3-13 曇り空は東方へ
魔女の母親は、長い間薬の研究をしていた。
様々な病気に効く薬を的確に処方してくれるということで、アルコ地方の人々は皆、麓の村に足を運んでいたそうだ。
そんな中〝悪魔憑き〟と呼ばれる症状が流行りはじめ、民はこぞって教会に助けを求めた。
教会は悪魔祓いと称して様々な手法を試すも、一向に症状は治まらなかった。
なぜなら、それは悪魔の仕業ではなく、歴とした病気であったからだ。
魔女の母親は早い段階でそれを見抜き、治療するための薬を研究し始めた。
しかし、患者の増加は止まることを知らず、必要に迫られた母親は、人体実験――治験などという言葉は無かった――に手を出した。
工房を現在の山の中に移し、患者を一人一人攫っては投薬を重ね、一年後には大きな効果が期待できる薬の開発に成功した。
魔女の母親は山を降り、薬を普及させるよう教会に掛け合った。
教会も困り果てていたのだろう、それを了承し患者に投薬することで、患者の数は激減し、悪魔憑きも〝悪魔の疫病〟と呼び名を変えることになった。
事態はこれで一段落したのかと思った。
しかし、魔女の母親が開発した薬には副作用があったのだ。
投薬された患者は一時は症状が落ち着いたものの、十日、二十日と経過するに従い、薬を求めて苦しみ始めたのだ。
――依存症である。
魔女の母親は人々から〝魔女〟と呼ばれるようになり、改良した薬を教会に持参したところを捕らえられ、領主を世襲したばかりのルーン伯爵によって処刑された。
処刑を止めようと訴えかけた〝魔女〟の旦那も、反逆罪だとの伯爵の一声で同じく処刑台に上げられた。
二人が火刑に処されるところを、母から譲り受けた大きなローブで顔を隠して見ていた女性がいた。
……それが現在の魔女である。
魔女は伯爵への復讐に燃え、入念に準備を重ねた。
魔法を学ぶために、魔人族の領地にまで足を踏み入れた。
魔法の勉強と鍛錬を重ね、五年の月日がたった時、両親が苦しんだものと同じ強力な炎の魔法を伯爵邸に放った。
強い復讐心という〝想い〟は魔法の威力を増大させ、防火の結界をものともせず邸宅を業火で包んだ。
その大火災を野次馬に紛れて眺めていた時、野次馬の一人が心配そうに交わしていた会話が耳に入った。
――気の毒な、伯爵様の弟君の誕生日だったのに。
魔女は調べていた家族構成を思い出す。
奇しくも両親が処刑されたあの日、伯爵には弟が生まれていたのだ。
何か縁のようなものを感じた魔女は、持てる魔法の知識を出し切り、炎の中から伯爵の弟を救い出した。
幼い彼は大火災のショックで、名前を含めた記憶を一切合切なくしていた。
魔女は、彼に〝マンリーコ〟と名付け、実の息子のように育て始めた――
「え、マンリーコさんって本当の息子さんじゃなかったんですか⁉」
「そうだよ、桜色のお嬢ちゃん。そのことをマンリーコは知らないけれどね」
「それじゃあ、領主さんは自分の弟を処刑したってことに……」
「それをあの時伝えてやったよ。伯爵の絶望した顔は忘れられないねぇ、ようやく復讐を完遂することができたよ」
生き別れの弟を自らの手で処刑してしまったことの衝撃。どんな仕打ちよりも効く、まさに生き地獄となるだろう。
「でもね、マンリーコをただの復讐の道具にしたわけじゃないんだよ。天涯孤独だったアタシにとって、マンリーコは本当の、ただ一人の家族だったのさ」
マンリーコを育てている傍ら、母親が残していった資料を基に〝悪魔の疫病〟の薬はより完全なものとなっていった。
しかし、薬と毒は紙一重である。正しく使わない民のせいで、魔女は母親と同じ呼び名を受けることになってしまった。
それでも薬の研究をやめなかったのは、母親が常に抱いていた、薬で誰かを救いたい、という想いを受け継いでいたからであろうか。自分自身でも良く分からないという。
