4-3 最前線での戦い
長大な城壁の上に、千に届くかという程の軍隊と冒険者が立ち並ぶ。
見下ろす魔人族側の平野には、夥しい数の軍用魔物が蠢いていた。
まだ、距離はある。
開戦までの時間を使い、ペルーシたちによる心音たちへの戦闘指南が行われる。
「ここでの戦闘において最も特徴的なことは、殆どが遠距離戦だということだ。基本的に俺たちは、砦の向こうには降りねぇ」
たしかに、それがセオリーであろう。地の利というアドバンテージを最大限に活かすには、敵にとって攻撃しにくい城壁の上から攻めるのが得策だ。
それを聞き、ヴェレスがガックリと項垂れる。
「遠距離戦は苦手だぜ.......オレは単純明快に切り伏せてぇんだよ」
見慣れた光景なのか、ペルーシはその様子を笑い飛ばし「安心しろ」と声をかける。
「力自慢たちにはちゃんと仕事があるぞ。奴らに砲弾の雨を降らせてやれ」
見れば、城壁には一定間隔で砲台が設置されていた。なるほどこれこそ、ここならではの攻撃手段である。
一通りの説明を受け終わり、心音は脳内で行動パターンを列挙する。
炎魔法での遠距離攻撃も可能であるし、なんなら精霊術の特色を生かして遠隔発現で敵地を火の海にもできる。
しかし、心音の特異性を隠しつつも有用性を示すのならば、他者強化によるパーティ総力の底上げだろう。
早なる鼓動を感じながらコルネットが入った桜色のレザーケースを抱き寄せる。
一つ大きく息を吸い深呼吸すると、それを見計らったかのようなタイミングで心音たちに声が掛かった。
「失礼、貴殿らがハープス王国から来たという冒険者か?」
「わっ、は、はい! ぼくたちがそうですが.......」
声の主を見れば、緋色の艶がある鎧を身に纏った立場がありそうな武人である。ヴェレスに並ぶほどの巨体に、これまた緋色の鞘に収められた大剣を背負っている。
「そうか、人違いではなくて良かった。私はアディア王国軍将軍のラネグと言う。こうして初めて前線に参戦してくれた者には、いつも礼を伝えているのだ。危険を顧みずアディア王国、ひいては創人族連合のために助力頂けること、感謝する」
ラネグは右手を差し出し握手を促す。
将軍直々の挨拶に動転しながらも、心音たちはその大きな手と握手を交わす。
「貴殿らの遠征の目的や、ものによっては協力できることはないか会話を交わしたいところであるが.......あぁ、分かっているよイダ、時間であろう」
将軍の影にひっそりと潜んでいた小柄な女性が、彼の袖を小さく引く。
三つ編みで一本にまとめられた漆黒の髪を背中で揺らし、左手に持った資料を将軍に見せる。
資料を見て頷くと、将軍は心音たちに一言残して背を向けた。
「貴殿らに戦の天使の加護があらんことを」
去りゆく二人を目で追いながら、心音は呆けた調子で呟く。
「将軍さんが直接だなんて、びっくりです。それに、あの女性の髪、すごく綺麗な黒髪をしていました!」
その呟きに、エラーニュが同意を示す。
「冒険者一人一人への気遣いがあるからこそ、ここまで人が集まるんですね。それと、たしかにあの黒髪には目を惹かれました。瞳の色も、まるで深淵を覗いているような.......」
将軍の立ち振る舞いに落ち着きよう、気遣いの所作には強者の風格が見て取れた。
それに、イダという女性。漆黒の瞳と髪という特徴を除けば、どこにでも居そうな小柄な女性であった。それでもどこか強い存在感を滲ませていたのは、将軍という立場の者を支える補助役ならではであろうか。
一定の緊張感が支配する城壁上。
待機すること幾分か、唐突にその時はやってきた。
城壁の前で炸裂する爆発音。
見れば、魔物が放った炎系統の炸裂魔法が、誰かの〝防壁〟に衝突してヒビを入れていた。
「あっぶねぇ、間一髪だぜ」
両手をかざしていた男性が姿勢を解くと、防壁は霧散し消えた。
この爆発音を開戦の合図として、城壁の上下から遠距離魔法の応酬が始まった。
下からピンポイントで城壁を狙うのは非常に難しいのに対し、上から平野の魔物を狙い撃つのは範囲の広さもあってやりやすい。
