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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第一幕 精霊と奏でるコンチェルティーノ ~落とされた世界、ここで生きる道〜
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2-3 精霊と心の声

 最近、覚醒と共に意識に飛び込む風景が毎回異なる。心音は見慣れない景色に一瞬固まるが、すぐに現状を思い出した。

 目が覚めたなら朝の挨拶に行くべきか、しかし言葉も通じず無言で登場するのも何か、と悩んでいると、ドアをノックする音が聞こえた。


「わ、は、はい!」


 動揺しつつ返事を返すと、控えめなノックと同じ人物がしたとは思えないほど元気にドアが開け放たれた。


『コトちゃんおはよう!! 朝ごはん食べたら、街に出るよ!!』


 その元気な声の主であるティーネに急かされて、心音は慌てて準備を始めた。




 卵焼きとオートミールのようなものをミルクと共にとる簡単な朝食。ティーネ以外の家族はみんな出かけているらしい。リビングに出て目に入った壁掛け時計の針は、十二あるうちの七つめの記号を指していた。この世界でも時計の文字盤は十二分割なんだ、と心音がぼんやり考えていると、ティーネから声がかかる。


『コトちゃんどうしたの? 時計をじーっと見て。もしかして時計見たことない? あれは、今日の中でどれくらい時間が過ぎたかを教えてくれる機械だよ! 一日に二周するの!』


 お〜、と心音は感嘆の声を漏らす。それは勿論時計という概念に、ではなくこの世界でも一日が二十四時間で表されていることに驚いて。七つ目の記号が朝ということは、それが示す時間帯もきっと同じなのだろう。


『もぐもぐしてるコトちゃんかわいいなぁ、えへへ。ところでコトちゃんはいくつなのかな? あの時計の数字指差せる?』


 やっぱり幼く見られてた~! とショックを受けながら、心音はぶんぶんと首を振る。


『あれ、数字が分からない……んじゃなくて、もしかして文字盤の数字より上? じゃあ、十一? 十二? 十三? 十四? 十五? 十六?』


 時計の文字盤より上なのにどうして十一から数え始めるのかを疑問に感じながらも、十六が数えられた時に首を縦に振る。


『えぇぇぇ!? 十六ってもう大人じゃん! わ、わたし十三だよ!? 歳下だと思ってた……』


 心音もびっくりである。ティーネは十三とは思えないほど大人びていて、同じくらいの歳だと思っていたのだ。


『ていうか、お兄ちゃんより上だし。ちなみにお兄ちゃんは十五だよ!』


 それにも驚く心音。あんなに落ち着いていて頼りになって、確実に歳上だと思っていたのだ。

 二人揃って落ち込む。が、ティーネの切り替えは早かった。


『うん、いろんな人がいるよね。じゃあ街に出よっか!』


 心音も、まだ知らぬ世界を見ることには興味がある。未知への期待と不安を綯い交ぜにしながら、ティーネに手を引かれて街へ繰り出した。


 ♪ ♪ ♪


 街を行き交う人の流れ。しかし、昨日と比べてそれは少なく見えた。きょろきょろと心音が周りを見ていると、ティーネが声をかける。


『今日は活動日だからね~。街もあまり賑やか~! って感じじゃないね』


 なるほど、昨日は休日だったのか、と納得するが、ティーネは学校などは無いのだろうか? と思っているとティーネが続ける。


『あ、わたしはたまたま今日休みだったんだよ! サボりじゃないよ!』


 シェルツといい、この兄妹は人の心を読めるのであろうか。心音はそう思っているが、実は自分がすぐ顔に出るタイプだという考えには至っていなかった。


『コトちゃんはこの街が初めてだってお兄ちゃんが言ってたし、この街のステキなところ、いっぱい案内するね!』


 元気いっぱいなティーネに手を引かれ、二人は少し早足で散策を始めた。




 賑やかな商店街。

 多くの人が祈る教会。

 大型の総合病院。

 街を横断するナービス川。

 荘厳な王国城門。

 義務教育機関である教養学校。

 昼食時のカフェ。

 多種多様な武具が並ぶ販売所兼鍛冶屋。




 そして夕刻が近づいてきた頃、二人の姿は丘の上の自然公園にあった。


『見て見てコトちゃん! ここからの景色は最高だよ!』

「わぁ……!」


 少し標高の高いその公園からは、街が一望できた。

 赤みがかったレンガの色を基調とした、趣ある街並みと長大な川が見事にマッチしている。

 きちんとした都市計画の(もと)街が作られたのか、円状に広がる家々が芸術的にすら見える。それを見下ろす壮大な王城が、まるでオーケストラを指揮するコンダクターのように景色をまとめ上げていた。

 心音は一つのシンフォニーを聴いた後のような感動を覚えつつ、反面こんなに美しく大規模な光景が秘匿され続けられる訳がないと、この現実への実感が湧いてきて寂しさを覚えた。



 しばらく景色を眺めていると、景色が夕焼け色に染まり始めた。心音はなんとなしに、本当にふとそうしたくなって、携帯していたレザーケースに手を伸ばした。楽器を取り出す心音の様子をティーネは興味深げに見ている。


