4-4 祝杯の中で
お祭りのような人口密度。
侵攻を退けたその日、冒険者ギルドルーディ支部の酒場区画は大盛況を見せていた。
いや、今日ばかりは酒場区画に収まらず、既に窓口を閉めた依頼板やエントランス、果ては外にまで屋台が出店し、人で溢れていた。
心音たち五人も情報収集という目的がある以上、参加しないという選択肢はない。会場に着くなり、すぐ人波に揉まれて散り散りになってしまったが、敢えてひとつにまとまっている必要もないだろうと、それぞれが場の雰囲気に合わせて交流と情報収集を始めた。
心音は例のごとくミルクを片手に話しかけられそうな人を探す。しかし、こういった宴会ごとに慣れていないこともあり、中々人の輪に入っていけずに彷徨くばかりである。
(人に話しかけれないのって、なんだか久しぶりの感覚だなぁ)
この世界に落とされたばかりの頃を思い出す。
元々人見知りのきらいがあったが、シェルツたちと行動を共にするうちに、積極的に人と関わりを持とうと励んでいたように思えた。
小さな身体でひょこひょこと辺りを見回しながら心細さを感じていると、背後から何者かが頭を鷲掴みしてきた。
「みゃっ!?」
「小さいけど、やっぱり目立つなぁその頭! 小さいけどな」
「二回も! 小さいって二回も言いました! .......って、ペルーシさん?」
そのまま頭をガシガシと撫でられ、乱れた髪のままその手の主を確認すれば、長槍のその人であった。
「こういう場は不慣れか? 冒険者やってるなら慣れといた方がいいぜ」
「はい.......なんていうか、不特定多数の人が溢れていると、どうしたらいいか分からなくなっちゃって」
「元気が取り柄の嬢ちゃんかと思いきや、意外だな。可哀想だから俺が相手してやるよ」
ニッと歯を見せ笑うと、ペルーシは近くの壁に寄りかかってエールを呷る。
心音もそれに習い、壁に背をつけミルクを両手で口に運んだ。
この場にいて酒類を飲まない心音に片眉を上げるも、特に咎めることなくペルーシは話題を振る。
「嬢ちゃんたち、ハープス王国から来たんだろ? ここまで結構かかったんじゃねぇか?」
「そうですね.......大体月の巡りが二巡するくらい旅をしてきたと思いますっ」
「うへぇ、そりゃ大変だったな」
ハープス王国を発ち、グリント、トラヴで様々な出来事に遭遇し、そしてアディアまでやって来た。
心音がいた世界の馬車と比べ、この世界のそれは魔法による補助が働き何倍もの速度が出る。そのことを考えれば、かなりの距離を旅してきたものだと、心音は自己の台詞を咀嚼した。
「そこまでしてこの国まで来た理由はなんだ? 調査とか何とか言ってたと思うが」
「えっと、少し長くなるんですが.......」
心音はハープス王国での魔人族の暗躍から始まる指名依頼についての説明を簡易的に伝え始める。
チャクトの巨木、シェンケンの白猫、ベジェビの襲撃、そして〝起源派〟の制圧。
魔人族との国境から遠く離れたハープス王国で、あまりに広い範囲で多発した魔人族の活動。
それに危機感を覚えた冒険者ギルドハープス本部からの指名依頼で、ヒト族の国々――創人族連合内で魔人族の活動の痕跡がないか調査することが、この遠征の目的であった。
実際、グリント王国では競演会での魔人族の襲撃があったり、トラヴ王国の魔女からは「魔人族と仲良くなりな」なんて意味深な台詞を残された。
一通りの経緯を聞いたペルーシは感心したように頷くと、エールの入った杯を心音のそれにぶつけ賞賛を送る。
「なんだあんたら、すげぇしっかりした目的があって旅してきたんだな。たしかに魔人族がヒト族の国に紛れてるなんてことになったら大問題だ。俺が知ってる情報ならなんでも話すぜ」
心音はそれを聞き表情の明度を上げると、早速質問を投げかける。
「この国で、魔人族の目撃情報や、そうでなくても噂話とかでも、何か魔人族にまつわる情報はありませんかっ?」
「そうだな、国内で実際に魔人族を見たなんて話はほとんど聞いたこたねぇが、噂なら幾つかあるな」
