2-12 国を謳う歌謡い
競演会襲撃事件の後は、少し慌ただしい日々が続いていた。
国王から城に招待され、もてなしや冒険者ギルドへの口利き、報奨金などの報酬を貰い受ける等、救国の英雄のような扱いを受けた。
現に魔人族による王族暗殺をすんでのところで食い止めたのだから、その扱いも決して大袈裟ではないのかもしれない。
特に、ハープス王国冒険者ギルド本部からの指名調査依頼で来ているわけであるから、競演会での出来事を王家の証言付きでグリント王国冒険者ギルド本部に報告できたことは、心音たちにとって最も大きな報酬と言えただろう。
国のあちらこちらでは、白銀の騎士の話題が飛び交っている。王家の者が正体なのではないかと噂されていた中、主要な王族がロイヤルボックスに集まっている中での登場で、また正体探りは振り出しに戻ったようである。
しかし、その正体というのを、心音たちのパーティ内では特定するに至っていた。
時は遡り競演会襲撃事件の日。夕食を食べたあと、五人は一つの部屋に集まり密談をしていた。主に、シェルツを他の四人が糾弾するという形で。
「シェルツさん、あれは一体どういうことですか?」
「そうです! ぼく、近くで見ていたんだからすぐ分かりましたよ!」
エラーニュと心音に詰め寄られ、シェルツはたじたじとしながら答える。
「えーと、一応聞くけどなんの事かな?」
ヴェレスとアーニエがジト目をシェルツに向ける。
「シェルツ、往生際が悪いぜ。あの剣の捌き方は、見るやつが見たらすぐに特定できらぁ」
「姿形と特徴的な魔法は真似できても、細かな仕草や体術までは慣れた動きになっちゃうのよね」
シェルツは観念したのか、正直に吐露する。
「魔人族が現れてから、ローエン王子がすぐに賓客席から抜け出すのが見えてさ。きっと戦いに行くためだと思って止めようと追いかけたんだ。何せ、魔人族の狙いは王族みたいだったからね。
そしたら、白銀の騎士に変身するところをちょうど目撃して……どうやらあれは光魔法を纏っている状態だったみたいでさ。防壁の役割もはたせる優秀な魔法さ。
なんとか話をつけて、この際に噂も吹き飛ばしてしまおうと、俺に白銀の鎧を付して戦う案を採用してもらったんだ」
緊急事態になんて狡猾なことを、と少し呆れるが、実際あの姿で戦場に現れることは、国民の正体探りの疑いを晴らすだけでなく、魔人族への抑止力にもなっただろう。
「あの魔法、〝断罪の光〟はどうやったのでしょうか? シェルツさんはそこまで光魔法に精通していないと記憶していますが」
「はは、エラーニュに言われると反論できないなぁ。あれは、俺と魔力線を繋いだローエン王子が、剣を通して魔法の遠隔発現をさせたものなんだ。もしかしてコトは気づいてたんじゃないかな?」
「あ、はい。近くで見ていて、魔力の流れを感じたので、違和感くらいには」
まさに一芝居打っていたということである。ローエンやテレーゼにとっては、結果的にそれが一番ありがたかったのかもしれない。
「さて、この国でのあれこれが落ち着いたら、次の国に移動しようか。これだけ大きな事に関わったのだから、長居は無用だね」
シェルツの言に、みな同意する。
競演会再開は三日後らしい。それを見届けてから、この国を経つことに意見がまとまった。
♪ ♪ ♪
仕切り直された競演会。
全出演者の演奏が終わり、半時間ほどの審査を待った後、出演者が舞台に並び結果発表が行われる。
奨励賞三名、優等賞三名が発表された後、最後に今年の〝国を謳う歌謡い〟が発表される。
テレーゼの名前はまだ呼ばれていない。
最高潮に高まった緊張感が、会場を走り抜ける。
その静寂の糸を、発表する司会者が断ち切った。
「今競演会の〝国を謳う歌謡い〟を発表します。
――テレーゼ・ルーヘンテッツァ、舞台中央へ!」
会場中から歓声と拍手が巻き起こる。演奏を聴いていた彼らも、この結果を待ち望んでいたかのようである。
歓喜で震える身体を律し、テレーゼは表彰を受ける。
受け取った賞状と、〝国を謳う歌謡い〟の称号を持つものの証である、国の紋章を象った指輪を身につけ、テレーゼは会場中の賞賛を一手に受ける。
身分も、立場も、遺恨も全て越えて、テレーゼの歌声が認められている。
音楽に国境はない、とは言ったものであるが、音楽が持つ〝何かを越える力〟は、地球とは異なる世界に来ても変わらないのだと、心音は湧き上がる喜びを抑えきれずに歓声の一部となった。
この結果で、何かが変わる気がする。
それが好転であって欲しいと淡く願いながら、テレーゼはこの瞬間の栄光を噛み締め、日差しの中で背筋を伸ばした。
♪ ♪ ♪
翌日、心音たち五人は王都ヴァーグから出立すべく、荷物をまとめルーヘンテッツァ邸のエントランスで屋敷の主たちに別れを告げる。
テレーゼの兄は領地の方へ出ているようで、顔ぶれとしてはテレーゼとその両親、あとは使用人といったところである。
パーティの代表として、シェルツが一歩前へでて話を切り出す。
「しばらくの間滞在させて頂き、ありがとうございました。おかげでこの国での調査も順調に行うことが出来ました」
対して、ルーヘンテッツァ侯爵が返答する。
「いいや、君たちのような英雄を泊めることができたのだ、こちらとしても箔が付くというものだ。それに、娘が大変お世話になったね」
侯爵から視線を送られ、テレーゼは言葉を引き継ぐ。
「あなた方には、言葉では言い尽くせないほど感謝しています。異国の見ず知らずの私にここまでしてくださり、本当にありがとうございました」
テレーゼは顔向きを心音に移し、微笑みを浮かべて続ける。
「特にコトさん、あなたと奏でる音楽は至高でしたわ。また、一緒に演奏してみたいです。
……コトさんさえ良ければ、あなたのお友達を名乗っても良いですか?」
突然の提案に心音は意表を突かれるも、その意味を咀嚼し理解すると、満面の笑みで返事を告げた。
「もちろんですっ! またこの街に来た時には、絶対に会いに来ますね!」
♪ ♪ ♪
別れを済ませて屋敷の外に出れば、すっきりとした水色の空が行先を照らしてくれる。
街路樹も冬支度を始め、落ち葉が風に舞いひんやりとした空気感を感じさせる。
目指すは大陸の奥、西側に向けてである。
この国での思い出を胸に、新たな出会いへ向けてまた一歩踏み出した。
第二楽章はこれにて終了です!
さて、ここまでお読みになった皆さんの中には、この第二楽章は少し今までと毛色が違うストーリーと感じた方もいるかもしれません。
第三幕を飾るタイトル「グラントペラ」とは、グランドオペラ、つまり大歌劇を指します。
第三幕は、実在するオペラのストーリーから着想を得て書いています! オペラに馴染みのない人にも、オペラについて興味を持って欲しいなぁという願いも込めまして.......。
続く第三楽章も、そういった流れになっています。元ネタ成分一割オリジナル成分九割ではありますが.......どうかお楽しみください!




