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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第三幕 精霊と奏でるグラントペラ 〜広がる世界、広がる可能性〜
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3-6 修道院を吹き抜ける風

 修道院の廊下を、カシワの葉だろうか、大きめの枯葉が一枚ふよふよと宙を漂っている。

 その枯葉の上には水が溜まっていて、通り過ぎた後にポツポツと水滴が垂らされていく。


 この奇妙な光景を生み出しているのは、ここアルコ修道院にとっての来院者一行である。


 アーニエからの指令、もとい提案を受けて実行された作戦は、パーティ一行の総力とも言えるものであった。


 エラーニュが光魔法で視覚を拡張させて院内の光を視覚に取り入れ、

 外に落ちていた手ごろな枯葉の上にアーニエが魔力を多めに纏わせた水を溜め、

 エラーニュと視覚を共有したシェルツが風魔法で枯葉を目的地まで運ぶ。


 その通り道に水を垂らしていくわけであるが、花崗岩でできた床に垂らされたそれは微量で、直ぐに蒸発してしまう。

 一見痕跡が何も残らないように見えるが、そこには多めに込められた魔力の残滓が密かに残る、といった寸法だ。


 魔力光で可視化されていない魔力というのは、〝魔力視〟の魔法を発現させなければ見ることはかなわない。日常的に〝魔力視〟を用いる人なんて普通はいない、ということから低リスクで道しるべを残す手段となる、というわけだ。


 なお、この作戦には心音が精霊と視覚を共有することで、〝魔力の残滓である魔素を捉えて活動のエネルギーにする〟という精霊の性質を共有し、風化しつつある魔力を見ることができるようになるのではないかという仮定の前提がある。

 心音が精霊と視覚共有ができる。そして魔力・魔素を見る性質を獲得できる。この二つの賭けが絡む作戦であるが、その手段が低リスクであるため即座に実行に移したわけである。


 タイムリミットギリギリで実行された本作戦。残るヴェレスに与えられた役割は、枯葉が浮く奇妙な光景を見られないようにするための見張りと時間稼ぎである。


「お、終わったみてぇだな」


 待機所の扉の前で巨体を佇ませながら、ヴェレスは礼拝堂の方角からの物音に耳を澄ます。

 ほどなくして、心音と彼女を先導する修道女が角を曲がり待機所へ向かってきた。

 ヴェレスは背後の枯葉の位置を確認しつつ、彼女らの視線と重なるように自身の体の位置を調整しながら声を掛ける。


「よ、よう。ちゃんと役目は果たせたか?」

「あれ、ヴェレスさん。わざわざお部屋の前で待っててくれたんですか?」

「おう、まぁそんなところだ。他のみんなは中にいるぜ。しかし、天気はいいが冷え込んできたな」

「え? あ、はい! たしかにそろそろ冬って感じですねっ」


 ヴェレスが庭の方向に首を回したのに合わせ、心音と修道女もその方向へ自然と向く。

 広葉樹はその葉のほとんどを落とし、散った枯葉は綺麗に庭の隅へまとめられていた。


 ヴェレスに与えられた役目は二つ。

 一つは、今彼の背後で絶賛移動中の枯葉を修道女と心音に(・・・)見られないようにすることである。修道女はもちろん心音にもまだ作戦が伝えられていないため、明らかに異質な枯葉を見られることでリアクションを取らせないようにするためである。


 もう一つは、現在進行形で待機所である室内で枯葉を操作しているシェルツとエラーニュを見られないようにするための時間稼ぎである。心音だけであれば見られても問題はないが、修道女も一緒に入室してくる可能性が高い。そのため、「三分は時間稼ぎしなさい」とアーニエからのお達しを受けている。


(んなこと言ったって、もう時間稼ぎのネタなんてねぇぞ!)


 初手でいきなりネタ切れのヴェレスが内心狼狽していると、心音の後ろを修道女の一団が横切った。礼拝堂から解散した者たちであろう。なんとなしにヴェレスは彼女らを目で追うと、そのうちの一人に対して急激な既視感を覚えた。彼女はどこかで……


「おい! お前、レオナじゃないか?」


 ヴェレスの呼びかけにその一人が立ち止まり、きょとんとした顔で声の主を見る。

 伸ばされた亜麻色の髪、思わず注目してしまう整った容姿。やはりバードの街でマンリーコと恋仲になったレオナその人であった。


 心音もその姿を確認し初めて気が付いたようで、驚きを漏らす。


「レオナさん⁉ どうしてここに! バードの領主邸でのお仕事は……?」

「あなた方は……えぇ、見たことがあります。あの殿方とご一緒にいらした方々ですね」


 マンリーコのことを「あの殿方」と称したことに心音は少し驚くが、これも俗世のしがらみや欲から遠ざかるためなのだろうか。いずれにせよ、レオナ本人で間違いがないようである。


「……バード領主邸での仕事は、無期限のお休みをいただいております。あの殿方の亡き今、バードに住み続けるのは心に堪えます」

「亡き今? え、あの決闘の後、マンリーコさんに何かあったんですか⁉」

「決闘の後……? あなたもご覧になったでしょう⁉ あの殿方が領主様の刃に貫かれるところを‼」


 どうやら致命的な勘違いをしているようだ。たしかに、粉塵にまみれて影しか見えなかったことで一時は心音たちも勘違いしたほどであるが、その後の顛末はあの場にいた誰でも知っているはずで……


「……あっ、レオナさん、決闘の結末について誰からも聞いていないんですか?」

「結末? それは私が目にしたことが全てではないのですか⁉」


 粉塵越しの影を見て、レオナはたしかにあの時気を失っていた。しかし、マンリーコは実際無事だったという事実は、誰かしらから聞いていてもおかしくないはずであるが。もしかしたら諸々の手続きは全て置手紙か何かで済ませ、誰にも言わずにここに来てしまったとでも言うのだろうか?

