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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第三幕 精霊と奏でるグラントペラ 〜広がる世界、広がる可能性〜
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3-5 修道院の謎

 街を出て少し南下した河川付近に位置する修道院、それが次の目的地である。

 あの決闘の日から数日、心音たちは休養を取りつつ冒険者ギルドバード支部で依頼を見繕い、装備を固めて街を出た。

 レオナの様子も気になったが、彼女からすれば心音たちは面識のない部外者である。決闘の結末については周りの人から伝えられるだろうと、あえて接触を試みることはしなかった。


 冒険者ギルドで受けた主な依頼は、領地に潜む魔女の調査、という抽象的なものである。であるのに受注した訳は、やはり報酬額の多さであろう。

 心音の感覚からすると魔女の調査だなんて荒唐無稽にすら思えるが、魔法が根付いているこの世界においてはやはり存在すると思われる、〝魔女〟の概念について確認しなければならなかった。


 依頼掲示板の前で前述の疑問について訊ねた心音に対するエラーニュの回答は「魔女とは、伝承話において人を惑わす者、という者を指します。コトさんの世界では違った意味合いがあったのでしょうか?」である。

 なるほど、言語を学習する際に対外念話で変換された意味が魔女であろうと、魔法を使うから魔女、と短絡的につながるものではないらしい。


 その魔女が、現在トラヴ王国がアルコ地方でよからぬ薬を流しているらしい、とのことである。領主管轄の役人たちが調査に回っているがどうも尻尾を掴めず、唯一依頼者から心音たちに伝えられたのが「どうも修道院が怪しい」ということだけであった。

 役人が調査に出向いても警戒され情報が思うように手に入らないが、旅の冒険者ならあるいは、と言った理由でギルドに依頼が張り出されたわけである。


 修道院までの道中、荷馬車内のムードはいつものそれと違い静かな様相である。ムードメーカーたる心音の口数が少ないことが、主な原因であろう。

 俯きがちにコルネットが入ったレザーケースの手入れをする心音に対し、アーニエが嘆息しつつ声をかける。


「コト、世の中には色んな人がいて色んな出来事があるのよ。そりゃあたしも本格的な国外遠征なんて初めてだし、決闘のことも寝覚めは良くないけれど.......。そもそも、あんたが首を突っ込んだことなんだから、割り切りなさいよ」


「そう、ですよね。ぼくの中にある感覚を、初めてくる国に当てはめちゃいけないのも分かってはいるんですが.......。仲良くなれた人が悲しい思いをするのはやっぱり辛いです」


「コトの性分も分かるけど、そういう思いをすることもあるんだから、これからは目に付いたものに節操なくちょっかい出すのはやめなさい」


 窘めるアーニエであるが、彼女を含め明るい表情の者はここにいない。誰しもが心につっかかるものを感じる出来事であっただけに、少しだけ厳しい言い方をしているのだろう。




 微妙な空気感のまま揺られること二時間。街から少し離れた農村地帯にひょっこり現れた丘の上に、目的地が確認できた。

 白っぽい花崗岩で建築された大きな外壁から、物見台のような建造物が頭を表出させている。

 近くにまとまった住居区画は見当たらないが、修道院で暮らすものはそう外に出ないのだろう。それだけの規模であることは遠目でも分かった。


 馬車で丘を登り修道院の門前で停車させ、御者を務めていたシェルツが格子状の門の脇にあるパネル型の魔法道具に魔力を通し要件を発する。


「ハープス王国聖歌隊から、信仰を広める旅をしている方を護送してきました」


 もちろん急造の建前であるが、心音が宣教の旅という名目でハープス王国を出たのは事実であるし、この場にお(あつら)え向きの理由であった。


 「しばしお待ちを」と返答があり数十秒、黒を基調とした修道服で身を包んだ女性が門の向こうに現れた。


「ようこそアルコ修道院へおいでになりました。(つか)いの方は.......ああ、その白いローブは見覚えがあります。たしかにハープス王国聖歌隊の方とお見受けいたしました、どうぞ中へ」


 ゆっくり、はっきりとした調子でそう告げると、修道服の女性は門を解錠し招き入れる。

 修道院の敷地に入り、彼女に付き従い建物の扉をくぐる。

 心音が得た第一印象は、光が隅々まで行き届き、外の自然音がよく聞こえるほど静かな空間、であった。


 とても悪いことは出来なさそうに思える。

 

 よからぬ薬――十中八九麻薬の類であろうが、その取引の場としては似つかわしくはない。

 とはいえ、依頼できている以上調査をしないわけにはいかない。首尾としては、心音が宣教活動と称して修道院の人を集めている裏で、シェルツたち四人が修道院内を捜索する、と言った具合だ。


