4-6 戦にまつわる国際情勢
一度昼食をとった後、午後から本格的に書籍を読み込みながらの調査を始めた。
純粋な記録として淡々と記されているものであったため、全てが重要度の高い情報というわけではない。しかし、かなりの分量を以って記されたそれらの中からは、魔人族との争いが続いている状況下で押さえておくべき情報が多々浮上してきた。
調査開始から二時間。少し休憩を挟もうと五人が本から目を離したところで、いち早く既に一冊の書籍を読み終えていたエラーニュが額に当てていた右手を下ろしながら情報の共有を始める。
「コトさんと初めて会った時、その直前に魔人族の国から遠く離れたマキアに兵器が落とされたことについて、ずっと疑問に思っていたことの実態が分かりました」
コトがこの世界に落とされた始まりの地、マキア。
アディアの砦で魔人族を抑えているのも関わらず、あれだけ大規模な兵器を誰にも見つからず遥か東方のマキアに持ち込めたということについて、ラネグとの会話で疑問を感じた心音はもちろん、心音以外の四人も長い間疑問に感じていた。
その答えが見つかったというのだ。皆はエラーニュに注目し、言葉の続きを待った。
「コトさんもいることですし、一度前提条件として整理します。この世界では現在生き物が生存できる地域はかなり限られています。千年前の大戦における大量の魔力の衝突により、世界は高濃度の魔素で満たされました。同時にほとんどの精霊が消失してしまったため、精霊が生き残った地域だけが魔素の浄化がなされ、それがわたしたちが暮らす国々となったというわけです」
心音もこの世界における世界地図を見たことはあったが、大きな大陸一つ分の範囲しか記されておらず、その周りは黒く塗りつぶされていた。つまり、その黒塗りの地域は生物が生存できないということを示していたのだ。
「地図の外側、いわゆる〝虚無の領域〟には足を踏み入れるだけで数分と持たず命を落としてしまう、というのが一般常識ですが……そこが盲点だったようです」
「は? つまり魔人族の連中は〝虚無の領域〟を通ってきたとでも言うの?」
アーニエが悪い冗談を聞いたかのように疑問符を浮かべる。
対してエラーニュが示した反応は、それを肯定するものであった。
「はい。魔人族はその高い魔力生成能力を生かし、大人数で高濃度の魔力を纏わせることで魔素の侵入を阻止する〝魔導車〟の開発を進めていたようなんです。〝虚無の領域〟沿いのアディア王国の村で目撃情報があったと記されていました。三年前の時点で実用段階には至らず研究途中だったようですが、それがあの時までに完成されていたとしたら、マキアの件は辻褄が合います」
シェルツが息を呑む。その魔導車が事実であり、量産が進んだとすればいつでもハープス王国に攻め入ることができるということを瞬時に理解したからだ。
「え、この世界にも馬車以外の車があるんですか?」
緊張が走る空気感の中、心音による少し外れた質問でやや雰囲気が緩くなる。
「ええ、数は少ないですが、ヒト族の国でも使われていますよ。動力として馬ではなく魔力を用いる車です。ただ、魔力消費が激しいので、いつ魔物と出会うか分からない冒険者はもちろん、魔力の温存をする必要がある場合は用いられないので、ほとんど流通していません」
「なるほど! 魔力をたくさん持っている魔人族だから魔導車を使ったんですね!」
「それもあるでしょうし、長距離を継続的に走らせることを考えて、馬を潰してしまうよりも人員を入れ替えながら魔力で走らせた方が効率が良かった、というのもあるでしょう。それに、〝虚無の領域〟では魔物や野生動物の襲撃の心配もありませんし」
この情報は戦争の拮抗を崩しうる重大な情報であると、心音も含め共通の認識となった。
アディアでの記録とマキアでの兵器、両方の情報を知っていたからこそ導き出された結論である。
この情報は一刻も早く冒険者ギルドハープス王国本部に伝えるべきだと見解が一致し、シェルツはギルド支部に逓送依頼を出すため、書状をまとめるべく筆を執った。
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翌日からも、いくつか有益な情報が浮かび上がってきた。
魔人族と森人族は現在不可侵の状態にあること。
魔人族は野生動物を改造して魔物を生み出しているが、それには魔人族が保有する固有の魔法技術が関係しているということ。
その魔法技術を用いて、拉致した獣族の民にすら魔物化の改造を施していること。
それゆえ獣族と魔人族は強く対立しているが、獣族は連れ去られ魔物に変えられることを恐れて強く出られずにいるということ。
それらの情報の中には、ヒト族や獣族の国で捕えられた魔人族を拷問した上で得られたものもあるらしい。
純粋な記録の数々から、現在魔人族を囲む国際情勢が見えてきた。
これらの情報も、戦争が続いている現状、かなり有益な情報となり得る。
その他にも、魔人族はその高い魔力の保有量により、髪から魔力光が溢れているためすぐに見分けがつくという項目に始まり、それ自体も魔力を押さえ込んで特殊な塗料で髪を染めることで、一見してヒト族には見分けがつかないようにもできると記載されていた。
つまり、アディア王国に魔人族が紛れているという噂も、現実味を帯びてきたということだ。
調査を続けること五日、淡々と事実が記された書籍の中からようやく情報を抽出し終わり、心音たち五人は資料館を後にした。
資料館前の広場で日差しを浴びながら、シェルツは今後の動きを確認する。
「まずはまとめ終わった報告書の逓送依頼をギルド支部に出して、その後はヴェアンに帰還することになるかな」
「この長い遠征もようやく折り返しか! ヴェアンの飯が恋しくなったきたぜ」
ヴェレスが明るく返した。
魔人族の領地間際まで旅をしてきて、十分な情報は得られたように感じる。
当初は森人族、獣族それぞれの国にも調査に赴く計画もあったが、アディアで得られた情報の質が高く、その必要性も薄れてしまった。
とはいえ、心音としては元の世界へ帰る手段につながる決定的な情報が得られなかったことが悔やまれる。
唯一得られた魔女の「魔人族と仲良くなりな」という言葉だけが脳裏を巡るが、まさか魔人族の国に足を踏み入れるわけにはいかないだろう。パーティの独断で国境を越えた日には、元の世界どころかこの世界の大地も二度と踏めなくなりそうだ。
このまま折り返すのも仕方がない、機会はまたあるだろう、と心音が自身に言い聞かせていると、アーニエが疑問符を持ち上げる。
「あら? あそこにいるのイダじゃない?」
示す先を見れば、胸に何かを抱えた黒髪の女性が、一本にまとめた三つ編みを揺らしながら、こちらへ駆けてくる。
そのまま心音たちの前まで来て立ち止まると、息切れした呼吸を振り絞って訴えかけた。
「皆さん、どうか、助けて、ください.......!」
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事件の香り、アディア王国での旅のターニングポイントです。
次回からのお話もお楽しみください♪