならざるイダの様子に面食らうも、心音がすぐに彼女を労る。
「イダさん!? まずはゆっくり、落ち着いてください。お話は聞きますのでっ!」
心音は傍にある長椅子に誘導しようとするも、イダはそれを断りその場で言葉を続ける。
「.......皆さんの、お力を、お貸しください。ラネグ将軍が、生きて、帰ってくるために.......!」
「え、どういうことですか? ラネグ将軍が危険なところに行かされるってことですか?」
心音からの質問を受け、イダは胸に抱えていた資料を心音に差し出す。
その表紙に書かれた文を目にして、心音は言葉を詰まらせる。後ろから覗き込んだシェルツが代わりに言葉を表出させる。
「魔人族領への侵攻についての作戦案、だって? そんなの、あまりに危険な作戦じゃないか!」
イダがコクリと頷き言葉を返す。
「国王の、判断。将軍も、私も、逆らえない」
敵国に攻め入るというのは、かなりの覚悟が必要である。防衛戦と攻城戦ではその難易度が圧倒的に違うのだ。
しかし、そこで先程のイダの台詞が気になってくる。シェルツがその疑問をぶつける。
「ラネグ将軍を助けて欲しいって、どういうことなのでしょう? まさか、俺たちにも攻城戦に加わって欲しいって事ですか?」
イダは漆黒の瞳に光を称え、心音をじっと見る。そして、ゆっくりと確かめるように紡ぎ始めた。
「あなたたちなら.......私と同じコトさんがいる、あなたたちなら、きっと、無駄な血を、流させずに、済むと、思うのです」
「イダさんと、同じ.......?」
心音たちはその言葉の意味に思考を巡らす。
しかし、いくら考えてもその言葉の意味に辿り着けない。
幾許かの間が空き、イダはハッとした様子で焦りを見せる。
「あ、あなたも.......コトさんは、魔人族では、ないのですか?」
「え.......?」
思いもよらぬ発言に、一瞬心音の思考が止まる。
その間にアーニエとエラーニュが素早く心音とイダの間に入り、警戒の姿勢をとった。
「あんた、その言い方じゃ自分が魔人族ですって言っているようなものよ?」
「つながりました。コトさんの髪は魔人族の魔力光に似た発色をしています。それを魔力光と見分けられるのは魔人族特有の特徴です」
明確な敵意を向けられ、イダはたじろぎ後ずさる。しかし、すぐに胸に手を当て深呼吸すると、落ち着きを取り戻して魔力の乗った声を発する。
『はい、私は魔人族領アーギス帝国の第八王女、イディストゥラ・マ・アーギスです』
対外念話で飛んできた意思と共に、イダの周りに金色の魔力光が滲む。垣間見えたその濃度から察せられる魔力量に、アーニエが顔をしかめる。
「聞きたいことは沢山あるけど、まず確認するわ。コトもあたしたちも正真正銘のヒト族だけど、あんたは敵? 味方?」
『決して、敵対しようなどとは思っていません。私は魔人族ですが、ヒト族の暖かさに触れてきて、倒すべき敵などとは到底思えません。ですが.......』
イダは少し目を伏せて続ける。
『それと同等に、魔人族に対して積極的に害なすこともできません。魔人族もヒト族と同等に、心を持った暖かい種族ですから.......』
「よく言うわ! 今まで何度も他種族に対しての残忍さを見せつけておいて!」
『魔人族に対するヒト族の行いも残忍ではないと言えますか? それが、戦争です』
食ってかかったアーニエであるが、即時的なイダの返しに言葉を詰まらせる。
自分たちはヒト族だから、こちら側からの視野しか得られない。しかし、魔人族の側から見たヒト族はどうなのだろうか?
