2-7 駆け入った決闘場で
「やっと、着きました……!」
心音は感激を喉の奥から捻り出す。
丸一日以上かけた過酷な旅。
特に〝他者強化〟のために、常ではないにしろかなりの時間コルネットを吹いていた心音の負担は、誰よりも大きかったと言えるだろう。吹奏楽器を演奏するのには、かなりの体力を消耗するのだ。
「コト、今の時間は分かる?」
「ええと……わっ、正午まであと二時間しかありません!」
シェルツに訊ねられて懐中時計を確認し、かなり危ない時間帯に到達していたことに心臓を跳ねさせる。
決闘の時間を確認するため、誰か周りに人はいないか見渡すと、エルドがいないことに気がつく。
一体いつの間に、と首を傾げていると、心音の目に血相を変えて駆け寄ってくるエルドの姿が映った。
「大変なことになった、既に決闘の口上が始まっている頃らしい。場所は国営の決闘場だ、走るぞ!」
このままでは苦労も水の泡、無実の証明をする前にテレーゼの命が危機に晒されることとなる。
旅で疲れた身体にムチを打ち、一行はその足で再び街を駆け出した。
決闘場に着くと、既に関係者と連絡を取るための一階通路は閉鎖されており、二階観客席にのみ立ち入りが許されている状態であった。
決闘場の外観はさながらローマのコロッセウム。中の様子も、中央のスペースを高い位置から観客が見下ろすというスタイルのようだ。
エルドが姿を見せれば、決闘を止められるかもしれない。急ぎ二階観客席へ向けて足を伸ばそうとすると、二人の身なりのいい男性がエルドを呼び止めた。
「おや、件のエルド卿ではないか。今更こんなところで何をしているのかね?」
「ちぃ、どいてくれないか、俺は姉上を止めなければならない!」
「野暮なことを、これからが面白いところなのだぞ? 何せ能力がないのにお高い立場におられるルーヘンテッツァ侯爵令嬢が、為す術もなく落ちる姿を見られるのだからな」
――他の貴族家から妬みの視線を向けられることも、慣れていたつもりでしたわ。
テレーゼの話していたことは、想像よりもずっと深刻なものだったらしい。
ルーヘンテッツァ侯爵令嬢.......テレーゼのことだ。
初めてテレーゼの家名と冠される爵位を聞いたが、権威がものを言う世界で、立ち位置を巡る争いは庶民が知らない激しさがあるのだろう。
エルドは二人の男に足止めされ、力づくで通ろうにも、心音たち庶民が手を出したとなればどんな罪に問われるか分からない。
エルドに目配せし、せめて自分たちだけでもと観客席に向かった。
中に入ると、小さなコロッセウムとも言えるそこには百人程度の人が食い入るように中央を見下ろしていた。
その視線の先には二人の女性が向かい合い、それぞれの横に控える立会人と共に決闘のルールを交わしている所のようであった。
「決闘を止めるぞ――」
「待って、誰か出てくるわ」
ヴェレスが勢いに任せ飛び込もうとしたところで、アーニエがそれを制する。
促され中央部を見ると、全身を白銀のプレートで包んだ騎士然とした人物が、今まさに決闘を始めんとする二人の女性の元に躍り出た。
「何者! 神聖な決闘の場であるぞ!」
立会人の一人がその人物を咎めるが、テレーゼは夢を見ているのかといった様子でかの人物を目で追う。
そしてその騎士はテレーゼの元に辿り着き、何やら耳打ちをすると、そのまま高らかに宣言した。
「この決闘、私が代役を引き受けよう。規則に則ったものである、問題は無いな?」
突然の乱入者に、会場は騒然とするが、決闘相手たるフランは余裕綽綽とした調子で返す。
「顔も見せられない臆病な騎士など、私の敵ではございませんわ。卑怯者のテレーゼらしくてよろしいでは無いですか」
本人がその気であるなら尚更、外野が抗議するものでもないだろう。
決闘の代役は爵位持ちのみが可能であるが、明らかに騎士階級以上のものが纏う、一般の民では手が出るはずもない鎧を身にまとっていることから、立場を疑うものはいなかった。
立会人の手引きの元、テレーゼは立会人席へ下がり、場が整えられる。
そして、立会人の一人が下がった先から、声高らかに宣言した。
「これより、戦いの天使と秩序の天使の名の元、神聖なる決闘を始める。両者距離をとり――――始めッ!」
開始の合図と共に、決闘場が火の海に包まれる。
観客席から見れば、その中で余裕の表情を浮かべるフランが確認できるが、実際にあの場にいれば、視界は炎で埋め尽くされ、不意をつかれて正常な判断も出来ないだろう。
「あの女、決闘開始前から無詠唱魔法を固めていたわね」
「うん、かなり戦い慣れてるね」
観客席のアーニエとシェルツが見解を述べる。
