3-7 精霊の目
冒険者ギルドバード支部に戻り、心音たちは修道院で見つけた一室について報告した。
長らく掴みあぐねていた重要な手がかりが得られたと言うことで、依頼文書通り報酬金として金貨三十枚――三万ケッヘルが支払われるだろうと依頼報告窓口の職員から伝えられた。
だろう、というのは虚偽の報告でないか確認するために、捜査権を持った自治機構が現地調査をして確認し、事実が確認されたときに報奨金が支払われるからである。
あの部屋が魔女のものであるにせよないにせよ、手がかりとして充分である上に嘘もついていないのであるから、報奨金を貰えるのはほぼ決まったようなものである。
一人で平均的な依頼を処理しているだけでは稼ぐのに一か月半以上かかるような金額なだけあって、安堵するエラーニュとにやりとするアーニエの反応が印象的であった。
調査結果が出るまでは一日ほど待って欲しいということであったため、その間はバードで一泊し、近隣で簡単な討伐依頼をこなすことにした。
受注したのは林に潜んで近くの畑を荒らしている北アルコイノシシの討伐だ。小遣い程度の報奨金であるが、害獣駆除は難易度と手軽さから冒険者のメジャーな仕事の一つだ。危険度も然程高くもないし、時間を埋めるにはちょうどいいだろうとの判断であった。
そして、林での害獣駆除を請け負ったもう一つの理由はというと――
「コト! 四時の方角から物音! 正体は判別できる⁉」
「はい! えーっと、魔力を帯びた小さな身体……。ウサギです、イノシシではありません!」
見通しの悪い林で、心音の精霊との〝視覚共有〟の練習も並行して行うことができていた。
実戦でのトレーニングが最も身になるというのが、パーティの総意である。
「わ、六時の方向、イノシシらしきものが迫っていますっ! 遭遇まで五秒、四秒……」
目標と心音の間にヴェレスが割って入り、右足を引いて長大なハルバードを斜め後ろに引き絞る。
心音のカウントダウンがゼロを示した瞬間、茂みから突進してきたイノシシを出会い頭にハルバードの柄で弾き飛ばした。真横の木に叩きつけられたイノシシは、ぴくりと跳ねて動かなくなった。
「こいつは食えるらしいから、きれいな状態で残しとかねぇとな」と上機嫌でイノシシを確認しに行くヴェレスの後で、アーニエが感心したように心音に話しかける。
「しっかし便利ね、その〝精霊の目〟。ここ障害物だらけだけど、どんなふうに見えてんのよ」
「えっと、ぼくたちの目で見える光景とは、ちょっと違う感じです。世界に溢れている魔力や魔素が見えるというか感じ取れる感覚で、それでいて生き物が纏っている魔力や物の周りで滞留している魔素が見えるおかげで、風景もなんとなく分かる、という感覚でしょうか。魔法のサーモグラフィみたいです!」
「まーたわけ分かんないこと言って。でもま、何となく分かったわ」
〝視覚共有〟自体は比較的メジャーな魔法である。精霊との視覚共有であることを区別するため、心音たちは〝精霊の目〟と呼ぶことにしていた。
直接目に見えない力の流れが把握できるというのは、魔法に満ちたこの世界ではかなりのアドバンテージとなりうる。鍛え方次第では冒険者業に活用したり、戦闘にも転用できるのではないかというのが、この実地練習の狙いだ。
「ふぅ~。でも、これすっごく疲れます。集中力がかなり持っていかれるので、同時に何かするのは難しそうです」
「あんたねぇ、そりゃ昨日の今日じゃそうなるわよ。初めて魔法を使った時のことを思い出しなさい?」
ヴェアンの訓練場で水球を生み出そうと四苦八苦していたことを思い出す。たしかに、あの頃は魔物との戦闘で自在に魔法が使えるようになるだなんて、想像もできなかった。
楽器だってそうではなかったか。今となっては意のままに楽器を操り思い描いた曲を再現できるが、初めて楽器に触れた時は音を出すことすらままならなかったはずだ。
「よーしっ、練習あるのみですねっ!」
依頼された頭数は五頭。残りのイノシシも〝精霊の目〟で捉えるべく、心音は前向きに意識を集中させた。
♪ ♪ ♪
「お待ちしていました。お手柄ですよ、皆さん!」
害獣駆除の報告と魔女調査の進捗を確認しにギルドの窓口へ向かうと、満面の笑みを称えたギルド職員が迎えてくれた。
掛けられた声の調子から、調査の結果は思った以上の成果だったようだ。
「やっぱりあの部屋は魔女の工房で間違いがなかった、といった感じですか?」
「間違いがないどころか、待ち伏せして魔女本人を捕らえることが出来たみたいですよ! ギルドとしても、なかなか捌けない依頼が片付いて一安心です。あ、こちらの報酬をお受け取りください」
シェルツの問いに、より声を明るくしてギルド職員は返す。
重ねて話を聞いてみたところ、魔女の薬というのは精神を蝕む薬だということだ。
裏組織の売人を通してバード中に蔓延していたようで、煎じて飲めば元気の無かった者が嘘のように元気になるが、そのまま意識のタガが外れて不眠不休で騒ぎ続けてしまう、という薬らしい。
その感覚がクセになるらしく、中毒者が多発し、薬も法外な値段で取引されていた。量を取りすぎると命にも影響がある危険な薬で、一刻も早い解決が望まれていた、ということであった。
「結構危ない状態だったんだね。解決に貢献できてよかったよ」
「みんなの力を合わせた作戦の勝利ですねっ! .......でも.......」
シェルツに対する心音の返答が、陰りを見せる。同じ疑問を抱えてたのだろう、エラーニュがそれを引き継いだ。
「はい。それが何故民の安寧を願い神を信仰する修道院でなされていたのかは疑問です。何か裏がありそうですが」
修道院で見た修道女たちは、教えを説いた心音の目から見ても悪い人たちには見えなかった。
この街には、まだ何か隠されていそうである。
とは言え、これ以上この街に留まってその事を調べるのは、本来の目的から大きく逸脱してしまう。それをしっかりと理解しているシェルツが、これからの方針を打ち出した。
「引っ掛かりはあると思う。けれど、俺たちは俺たちの目的のために、次の目的地を目指そう」
資金も稼ぐことができ、物資も確保出来ている。
協力し手早く準備を済ませると、後ろ髪を引かれる思いを感じながらも、心音たちはバードから旅立った。
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