3-8 予期せぬ再会
馬車に揺られて寒空の中を縫う。
荷車の窓に映る修道院をぼんやりと眺めながら、心音はトラヴ王国に来てからの出来事を回想する。
マンリーコたちのことも、修道院のことも、きれいに解決するまで関わることも見届けることもできなかった。
しかし、シェルツの言う通り旅の目的を忘れてはいけないのだ。
冒険者ギルドハープス本部からの指名依頼を抱えているのもそうであるが、心音には元の世界に帰る手段を探すという目的もある。今のところ、そのための有効な手がかりすら見つかっていない。
気になるもの全てに関わりを持とうとするのは改めなければならないと、自覚もしている。それでも理屈より心で動いてしまうのは、変えられない性分なのであろうか。
心音の隣で同じ景色を眺めていたアーニエが、誰へと言うわけでもなく嘆息混じりに呟く。
「一昨日あの修道院からバードに戻ったばかりなのに、またこの道を通ることになるなんてね。なんだか無駄に距離を移動している気分だわ」
「報酬額の高い依頼を達成できたではないですか。それに、次の目的地はこちらの方角なんですから、同じ道を通るのは仕方のないことです」
やや呆れながらも、エラーニュが律儀に反応した。
曇り空が荷車の中にまで影響しているのではないかという空気感の中、心音は足をパタパタ動かしながら行先について考える。
魔人族統治下との国境に位置する国、アディア王国。位置としてはトラヴ王国より更に西方であるから、バードから出て修道院前を通過するのは必然であった。
アディア王国までは距離があるため、途中いくつかの町村に寄りながら行くという計画だ。
国境に近づくということは、戦争の前線に近づくということである。
それをシェルツから伝えられた時には心音も固唾を飲んだものであるが、実際のところ砦を境に牽制状態が続いているようで、激しい戦闘はほとんど行われていないらしい。
とはいえ、アディア王国にはリジネ連合中から多くの戦士が集まっているのは事実だ。それに伴いたくさんの情報が得られるのではないかと、心音は期待を寄せていた。
グリント王国で聞いた魔人族の噂、というのも、その辺の事情から可能性は高そうに思えた。
「あそこが今晩の休憩地点です」
修道院を過ぎて三時間ほど。ようやく小さな村が見えてくると、エラーニュが位置を直した眼鏡を前方に向けて教えてくれた。
小さな丘を背に、川沿いに最低限の畑を営んでいるようだ。あまり目立たない立地で、冒険者くらいしか寄らないのではなかろうか。
村の入口で馬車から降り、ヴェレスが来村者用の厩舎に馬を留めに行く。
「宿を貸して貰えないか聞いてくるよ」
その間に、シェルツが近くの村人に訊ねに向かった。
話はすぐ済んだようで、軽やかな足取りで戻ってきた。
「旅人用のコテージがあるってさ。先客がいるようだけれど、広いから一緒に使ってくれ、だってさ」
みんなは構わないかな? と続けたシェルツに、野営よりは遥かに良いと皆二つ返事で頷いた。
日は暮れ始めている。厩舎から戻って来たヴェレスも合流し、さっそくコテージに向かうこととした。
♪ ♪ ♪
「わぁ、キャンプ場みたいですっ!」
「野営場って、どの層に需要があるのよ」
想像以上に立派なコテージを前にしてテンションが上がる心音に、いつものことと分かっていつつもアーニエはツッコミを入れる。
このような辺境の村には似つかわしくない建物にも感じるが、先程五人分の利用料として二千ケッヘルを徴収されたことを心音は思い出す。
夕飯朝食まで付いていることを思えばそう高い金額設定ではないが、盛んに交易をしているようには見えないこの村では、たまに来る旅人や冒険者から現金収入が得られる、ということに意味があるのだろう。
外観に感動を覚えるのもそこそこに、シェルツがすでに明かりがついているコテージの扉を叩く。
ノックの音に応え、「おや、お客さんかな?」と若い男性の声が返ってくる。その声に既視感を覚え思考する間もなく、扉が開かれ目の前に現れた男性は……
「え、マンリーコさん⁉」
直近でその姿を確認したシェルツに続き、パーティメンバーそれぞれから驚きの声が上がる。その驚嘆に反応してか、マンリーコの後ろから顔を出した女性に視線を移せば、やはりレオナであった。
「はは、やっぱり君たちとは縁があるね。今夜は久しぶりに同じ食卓を囲むことになるかな?」
なぜ村のコテージに二人が居るのかは気になるが、ひとまず二人が元気そうにしているのを見て心音たちから安堵の表情が零れる。
いつまでも入り口で立ち呆けていても仕方がない。マンリーコに従い中へ入り、大きな木製のテーブルを囲みながらあれからの事情を聞くことにした。
「ルーン伯爵も執念深くてね。振り切るのに苦労したよ」
レオナが淹れてくれた温かい紅茶を手に、修道院を離れてからの出来事について聞く。
