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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第三幕 精霊と奏でるグラントペラ 〜広がる世界、広がる可能性〜
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第二楽章 初めての国外――グリント王国

 夜に沈んだ平原に

 銀光貫く剣の騎士

 光の鎧で身を包み

 空駆る馬は白く棚引く

 民が詠うは白銀の騎士

 国を護るは白銀の騎士

        ――吟遊詩人が残した(うた)




♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪



 うみねこの鳴き声、船員たちの号令、響き渡る汽笛。


 着港を示す音に包まれ、夕焼けの中、心音たち五人は新天地、グリント王国へ降り立った。

 灯台も検問所も侵入防止の柵も、(そび)え立つもの全てが目新しいものに見える。

 ミルトと同じはずの潮風ですら、輸入品の調味料を使ったときのような新鮮さに錯覚させられた。


 ローエンを探すが、いつの間にか周囲にその姿はない。すでに検問を通過したのだろうか。

 シェルツは指名依頼書を用意し、検問の順番を待つ。

 前に並ぶ者のほとんどが商人のようで、その手に持つ手形――パスポートのようなものだろうか、それを見せることで流れるように通過していた。


 ようやく順番が回ってきて、シェルツは指名依頼書と冒険者証を見せて説明する。


「私たち五人は、冒険者ギルドハープス王国本部からの指名依頼を受けて渡航してきました」

「指名依頼? そんなの今まで扱ったことないなぁ。しかし、これはたしかに公文書……。うーん、ギルドの職員を呼ぶか?」


 何やら検査員同士で揉め始めている。やはりというか、特殊な事例であるらしい。


 ――結構待たされるかな。


 後ろに控える商人たちの目も気になりながら心音がそう諦観していると、検問の先、王国領地内から聞き覚えのある声が飛んできた。


「その方々なら問題ないよ。勇敢で優秀な冒険者たちだ」


 声に振り向き、検査員たちが慌てて(こうべ)を垂れる。

 その声の主を目で追えば……


「あれ、ローエンさん?」


 首を傾げる心音の目の先に居るのは、確かにあの剣士、ローエンである。しかし、前見た時と装いが違い、豪奢なマントを羽織っている。


「お前、なんて失礼な! ローエン殿下であられるぞ!」

「で、殿下!?」

「やはり、あの剣の紋章は……」


 驚きの声を上げる心音たちであるが、エラーニュだけは予想の範囲内とばかりに納得顔を示していた。


「黙っていてすまなかった。私はグリント王国第二王子、ローエン・ネイヒャル・フォン・グリントという。一応、お忍びの渡航だったからね、まあ全然忍べてなかったと思うけれど」


 船に乗っていた商人たちが苦笑する。知らなかったのは心音たちだけのようだ。


「君たちの為人ひととなりが分かるまでは、素性を隠したかったんだ。ところで勤勉な検査員さん、その方々は私が訪れた港町の危機を救った英雄さ。通しても問題ないよ」

「そうおっしゃるのであれば……どうぞお通りください」


 検問を終え、五人はローリン王子と向き合う。


「高貴な方だとは知らず、とんだ御無礼を」

「いいや、気にしないでくれ。むしろ今まで通りで構わないよ。私は国民との距離が近いことで有名なんだ」


 シェルツとローエンのやり取りに、周りの商人たちが微笑む。どうやらそれは本当のことらしい。


「それでは、今まで通りの話し方で失礼します。しかし、王族のあなたが何故あれほどの戦闘能力を?」

「この国の王家では、拉致や暗殺者への対策に、自分の身は自分で守る、という方針を取っているんだ。王家の人間は何かと狙われることが多いからね。その辺の賊じゃ、相手にならないよ」


 なんて逞しい王家なのだろうか。


 心音が自身の中の王族のイメージが崩れるのを感じていると、ローエンは夕日に手をかざし、シェルツに視線を戻した。


「さて、もうじき日も暮れる。いい宿があるんだ、紹介するよ。驚かないで欲しいが、私も何度か泊まったことがあってね」


 つくづく、この国の要人警護の感覚には常識を打ち砕かれる。


 ローエンに感謝を伝え、街の奥に沈みゆく太陽を見送りながら、教えて貰った宿へ向かうことにした。


♪ ♪ ♪


 紹介された宿は、特別豪華でも寂れてもいない、一般的な宿といった印象であったが、その食堂はとにかく賑わっていた。


「流石ローエン王子がおすすめするだけあって、人気だね。グリント王国の港町シアーの名物を食べるならここってことだったけど」

「お、あのテーブル空いてるな。何を食うかは座ってから決めようぜ」


 シェルツがローエンからの紹介を反芻していると、ヴェレスが五人で掛けられる席を見繕った。

 席に着き、壁にかけてあるメニューに目を通す。


「名産素盛り魚の切身、とありますね。わたしも見たことがない料理名ですが、あれがこの店の一押しみたいです」


 エラーニュが示した、一際大きく掲示されているそれをまずは注文することとし、料理の到着を待つ。

 そして届いたそれを見て、五人から驚愕の声が上がった。


「な、何だこれは」

「キレイに切り分けられているが、魚の肉片じゃねえか」

「これ、生の肉よね、食べられるの?」

「生臭さを感じます」

「お刺身! これ、お刺身です!」


 一人方向性の違う驚き方をしている心音に四人の視線が集まる。


「え、コトこの料理知ってるの?」

「あ、はい。ぼくの故郷の料理にとてもよく似ていまして!」


 一口大に整えられた、多種多様な刺身。

 きっと醤油に近しいものだろうと思われるソースに、わさびまで添えられている。

 心音が感動を覚えるのも、無理はないだろう。


「いただきますっ!」


 躊躇う四人を余所に、心音が先陣を切って料理に手を伸ばす。

 至福の表情で頬張る彼女の姿を見て、四人もそれに倣い口に運び始めた。


「ん、これ柔らかくて」

「けっこういけるな」

「きっちり冷やされてるわね」

「初めて味わう食感です」


 第一印象とはうって変わり、皆気に入ったようである。

 食器の上が片付き始めたところで、ヴェレスが気になっていたことを口にする。


「この緑のやつはなんだ? さっきからコトは少しずつ食べてるみたいだが、野菜か? オレも食ってみるか……っ!」

「あ、ヴェレスさん待って!」


 心音の制止も虚しく、時既に遅し。

 悶絶するヴェレスに、「どうした!? 毒か!?」と慌てるシェルツの様子もまたおかしく、心音はふつふつと沸いてくる笑いを堪えられなくなった。


 新天地で出会った故郷の食文化に若干のノスタルジーを感じながらも、地球との類似点をまたひとつ見つけることのできた希望を、胸にそっとしまうのであった。

いつもお読みいただきありがとうございます!

ブクマもいただけて、嬉しいです♪

今回から第二楽章スタートです!

第一楽章は第二楽章の前段階として短めに終わってしまいましたが、ここから始まる第二楽章は読み応えある長さになります、お楽しみください♪

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