 ハープス王国はヒト族の同盟――創人族連合の主催国であり、信仰の中心でもある。ハープス王国からの使者が来ることも一度や二度ではなかったのだろう。

 案内してくれた修道女は慣れた様子で心音を礼拝堂に案内し、またシェルツたちに礼拝堂近くの一室を待機所として提供した。


 こういった改まった場での宣教活動は初めてだと、心音は緊張の面持ちを浮かべる。

 とはいえ、修道院で生活する者は全員が信仰深い者であろう。

 心音がやることと言えば新規開拓ではなく、信仰をより厚くするための活動――神の()言葉を伝えたり、演奏により天使の声を響かせる、といった活動となる。

 王国聖歌隊で基本的な宗教観を身につけた心音にとって難しくはないことだ。


 そこそこの規模を誇る礼拝堂に修道院中の者が集められ、心音が宣教師としての説教を始める。

 それを見計らい、シェルツたちは各々散って修道院内の捜索に乗り出した。


 時間との戦いである。静かに、それでいて素早く各部屋の様子を伺い、また薬物が隠せそうな場所も洗っていく。





「やっぱり依頼者の思い違いなんじゃ.......」


 全く手がかりが掴めないまま時間が過ぎ、シェルツは思わずそう零す。

 その呟きに呼応してか、礼拝堂の方角からコルネットの音が聴こえてきた。

 これは一つの合図でもある。五分と少しの演奏が鳴り止めば、もうじき宣教活動が終わってしまう。


「諦めて戻るしか.......あれ、この扉は?」


 待機所に引き返そうとしたところで、不可思議な扉を発見した。違和感を放つその扉には、ドアノブが無いのだ。

 シェルツは扉に近づき、魔力を帯びた手をかざして観察する。


「これは、魔法でしか(ひら)けない扉か? それも、特定の魔力にしか反応しない.......」


 自身の魔力を通しても手応えがないことから、シェルツはそう当たりをつける。

 どうにか中の様子を探りたいが、僅かな隙間から扉を透過して中を覗くなんて芸当ができるのは、光魔法に長けたエラーニュくらいなものである。それに.......


「鍵穴すらないし、これじゃあエラーニュの光魔法でも中の様子は見られないかな」


 いよいよ怪しくなってきた。ここまでして見られたくない物が中にはあるということである。

 一人で悩むよりは、情報を共有して話し合うべきであろう。シェルツはすぐにその考えへ落ち着かせると、やや急ぎ足で待機所へ向かった。




 心音の演奏が終盤に差し掛かった頃、待機所の四人は情報の共有を行っていた。といっても、主にはシェルツが見つけた怪しい扉についての考察と打開策を練る会議となっている。

 シェルツから話された情報を整理し、やはりエラーニュもお手上げの様子を見せる。


「話を聞く限り、たしかにわたしの光魔法でも透過できなさそうです」

「やっぱりそうだよね。他にはどういう策が考えられるかな?」

「隙間があれば羽虫を使い魔として使役して朧気にでも中の様子を探れると思いますが.......」


 エラーニュから視線を向けられたアーニエが両手を顔の両サイドに上げて首を振る。


「出来なくはないけど、あたしも使い魔は専門じゃないわ。やったとして契約まで五分以上はかかるわよ」

「契約対象を見つけて捕まえるまでの時間もあるしね。それに、やはりというか、あの扉には風が入り込む隙間もなかったよ」


 シェルツが補足を入れ、いよいよ話が行き詰まる。

 そこで、話に入れずにいたヴェレスが疑問を投げかけてきた。


「あー、オレは魔法にはそんな詳しくねぇけどさ、コトがよく遠隔発現させてるやつ、アレ応用できねぇのか?」


 詳しくないからこそ特異性度外視でぶつけられた疑問。しかし、それが突破口になりうるのではないかと、アーニエがひらめきを口にする。


「使い魔との視覚共有、あれコトが使う精霊(ルフ)で出来ないかしら!?」


 シェルツとエラーニュもハッとした表情を見せる。打開策はそこしかないかもしれない。

 もうじき宣教活動が終わる。仮に心音がそれを出来るとして、心音による人払いの効果も失われる中、どうやって扉の中を探るかも課題である。


「それが使えるとなると……コトさんの意識を精霊を介してその扉まで誘導する手だてが必要ですね」

「そうか、コト本人が建物内を歩き回ることなく意識だけを誘導できればいいわけだね。でも、俺たちもこれ以上歩き回って扉までの道に仕掛けを残すのは難しいし、コトが戻ってきたら少しの休憩の後、修道院から見送られる、って流れになっちゃうかな。となると……」


 エラーニュとシェルツの考察を受け、発案者のアーニエが腰に手を当てニヤリと口角を上げる。もともと頭の回る彼女であるが、こういったたくらみ事となると殊更だ。


「つまりここから動かずに(・・・・・・・・)仕掛けをバラ撒けばいいんでしょ? あんたら、手伝いなさい!」


いつもお読みいただき、ありがとうございます!

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