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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第三幕 精霊と奏でるグラントペラ 〜広がる世界、広がる可能性〜
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4-5 資料館へ

 一夜が明け、心音たち五人はイダから示された資料館へ向かっていた。

 心音以外の四人も各自情報を収集していたが、内容を集約し信憑性の薄いものを(ふるい)にかければ、概ね同じような情報に落ち着いた。


 資料館と言うからには、明確な記録が残っていることが期待できる。そのことが調査の大きな進展に繋がれば良いと、胸を膨らませて資料館の前に着いてみれば、既にイダが資料館入口に小さく身を構えていた。


「イダさん! おはようございます。すみません、遅くなっちゃいましたか?」

「.......おはよう。遅くない、定刻通り」


 イダの言葉を受けてかのように、資料館の扉の鍵が開く音がした。中から資料館の職員らしき男が顔を出し、やや驚いてみせる。


「おや、イダちゃんじゃないか。おっと、皆様おはようございます。お早いですね、どうぞ中へ」


 職員に勧められるまま資料館に足を踏み入れると、イダは淀みのない足取りで館内を闊歩し始めた。

 広い館内であるが、無駄の一切が省かれたイダの案内により、程なくして一つの扉の前に辿り着く。


「ここから先、軍部と王城の関係者だけ、見れる」


 イダが扉に手をかざすと、刻まれた魔法回路と反応してカチリと音がする。それが解錠の音だったらしく、扉を開いてイダは心音たちの入室を促した。


 所狭しと陳列されている書物の数々。

 背表紙を見るに、どうやら目の前に広がる三千冊は下らないほどの書物全てが魔人族に関連するものらしい。


 壮観とも言える光景に、エラーニュとシェルツがそれぞれの見解を述べる。


「これは……確かに情報の楽園とすら言えますね。全てを読むとなると膨大な時間が必要になりそうです」

「さすがにそれだけ時間をかけるのは依頼報告的にも金銭的にも厳しいね。背表紙から判断して絞り込むしかないかな」


 確かに宝の山ではあるのだが。

 その途方もない量に頭を悩ませていると、イダがその黒目にシェルツたちを映し問いかける。


「……知りたい情報、どんなもの?」

「ここ近年の魔人族の活動の様子が知りたいですね。あとは、その他にも連合にとって有益な情報があれば……」

「……ん、わかった」


 イダはくるりと本棚に向き直ると、魔法による〝念動力〟で数冊の本を取り出し、机の上に並べる。

 最終的に並んだ冊数は二十冊。一人四冊読めば読破できる分量だ。

 

 並び終えたイダはもう一度こちらを見て、木々のさざめきのような声を震わせる。


「たぶん、このあたり。これ以上欲しかったら、探してみて」



 並べられた本の表紙を見るに、近年の前線情勢の記録や、国内での魔人族の目撃記録、確認された新しい魔法や魔物などの記録等、リクエスト通りの書籍が揃えられていた。


「わぁ、すごいですっ! イダさんはここの本を知り尽くしているんですか⁉」


 すご技ともいえるそれに心音が感嘆を示す。イダはゆっくりと首を横に振り返答した。


「知ってるの、最近の記録だけ。新しい本、全部読んでるから」


 簡潔に伝えると、イダは別の本棚から一冊の本を取り出し、少し離れた椅子に座りページをめくり始めた。

 心音たちが調べ終わるのを待っていてくれるとでも言うのだろうか。

 まさに至れり尽くせりな対応に感謝を伝えながら、心音たちは書籍の調査に入った。


♪ ♪ ♪


 五人で手分けして書物を読み進める。

 せっかくイダが居てくれるうちに、必要な書籍をピックアップしていかなければいけない。


 隅々まで丁寧に読んでいてはいつまでも捌ききれないということで、目ぼしい内容をメモしながらまとめていく。詳しい内容は後日詳しく読み込もうという魂胆だ。


 その作戦が項を成し、昼前にはイダが出してくれた本の内容はあらかたリスト化でき、追加の情報の要望も聞いてもらうことが出来た。

 追加した書籍の内容にも目を通し、お昼過ぎには一通りの作業が落ち着いた。


 シェルツが五人を代表してイダに礼を伝える。


「イダさん、助かりました。有益な情報が多く、ギルドにもいい報告が出来そうです。いつまでもお待たせしているわけにもいかないので、詳しい内容は俺たちだけでまとめていきます」

