3-12 魔女の住処
あの日から、ルーン伯爵は人前に顔を出さなくなった。
火刑の後には、骨すら残っていなかった。元々魔女復活を阻止する目的で準備をしていたため、その火力は絶大であった。
行方不明になっていた生き別れの弟を、その手で処刑してしまったのだ。聞くところによると、まともに食事をとれないほど衰弱しているらしい。
因果応報、と言えばそれまでだが、やはり気の毒に感じる所がないと言えば嘘になる。
それでも、これで復讐を重ねる不幸の連鎖は断ち切られたのだろうと、心音は遠ざかるバードを見ながら独りごちる。
救いとなるのは、誰も命を落とさなかったということであろう。
あの時、崩れ落ちるルーン伯爵の後ろで起きた出来事を心音は回想する。魔女が残した謎に思いを馳せながら――
♪ ♪ ♪
――燃え続ける処刑台を絶望の眼差しで見ることしか出来ないルーン伯爵の背後で、魔女はパズルでも解くように拘束を外し、滑るようにレオナの元に移動した。
レオナの元にはエラーニュと心音が付いて蘇生を試みていたが、魔女はその二人を見て何か思い至ったように笑みを浮かべた。
「その子はアタシの薬でそうなったんだろう? なら大丈夫さ、アタシが預かろう。それと.......」
魔女が何らかの魔法を発現させると、魔女の隣で空間が揺らぐ。
「〝アタシの山〟においで。息子が世話になったからね、このままじゃ寝覚めも悪いだろう」
言い終わるなり、魔女とレオナの姿は揺らりとして消えた。まだ知らぬ未知の魔法なのか、何かの魔法を組み合わせて消えたように見せかけているのか。
いずれ、心音の〝精霊の目〟を用いても、魔女の気配を感じることすらできなかった。
「〝アタシの山〟って.......魔女の噂があるっていう山ですかね?」
「恐らくそうでしょう。マンリーコさんとわたし達が出会ったあの山で、何かを教えてくれるのではないかと」
処刑台を見れば、いまだに煌々と炎は登り続けている。しかし、魔女の口ぶりもあり、その炎の中のマンリーコすら無事でいるのではないかという感覚を覚えた。
いずれにせよ、自分たちの力ではあの炎の中から救い出すこともできない。心音とエラーニュはシェルツ、ヴェレス、アーニエの三人に事情を説明すると、以前立ち寄ったあの山がある村に向けて、行き先を定めた。
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村まではそれほど距離は離れていない。昼を跨いだころには、心音たちは麓の村に到着し、魔女が指定したと思われる山を登り始めた。
「あらためて来てみると、空気感が異質な感じがしますね」
道を思い出しているのかキョロキョロとする心音にエラーニュが声を掛ける。
心音はそれに同調するように頷くと、その疑問に答えるように返す。
「〝精霊の目〟で辺りを見ていたのですが、魔素の流れが普通じゃなくて……あと、魔法がいろんなところに設置してあるみたいですっ!」
心音は蔦に覆われた木の幹を露出させる。そこには魔法陣が印され、何らかの魔法を恒常的に発現させているらしかった。
「なるほど、ここはあの魔女の要塞ってわけね。普通にしてたら迷わされて奥に踏み込めないとか、そんなところでしょ」
よくここまで大がかりに設置したわねぇ、とアーニエが感心を示した。
心音が先陣を切って、記憶と〝精霊の目〟をリンクさせながら木々をかき分ける。
ほどなくして、心音は後ろを振り返ってエラーニュに問いを投げた。
「見つけました! 魔素の流れが不自然に止まっている場所、たしかここですよねっ?」
「と言われましても、さすがにわたしも一度来ただけの山道は覚えていませんよ。ですが……」
エラーニュは心音が示した不自然な箇所に足を踏み入れる。
「たしかにこれは、あの時感じた〝人払い〟の感覚です。人も動物も、まずここに踏み入れたいとは思わないでしょう」
魔素の流れを阻害することによる、本能に訴えかける人払い。
しかしあの時と比べ、それ以上に強く立ち入りたくないと無意識下に思わせる措置が施されているようにエラーニュは感じた。
