3-3 陰る恋路、焦る心
翌日、朝食を終え、ゆっくりとコーヒーを楽しんだ後、マンリーコは「すごくお世話になったよ。この恩はきっと返すから、すぐにこの街からいなくならないでくれよ」と言い残し、待ち合わせているレオナの元へ発った。
それを快く送り出すパーティ五人、という構図を見せたが、マンリーコとの距離が民家三軒分ほど空いたのを見計らって心音とアーニエがすっと前へ出る。二人はシェルツたちの方へ振り向き、一言アーニエが軽く告げる。
「それじゃ、あたしたちはちょっと出かけてくるから」
「いや、今後の予定は.......」
「まぁシェルツさん、こういう日があっても良いでしょう。わたしも薬品を買い足したい所でしたし」
昨日から置いてけぼりを食らっているシェルツを、エラーニュがいたずらっぽい笑みで制する。普段、最終決定権はシェルツにあるかのように思えていたが、実際のところこのパーティ五人は対等なのだ。
「まぁいいか。シェルツ、オレらも身体動かしにいこうぜ」
寛容と言うか大雑把というか、こういう時も大きく構えるヴェレスがシェルツの肩を叩く。それを聞いてか聞かずか、心音とアーニエはマンリーコが歩いていった方角と同方向へ足を滑らせていった。
♪ ♪ ♪
バードの中央部よりやや深部、領主の館が睥睨する高級住宅街の隅にひっそりと佇む喫茶店に、マンリーコとレオナの姿はあった。
オープンテラスで談笑する二人を、心音とアーニエは豆粒ほどにしかその姿が確認できないような距離に位置する時計台から、わざわざ〝遠視〟の魔法と、音響魔法を駆使した〝聴覚拡張・対象選定〟まで発現させて覗き見.......もとい観察していた。
「すっかり打ち解けちゃって。なんだか、ほんと物語に出てくるような恋路みたいね」
「オペラのストーリーを追ってるみたいです!」
「オペラ? なによそれ、またあんたの国の文化?」
心音とアーニエは演劇の観客よろしく感想を口にしながら成り行きを見守る。
対象となっている二人の会話内容はと言うと、
「私が今感じていることを、あなたに伝えたいと思うの。けれど、それは私にとって今までにない感覚で、どう伝えたら良いか分からないの」
「言葉にできない気持ちを、歌えばいいのさ。僕らの間で生まれた夢に育まれたこの心に、これ以上何も望むものはない」
などといった具合だ。
初めのうちは互いの境遇やレオナの仕事のこと、マンリーコの旅のことなどを話していたが、その会話が行き着いた先が歌劇のようなやり取りというわけである。
「しかし、なんともまあ似通った感性の者同士が惹かれあったものね」
「いえ、似通った人だからこそレオナさんはマンリーコさんに声をかけたんですよ! 運命です!」
「まあ運命かどうかは置いておいて、突然歌い出す人に交友関係を迫るだなんて、それこそ変わってる人ね」
アーニエと会話を交わす心音が喉の乾きを覚え、水筒を取り出すため肩掛けカバン探ろうと視線を件の二人から離した時、視界の端に小さな違和感を捉た。心音は思わずその手を止め、視線をその違和感へ戻す。
特別変わった建物があったり、生き物がいる訳では無い。しかし、人の行き来がそこまで多くはない高級住宅街の一画で、建物の影からマンリーコたちを睨めつける男の存在が、確かな違和感として浮かび上がっていた。
「アーニエさん、あれ見えますか?」
「あれってなによ.......はあ、どうも嫌な感じがするわね」
茶色い外套に中折帽子を深く被っておりその顔は伺いしれないが、その着こなしと質の良さそうな生地からは、遠目で見ても裕福な者であると推察できた。
「もしかして修羅場ですか?」
「そうなりそうな予感はするわね。あー面倒なもの見ちゃったわ」
赤の他人や創作物として見るものであればそれも楽しめるのであろうが、少なくとも関わりを持った者がその渦中に陥るというのは、アーニエにとって気分のいいものでは無いらしい。
怪しい男に見られていることも知らず、マンリーコはレオナに優しく言葉を差し出す。
「レオナ、キミが望んでくれるのなら、共に世界を旅したい。僕の歌に彩りを与えてくれないか?」
「マンリーコ。ええ、とても素敵で心が踊る提案なのだけれど、すぐにこの領地を離れるわけにはいかないの。心に傷を負っている領主様を支えるご夫人を思うと、私は自分の責務を投げ出すことができないわ」
レオナは、この領地で十五年前に起きた事件を語り始める。
当時二十歳だった現領主には、十五歳下の弟がいた。
ある日、領主の邸宅に組織的な盗賊が目をつけ、火事場泥棒を目的として火を放ったのだそうだ。
屋敷内の人々は命からがら逃げ出すが、その時、一人だけ犠牲者が出たと言う。
――それが、現領主の弟だったのだ。
以来、領主を世襲した今でも、悪夢にうなされ叫び声をあげることすらあるようだ。
その領主を夫人は献身的に支えているが、その夫人の身の回りの世話をするレオナの役割も、決して小さなものではないということである。
マンリーコは少し悲しい顔をするが、「なんてことはないさ、きっといつか二人だけの旅路を送ろう」と前向きに言葉を添えると、再び会う約束をして一時の別れを告げる。
「キミの声が聴けずに僕の心が凍えてしまう前に、また僕の心を震わせておくれよ」
「ええ、その時はきっとあなたの熱を私に伝えてください」
マンリーコとレオナの距離が自然と縮まる。目と鼻の先までその瞳同士が近づいたところで、茶色い外套の男が大きく足音を立てて二人に走り迫った。
「貴様!! その柳色の外套の男、今何をしようとした!! そこの女性は我が家のものであるぞ!!」
「領主様!? どうしてこちらに――」
「そんなことはどうでもよい。答えろそこの男! 回答次第ではタダでは済ません!」
突然の乱入者に目を丸くしていたマンリーコであるが、瞬きをひとつ、いつもの緩やかな雰囲気に戻ると、なんの悪びれもなく答える。
「僕は、彼女に求愛していたのさ。なぜなら、僕達はお互い惹かれあっているからね」
その返事を聞き、領主と呼ばれた男は更に憤慨してマンリーコに詰め寄った。
「良い度胸だ。しかし、なんと愚かな! 領主である私のものを奪うなど、万死に値する! 良いか、明日領主邸前の兵士の訓練場に来るのだ。神聖なる決闘で貴様の罪を裁いてくれる!!」
領主はそう捲し立てると、返事も待たずに足を踏み鳴らして去っていった。
その後を、レオナはマンリーコに困惑した視線を流した後、追いかけていった。
アーニエと心音は顔を見合わせて、当惑する。
「どうすんのよ、なんかやばっちいことになっちゃったわよ」
「このままじゃマンリーコさんが危ないです.......!」
「でもコト、今回は前みたいにあたしたちに何とかできることなんてないわよ?」
興味本位でマンリーコを追っていたが、思わず大変な場面に遭遇してしまったとザワつく心境になる。これといった解決策が思い浮かぶことも無く、心音とアーニエは一先ず宿に戻る他の行動が思い浮かばなかった。
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いよいよ滲んできたオペラ風味を感じながら、ぜひお楽しみください!