 内心勘違いしたレオナの剣幕に少し慌てながらも、心音は事実を努めて落ち着いて伝える。


「レオナさん聞いてください。マンリーコさんは死んでなんかいません、生きています!」


 ――――刹那、吹き抜ける風。


「そうさ、君の声は今、たしかに僕の中で震えているよ」

 

 ビー玉のような声。柳色のシルエット。

 冬支度を始めた空から暖かな風と共に降りてきたそれは、彼は。


「え⁉ マンリーコさ……」

「マンリーコ‼ 私の愛しい人‼」


 思いもよらない光景に、衝撃と感激で声を震わせて駆け寄るも、心に身体が付いていかずに彼の手前で崩れ落ちてしまう。

 そんなレオナを、マンリーコは柳色の外套をふわりと浮かせながら片膝をつき、両の手で包み込む。


「レオナ、君のためなら僕は、何度だって死の淵を駆け抜けよう。決して君を置いてはいかないさ」

「あぁ、神様は本当におわしたのですね。私の愛しい人を、死の刃から救ってくれていたなんて」


 突如現れたマンリーコにも驚いたが、完全に二人の世界に入り込んでしまって、後の三人は蚊帳の外である。

 心音とヴェレスは顔を見合わせて肩をすくめる。これはこれで彼らの幸せに落ち着きそうだ、と抱えていたもやもやに決着がついたように心音が感じていると、修道院の鉄門をけたたましく叩く音と共に事態は更に急変することとなる。


「この門を開けよ‼ 私はアルコを治める領主である‼ 早くせい‼」


 領主であるルーン伯爵が鬼の形相でこちらを睨めつけている。

 大方、レオナの様子を見に来たものの、追い出したはずの憎きマンリーコがまたレオナの元に現れたところを目撃してしまった、といったところであろう。


「おぉ、怖い怖い。それじゃあ、僕たちはここを去るとするよ。コト、君たちとは不思議と縁があるね。もし再び風が僕らの声を導き合わせる時が来たら、また会おう」


 マンリーコはやや早口で言い残すと、レオナを抱えてふわりふわりと修道院の裏に消えていった。

 それを見たルーン伯爵は、門を開けに向かった修道女に目もくれず、門から離れ道なき道を分け入っていった。あの調子では追いつくのは絶望的だろう。


「なんか騒がしいと思ったら、ま~た面倒なことになってるわね?」

「あ、アーニエさん。見てました?」


 心音たちの背後、待機所の部屋の扉が開き、中からアーニエが気だるげに歩み寄ってきた。

 そのまま彼女はヴェレスの肩を叩き、一言「お疲れ様」と告げると、ヴェレスは「ああ、そうだったな」と返し、心音に目くばせをする。

 心音も帰り支度をするべく待機所に向かっていたことを思い出し、門の前でおろおろする修道女に気の毒そうな表情を向けつつ、待機所へ向かうヴェレスたちを追いかけた。



 待機所に入るなり、心音はアーニエに手を握られる。

 驚きの声を上げそうな心音を制し、アーニエは短く伝える。


「手っ取り早く魔力線(パス)をつなぐわ。対内念話で伝達するわよ」


 何か喫緊の要件であると悟り、心音は素直にうなずく。

 室内でぐったりしているシェルツとエラーニュの様子も、緊急性に拍車をかけた。


 作戦の伝達が終わると心音は少し考え込み、頷く。


「うん、何となく出来そうな気が……やってみますっ!」


 少し遅れて、修道女が待機所にやってくる。

 ハープス王国からの使者としての役割を終えたのなら、後は見送られる流れだ。

 作戦のチャンスは、一度きり。


「使者の皆さま、本日は誠にありがとうございました。門までご案内し、開錠いたします」


 修道女の誘導に従い、心音たち五人は待機所から出て、表へ出る。

 門まで少し歩みを進めたところで、心音が「少しお待ちください」と足を止める。


 修道女が不思議な顔で振り向くが、心音が続けて言った一言で、納得顔で胸の前で手を組んだ。


「最後に、この修道院での正しき行いが神に届くよう、祈りを捧げます」


 そう言うなり心音は膝をつき、祈りの姿勢をとる。

 そして、心音は体内の精霊ルフに思念で〝想い〟を伝達し、精霊との〝視覚共有〟を試みる。


(……出来た! あとはシェルツさんが残した痕跡を辿って――見えた!)


 院内を流れるように、魔力の痕跡を辿って意識を漂わせる。

 そして行き着いた先、開かずの扉の前で、精霊たちが持つエネルギーを高める。


 ぽん、と弦を弾くような音。

 それが開かずの扉の前、虚空から弾かれると、その音は扉の向こうに伝達される。

 その先で、()()()()()()()()()()()精霊が音を受けると、心音の想いを受け取って視覚を引き継ぐ。


(見えた見えたっ! えっと、この部屋は……?)


 人影は見えない。

 確認できる内装は、机の上に雑多に広げられた本や図面、室内いたるところで栽培されている植物、そして……


(これは……! 魔女さんの住処はここかもしれません!)


 すり鉢ですり潰された粉末状の植物が、確信へとつなげさせる。修道院の一室でのそれは、明らかに異質なものであった。


 祈りの姿勢を解いた心音はシェルツにアイコンタクトをとると、修道女に声をかけ、彼女に見送られながら修道院のある丘を(くだ)った。

いつもお読みいただきありがとうございます!

ポイント評価を入れていただいた方もいて、久しぶりのことで嬉しかったです♪

今話の通り、まだこの国の物語は続いていきます.......!

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