ペルーシは人差し指を立て、順に話す。
「まず有名なのは、この国の要人に魔人族が紛れているなんて噂さ。ここ最近の魔人族による侵攻はどこかぬるくてな、まるで軍部と何かを示し合わせていて、アディア国内での工作を悟られないように体面上の侵攻を続けているだなんてことも言われている。
まぁ、そもそも侵攻を止めたら今度はアディアからの反撃をくらう訳だから、この説は薄いと個人的には思うがな」
二本目の指を立て、続ける。
「それと関連して、魔人族は種族を隠すことができる、とも言われている。保有魔力量がヒト族と比べて桁違いに多いのが魔人族の特徴だが、それ故に頭髪から漏れる魔力光が目立つ見分け方になる。だが、その魔力光をどうやら抑える手段があるらしいってのが専らの噂だ。
そんなことができるなら、街の人々や俺ら冒険者の中にも紛れられるってことだから、たまったもんじゃねぇがな」
グリント王国で戦った魔人族の女が心音の髪を見て言った、抑えているけど魔力光が滲んでいる、という言葉を思い出す。
その口ぶりから察するに、魔人族の特徴を隠したままヒト族に紛れるということは、噂の範囲に留まるものでは無いのかもしれない。
そしてペルーシは三本目の指を立てながら締めくくる。
「あと有益そうな噂話を挙げるなら、魔人族は壁や岩みてぇな障害物の制約を受けない、瞬間的な移動手段を持っている、とか言うやつだな。そこにいたと思ったやつが次の瞬間には居ないとか、そんな体験談を語るやつが何人かいるんだ。
俺に言わせるなら、幻術でもかけられてたんじゃねぇかって思うんだかな」
〝起源派〟の騒動時に姿を消した黒ローブの魔人族。
グリント王国の襲撃で空間の揺らぎと共に消えた魔人族の女。
心音自身、実際にその様を目撃しているため、その噂話を幻術の類だろうと切って捨てることは出来なかった。
ペルーシはエールを飲み干そうとして、もう中身がない事に気がついたそれを二度揺らし、照れ隠しのように笑いながら心音に視線を向ける。
「どうだい嬢ちゃん、参考になったか?」
「はいっ! とても!」
思った以上に具体的な話を聞けた喜びを表情にダイレクトに反映させ、心音はキラキラとした瞳をペルーシに向けた。
その眩しさを受けた彼は酒で上気した頬を人差し指で軽く掻き、視線を逸らしながら言葉を付け足す。
「そりゃ良かった。これ以上の情報を手に入れたいとなると、軍部に接触を試みるしかねぇが.......ちょいと難しいか、それは」
忘れてくれ、と手をヒラヒラさせペルーシは壁から身体を起こす。
空になった杯を軽く持ち上げ、一歩前へ足を運んだ。
「新しい酒を貰ってこなきゃな。また会ったら今度は嬢ちゃんのこと聞かせてくれや」
そのまま背を向けると、ペルーシは雑踏の中へ消えていった。
大きな成果を得られたことで、心音は胸の内で達成感を泳がす。
とはいえ、報告しようにも仲間たちの行方は混雑の中から見つけられず、また手持ち無沙汰になってしまうかと唇をすぼめて壁際で小さくなる。
そんな折、酒場の喧騒がどこか方向性を伴って変化する。
「いよっ、待ってたぜ! 〝緋色の戦神〟!」
「おぉ! 将軍様だ! 今日もあんたの〝重力魔法〟痺れたぜ!」
大衆の意識の先に注意を向ければ、緋色の鎧を身につけた将軍ラネグが軽い微笑みと共に現れた。
前線で見た時とは様相が少し異なり、身に纏う鎧は色こそ緋色であるものの、かなり簡易的で日常生活を邪魔しない程度のものであった。
方々と挨拶を交わすラネグの存在感に心音は視線を吸い寄せられる。強力な魔法だけではなく、人望的にもこの国の戦力の中心にいるようだ。
不意に、心音の視線とラネグのそれが交わる。
心音の出で立ちを見て、ラネグはすぐに合点がいったように頷き歩み寄ってきた。
「貴女は、ハープス王国から来たという冒険者であったな。此度の戦への参戦、深く感謝する」
ラネグが杯を掲げる。
心音も慌ててミルク入りの杯を掲げると、ラネグはそれにコツンと軽く杯を当てた。