下からの攻撃は上からの魔法に相殺され、防壁で防がれ、そして堅牢な城壁に阻まれていく。
魔物の数が次第に減っていく中、心音の〝他者強化〟の下、シェルツたちの遠距離魔法も猛威を奮っていた。
「〝風塵の鎚〟」
「〝水槍八連〟」
「〝防壁・多重展開〟」
他者強化により段階的に威力を上げた魔法は十分な戦果を上げていた。
ヴェレスの働きも目覚しく、その剛腕による素早い砲弾の装填で人一倍砲撃を放っていた。
「おうおう、やるじゃねえか」
ペルーシが土魔法で金属塊を変型させた槍群を飛ばしながら口笛を吹く。
薄く固く鋭く成形された槍群は魔物の群れに降り注ぎ、多数の魔物を一撃の下に沈めた。
しかし、戦闘が長引くにつれ、遠距離攻撃の間を縫って城壁に接近する魔物が増えてくる。
城壁の上から狙いづらい直下で、城壁を破壊しようと攻撃されては適わない。
――その冒険者たちの不安に応えるべく、城壁に面した門が開け放たれた。
軍隊の出撃である。
彼らは統率の取れた動きで、これまた連携して城壁に至ろうとする魔物たちを的確に撃破していく。
城壁上の冒険者を中心とした隊列が魔物群の数を減らし、平野に出た軍隊が確実に処理していく、というのがここのスタイルであることを、確かな体感と共に心音たちは理解した。
しかしその魔物の群れの中から、飛行型の魔物が多数一気に飛び出してきた。
冒険者たちが慌てて撃ち落としにかかるが、数が多く処理しきれない。まさに狙いはそこにあり、城壁を乗り越えて城塞都市内部を攻撃するつもりなのだろう。
撃ち漏らした魔物が冒険者たちの眼前まで迫り――――突如浮力を失って急降下していった。
「はぁ!? なにごと!?」
アーニエが声を裏返しながら、身を乗り出して落ちていった魔物を確認する。
魔物は下で待ち構えていた軍隊に処理され、そしてその軍隊の中央には緋色の剣を大地に突き刺し、仁王立ちする将軍の姿があった。
緋色の剣と将軍の身体からは緋色の魔力光が溢れ、なんらかの大魔法を発現させていることが伺えた。
「一体ずつ〝念動力〟で引き寄せてる? いや、そんなこと出来るはずないわ。.......まさか重力なんか操ってるとでもいうの? それこそそんな魔法聞いたこともないわ!」
アーニエのまとまらない考察を余所に、事実として目の前の飛行型魔物たちは次々と墜落していく。
開戦時には万に及ぶかという程であった魔人軍の魔物の群れは、既に疎らにしか態勢を維持できていない。
魔人軍の最後尾に控えていた魔人族と思われる人影から光が発せられ、それを合図として魔物たちは城壁に背を向けて引いていった。
飛び交っていた魔法や砲撃が止まり、場に静けさが訪れる。
しかしそれも一瞬、直ぐに方々から声が上がると、勝利の雄叫びが砦に広がった。
「勝った.......のかな?」
「そうみたいですね! ふぅ〜疲れました〜」
安全圏から攻撃しているだけとはいえ、ヒト族が治める国の中で最も危険な場所に身を置いた時間というのは、想像以上の緊張感が伴い、体力的にも精神的にも大きな疲労感を与えた。
安堵の息が漏れる中、心音の隣で納剣するシェルツの背中が突然バシバシと叩かれる。
「ははは、あんたら大活躍だったじゃねえか!」
振り向けば、ペルーシの笑い声がそこにあった。
彼のパーティメンバーも一様に笑顔の様相だ。
「今夜はギルドの酒場で祝杯だ! 恒例なんだ、あんたらも絶対に参加しろよ?」
「もちろんです。ペルーシさんとは色々とお話してみたかったので」
「お? 嬉しいこと言ってくれるじゃねえか。あぁ、そういや情報を集めてるんだったか。それでも構わねぇ、俺たちはもう戦友だからな! 酒を飲みかわそうや!」
冒険者たちは順々に砦を降っていく。
日は落ちかけている。
今夜は眠れぬ夜になりそうだと、心音は砦の階段を降りながら吐息を転がした。
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第四楽章はエンディングまで書き終えていますので、ペースを崩さず定期的に投下していきます!