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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第三幕 精霊と奏でるグラントペラ 〜広がる世界、広がる可能性〜
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第三楽章 大自然と溶け合う詩

木々と小鳥は語り合い、

河川と小鹿は口吻くちづけを交わす。

私が身を寄せるのはこのうただけ。

私に身を寄せてくれるのは書物だけ。

詩にも本にも目映まばゆい世界が記される。

その光と熱を探すため私は旅をする。

ああ、恋とはどんなものなのだろう。


        ――吟遊詩人が残した(うた)



♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


 澄み切った大気。

 春から数え始める、この世界における十二の暦。それがそろそろ九つ目を迎えようとしている。日本では師走と呼ばれるような季節だ。


 いつ雪が降ってきてもおかしくないような肌寒さ。この時期は、不思議と肺に染み込む空気の鮮度が良く感じられる。


 グリント王国を発った後、幾つかの村々を経由しながら、西へ西へと進む。その道中、ハープス王国と変わらないものがあるとするならば、朽ちた文明の足跡が点々としているところであろうか。


 出立してから五度目の朝を慎ましやかな村で迎えながら、心音は伸びをしつつ同室のエラーニュに訊ねる。


「中々大きな街って無いんですね。結構な距離進んできたと思うんですが」

「そうですね、戦争の影響もあり、中々復興に手が回らない状態でしょうから。人口を増やす余裕もなく、千年の間朽ちていくだけだった都市も少なくないはずです」


 この世界を取り巻く争いの灯火は、千年前の大戦から消えることがなかったのだろう。

 戦火を逃れた地域に人が集まり、その場所を必死で繋いできたのか。力を合わせなければ生きていくのも困難な世の中が生んだ歪な地図を、心音は頭の中で(えが)いてパタリと閉じた。


 朝の陽射しが覗く部屋の窓から、村を取り囲む自然を眺める。

 山の麓に位置するこの村は、山菜や茸類などの恩恵を余すことなく受け入れられていて、それは昨晩の夕餉(ゆうげ)で堪能することができた。

 泊めてくれた家の老夫婦が「山には魔女が住んでいるから奥まで踏み入ってはいけないよ」だなんて話もしていたが、きっとそれも大自然の脅威に巻き込まれ遭難などしないよう、村人たちが作った自衛手段じみた教訓なのだろうと納得出来た。


 そんな山を眺めていると、心音の耳介を甘い音色(ねいろ)がくすぐった。

 

 ――これは、人の声?


 発生源を探るべく窓を開き耳をすませば、どうやら山からその音色は降りてきているらしい。


「エラーニュさん、聞こえますか?」

「……何か聞こえるんですか?」

「人の声……歌声のようなものが聞こえます」

「ふわぁ、あたしにも聞こえないけど、村の誰かじゃないの?」


 目を覚ましたアーニエがそう気にすることでもないだろうと欠伸をする。

 しかし、心音はこと音が絡むとどうもじっとしていられないようだ。


「ぼく、ちょっと見てきますっ!」


 身支度もそこそこに、制止するエラーニュと呆れ顔のアーニエを部屋に残して、心音は山へ向かった。


♪ ♪ ♪


 針葉樹で覆われた山に踏み入ると、けもの道がメインストリートよろしく奥まで続いている。

 その山道を踏みしめながら登っていくと、音色はハッキリと人の声と分かるほどに近づいてきた。


 ――歌というよりは、詩?


 朗々と紡がれるそれにミツバチの如く吸い寄せられ、心音はけもの道を少し外れて木々の間を縫っていく。


 そこまで道から外れていない位置、何か違和感を覚えて立ち止まる。なんとなしに引き返したくなる衝動を覚えたが、心音だけが感じる違和感、精霊(ルフ)の流れが壁に阻まれたように止まっている空間があったのだ。