本能的な嫌悪感を押し切り、心音に続いて道なき道を掻き分ける。
茂みを脱した先に広がっていたのは、切り株がいくつも並ぶ開けた空間であった。
「やっぱりここでしたっ! ここで、マンリーコさんと初めましてしたんです」
心音はマンリーコが腰掛けていた一際大きな切り株に手を添える。
あの柔らかな詩によって、心音はここに誘われた。
そんなに昔の話ではない。しかし、トラヴ王国でのあれこれの発端となったここを心音が懐かしんでいると、広場の隅、背の高い木の上からヴェレスが大音声を上げる。
「おーい! あっちに民家みてぇのが見えるぞ!」
この広場の奥を指差す。
しかし、切り株の奥はまばらに木が生えているのみで、心音たちから民家のようなものは見えなかった。
「ヴェレスさん! ここからは見えませんよっ!」
「あ? そんなこたぁ……ありゃ、本当に見えねぇ。なんでだ」
木から降りてきたヴェレスが頭を掻きながら奥を見渡す。
しかし、その情報からエラーニュには推察ができたようだ。
「〝認識阻害〟の結界を張っているのでしょう。上空にまで手を回す余裕はなかったようですが」
ヴェレスが示した先に五人で近づくと、異変を察知した心音が皆を制する。
「ここから先に〝認識阻害〟がかかっています。えっと、木の杭ですかね? たくさん刺さっていて、通り道は……」
心音が慎重に結界に沿って周りながら入り口を探す。
認識阻害とは対象を隠すために周りの景色と同化させ、見る人がそこに何もないと錯覚を起こすように仕向ける魔法である。
しかし、心音が〝視覚共有〟している精霊の目は、その錯覚の対象外のようだ。光ではなく魔素や魔力を見ているからであろう。
「あ、ここです、ここからなら入れます!」
たぶん、とはにかむ心音に皆は笑いながらも、信頼できる仲間の言うことだ、と躊躇うことなく指し示されたポイントを通過した。
瞬間、景色が変わる。
ヴェレスが言っていたような民家が、突如目の前に現れた。
「ここが、魔女さんのおうち、なんでしょうか」
扉まで歩み寄り、軽くノックをする。
しばらくの静寂の後、静かにその扉が開かれた。
「おや、迎えに行こうと思っていたんだけどねぇ。ここまで自力で辿り着いちまうだなんて、あんたらは相当優秀な冒険者みたいだね」
心音より少し高い背丈の初老の女性。
処刑場で目にしたあの魔女が五人を出迎えた。
魔女は室内に踵を返すと、肩越しに五人を手招きする。
「入んなさい。初めてのお客さんだ、美味しい干し柿といい茶葉があってねぇ」
そう広くはない室内。
その中央に設置された広いテーブルの横には椅子が二つだけ置かれている。
魔女が背筋を伸ばし、突いていた大きな杖をスッと横になぐと、木製の床から蔓が生え、五人分の椅子が形成された。
「なんて練度の生命魔法でしょうか。相当な魔法の専門家とお見受けします」
エラーニュが目を丸くして魔女を見る。
当の魔女は噛み殺した笑いを残して台所へ身を隠した。
五人が蔓と葉で形作られた椅子に座り待っていると、五人の前に薄汚れたティーカップと干し柿が乗せられた木皿がふよふよと飛んできた。
「すまないねぇ、古いカップしか残っていなくて。なにせ、アタシが継いでからはお客さんなんて一度も来なかったからね」
呼ばなかったからなんだけれど、と付け足しながら魔女も椅子に腰かける。
魔女、という割にはそう恐ろしい存在には感じない。
しかし、彼女に聞きたいことはたくさんあった。
シェルツが代表して魔女にレオナのことを訊ねようとしたところで、魔女はそれを右手で制した。
「分かってるよ、そのためにここに呼んだのさ。全部話すから、冷めないうちにお茶請けと一緒に楽しんでおくれ」
魔女は目の前に立てた杖に両の手を乗せると、静かに一つずつ話し始めた。
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今回次回と二話にまたがり、第三楽章のエンディングとなります!