「.......ん、わかった」


 イダはパタリと本を閉じ、それを魔法で本棚に戻しながら立ち上がる。

 何気ない動作であるが、本の行先に視線も向けず、かなりの精度の魔法の発現であった。

 

 感心と少しの驚きを見せるシェルツたちの様子を気にした風もなく、イダは出口に向かって足を向ける。


「.......資料館の人に、伝えておく。あなたたち、明日からも使うって」

「ありがとうございます。本当に助かります」

「.......将軍の指示だから、従っただけ。あと、あなたたち、いい人、だから」


 いまいち感情の見えない瞳を流し資料館の出口へ向かうイダの後を追い、心音たちもこの場を離れることとした。



♪ ♪ ♪



 資料館から出ると、私服姿のラネグが建物前広場の長椅子に腰掛けていた。

 彼はイダの姿を確認するなり、身を起こして歩み寄ってきた。


「やはりというか、本日は昼過ぎには残務が終わってな。どうも手持ち無沙汰で、迎えに来てしまった」

「.......ラネグ、将軍」


 少しうわずった声でイダが応える。その耳はやや朱に染まり、高揚感が心音たちにも伝わってくる。


 イダはラネグの元へ駆け寄り、右手でその袖をつまむ。

 その微笑ましい様子に、アーニエが口元を緩ませて茶々をいれる。


「あらあら〜? お二人さんそういう事なの? いいじゃない、可愛らしい顔しちゃって!」


 返答の代わりに、イダは小さくなってラネグの影に隠れる。その仕草が一層可愛らしさを際立てた。

 ラネグは少し照れくさそうに、心音たちに顔を向ける。


「貴殿らも一緒であったか。てっきり閉館まで出てこないのかと.......コホン、いや、良い資料は見つかったか?」

「はいっ! イダさんのおかげで、たくさんの情報の手がかりが得られました! これから数日かけてじっくり読み込みますっ」

「そうか、わざわざ遠くから来た労力に見合うものであったなら、こちらも力を貸した甲斐が有ろう」


 心音の元気の良い返事に、場の空気が和らぐ。

 ラネグは柔らかな表情のままイダに視線を向けて彼女の頭に手を添える。目を細めるイダの髪を乱さないように撫でながら、優しい声でかたりかける。


「大規模侵攻も一旦落ち着いたことであるし、イダも王女付きの世話係に戻らなければな」

「.......王女様、好き。でも、ずっとこっちが良かった」

「臨時の補助役であったからな、仕方がない。なに、仕事以外でも幾らでも会う機会はあろう。それに、王女様には恩を返したいのだろう?」

「うん。王女様、身寄りのない私、拾ってくれた」


 イダの口調は、どこかぎこちないものだと心音は出会った時から感じていた。今の会話から察するに、どうやら会話の基礎を身につけられる環境にはいなかったのではないかと想像できた。


 ラネグは再び心音たちに向き直り、別れを告げる。


「昨日のような侵攻はまた暫く無いであろう。調べが終わったら国に帰るのであろう? 良き旅路を、祈っている」

「前線に参加することも、良い経験となりました。ここで得たことは、きっと連合全体の利益になるよう、役立ててみせます」


 シェルツがハッキリとした口調で応じてみせる。

 ラネグはその返答に満足気に頷くと、イダの手を握り街の喧騒の中へ消えていった。


「へぇ、天涯孤独の少女を王女様が拾ってくれたのね。そして、そんな子と恋が芽生えた将軍ねぇ。身分による差別を感じさせないだなんて、この国も人情に溢れてるじゃない!」


 イダとラネグの様子に、アーニエは上機嫌である。

 今まで、貴族同士のいざこざや民を見下す領主など、あまり綺麗ではないものを見てきていたこともあり、余計に二人を囲む人間関係に暖かい気持ちとなったのだ。


 他のパーティメンバーも、概ねその気持ちには同感であった。

 二人のおかげで、今後の調査の方針も定まった。

 午後から調査を再開すべく、パーティ五人は昼食をとるべく飲食街へ足を向けた。


いつもお読みいただきありがとうございます!

ブクマも頂けて、嬉しいです♪

このエピソードも、根っこにはとあるオペラの世界観が埋め込まれています。お楽しみ下さい♪

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