1ー2 四段位昇段試験
試験当日、受験会場へ赴くと、既に何人かの冒険者が先着していた。
身体を動かしたり、手元のノートを確認したり。
今回の受験者数は、三十人程度らしい。絶対評価であるから互いにライバルという訳では無いが、果たして何人が合格できるのであろうか。
割り当てられた席に着き待つこと数分、受験者が揃い、試験官が簡単に注意事項を伝達した後、用紙が配られ筆記試験が始まった。
今回は以前受けた試験とは違い、選択式ではなく自分の言葉で記載しなくてはいけない。
日常会話が問題なくできるようにはなってきたとは言え、文字として書くことには幾許かの不安を心音は感じていたが、エラーニュからは採点上問題ないと太鼓判を押してもらっている。
試験問題自体は、どれも勉強してきた範囲内である。ケアレスミスをしないよう、心音は思考を落ち着かせて丁寧に筆を進めた。
筆記試験は半刻と少しほどで終了し、そのまま実技試験に移行する。
実技試験は、王都の外に広がる平野で行うとのことである。皆で移動し到達したそこには、大きめの檻が八つ並んでいた。
暗幕がかけられ中の様子は伺えないが、明らかに大型の魔物が入っていることが予想される。
「これから諸君らには、こちらで決めた三、四人の班ごとに魔物と戦ってもらう。四段位級の魔物であるが、その中でも危険度の高いものであるから、心して臨むこと」
試験官の指示に従い、班ごとに分かれる。
心音と班を組むのは、弓使いの青年と、長剣と盾を携えた壮年の男性であった。
「心音・加撫です、精霊じゅ……魔法が得意です。よろしくお願いしますっ!」
「俺はゲン、見ての通り弓術士だ。精密射撃には自信があるぜ」
「私はヒルという。剣も扱うが、盾で敵を引き付けるのが主だ」
前衛中衛後衛と、バランスのとれた組み合わせである。試験官もその辺は考慮してくれたのであろうか?
「顔合わせは以上、諸君らに戦ってもらうのは、こちらの魔物である。一分間の打ち合わせの後、一班から順に試験を開始する」
試験官が檻から暗幕を取り払うと、大型の熊が姿を現した。黒い体毛に鋭い爪、額に妖しく光る赤い角を覗かせている。
「げ、黒瘡熊じゃないか。ありゃ現役の四段位パーティでも苦戦するって聞くぜ」
「しかし、それは視界の悪い森林部での話だ。見晴らしのいいここで戦うなら、連携次第でどうにでもなろう」
ゲンとヒルがそれぞれ印象を述べた。
確かに、かなりの驚異を持っている魔物に見えるが、何度も死線を潜ってきた心音にとっては、まだ気持ちに余裕が持てそうな相手に見えた。
それでも危険な魔物であることに変わりはない。心音はちらりと浮かんだ疑問を口にする。
「それほど危険な魔物を試験のため受験者と戦わせるのって、もしものこととかないんですか?」
ヒルは、その辺の事情であれば、と前置きして答えてくれた。
「進行役の役員の他に、試験内容を見る審査員が控えているだろう? 彼らの多くは、この試験の場合は五段位から六段位の冒険者が務めているはずだ。何か異常があれば即座に解決してくれるだろう」
なるほど、段位がひとつ違うだけで大きな差があるこの界隈で、それだけの実力者が控えているとなれば安全の担保となりうるだろう。
「それでは、一班は規定位置へ。――開始!」
試験官の宣言とともに檻が開け放たれ、実技試験が始まる。
心音たちは四班である。自分たちの前に行われる試験からできるだけ情報を掴もうと、集中して戦いに意識を向け始めた。
パワー型の魔物であることもあり、やるかやられるかの短期決戦が続いていた。
あっという間に心音たちの班の順番となり、三人は規定位置について武器を構える。
準備が整ったのを確認し、試験官が今までと同様に開始を宣言する。
のそりと黒瘡熊が這い出し、警戒しつつ三人との距離を詰めてくる。
今までの戦いを見たところ、瞬発力自体は然程無いようだ。しかし、一度走り出せば脚力をかなり強化しなければ逃げきれない速度がでる。
攻撃手段は主に強靭な腕力と鋭い爪から繰り出される斬撃。これを受け切ることは、相当守りに自信がなければ不可能であろう。
ヒルが先陣を切ると共に心音とゲンは距離をとり、攻撃の準備を始める。
黒瘡熊は近づいてきたヒルに対し咆哮を上げ威嚇し、それでも怯まない彼に腕を振り下ろした。
ヒルは盾を巧みに扱いそれを受け流すと、流れるような動作で黒瘡熊の脚部に切り傷を与える。
怒り狂った黒瘡熊はがむしゃらに攻撃を続けるが、ヒルはその全てを危なげなくいなしていく。
黒瘡熊の動きが単調化してきた。
ヒルが視線を一瞬ゲンに向けると、ゲンは引き絞っていた弓から矢を放つ。
空気を裂きながら駆けた矢は黒瘡熊の右目に命中し、大きく仰け反らせた。
「焔槍・連」
同時にヒルが後ろに飛び退き距離をとると、心音が待機状態にしていた擬似魔法のトリガーを呟き、遠隔で魔法を発現させる。
大きな焔の槍が八本黒瘡熊の周りに展開され、一気に八方から貫き燃やす。
観戦者にも強烈な熱気が伝わるほどの熱量で一気に燃やし尽くすと、焔が消えた後には炭化した黒瘡熊だったものが残っていた。