アーニエだけではない。皆、その視点で考えたことがなかった。ヒト族としての主観で見聞きした出来事のみを処理し、魔人族を絶対的な悪として見ていたのだ。
それでも、事実としての記録から、魔人族を絶対悪として祭り上げないわけにはいかなかったのだ。そうでもしないと、自分たちの国を守りきれないから。
誰も言い返せず生まれた沈黙を破り、イダが切なる願いを紡ぐ。
『魔人族の私がヒト族であるあなた方にお願いするのもおかしいかと思いますが.......ラネグ将軍の五体満足での帰還を望んでの願いでもあります。魔人族領への侵攻に参加し、将軍の助けになっていただけないでしょうか?』
意図が掴めない願いに聞こえる。アーニエはその疑問をイダにぶつける。
「どういうこと? 侵攻軍に加担したら魔人族にとって不利益になるんじゃないの?」
『えぇ、通常であればそうでしょう。ですが、ヒト族ではどう頑張っても魔人族の領地は落とせません。魔力量の差は簡単には埋められませんから』
「まさか。それなら千年も前線が拮抗してる理由にならないわ」
『前線戦には魔人族はほとんど参戦していませんから。拮抗している状態を演出するための魔物です』
話が思いもよらない方向に進む。今まで考えてもいなかった情報が飛び込んでくるが、それがどれほど信用に値するかも分からない。
イダは少し焦りを見せながら、話を飛ばし結論を述べる。
『とにかく、魔人族の兵士たちは侵攻を止めるために真っ先にラネグ将軍の命を狙うでしょう。一般の軍人たちではきっとそれは阻止できません。コトさんの魔力量.......いえ、あなた方のような優秀な冒険者が守りに徹してくだされば、将軍を守りきったまま撤退の判断に繋げられるはずです。どうか、どうかお願い致します』
イダがラネグを守りたいという思い。魔人族にまつわる事情は理解できなくとも、それだけは確実に伝わってきた。
パーティ内で、困惑しながらも無下にはできないという思いが渦巻く。話を聞く限りでは依頼を受けるにしてもかなりの危険が付きまとうはずだ。
それでも受けるに値する依頼かどうか、シェルツが確認すべきことをイダに投げる。
「もし、この依頼を受けるとして、あなたは俺たちにどんな報酬を用意してくれるのでしょうか? かなりの危険が伴う依頼です。相応の見返りがないと、俺たちがその渦中に飛び込むには理由が足りません」
報酬。
この国において貴族でもなんでもないイダが用意できる金品など、この依頼に相応しいものにはならない。
その上で、ハープス王国からの冒険者たる彼らに用意できる見返りとなるもの。そうなり得る手札となれば.......
イダは口にしようとした言葉を一度躊躇いがちに飲み込み、決意を固め直し両の拳を胸に引き付けシェルツに答えた。
『秘術を.......魔人族が保有する古代の魔法を会得する権利を、報酬と致します! 魔人族の王族のみが付与することができる〝守り人の証明〟をお渡しします。それがあれば、アーギス王国の神殿にて〝次元魔法〟の会得が許されることとなります』
「古代の魔法.......? 次元魔法、とはどのような魔法なのでしょう」
『言葉で説明するのは非常に難しい魔法です。実感出来る活用法として説明するならば、魔人族が忽然と消えたり現れたりするのは、その魔法によるものです』
心音は心臓の鼓動が早なるのを感じた。
古代の魔法。まさにそれこそ元の世界に帰るための手がかりとして探し求めていたものであったからだ。
シェルツの視線と、彼を見上げる心音の視線が交わる。心音の事情を知るシェルツはその意図を理解し、イダに対して詳細を促す。
「〝次元魔法〟の会得には魔人族の国に入らなければならないですよね? ヒト族の俺たちが入国する手段はあるのでしょうか?」
『魔人族の国には、稀に他種族も出入りしています。魔人族が認めた者に発行する通行手形があれば、同様に入国が許可されるでしょう。もちろんその手配も致します』
「深い事情は知りませんが、ヒト族の国にいるあなたにそれができる権利はあるのですか?」
『えぇ、〝守り人の証明〟も通行手形も、王族が記し魔力を込めたものであれば効果を発揮しますから』
嘘を言っていないという確証はない。
しかし、この条件を提示した時のイダの表情は真に迫っていた上、将軍ラネグを守ることは確実にヒト族の利につながるだろう。
パーティ皆の意志を確認し、シェルツはイダに返答した。
「分かりました。その依頼、俺たちが受注します」
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第四楽章も起承転結で言えば転の辺りまで来ました。
転がっていくストーリーをお楽しみください♪