ラネグは先程までのペルーシのように心音の横の壁に身を預けると、酒場を見渡しながら会話を始める。
「この街は.......この国はいつもこういった雰囲気なのだ。皆で力を合わせて国を守り、勝利の美酒を交わす際には身分や立場は二の次。どうだ、なかなかいい国であろう?」
「みんなの気持ちが一つになってるみたいで、素敵ですっ!」
回答に満足したのか、ラネグは上機嫌に相槌を打ち酒を煽ると、少し真剣な表情で訊ねる。
「わざわざハープス王国から時間をかけてやってきたのだ。あの時聞けなかった、旅の目的を聞かせてはくれぬか?」
城壁の上では時間に追われ答えられなかった話。
ハープス王国での魔人族の暗躍。
旅をしてきた国々での魔人族にまつわる出来事。
心音は先程ペルーシにしたように、順を追って簡潔に伝えた。
「ふむ、たしかに詳細な調査と注意喚起が必要な内容であるな。それに加え、工業都市マキアの一件はハープス国王が腰を上げるに十分であっただろう」
「あ、それについては少し疑問に思っていました! この国の砦で魔人族は食い止められているのに、どうしてあんなに大規模な兵器がハープス王国近郊に落とされたのかなって.......」
心音がこの世界で目を覚ました時に初めて目にした光景。それが兵器を落とされ壊滅した工業都市マキアであった。
「あれは、非常に長い時をかけて計画していたのであろう。砦を囲む山脈を迂回し、生物が生存できなくなった土地.......〝虚無の領域〟を経由すれば、気取られずにヒト族の国へ踏み入れることができよう。しかしそれは.......」
ラネグは少し間をあけて考え込み、言葉を続ける。
「そうであるな、そのことも含めて、貴殿らが求めている情報はこの国の資料館で得られるかもしれない。イダ、彼女達の案内を頼めるか」
突如会話に現れた将軍の補助役の名前。
呼ばれた彼女が、ラネグの身体の陰からひょっこりと顔を出した。
「.......はい。命とあらば」
「わっ、ずっとそこに居たんですか!?」
今の今まで存在感を感じさせなかった彼女に、心音は驚きを隠せなかった。
先日第一印象として覚えた確かな存在感とは真逆の印象に、別人ではないかと疑いたくすらなる。
それでも、吸い込まれそうな漆黒の髪と瞳を見ていると、確かにあの時会ったイダその人だと確証を持てた。
ラネグはイダに重ねて指示する。
「恐らくヒト族の国の中で最も魔人族の情報が集まるのがここであろう。彼女らも我らが同胞であり戦友でもある。膨大な資料が集まる資料館だ、中を案内してあげてくれ。交戦が落ち着き、明日はこちらの用務も落ち着くであろうからな」
イダは宝石のような黒目に心音を映し数秒、ラネグを見上げて短く返事をし、手元の鞄から一枚の白紙を取り出した。イダがその紙に手をかざすと、じりじりと焼けるように線が描かれ、瞬く間に地図が出来上がった。
「.......資料館、ここ。明日、八時に」
簡潔な説明と共に地図を手渡される。
単語で区切られたその口調から、なんとなく言葉の勉強途中だった頃の自身を心音は連想した。
やり取りが終わると、ラネグは身を起こして喧騒に目を向け、もう一度心音に向き直り口を開く。
「それでは、また合間見えようぞ、小さな勇者よ。貴女の仲間たちとも交流を交わしたいからな」
「ラネグさん、ありがとうございました!」
心音の謝辞をその胸に受けると、ラネグは身を翻して喧騒の中へ消えていった。
その後を小走りで追いかけラネグの服の裾を掴むイダの様子が可愛らしく、印象的であった。
――しかし、この場は雑多な音が溢れすぎていて、いつも以上に疲労を感じる。
先のやり取りで十分すぎる情報の手がかりを収集できたであろうと独りごちると、心音は休養を求めて宿へ向かった。
いつもお読みいただきありがとうございます!
ブクマ評価も嬉しいです♪
読んでくださる方がいることが、モチベーションになります。今後ともよろしくお願いします!