「自然豊かな山の中で、この違和感……怪しいですっ!」


 人払いの結界の類だろうか、魔素の流れが途絶えて無意識に避けたくなるようなその敷居を心音は跨ぎ、奥へと踏み入った。


♪ ♪ ♪


 結界を跨いでそう距離を進まないうちに、少し開けた場所に出た。

 切株が幾つも並んでおり、人工的に作られたスペースであろうことが伺える。


 その中心部、一際大きな切株に腰掛ける人物が目に入った。

 柳色のポンチョのような外套を(まと)い、羽付き帽子を浅くかぶったすらりとした体躯。

 彼の口からは、柔らかな詩が溢れ出ていた。


 どこか浮世離れした雰囲気にのまれながらも、興味が勝り心音が足を踏み出すと、詩は途中にして途切れてしまった。


 彼は切株から腰を上げ、ゆっくりと心音に向き直る。帽子に片手を添えて位置を整えると、均整な口元からビー玉のような声が転がり落ちた。


「お客さんなんて珍しいね。それに、ヒトのお客さんだ、初めてかもしれない」


 その台詞すらも音楽が付随していると思わされるような流麗さ。まるでその声が実態を伴ったような動作で心音との距離を詰めると、その動作を再び彼の声が引き継ぐ。


「僕はマンリーコ、孤独な吟遊詩人さ。君の名前を聞かせてもらってもいいかな、お嬢さん?」


 完全にペースを握られて内心慌てふためくが、出来る限りの平静を装って心音は返答する。


「心音・加撫と言います。すみません、勝手に立ち入ってしまって。あなたの詩に……声に惹かれて来てしまいました」

「おや、僕の詩が聞こえていたのかい? 〝外〟にはほとんど声は漏れていないはずなんだけれど……。でも、嬉しいね、誰かの心に僕の声が届くのは」


 マンリーコはスキップするような軽やかさで切株の一つに飛び乗ると、名案であるかのように明るい声音を心音に届ける。


「こんな縁はとても珍しい。よかったら、僕をここから連れ出してくれないかな? 方向音痴でさ、一人じゃここを出られないんだ」

「え、あ、はい、ぼくで良ければ……ってあれ? どこから入ってきたっけ!」

「はは、迷子が二人に増えたかな?」


 慌てふためく心音とは対照的に、マンリーコは呑気なものである。


 辺りを見回す心音の背後で、茂みが揺れる。

 途端、心音が知るものよりも二回りほど大きなハクビシンが茂みの中から飛びかかってきた。


「わわっ」


 驚きに対応できず、心音は足を絡ませて転倒してしまう。ハクビシンが立てた爪が心音に襲い掛かろうとしたところで、その背後から見慣れた魔法が飛んで来た。


「光縛鎖!」


 ハクビシンが出てきたのと同じ茂みから、青みがかった銀髪がゆらりと揺れながら現れた。

 彼女――エラーニュが放ったそれはハクビシンの脚を捉え、すんでのところで心音に爪が届くのを防いだ。


「あぁ、迷えし哀れな森獣よ、木々の悲しみに触れて懺悔せよ」


 その光景を見ていたマンリーコが、突如詩を紡いだ。すると辺りに散っていた落ち葉が舞い上がり、ハクビシンに殺到し駆け抜けた。

 ハクビシンの身体には幾つもの傷ができ、それが自然を利用した攻撃魔法であったことに、遅れながら心音は気付いた。


 致命傷ではない。しかし、確実に威嚇としての役割を果たしたそれを身をもって感じたハクビシンは情けない鳴き声と共にこの場から去っていった。


「ご無事ですか、コトさん。帰り道はこっちです」

「エラーニュさん! 助かりました! ぼく帰れなくなったかと思いました〜っ」


 心配して付いて来てくれたのだろう、頼れる助け舟の登場に心音は安堵の表情を浮かべる。


「そちらのあなたも、援護ありがとうございます」


 エラーニュは心音の背後でゆったりと構える青年に謝辞を伝える。あの魔法がなくても心音なら体制を整えて対応できていただろうが、それでも状況に応じた迅速なサポートには素直に感謝すべきと思ったのだ。


「いいや、〝ここ〟で起きた事は僕の責任でもあるからね。しかし、今日はお客さんが多いなぁ」


 マンリーコは舞わせていた葉を散らせ、ひらりひらりと落ちていくそれらを見送ると、さも自然に提案する。


「さぁ、山を降りようか。僕が殿(しんがり)を務めるよ、蒼銀のお嬢さん、コトさんを案内してあげてくれ」


 なんともスラスラと紡がれた口実に心音は少し可笑しく感じながらも、不思議な雰囲気を纏った吟遊詩人と共に、世間から切り離された山から降ることにした。

いつもお読みいただきありがとうございます!

ブクマポイントも嬉しいです♪

今話から第三楽章スタートです!

そこそこの長丁場になりますが、ゆるりとお楽しみください♪

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