「さて、アタシの昔話はこんなものさ。何かほかに聞きたいことは……ああ、大事なことを話し忘れていたね」
魔女が指を鳴らすと、室内の扉が軋む音を立てながら開いた。
その扉から、一人の女性が現れる。
「レオナさん! ご無事だったんですね!」
「ヴェアンの宣教師さん。はい、この通り、今は何ともありません」
レオナが血色の良い顔を綻ばせる。
自分で作った薬のことであるから、それを中和させる方法も開発していたのだろう。
そして、レオナの背後からもう一つ人影が姿を現した。トレードマークたる柳色の外套をはためかせて。
「はは、どういう顔をして君たちに会えばいいか分からなかったけれど……。なんていうか、また会えてよかったよ」
マンリーコが気恥ずかしそうに扉をくぐる。
所々に火傷を治療したものと思われる包帯が見え隠れしているが、しっかりと立つその姿は深刻なものには見えなかった。
「え、マンリーコさん、どうやってあの炎の中から⁉」
足は付いてますよね⁉ と取り乱す心音にマンリーコはふっと息を吐くような笑いを浮かべ、魔女に視線を投げる。
「マンリーコを救ったのはアタシさ。救う算段がなかったら、おめおめと息子を処刑台になんてあげないさ」
「でも、拘束もされていて、あんなに強い炎で、たくさんの人の目が有って、どんな方法で助けたんですか⁉」
心音だけでなく、やはり魔法を扱う冒険者であるパーティの皆にとって同様に気になっていることだ。
しかし魔女はその答えを、噛み殺した笑い声と共に曖昧に流す。
「助けた方法、ね。そりゃそうと、あんたこの世界のもんじゃないね?」
「え……? どうし――」
「どうして勘づいたかって? その答えを知りたけりゃ、魔人族と仲良くなりな」
初めて、別の世界から来たということを言及された。
なぜ、気づかれた? 魔人族と関係が? そもそも別の世界という概念がある?
沸き上がる疑問をぶつけたかったが、魔女はそれを許してくれないようであった。
「さてさて、もう話すことはないよ。アタシも引っ越しの準備をしなけりゃならない。もうここら辺には居られないからねぇ。最後にこの家で、息子と娘と三人水入らずで過ごしたいのさ」
心音たちが座っていた椅子が一瞬盛り上がり、強制的に立たせたところで枯れて消えた。
こう言われては居座ることもできない。
もうこれ以上は答えてくれなそうでもあるため、心音たちは大人しく言うとおりにすることにした。
帰り際、三者三様の言葉で別れを告げられる。
「勇敢な冒険者たちよ、君たちの旅路に、きっとまた僕の詩を届けるよ」
「私たちを助けてくださり、本当にありがとうございました。これからの旅に神のご加護を」
「息子と娘が世話になったね。きっとアンタたちの目的は、果たされるさ」
心音たちが返事をする前に、強い風が室内から発生し押し出される。見れば、魔女が笑いを噛み殺しながら杖をふるっている。
長々とした別れの挨拶は不要ということだろう。
立ち寄るだけのつもりだった国で、想像以上の出来事に遭遇してしまった。
心音の好奇心とおせっかいから始まったこの国の冒険であるが、後味はそれほど悪くなかったかもしれない。
そして、思いもよらず心音が元の世界に帰るための糸口の端が垣間見えた。
魔人族の動向を調査するギルドの指名依頼。
その目的とも合致した「魔人族と仲良くなりな」という言葉。
これから向かう魔人族領との境界の国アディア王国でどれだけの情報が手に入るのか。
旅を続けるために、一先ずはバードの宿で体制を整えようと、心音たち五人は斜陽に向けて馬車を走らせた。
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今回で第三楽章は終了。次回から第四楽章です!