「ひゅー、ここまでとは思わなかったぜ」
「恐ろしい威力だ、私まで燃やされるかと思ったよ」
ゲンとヒルの二人と合流し、試験区画から出る。
三人とも己の得意分野を惜しみなく発揮した。試験の出来は上々であるだろう。
ただ、五班の横を通り過ぎた際「ハードル上げやがって」とジト目を向けられた時には、やり過ぎちゃったかな、と心音は少し苦笑いを浮かべた。
後は試験結果を待つのみである。
残りの試験を見届け、全員でギルド支部へと帰還した。
♪ ♪ ♪
「認定者は以上である。未認定者はさらなる研鑽を積み、次の機会に備えよ」
ギルドヴェアン支部内の講義室で、四段位認定試験の結果発表が行われた。
合格者は半数ほど。心音はその半数の合格者に入ることができたことに、胸を撫で下ろしていた。
解散となり受験者達が散っていく中、席を立とうとする心音の元に二人の冒険者がやって来た。
「やったじゃねえか、俺たち四班は全員合格だぜ」
「うむ。ゲン殿の弓の腕、コト殿の高威力魔法、どちらが欠けてもこう上手くはいかなかっただろう」
共に試験を戦ったゲンとヒルが、緊張から解かれた表情で喜びを分かち合う。
心音の魔法もあれだけの出力を出すとなれば隙ができてしまうため、それを埋められる今回の組み合わせは幸運であった。
「お二人共、ありがとうございましたっ! せっかく出会えたこの巡り合わせを大切にしたいです。またどこかでご一緒できるといいですね!」
その思いには二人も共感出来たのであろう、相槌を打つと、互いの展望等軽く雑談を交わし、それぞれの居場所へと別れた。
講義室を出てロビーへ出ると、シェルツたちがテーブルを囲んで談笑していた。
ちょうど講義室側を向いた席に座っていたヴェレスと目が合うと、彼は立ち上がって手を振った。
「コト! 結果はどうだったー!?」
その大声で周りから視線が集まったことに恥ずかしさを覚え、心音は小走りで彼らの着くテーブルへ向かう。
アーニエがヴェレスの頭を杖で小突くのを見ながら、心音は試験の結果を伝えた。
「えと、今日からぼくも四段位冒険者、みたいですっ」
えへへ、と自身の髪の端をつまみ嬉しそうに揺らす心音の言葉を聞き、四人から歓声が上がる。
「すごいよ、コト! 冒険者になってから三ヶ月くらいしか経ってないのに、もう四段位だなんて。記録に残るんじゃない?」
「そうですね。最初から三段位に認定される事例自体がほとんどありませんが、そこから四段位までこの早さとなると、史上最速かもしれません」
シェルツもエラーニュも、やはりこの快挙は聞いたことがなかった。
心音本人はそれほど自覚してなさそうであるが、聞く人が聞けばそれだけで注目されることを達成していたのだ。
「さぁ、晴れてコトの昇段も認められたことだし、指名依頼のことを話そうか」
「指名依頼……もしかして以前支部長が言っていたものでしょうか?」
ベジェビからヴェアンに帰ってきた際、支部長からシェルツたちの昇段試験と指名依頼の打診があったのを思い出す。確かその内容は――
「そう、国外遠征の依頼だよ。黒ローブがハープス王国で仕掛けた一連の事件は解決したけど、他のヒト族の国に対し何もしていないとは限らない。その調査というのが、今回の国外遠征の主目的だね」
シェルツから目配せを受けたエラーニュが、手元のカバンから一枚の書状を取り出す。
差し出されたそれに心音が目を落とすと、国外遠征の依頼を示す文章と、心音を含めたパーティ五人の名前が連記されていた。
胸の底から一気に湧き上がるものを感じる。
遂に世界を回る機会を手に入れたのだ。
地球へ、日本へ帰る手段を探す心音にとって、渇望していたとも言える依頼であった。
「三日後、ヴェアンの東、港町ミルトに向かおうと思う。隣の国、グリント王国への船が四日後に出るんだ」
「船ですか! ぼく、船は初めてですっ」
海沿いの国であれば、陸路より海路の方が遥かに早く安全に移動できる。まとまった人数を輸送できるのも利点だ。
前回の遠征で必要物資をまとめていたとはいえ、再度過不足の確認や整備、消耗品の補充などが必要になるだろう。
それに加え、心音にはもう一つ気にかけることがあった。
「……はっ、遠征に出る前に、お城を尋ねておきたいです! 一応名目上、宣教活動の旅ということになってるので」
王国聖歌隊特別奏者、そして宣教師としての身分は健在である。王都に立ち寄ったからには、報告に赴くのが筋であろう。
「うん、それぞれやることがあると思うから、明日は自由行動にしよう。明後日携行品を整理して、三日後に出るよ」
各人がシェルツの言葉に頷く。
国外に出るとなれば、いよいよしばらくはヴェアンに帰れないだろう。
やり残すことがないよう、それぞれ明日の計画を立てる。
期待、不安、好奇心。
未知へ向かい歩みを進めるべく、挑戦者達は想いを巡らせた。
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