魔法の研究に携わる貴族家だとは聞いていたが、かなり実践的な領域まで抑えているらしい。
いよいよ、素性のわからないあの騎士が心配になってきた。
「格好つけて場に現れた割には、口ほどにもないですわ。もう終わ、り……!?」
フランは一瞬揺らいだ炎から何かを察し、身を捩る。一瞬前まで居たそこを白銀の一線が走り抜け、後を追うように炎が払われた。
フランと騎士を繋ぐ道が開かれ、騎士はたったの数歩でその距離を詰める。
「くっ、〝水刃〟!!」
イメージの定着に時間がかからない単純な魔法を、フランは瞬時に構築して飛ばす。
しかしそれも高速の二振りであしらわれ、距離を詰めた勢いのまま騎士はフランを押し倒した。
炎の海が沈んで消える。
熱さが引き始めた決闘場で、騎士はフランの首筋に剣を突き立てて小さく問いかける。
フランはそれにぎこちなく頷くと、弱く、それでも懸命に張り上げたのだろうという声音を静寂の中に落とした。
「降参、しますわ。決闘は、私の負けです」
「信じられない。あのお姉様が……?」
心音たちの後ろ、ようやっと中に入れたエルドがボソリと呟くのが聞こえた。
立会人たちにより、粛々と場が締められる。
テレーゼが無罪に落ち着いたことに安堵する者、顔を歪める者、様々いるようであるが、観客席からも人が捌けていった。
いつの間にか、騎士の姿は決闘場から消えている。
それに気づいたシェルツが跳ねるように立ち上がり騎士を探しに行ったが、どうやら見つけられなかったということを帰ってきた彼の様子で心音は察した。
「無実の言いがかりをつけて、申し訳ありませんでしたわ」
決闘場はまるで祭りの後。
オーディエンスがいなくなったそこで、フランはテレーゼに謝罪を伝える。
納得のいかない気持ちがあろうと、神聖な決闘の結果は絶対である。少なくとも外面上は、素直に頭を下げているようであった。
その二人を目掛けて、一つの人影が飛び出した。その人物を視覚に捉えた二人は驚愕に目を見開く。
「お姉様! テレーゼ嬢! 俺のせいで騒ぎになってしまい、申し訳ありません」
「エルド! あなた無事で……一体どうしていたのです?」
エルドは二人の元へ駆け寄り、片膝をつき謝罪する。
それを追って彼女らの元へ歩み寄る心音たちを見つけると、テレーゼは瞳を光らせ、頭を下げた。
「テレーゼ? この方々は……?」
「今となっては釈明の必要も無いかと思いますが……私の言っていたことは事実と受け止めていただけたと思います。ですから、その疎明のためにエルドさんを見つけて頂こうと、旅の冒険者である彼らに捜索をお願いしていたのです」
エルドが下げていた頭を上げ、説明をつなげる。
「申し訳ありません。俺、社交界でいい格好するために質の高い宝石を求めて、噂の洞窟に行ったんです。そうしたら不注意で地下深くに落ちてしまい、魔物に囲まれて疲弊していたところを彼らに助けて貰ったのです。勝手な行動をし迷惑をかけてしまい、これ以上の謝罪の言葉もありません」
「そんな、でしたら私、勝手に激昂してテレーゼに酷いことを……」
もし決闘に勝っていたら。フランが弱々しい視線をテレーゼに向けると、その決闘相手は優しく微笑み返した。
「良いのです、もう終わったことですから。それだけ、フランさんがエルドさんを大切に思っていたということです。それよりも、皆無事に顔を合わせることが出来て、良かったでは無いですか」
その笑みに当てられて、フランの目元から涙が零れた。
なんとか、丸く収めることが出来たようである。
後は当事者同士で、と心音たちが場を離れようとすると、テレーゼが五人を呼び止めた。
「お急ぎですか? そうでないのなら、また私の家へお招きしてもよろしいですか? 家を上げて、あなた方へお礼をしたいのです。せめてお食事だけでも」
たしかに、このまま去るのも味気ない上、貴族家からのお礼となると、眼を光らせる者がパーティ内にはいる。そもそも、正式な依頼ではなかったため、ギルドからの報酬も出ていないのだ。
「それでは、お言葉に甘えようかと思います」
シェルツが代表して答える。
フランとエルド弟妹と別れの挨拶を済ませると、心音たち五人はテレーゼに連れられ城のそばの屋敷へ向かった。
弟妹の様子を見て、これからテレーゼへの扱いが良くなれば、という願いをほんのりと瞳に流して、心音は決闘場から視線を外した。
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一旦着地した感がありますが、第二楽章はまだ折り返し地点。もうしばらくグリント王国のお話をお楽しみください!




