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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第三幕 精霊と奏でるグラントペラ 〜広がる世界、広がる可能性〜
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3-11 貫かれた愛の果てに

 トラヴ王国アルコ地方がバードの郊外。

 昇った日が冷えきった空気をほんの気持ち温めただろうかという時分、町外れに設営された処刑場は人々で溢れていた。


 実施される刑は火刑。木製の板に(はりつけ)にされたマンリーコを、人々はアトラクションを待っているかのような好奇の目で見る。


 ルーン伯爵がマンリーコの前に歩みを進め、粗雑に言葉を投げる。


「マンリーコよ、最期に言い残すことはあるか?」


 マンリーコはもたげていた首を持ち上げ、まだ生を失っていない瞳を伯爵の後ろへ向ける。


「母さん、あなたは間違ったことなどしていない。けれど、この町ではそれが受け入れられなかったみたいだね。どこか遠くへ移り住んで、僕の分までだれかを生かしてあげてくれ」


 魔女は静かに頷き、目を伏せる。

 絶望しているとも見えるその様子に伯爵は口角を上げると、その場を離れ火刑の指示を出そうとする。


 その時、人々の中から一人の女性が飛び出し、町中に聞こえるのではないかという程の声を辺りに響かせた。


「お待ちください領主様! 魔女にもマンリーコにも、罪はありません!」


 ルーン伯爵はその女性に意識を向けると、余興を楽しむかのように声を弾ませる。


「おお、レオナではないか! 私の町に戻ってきてくれたのだな。何、今この町を巣食っていた悪を浄化するところだ」

「話を聞いてください! 領主様は大火災の悪夢にまだ苦しんでおられるのです! 今一度冷静なまなこで真実を見据えてください!」

「魔女が領地を荒らしていたことが真実であろう。私の領地のことだ、誰よりも私が知っているということに異論を唱える者はいまい! そこの男は愚かにもその魔女を救おうと、魔女の息子であると名乗り出たのだ。もしマンリーコの処刑を取りやめさせたいと言うのならば、それなりの対価は必要であるぞ。奴が魔女の身代わりになったようにな」


