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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第三幕 精霊と奏でるグラントペラ 〜広がる世界、広がる可能性〜
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1ー4 港町の夕日

 港町ミルトは王都ヴェアンの東に位置する。


 港町という名の通り交易の拠点であるミルトまでの道は整備されており、ヴェアン及びミルト両冒険者ギルド支部からの魔物討伐常時依頼も出ているため、道中の危険度はかなり低いと言える。


 商会の便が盛んに行き来しているため盗賊の発生も珍しくないが、冒険者の往来も多く、首都警察の使い魔である巡回鳩のパトロールも行われているため、大きな被害はほとんどない。


 片道二時間の道を何事もなく通過し、潮風と共に白を基調とした町が近づいてきた。


「海の匂いですっ!」


 日本にいた時以来、久しぶりに感じた匂いに高まる気分を感じながら、心音は窓から身を乗り出す。


「……海、見えないです」

「ここは平地だからね。町の向こうに海が広がっているんだけど」


 心音のテンションの振り幅をおかしく思いながらもシェルツはフォローを入れるが、何かを思い出し二の句を継ぐ。


「そうだ、町と海を見渡せる高台があるんだ。一日滞在する予定だから、後で見に行こうか」

「見てみたいです! きっと、綺麗なんだろうなぁ」


 楽しみなことができ、心音はほわほわした表情で身体を揺らす。


 程なくして、ミルトの検問を迎える。

 冒険者の出入りが多いため、冒険者証を見せることですんなりと通過できた。


 検問を抜けると、賑わう人々が心音たちを出迎える。

 心音は今までの経験から、てっきりすぐに市場があるのかと思っていたが、数店、土産屋などの露店があるくらいで、ほとんどが民家のようであった。


「ぷ、あんたホントにわかりやすい顔してるわよね。ここは交易品の市が盛んだから、港の近くにでっかい市場があるのよ」

「え、アーニエさん、ぼくそんなに分かりやすいですか?」

「アーニエお前、今まで誰も言わなかったことを……」

「ヴェレスさん!? 皆さんそう思ってたんですか!?」


 賑やかさを町の喧騒に紛れさせ、五人は馬車を預けに厩舎(きゅうしゃ)へ向かう。

 荷物は最低限、とはいえかなりの量であるから、必然的に次に向かうのは宿屋である。


 宿の受付を済ませ、部屋に荷物を置くと、シェルツが簡単に指示を出す。


「俺はこれから明日の船の手続きをしてくるよ。エラーニュとアーニエは必要物資の確認と市場の下見を、ヴェレスは部屋の番と武器や物資の整備をお願いできるかな? コトはこの町は初めてだし、俺に着いておいでよ。せっかくだから観光も兼ねて、ね」


 さっき言っていた高台にも案内してくれるのだろうか。

 異世界の海辺に期待を寄せながら、心音はシェルツの提案に小気味よく頷いた。


♪ ♪ ♪


 船の手続きは、ギルドからの指名依頼書を見せることで滞りなく終えることができた。

 船の定員に達していた場合乗れないのではないか、という懸念もあったが、どうやら冒険者ギルドミルト支部を通じて席を空けておくよう根回しがあったらしい。

 指名依頼ともなれば扱いが違うのかと、新鮮な驚きがあった。


 予想外に早く用事が終わったため、シェルツと心音はゆっくりと町中を回ることにした。


 初めに訪れたのは、港沿いに立ち並ぶ大市場だ。

 各国から流れてくる異国情緒溢れる品々に、心音は目を奪われた。

 衣類や装飾品、食材に武具など、その範囲は多岐に渡っている。

 地球で見た事があるような印象のものもあれば、初めて見るデザインの傾向があったり、飽きずにずっと眺めていられそうなものばかりであった。


 特に目を奪われたのは、白く透き通った石をあしらったペンダントである。

 石に刻まれた渦巻き状の印は崩したト音記号を連想させ、心音は気がつけばしばらくそれを眺めていた。

 様々な文化が集まったそこは、さながら博物館のような感覚で楽しむことができた。


 次に向かったのは塩の生成場である。

 海に面した町であるミルトでは、貿易業以外にも塩にまつわる産業が盛んなようだ。


 とはいえ、決して広くはない町内で作られる量はそれほど多くはなく、各地に出荷されている塩のほとんどは近隣海沿いにある村々で作られているとのことだ。


 それでもミルトで塩が作られる大きな理由は、実験場な意味合いが大きいらしい。

 様々な条件で塩を作り、より美味しい塩を効率よく作れるように、と研究しているのだ。


 白い町に広がる塩田はヨーロッパの街並みを想像させ、心音をわくわくとした気持ちにさせた。


 最後に、心音が望んでいた高台を登ることにした。

 太陽は既に朱く染まり始めている。冬が近づき、最近は日も短くなってきた。


 高台を登りきると、大人数が入れそうな集会所と小さな展望台があった。

 特別用事が無ければ、町の人はここに立ち寄らないのだろう。二人きりの貸切状態である展望台に上がり、町を見渡す。


「わぁ! 絵画みたい……」


 夕焼け色が、雪色の羊皮紙のような町を染め上げている。

 その背景となる海は朱く煌めき、波の動きと共にその輝きを遊ばせる。


 心音は胸に込み上げる感動を覚えながら、シェルツを見上げる。


「とってもステキなところに案内してくれて、ありがとうございます。今日一日、すごく楽しかったですっ!」

「楽しんでもらえて良かった。俺も初めてこの町に来た時は、海の広さと町並みに、こんな世界もあるのかと驚いたよ」


 お互いに、柔らかな笑顔を向け合う。

 視線が重なり三秒、シェルツはおもむろに肩下げカバンを漁ると、一つの小包を取り出した。


「コト、君に渡したいものがあるんだ。この町での思い出にと思ってさ」


 簡易的に包装された、心音の握りこぶし程度の袋。

 少し意表をつかれた表情で心音はそれを受け取り、包装を解く。


「あ、これ……」


 紙包みの中から出てきたのは、市場で眺めていた石のペンダントであった。

 白く透明なその石に夕焼け色が吸い込まれ、また違った美しさを放っている。


「コト、それが気に入っていたみたいだからさ、こっそり買ってきちゃった」


 照れ隠しのようにシェルツがおどけてみせる。

 その様子もどこか愛おしく、心音は破顔させて感謝を伝えた。


「シェルツさん、ありがとうございます! ずっと大切にしますねっ!」


 大袈裟だよ。そう言いながら海を見下ろす彼の横顔は、夕日に染まっていた。

いつもお読みいただきありがとうございます!

ブックマーク100件が近づいてきてそわそわしていますが、焦らずのんびり継続します。

読んでくださる皆さんがいることがわたしのエネルギーです♪

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