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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第三幕 精霊と奏でるグラントペラ 〜広がる世界、広がる可能性〜
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1ー3 秋、旅立ちに向けて

 (そび)え立つ豪奢な城。

 久しぶりにその門前まで来た心音は門番に身分証を見せると、巨大な門の傍らに備え付けられている勝手口から敷地内へ入る。


 ……少し、見え方が変わった気がする。


 初めて来た時は何もかもが新鮮で、未知で、不安で、感動の裏側で自身が消えてしまいそうな感覚すら覚えた。


 国内を旅してきたことで、この城がどれだけ大きな規模を誇っているのか、どのくらいの権力が集中しているのか、文明レベルがどれほど違うのか、身に染みて感じさせられる。


 城内を歩けば、何人か見知った顔とすれ違う。

 ちょっとした有名人である心音は人とすれ違う(たび)名前と共に呼び止められるが、心音は全員の名前を覚えているわけではないため、対応に気を使い少し気疲れした。


 王城に来たはいいものの、聖歌隊への近況報告はともかく、宣教活動の進捗報告はどうするべきか悩みながら一先ず事務室を訪れると、顔馴染みのくせっ毛の事務員が心音を見るなり「本当に来た」と零し、心音に駆け寄った。


「お久しぶりです、コトさん。昨日、王付きの大臣が直にここに訪れまして、聖歌隊のコト・カナデが訪れたら謁見の間に通すように、と指示を受けました。何か極秘の任務ですか? とにかく、伝えましたよ!」


 やや早口でまくし立てると、彼女はそそくさと仕事に戻っていった。相も変わらず、事務室の中は慌ただしさが行き来している。


 いきなり謁見の間に向かって予定は合うのだろうか、と疑問に思いつつも、心音にはその通りにしない選択肢はない。

 ペコりと一礼すると事務室を後にし、少し迷いながらも謁見の間へ向かった。



 謁見の間に辿り着き、扉の端で控える扉番に声をかけようとすると、彼らは心音の姿を見て少し驚いた素振りをした後「王様がお待ちである、粗相のないように」と心音に告げ、扉を両側から開いた。


 急な展開に心の準備が追いつかず、あたふたしながらも心音は呼吸を整え、謁見の間に足を踏み入れる。


 初めてここを訪れた時と同様に、荘厳な雰囲気を纏った国王と、傍らに控える大臣が心音を迎えた。


 心音が玉座の前へ進み膝を落とすと、国王がその重厚な声を頭の上に落とした。


「そなたの活躍は耳に届いておる。順調に信仰を集めているようであるな」

「き、恐縮です」


 まともに宣教活動をしたのはチャクトを訪れた時くらいで、あとは宣教活動のことは頭の隅に追いやられていたのであるが、何がどうしたのか、国王の耳には精力的に宣教活動をしていたということで届いていたらしい。


「旅をするための(たくま)しさも身につけていると聞いた。少しその力を見せてくれたもう」


 大臣が何か金属の棒を国王に差し出す。


 あれは……音叉?


 国王がそれを叩くと、A()の音が室内に響き渡った。

 その音が妙に頭の中で反響し続けるのを心音が感じていると、突如心音の中から桜色の光が、濁流のように溢れ出てきた。


「わ、わ、精霊(ルフ)さんっ、どうしたの!?」


 心音の制御を離れ、精霊が部屋の中を駆け回る。

 その光量は膨大で、辺り一面の桜色で視界が埋め尽くされる。


 音叉の音が収まる。

 それと共に活発に動き回る精霊のエネルギーが収まり、心音は自身の元へ帰ってくるのを感じた。


「うむ、思った通り、いやそれ以上の……」


 国王は薄金色の髭を撫でながら、満足気な笑みを浮かべる。

 心音がその笑みの意味を図りかねていると、国王は直ぐに元の表情に戻り、平常時の声音で続ける。


「いや、深い意味はない。それだけの力を制御できているのなら、国外での宣教活動も問題なく遂行できるであろう」


 国王はどこまで知っているのだろうか。

 国王であるからありとあらゆる情報が集まっているのだろうとは思うが、心音は心の中まで見透かされているような怖さを感じた。


「これからも信仰のため、尽力してくれたまえ。それと……」


 国王が言葉を区切り、不思議に思い心音が顔を上げると、国王は不思議と魅入られるような瞳で心音を直視していた。


「魔人族には気を付けよ。奴らはヒト族の営みを脅かす存在である。甘い言葉で拐かしてくることもあるが、騙されてはいけぬ、それで何人もの同胞が帰らぬものとなっているのだ。