 伯爵はハッキリとした口調で、淡々と告げる。しかし、言われた内容についてはレオナの予想の範疇であった。

 生唾を飲み込む。

 レオナは覚悟を決めて切り出した。


「では、私の身を捧げます。私にできることならなんでも、領主様の言う通りに致します」

「ほう、レオナの身を私の自由にできると。そうか、それならば」


 返ってくる答えは、分かっていた。

 そして、受け入れる(・・・・・)覚悟もできていた。


「私の妻となれ、レオナよ。生涯をかけて私の側で尽くすのだ」

「……はい、これから生涯をかけて、付き従います」


 磔にされたままのマンリーコが弱々しく声を上げる。食事もまともな休養もなしに昨日から捕らえられていたその身には、衰弱の色が浮かんでいた。


「レオナ、そんなことはいけない。僕の身一つで解決できるのならば、それでいいんだ」

「マンリーコ、あなたには生きていてほしいの。あなたが死んでしまった世界には、私の生きる意味はないわ」


 伯爵は不機嫌そうに二人のやり取りを眺めると、更に追い詰めるかのようにレオナに命令する。


「レオナよ、なんと喜ばしいことに、ここには我々の婚約を祝福してくれる民が大勢集まっている。皆に伝わるように宣言しようではないか!」


 レオナは涙をこらえ、努めて心を落ち着かせながら返事をする。磔状態のマンリーコの前までレオナの手を引き、大勢の民の前で声を高らかにする。


「皆の者、良い知らせである! 領主である私ルーンと、屋敷で女官を務めるレオナは、ここで婚約の誓いを立てることを宣言しよう! アルコの未来は明るいものであるぞ!」

「……わたくしレオナは、生涯を領主様のために尽くすと誓います」


 民衆がざわめく。処刑の場を見に来たのに、事は思いもよらない方向に進んでいる。それでも領主の手前、誰も文句を言うことはできなかった。


 マンリーコの枷が外され、地に下ろされる。伯爵はマンリーコの眼前で彼を見下ろし、最後の情けとばかりに静かに声を掛ける。


「マンリーコ、今度こそ貴様をアルコから追放するが、最後にレオナと会話を交わすことを許そう。貴様のためではない、レオナのためだ」


 弱った身体を律し、マンリーコは立ち上がる。レオナに連れられ、二人は町外れの塀沿いに場所を移した。喧騒にまみれた処刑場には声が届かない程度の距離がある。

 レオナは手を離すと前へ数歩出て、マンリーコに背を向けたまま語り始める。


「マンリーコ、あなたに出会ってから私の人生に色が付いたの。レールの敷かれた人生って、退屈だったわ」


 頭の位置より高く設置された塀。その先の平原から流れてくる冷たい空気が、肺を満たす。その空気感をめいっぱい味わった後、レオナは二の句を継ぐ。


「マンリーコ、私はあなたへの愛を貫くわ。でも、あなたはダメ。私のことは忘れて、強く優しく生きてちょうだい」

「レオナ、いったい何を……?」


 マンリーコが反応できないでいると、レオナはおもむろに藥包を取り出した。その中の粉を一気に口に流し込むと、手のひらに生み出した水で飲み込んだ。


「レオナ⁉ いったい何の薬を飲んだんだい⁉」


 マンリーコは落とされた藥包を拾い上げる。そこに記された印は、魔女謹製を示すものであった。


「母さんの薬……⁉ それをあんなに一度に⁉」



 適正量の五倍はあった粉末を、一気に飲み込んだ。それは、自殺行為以外のなにものでもなかった。


「何をしているんだレオナ‼ ……いや、愛を貫くってそういうことなのかい?」


 目の焦点がぼやけ、レオナは力なく倒れる。マンリーコの腕の中で薄れる意識を振り絞りながら、レオナは最期の時まで想いを伝え続ける。


「ごめんなさい、これだけは、わがままだったの。あなたの腕の中で、終わりたいって。すぐに、皆に気づかれるわ。そしたら、あなたはきっと、殺されてしまう。だから、すぐにここから逃げて。その塀の向こうは町の外、あなたなら飛び越えられるはず。さようならマンリーコ、私の愛しい人……」


 マンリーコは、悲しみの声も上げられない。ここで泣き叫べば、レオナの想いを無駄にするからだ。

 レオナをゆっくりと地面に下ろす。

 感情を律して立ち上がり、塀の向こうに意識を向ける。

 衰弱した身体ではあるが、これを飛び越えるのはそう難しくない。

 

 マンリーコはレオナの言う通りにしようと、空を蹴る意識を集中させて跳躍し、離脱を計った――瞬間、突如身体の動きが不自由になり、倒れ伏せる。


「マンリーコ貴様、何をしようとした! 抜け目のない奴め、逃げ出そうとした時のために魔力相殺の遠隔魔法を待機させておいて正解だったな…………レオナ、どうしたのだレオナよ!」


 魔法の遠隔発現でマンリーコを制しながら、伯爵が近づいてきた。すぐにレオナの異変にも気が付き、焦りを浮かべながら駆け寄る。


 伯爵はレオナを抱き起こし、呼吸を確かめる。すでに止まってしまったそれを目の当たりにして、伯爵の顔が怒りの色に染まった。


「マンリーコ‼ やはり貴様は殺しておくべきだった‼ 処刑だ、長く苦しい火炙りの刑を科す‼」


 マンリーコはたちまち役人たちに囲まれ、再び磔にされる。


 磔にされたマンリーコの足元に火種が出現する。

 魔法で燃え上がった炎は瞬く間に肥大化し、すぐにマンリーコの姿は炎で見えなくなった。


 骨まで燃え尽きろ、と伯爵の声がこだまする。

 私怨に満ちた一連の出来事に、民は声を出すこともできない。

 ただ、目の前で燃え続ける炎の揺れに合わせ、この領地の将来を案じるだけであった。


 狂ったように燃え盛る炎を煽る伯爵の真後ろで、息子の処刑を至近距離で見せられていた魔女が重たい口を開いた。


「哀れだねぇ。ところで領主(アンタ)、あの時処刑した魔女が本当に復活したとでも思ってるのかえ?」

「なんの話をしている、魔女」


 突然振られた話に、なにを藪から棒にと伯爵は訝しむ。

 魔女は気味の悪い笑みを浮かべながら言葉を続ける。


「……あれはアタシの母親だよ。

 これは大きな大きな復讐さ。十三(十五)年前、前領主邸を燃やしたのはアタシさ。そして、アンタの弟は死んじゃいない、アタシが拐ったんだよ。可愛かったあの子もこんなに大きくなってねぇ」


 領主の顔色が一気に青ざめる。

 決闘の時に感じた既視感がフラッシュバックする。

 声にならない声を漏らしながら狼狽する領主に、魔女はトドメの一言を刺した。


「マンリーコは、アンタの弟さ」


――――――――――――――

――――――――

――――


いつもお読みいただきありがとうございます!

第三楽章もあと二話でおしまいです。

まったりとお楽しみください♪

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