マンリーコはレオナを連れ、修道院を飛び越え丘の裏側から逃走を試みた。
しかし、丘の先は遮蔽物が少ない平野地帯だということが災いし、一度は距離を離したものの、〝遠視〟で姿を捉えたのだろうルーン伯爵が、馬車から引き離した馬に乗って急激に距離を詰めてきた。
それに気づいたマンリーコは風に光を映し出す魔法〝偏在〟を使い、それを左に曲がった自分たちとは逆方向に映し、ルーン伯爵の混乱を図った。
それでも執念の見せる勘か何かなのか、何度〝偏在〟を使ってもことごとく正解の方を追いかけてくる。
焦りを感じつつも、最終的にはいい塩梅の岩陰を見つけ、〝偏在〟で左右に分かれて隠れた。本物の自分たちは〝偏在〟の応用魔法〝同化〟で背景の岩に溶け込み、いよいよ見失ったルーン伯爵は逆方向に走らせた偏在を追いかけていった。以上が彼らが繰り広げた逃走劇だそうだ。
「それでたまたま辿り着いたのがこの村でね、昨日からお世話になっているんだ。体力も魔力も回復してきたところだし、明日の朝には更に遠くに逃げるつもりさ」
「私、マンリーコについて行くって決めたんです。もう、マンリーコと離れてバードで生活するだなんて考えられません」
二人の意思は固いようだ。全てを投げうってまで添い遂げたい、そういう相手だとお互いが感じているのだ。
しかし、見たところ装備もそう整ってはいないように見える。心配に感じたシェルツがマンリーコに問いかける。
「移動手段や携帯食料などはどうするんですか? 地図を見たところ、次の村までは馬車でも五時間くらいはかかってしまいますよ」
「そうだね、普通に歩いていたら何日もかかってしまう。旅慣れている僕はともかくレオナにも負担を強いてしまうけれど、馬を借りるお金もないからね。僕は山や森での活動は人一倍慣れているから、上手い具合に野営地点を見つけるさ」
どうやら強行的な手段を画策しているらしい。
マンリーコたちとの関係も、何かと縁深く、浅い付き合いではなくなってきたものである。見なくても分かる心音からの期待のまなざしを感じながら、シェルツは一拍置いて彼らに提案する。
「アルコ地方を出るまでの間、俺たちと行動を共にするのはどうでしょう。二人くらいなら、詰めれば荷車に乗れると思います」
「本当かい? それはすごく助かるけれど、まだ恩を返せていないのにまた君たちのお世話になるのは、なんだか気が引けちゃうな」
「元々見返りは求めていないので、気にしないでください。それに……」
「せっかく仲良くなった人を放っておくのは、ぼくが嫌ですっ!」
シェルツの振りを受け、心音が胸の前で拳を握りしめ応じる。冒険者稼業の遠征で来ているからには損得でものを考えるべきなのであろうが、こういった風に人情で動くのも、人間らしさと言えよう。
マンリーコは一度レオナと目配せするち、心音の方へ向き直り柔らかな表情で返す。
「ありがとう、君たちは本当に優しいね。……そうだ、お礼にはならないかもしれないけれど、面白い詩を聞いたことがあるんだ。何かを伝えようとしているみたいなんだけれど、僕の頭じゃ紐解けなくてね。日常的にいろんな国を旅している君たちなら分かるかもしれない」
そう言い切ると、マンリーコは呼吸を整え、優しく響く声音で詠い始めた。
「惑え迷えど先見えぬ、歌声響く深き森。天が叫べば地に潜み、胸に響けば背に進め。導き避けて逃げた先、我らの母が問いかけよう。其が古の、始祖たる知恵なり」
靄がかかったような不思議な詩。その内容は、たしかに何らかの謎を伝えているように思えた。
エラーニュがその内容を紙に控え、考え込む。しかし、五人が頭を悩ませても、その答えへの糸口すら思い浮かばなかった。
その様子を見て、マンリーコが軽く後頭部を掻きながら微笑を浮かべる。
「君たちでも良く分からなかったみたいだね。残念、やっぱりこれじゃあお礼にもならないか」
「いえ、まだわたしたちの遠征は続きます。いつか、わたしの知恵に掛けて、この謎を解き明かして見せます」
エラーニュが眼鏡の位置を直しながら、ずいっと前へでる。どうやら彼女の心に火をつけうる内容だったようだ。
魔法で満ちたこの広い世界には、たくさんの不思議が溢れている。マンリーコの詩を胸に刻み、心音はまだ見ぬ世界に思いを馳せた。
「さて、さっき村の人が持ってきてくれた食材が向こうにあるんだ。こう見えても料理は得意でね、楽しみにしていてよ」
隣接した台所を覗けば、新鮮な野菜や肉がまとめられていた。
マンリーコの料理の腕前に期待しつつ、旅の仲間たちは何気ない会話でコテージを明るくした。
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第三楽章終了まであとひと月と少しくらいです。これからの展開もお楽しみください!