 数度、取り出したコルネットに軽く息を吹き込むと、自然な動作で演奏を始めた。


 ドヴォルジャーク作曲【交響曲第九番より第二楽章】


 心音の故郷日本では【新世界より】と呼ばれる交響曲。作曲者のドヴォルジャークが故郷ボヘミアからアメリカに活動の場を移した際、新天地アメリカから故郷ボヘミアへ向けた音楽のレターとも言われている。


 その想いを意図してか知らずか、心音は自然にその曲を吹き始めていた。今の自分の状況に照らし合わせて、無意識に頭に浮かんでいたのだろうか。

 日本では【家路】あるいは【遠き山に日は落ちて】のタイトルで知られるこの二楽章。ちょうど日が沈み始めた景色と見事に調和していた。


(なんて、なんて綺麗な音色なんだろう)


 ティーネは初めて聴くその音色と旋律に、心を奪われる思いを感じていた。この世界では見ない形状の楽器。その楽器で奏でられる演奏は、全くの新しい世界を創造していた。

 ゆったりした時が流れる。しかし、その音に身を委ねていたティーネの意識に、異変が訪れた。


『寂しいよ』

「……ん?」


 まるで対外念話で会話した時のような意識の流れが脳内に伝播する。しかし、それに音声は伴っておらず、意識だけが入ってきた感覚である。


『ステキな景色』

『故郷と変わらない夕日』

『でもここは、故郷じゃない』

『帰りたいよ』


 続けてくる意識の流れ。ティーネは理解する、これは心音の想いだと。

 気づけば、演奏する心音の周りを、光の粒子が漂っている。その光景に、ティーネは見覚えがあった。


精霊(ルフ)が、踊っている?」


 自然豊かな場所には日常的に見られる精霊。しかし、精霊は基本的に生物に対して無干渉であり、特定の生物に集まるなんてことは聞いたことがなかった。

 そして、演奏が終わる。それと共に、意識の伝播も途絶えた。光の粒子は、まだ興味を失っていないのか、活発な動きこそ止まれど、ゆったりと心音の周りを漂っている。


『コトちゃん。あなたの想い、少し伝わってきたよ』


 楽器を降ろし佇む心音に、神妙な面持ちでティーネは伝えた。

 心音は音楽的な想いが通じたのだと独りごちるが、様子がおかしいティーネに少し首を傾げた。


『家に、帰ろっか。もしかしたらコトちゃんにとって、少し前に進むことが出来るアイデアが出てくるかも』


 案内をしてくれていた時のような天真爛漫さは鳴りを潜め、何かを思考している様子のティーネに従い、不思議に思いながらも心音は仮初の家への帰路に着いた。



 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪



『あら、おかえりなさい。街は楽しめたかしら?』


 家に帰ると、母ティリアが夕飯の支度を終えるところであった。玄関横にシェルツの剣が立てかけてあったことから、シェルツは自室にいるのであろうか。父リッツァーの姿は見当たらない、昨日のティリアの発言から、リッツァーは帰ってこない日が多いのかもしれない。


『おや? おかえり二人とも。ちょうどいい時間だね』


 リビングで配膳の手伝いをしようとしていると、シェルツが扉を開けて入ってきた。今日の食卓を囲むのはここにいる四人のようである。


「お母さん、お兄ちゃん。ご飯食べたら、ちょっとお話したいことがあるの」


 畏まったティーネの言葉に、ティリアとシェルツは顔を見合わせるが、すぐに頷くと食卓の準備を再開した。



 食卓は、この家の平常通り笑顔で囲まれていた。しかし、食事が終わると『コトちゃんごめんね、ちょっとお部屋で待ってて!』とティーネに追いやられ、心音を抜いた三人で再びテーブルを囲んだ。


「さて、あらたまってどうしたの?」


 シェルツが疑問を投げかけ、それが問題提起の合図となる。


「あのね、コトちゃんと一緒に自然公園に行ったんだけどさ、そこでコトちゃんが例の楽器を演奏したの! すごくいい音だったなぁ~」

「おぉ、まだ俺もちゃんとした演奏を聞いていないのに」

「あらあら、それはとっても聞いてみたいわねぇ」


 ティーネの言葉にシェルツとティリアはそれぞれ返す。


「ふふ〜ん! ……って、そうじゃなくて」


 ティーネはセルフツッコミをいれて居住まいを正す。


「それでね、演奏しているコトちゃんの周りに、精霊が集まってたの。そしたら、コトちゃんの〝意思〟が念話みたいに流れてきてね」


 聞きにまわっていた二人の目が見開かれる。


「えっ、それって。コトは魔力を持っていないんじゃ無かったの?」

「もしかして、精霊術ってことかしら?」


 疑問を呈すシェルツであるが、すぐさまティリアが可能性を見い出す。


「うん、きっとそう。本人は分かってなさそうだったけど、精霊術士の元を尋ねれば何かがわかるかも」


 同意し続けたティーネの言葉を受け、シェルツは少し考え込んだ後に言った。


「父さんならツテがあるかも。明日、精霊術士に連絡を取れないか探ってみるよ」


 明日の方針がまとまったところで、一家は再び日常へと戻った。

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