 魔人族は敵だ。魔人族は敵である。よいな?」


 魔人族に対して強く警戒を呼びかける警告。

 魔人族にまつわる逸話は心音も多く耳にしてきた。国王がここまで言うのだから、気をつけていかなければと、心音はそれを受け入れた。


「数々の御言葉、ありがとうございます。この先も宣教活動に尽力して参ります」

「よろしい。下がって良いぞ」


 言葉に従い、心音は謁見の間を出る。

 不思議な感覚に陥る部屋だったと、部屋から出て初めて心音は感じた。


 さて、要件をひとつ終え、聖歌隊にも顔を出さなければと、心音は気持ちを切り替えて大聖堂へと向かった。


♪ ♪ ♪


 思っていたよりも時間がかかってしまったが、ようやく大聖堂前の扉に辿り着いた。

 中からは静謐なコラールが聞こえてくる。

 それが途切れた時を見計らい、心音は大きな扉に手をかけた。


 扉の向こうに広がる大伽藍。


 ステンドグラスから降り注ぐ光が、神々しい空間を演出する。

 その光を一身に浴びるのは、何種類もの楽器たち。

 それを構える彼らは、扉を開けた桜色の少女に気がつくと、歓声と共に出迎えた。


「コトさん! 王都に戻ったのですか!? このローリン、お待ちしていました!」

「楽長だけじゃないぜ、皆またコトと演奏できるのを待ってたんだ!」


 歓声の中から、ローリンとテンディが駆け寄り、心音に声をかける。

 彼らの様子に嬉し恥ずかしさを覚えるが、同時に申し訳なさを感じながら心音は口を開く。


「皆さん、お久しぶりですっ。そしてすみません、今日は顔を出しに来ただけなんです」

「おや、宣教の旅はまだ継続ということでしょうか?」

「はい。ぼく、今度はこれから国外を巡ることになったんです。しばらくはヴェアンに戻ってこれないと思います……」


 その言葉に聖歌隊員たちは落胆の様子をみせる。

 しかし、いち早く立ち直ったテンディが瞳を明るくして声を上げた。


「でもさ、それってすごいことなんじゃないか? いよいよ世界中にコトの演奏と信仰が届くってことだろ?」


 ローリンが顔を上げ、一呼吸置いて頷いてみせた。


「たしかに、その通りです。私もコトさんを送り出す時に、正にそうして欲しいと告げたではなかったですか」


 隊員たちに笑顔が戻る。

 皆、同じ想いで送り出していたはずであることを思い出したのだ。


 そんな中、隊員の一人からおどけたような声が上がる。


「私、コトさんと一緒に合奏がしたいです!」


 それとこれとは別、とばかりに飛び出した言葉に、心音は満面の笑みで答える。


「ぼくも皆さんと吹きたいですっ! 久しぶりに、アヴェ・ヴェルム・コルプスがやりたいです!」


 この日、いつも以上に芳醇なハーモニーが大聖堂を震わせた。

 しばらく経験していなかった合奏体の中での響きに包まれ、音楽が持つ力を心音はあらためて心から感じた。



♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪



 秋の空気が鼻腔をくすぐる。

 街路樹も彩り豊かな衣装をまとい、さながらファッションショーだ。

 うろこ雲が映える青空の下、五人の冒険者が王都の東門に立つ。


「出立するには最高の天気ね」


 アーニエが上機嫌に伸びをする。


「それぞれの季節に良さがありますが、ぼく、秋が一番好きですっ」


 晴天の中で心地よい気温を感じられるのは、春か秋になるだろう。

 特に近年の夏はより暑く、冬は寒くなっているとは、エラーニュの談である。


「みんな、忘れ物はないかな? 消耗品なら買い足せるけど、代えの利かないものは注意だよ」


 馬を引くシェルツが呼びかけ、皆、手持ちの装備を確認する。


「最悪、武器と金がありゃぁなんとかなんだろ、がはは!」


 持ち前の豪快さでヴェレスが笑う。どちらかと言えば忘れ物に神経質な心音としては、それくらい大雑把に構えられるのはうらやましかった。


「あんたねぇ、ミルトでも大抵のものは揃うって言っても、お金が無限にあるわけじゃないのよ? まぁ、いくつかの大物狩りとか、こないだの依頼でお財布はそこそこ温かいけど……」


 チャクトの巨木、ベジェビの猿の魔石は高く引き取ってもらえた上、先日の起源派制圧作戦では多くの報奨金が支払われた。ヴェレスのように気持ちが大きくなるのも、分からなくはない。


「無駄遣いは控えてくださいね。これからの旅、どれだけ長くなるか分からないんですから」


 盛り上がってるところを、エラーニュが窘める。すぐに帰ってはこれない地域まで行く以上、ある程度の余裕は常に持ち合わせておきたい。

 そうこうしている間に、シェルツが門番と話をつけ終えたようだ。

 それぞれに身分証を用意するようジェスチャーをしながら、シェルツは明るく言う。


「さぁ、いくよ。目的地は港町ミルトだ」


いつもお読みいただきありがとうございます!

ブックマークも、凄く嬉しいです♪

旅立ちへの導入はここまでです。

いよいよ新天地に向けて本格的に動き出します.......!

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