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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第三幕 精霊と奏でるグラントペラ 〜広がる世界、広がる可能性〜
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1ー5 船を喰らう怪物

 翌日、心音達が搭乗予定の船が到着し、五人は荷物を抱えて乗り込む。

 貿易船を兼ねた船であり、大きな木造船である。ざっと見渡しただけでも、百人以上は乗っているようだ。それに加えて交易品が大量に積まれているわけであるから、その規模は推して知るべし、である。


「おぉ? やけに大きく揺れるな。まだ出航前なのによ」


 船上で出航を待っていると、特別天候が悪いわけでもないのに、継続的な揺れが船を襲っている。

 ヴェレスの言うように、それは異様に大きなものに感じた。


「何か、嫌な揺れだね。なんの揺れなんだろう」

「地震、とも違うようですし、考えられるとしたら、なにか大きな生き物やたくさんの海洋生物が泳いでいる、といったところでしょうか」

「ちょっと怖いこと言わないでよ、エル」


 周囲のざわめきも、それが日常でないことを示しており、荷物の運び入れが遅れていることから、予定通り出航するのも難しそうである。



 五人はこの状況に気味の悪さを感じる。

 その感覚は、精霊(ルフ)の動きに敏感な心音の中で膨らんでいった。


精霊(ルフ)が、ざわついています。近くに、大きな魔力があります!」


 心音の声に反応し身構えるのが先か、一際大きな揺れと共に、巨大な何かが海中から姿を現した。


「ひぃ、〝船喰い〟だ!!」


 乗客乗員たちが蜘蛛の子を散らすように陸地に向かって駆け出す。


 誰かが〝船喰い〟と叫んだその異形は、青黒い体表を鈍く光らせたタコのような形状をしており、さながらヨーロッパの神話に登場するクラーケンのようであった。


「何よアレ、また軍用魔物⁉」

「大王タコという種に似ている気がします。かなり力の強い種であったはずですが、それだけでなくタコは知能が高いと聞きます。魔法に注意してください」


 即座に、前衛に二人、後衛に魔法支援の三人と、いつもの戦闘隊形をとる。

 エラーニュが攻撃に備え防壁を展開した直後、船喰いの足が勢いよく叩きつけられた。


「ぐぉ、なんて衝撃だ」

「わ、エラーニュさん、防壁にひびが入っています!」


 今までエラーニュの防壁にひびが入るのを心音は見たことがなかった。

 それだけでも、一撃でもくらえばひとたまりもないことが直観的に理解できる。


「短期決戦でいくよ! 各自最大出力で!」


 前衛は身体強化を、エラーニュは防壁の張り直しと妨害魔法の用意、アーニエは高威力の攻撃魔法を詠唱、心音は他者強化と攻撃魔法を同時展開する。


 自分たちの足場でもあるため、極力船に被害が及ばないように戦いたい。

 注意を引くため、シェルツは風で足場を作り、空中を跳ねて船喰いの背後に回る。

 心音はその意図を察し、遠隔発現でシェルツの側から〝焔槍〟での攻撃を加える。


 さしもの船喰いもシェルツの動きを無視できなくなり、背後に視線を向ける。


「やっと隙を見せやがったな」


 瞬間、ヴェレスが距離を詰め、その手に持つ長大なハルバードで足の一つを両断した。


「こいつもくらっときなさい」


 アーニエが巨大な水の刃を四枚展開し、船喰いの足を切り落とした。

 エラーニュの光縛鎖も、足の一つを捕らえている。

 これで動かせる足は二本である。


「やるなら今しか……! とどめだ!」


 空中を跳び続けるのにも限界がある。

 シェルツは剣を握る手に力を籠め、船喰いに突撃を仕掛けた。

 その剣が船喰いの魔石を捉え、吸い込まれていく――


 ――直前、死角に潜んでいた足がシェルツに叩きつけられた。


「――‼ シェルツ‼」


 海に叩きつけられたシェルツを見て、ヴェレスが咄嗟に海へ飛び込む。

 海は敵の領域である。

 助けなければと動揺して心音が音を乱すも、エラーニュが落ち着いた声音でなだめる。


「大丈夫です。今二つ目の足を光縛鎖で捕らえました。残る足は一本、それをこちらで引きつければ問題ありま……」

「ちょっと、アレみてよ!」


 アーニエが指し示す方向を見ると、ヴェレスとアーニエが切り落とした足が、尋常ならざる速度で再生し始めていた。これではヴェレスたちが上がってくる前に足が元通りになってしまうだろう。


