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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第三幕 精霊と奏でるグラントペラ 〜広がる世界、広がる可能性〜
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3-10 その身を呈して

 バードに着いてみれば、町中処刑の話題で持ち切りであった。

 実際、裏での薬の流通により、町で暮らす人にも実害が出ていたのだろう。その根絶が期待できる魔女の処刑は、人々が望みに望んでいたこととも言える。


「〝悪魔の疫病〟がほとんど抑えられているという恩恵も知らずに、バードの民はなんて残酷なんだ」


 マンリーコが思わず零したように、〝悪魔の疫病〟で修道院を訪れていた者の殆どは回復を迎えていた。しかし、当然薬を処方する時には魔女が作ったものだということは伏せていただろうから、民の中では疫病の薬と魔女の薬は結びついていないのだろう。


 それよりも、御者を務めたシェルツが厩舎に馬を預けに行っている最中に聞こえてきた町民同士の会話が気にかかる。


「魔女が処刑されるってのは安心だけれどよ、十八(二十)年前にも魔女の処刑があったろ? また復活されちゃ適わないぜ」

「あの時も魔女の薬が蔓延していたな。歴史は繰り返すのかねぇ。魔女が復活できないくらい強い魔法で処刑できないものか」


 四、五十代くらいに見える彼らが去っていった後、心音は疑問を浮かべた表情でマンリーコを見上げる。


「マンリーコさんのお母さんって、前にも処刑されたことがあるんですか?」


 なんだか破綻している台詞に思えるが、そうとしか聞けなかった。

 聞かれたマンリーコも混乱した様子で、ハッキリとしない口調で答える。


「いや、僕の知らない話だね。.......十八(二十)年前って言うと、僕が産まれた年だ。いったい母さんに何があったんだい?」


 小さな声で虚空に問いかける。


 〝悪魔の疫病〟解決の功労者を知らない民。

 魔女の過去を知らないマンリーコ。

 この事態にはまだ知らない複雑な事情が絡んでいそうだ。


 シェルツが厩舎から戻ってくる。

 まずは領主邸に直談判に行かなければならない。

 町に近づいてはならない制約を与えられていたマンリーコはローブで顔を隠し、心音たち一行は領主邸を目指した。


♪ ♪ ♪


 領主邸に到着する手前、レオナを自宅に送り届ける。

 逃げ出したも同然のレオナが領主邸に入ることでのトラブルを避けるためだ。


 「大丈夫、事を荒立てる気はないよ」と別れ際に告げられたマンリーコの言葉を信じていないわけではない。それでも嫌な予感がするのか、不安そうな表情を隠せなかったレオナをマンリーコは抱きしめ、和らいだ彼女の顔を確かめた後、領主邸へと足を向けた。



 領主邸に到着し、門に設置された来客通信用のパネル型魔導具で要件を伝える。

 シェルツが、自分たちは魔女捜索依頼を受けた者たちだ、と告げると、すんなりと中に通してくれた。

 それどころか領主から直々に話がしたいと部屋に招かれ、トントン拍子で対面することとなった。


 使用人に従い、領主の執務室へ入室する。

 心音たちの顔を見るなり、領主であるルーン伯爵は上機嫌にソファへ案内した。


「ようこそ、よくぞ来てくれた。君たちの功績は大きい! 我が領地に蔓延る邪悪を捉えることが出来たこと、強く感謝する」


 歓迎ムードで着席した後、少し申し訳なさげにシェルツが切り出す。


「すみません、その事についてなのですが.......魔女の薬は元々〝悪魔の疫病〟を治療するために作られたという話を聞きました。だからこそ修道院は協力していたみたいで――」


「魔女捕縛の功労者が何を口にするか。そんなもの、罪を逃れるための虚言に決まっているであろう」


「ですが、実際〝悪魔の疫病〟の患者は減っていたのではありませんか?」


「それは民が熱心に祈った結果だ。魔女の薬のおかげで治っただなんて話は、私は聞いたことがない」


 聞く耳を持たない。

 ムスッとした表情で伯爵は背もたれにふんぞり返る。


「そもそも、そのような領地の理に反するような話、どこで聞いた? 修道院か? だとしたら、あの修道院の処遇も考えなくては――」

「その必要はないよ」


 ローブを取り払い、マンリーコが前へ出て顔をさらけ出す。

 その顔を見るなり、伯爵の表情は憤怒に染まっていった。


「貴様ッ! マンリーコ! 二度とこの街へ近づくなと言ったはずだ!」

「決闘での取り決めを破ってしまったこと、極刑に値することは知っているよ。だとしても、僕はそれを覚悟してここへ来たんだ」


 マンリーコは膝を折り、頭を垂れて伯爵に懇願する。


「魔女の代わりに、僕を処刑してくれ」

「なに.......? それが貴様にとってなんの得になる」

「彼女は、僕の母なんだ」


 一瞬の間。直後、伯爵は表情を歪める。


「.......なるほど。そうかそうか。ククク、血は争えないな!」


 伯爵は立ち上がり、高笑いしながらマンリーコを見下す。


「いいだろう、貴様の首で魔女を解放しよう。身内を失う苦しみを味わせるのも一興だ!」


 自身が身をもって経験した苦しみ。マンリーコの願いを聞き入れたのは、個人的な恨みだけではなく、その生き地獄を知っているからこそであろう。


 話し合いが破綻したとき、マンリーコが処刑の身代わりを務める申し出をするということは、レオナには聞かせないように、心音たちには事前に知らされていた。

 そのため目の前で交わされた残酷な取引に口を出さず堪えていたが、握る拳の痛みを心音はジリジリと感じていた。


 伯爵はよく通る声で控えていた役人に指示する。


「マンリーコを拘束しておけ。それと、旅の冒険者たちよ、今日の意見は事情を知らなかったためだということで水に流そう。それにキミたちには魔女捕縛に携わった功績がある。マンリーコの処刑を特等席で見せてやろう、いい見世物になるぞ!」


 本気で愉快なショーだととでも思っているのだろうか、伯爵の言動に気分が悪くなるのを感じるが、ここで変に口を出すことでマンリーコの決意が掴んだ結果までもを崩しかねない。


 何も言うことが出来ないまま執務室を後にした心音の掌には血が滲んでいた。



♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪



 マンリーコが領主に直談判したその日のうちに、マンリーコ処刑の掲示は町中に広がった。

 他の町からくる者には突然の変更に見えてしまうが、それでも公開処刑自体がこの領地での娯楽であることは変わりがない。


 瞬く間に広がったマンリーコ処刑の話を耳にし、レオナは崩れ落ちた。

 彼は優しい人だ。母親の為なら身を犠牲にしてでも助ける、そんな人だからこそ、あの時嫌な予感がしていたのだ。


 ――このままマンリーコが処刑されるのを黙って見ていては、死ぬまで後悔し続ける。


 レオナは胸の内で覚悟を決める。

 既に日は落ち、またその日を拝む頃には処刑が敢行される。


 領主夫人付きの女官になるまで、世間一般に言う順風満帆な人生を送ってきたはずだ。それが彼と出会ってから、全てが崩れるかのように転がり落ちている。

 それでも、彼との間に芽生えた愛は、なにものにも変え難いものであると、心が訴えかけているのだ。


 胸の鼓動が激しく波打つ。

 自身が生きてきた道とマンリーコと出会ってからに想いを馳せながら、レオナは眠れぬ夜の空気を吐き出した。

いつもお読みいただきありがとうございます!

評価していただいた方もいて、嬉しいです♪

ネット小説大賞、一次選考通過していました!読者さん、増えないかなぁ.......

今後も着々と執筆を続けていきます♪

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