「こいつ、回復魔法を隠し持っていたのね。あたしがやるしか……」


 今から詠唱して間に合うかどうか。


 アーニエが必死に頭を回して詠唱をはじめた、その時。

 一陣の光が彼女の横を通り過ぎ、船喰いに向かっていった。


「断罪の光よ」


 若い男の声と共に駆け抜けたその光は瞬きの間に船喰いに到達すると、熱を伴って真っ二つに切り裂いた。


 弾け飛んだ真赤な魔石が心音の胸元に飛び込み、慌ててキャッチすると同時、場に静寂が訪れた。


「間に合って良かった。彼は無事かい?」


 声の主に目を向けると、銀髪に白眼、質の良さそうな鎧を身に纏い、意匠の美しい長剣を携えていた。

 その剣をゆっくりと鞘に収めながら歩み寄る様子は、先の光の主であることを示していた。


 心音ははっと気を取り直し、船の縁へ駆け寄り海を見下ろす。

 心音が二人の名前を呼びかけようとすると、気泡と一緒に二人が浮上してきた。

 咳き込むシェルツの姿を見るに、どうやら致命傷は免れたようだ。


「よかったぁ……」


 安心して座り込む心音を横目に、アーニエが銀の剣士に向き直り礼を伝える。


「助かったわ。正直、勝てるかどうかの瀬戸際だった」


 剣士はアーニエの前で立ち止まり、後頭部を掻きながら返す。


「いいや、むしろ加勢が遅くなってすまなかった。さっきの技は詠唱に時間がかかるんだ」


 アーニエはちらりとエラーニュを見る。

 さっきの光は質量と熱量を持っていた。

 エラーニュの防壁もそうであるが、()()()()()()()()()()()()()というのは固定化させるのが難しく、必然的に詠唱が長くなるのだ。


「……むしろ最高の拍子(タイミング)だったわ。なかなか隙を見せない敵がようやく見せた隙だもの。あたしでもできるならあの瞬間を狙ったわ」


 叩き落としたシェルツを追撃するために見せた隙。それに気づきながらも魔法を撃てなかったことに、もどかしさがあったのだろう。


「そう言って貰えると助かるよ。なんにせよ、大きな被害がなくて良かった」


 幸いにも、船には戦闘の痕跡はほとんどない。

 その具合を確認するように見渡していたエラーニュが、アーニエの元に近づきながら口を開く。


「しかし、なぜこの町に、この時期に軍用魔物が現れたかです。やはり黒ローブの置き土産でしょうか」

「……もしかして、ヴェアンを襲撃して、船で逃げようと集まってきた国民を一網打尽に、なんて考えてたりしたのでしょうか? ぼくの考えすぎ、ですかね?」

「まさかそんな、と言いたいところだけど、あんにゃろうならやりかねないわね。未然に防げてほんと良かったわ」


「この国で、何かあったのかい?」

「ええ、それなら後で説明するわ。それより今は……」


 元凶が討伐されたことで、船の揺れも落ち着きを取り戻している。これであれば出航も可能であろう。跡残る問題と言えば……


「このタコさん、どうしましょう?」


 船の前方に浮かぶ船喰いの亡骸が進路を塞いでいる。そうでなくても、このまま町のそばに放置しておく訳にもいかないだろう。


「さぁ、食べるんじゃない?」

「た、食べられるんですか!?」


 意識外の発想に驚く心音に微笑ましそうな表情を向け、アーニエは理路整然と説明する。


「軍用魔物だって、元は野生生物よ? 魔石の影響で強い魔力に汚染されてるとは言え、それが抜ければ食べられるわ。例えば干物とか、燻製とか……」


 「ほぇ〜」と間の抜けた声を上げる心音を余所に、遠巻きに見ていた町人達が戻ってくる。

 彼らの拍手に迎えられながら、一先ず町の人に後処理を任せるべく、戦士達は船から降りることにした。



♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪



 出航した船は青空と青海の隙間をなぞって滑る。


 あの後、無事港を出たこの船は、(おおよ)そ八時間後、夕刻頃には目的地へ着く予定だ。

 動力の一部として、乗組員八人がかりの魔法が用いられてるためそこそこの速度が出ているようで、心音の長い桜色の髪が風でバサバサと乱れている。


 溜息交じりに髪を束ねながら、心音は少し離れた位置で談笑するシェルツと銀髪の剣士を見る。


 彼の名は、ローエンというらしい。

 これから向かうグリント王国から来ていたそうで、ちょうど帰るところだったようだ。


 あの実力である、冒険者や騎士の類なのかと尋ねると、「まぁそんなところさ、幼い頃から魔法剣術を仕込まれてね」と濁された。

 ローエンは他に二人の剣士と行動しているようであるが、その二人も身のこなしから実力者であることが伺えた。


 シェルツと話すローエンの姿を瞳に映しながら、心音はエラーニュに先の出来事を尋ねる。


「ローエンさんの光魔法、実体を持っていました。普段からエラーニュさんの防壁や光縛鎖を見ていて今更な疑問なのですが、光魔法って、なんなのでしょう? 光魔法は難しいって聞きますが、光の固形化なんて理論を、みなさん理解してるんですか?」


「あまりに馴染んでいて今まで疑問に思いませんでしたが……。光魔法、という名前ですが、実際は〝魔力光魔法〟と言った方がいいのかもしれません。

 ほとんどの光魔法は、魔力を操作して物質に干渉する力を持たせるものなんです。

 触れる、弾く、支える、止める。そういった干渉する力の性質を強く魔力に持たせて発現させる魔法で、強い力を込めるから必然的に魔力光を帯びるというわけですね」


「なるほど、そういうわけなんですね!」


 納得顔で心音が頷いていると、シェルツが話を終え戻ってくる。

 蒼い瞳を明るく輝かせ、軽やかな調子で心音たち四人に報告し始めた。


「ローエンさん、すごくグリント王国のことについて詳しいんだ。おすすめの名所や料理とか、たくさん教えてもらえたよ。……もちろん、魔人族の噂についてもね」


 本命の情報、心音たちが国外遠征に出た公的な目的である。

 四人が注目する視線がシェルツに向くが、当の彼は苦笑しながら続けた。


「とはいえ、これぞという決定的な情報はなかったんだけどね。噂レベルのものはいくつかあっても、実際に確認されたものはないらしくて。

 ただ、海沿いの国であるグリント王国からしばらく西に行ったアディア王国では、グリント王国にまで届くくらいの黒い噂があるらしいんだ。とりあえずは、そこを目指してみようかと思う」

「なんだ、十分有益な情報じゃねぇか。当分の目標は決まったな」


 ヴェレスが前向きに言い放ち、拳を合わせて笑う。

 道の先が見えない旅である。たしかに、その目標が決まっただけでも、大きな前進と言えよう。


 一面の青い世界を、船は滑っていく。

 自身がどこにいるのかも分からない、目印のないそこ。

 それでも目的地が定まっているから、道のないそこは確かな道となりうるのだ。


 道のない世界で、自分だけの道を見つけ出す旅。


 心音はそれに自身の運命を重ねながら、真っ白な水平線に目を細めた。


いつもお読みいただきありがとうございます!

ここまでで第一楽章は終了となります。

ここでの出会いを引き継いで、第二楽章へ進みます!

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