第一楽章 朝日を越えて
海原に太陽は明く映え
海は煌めきを写し
風は熱脈を運ぶ
海原に太陽は明く映え
青空の波に乗り
私は故郷へ身を流す
海原に太陽は明く映え
――吟遊詩人が残した詩
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昇ったばかりの朝日が街に光を滲ませる。
荘厳な王城の背から、神々しさすら感じさせる輝きが差し込んでいる。
王都の郊外、丘の上で桜色の少女が一人背筋を伸ばす。
その手に構える銀色が、朝日のプリズムを生み出した。
少女は息を吹き込み温めながら、それ――コルネットと呼ばれる楽器の調子を確かめると、少し目を細めながら、口角を軽く絞り歌口を振動させた。
グリーグ作曲
【組曲ペールギュントより「朝」】
朝の景色をそのまま音楽に表わしたかのような、優しい音色が空から街に滲んでいく。
軽やかな装飾音符に合わせて、朝露が草葉から落ちて跳ねる。
不思議と、街のどこにいても聞こえてくる音楽。
それは決して大きな音だということでもなく、心地よく鼓膜を震わせる。
あちらこちらで窓や扉が開き始め、街が目を覚ましたことが奏でる彼女に伝わる。
「やっぱり、王都ヴェアンの朝は天使様の演奏がなきゃな」
どこかの誰かが朝日を浴びながら呟いたそれに、周りも同調を示す。
数分間の演奏を終えると、少女は桜色の髪をふわりと浮かせ、丘を降って行った。
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起源派の騒動から十日後、事後処理もある程度片付いたようで、連日王都内を往来していた首都警察の慌ただしい姿も、元通りの日常へ落ち着いた。
起源派の構成員は、ほとんどが大人しく収監されたらしい。総指揮者であるカルの指示の下過激な活動をしていたものは、皆最近になって雇い入れられたもので、大多数はカルの変わり様に困惑する研究者であったのだ。
首都警察が落ち着いたことで、連携していたギルドの方も通常営業に戻った。
シェルツたちパーティも活動を再開しようと冒険者ギルドヴェアン支部に訪れたところで、普段ロビーで見かけない人物が五人の目に映った。
「やぁ、皆さん。調子は良さそうだね」
「支部長、お疲れ様です。なぜこのような所に?」
たくさんの冒険者でごった返し、手続きや入り混ざる会話等で落ち着かない空間。その中で、冒険者ギルドヴェアン支部長であるラインは全体を眺めるように立っていた。
「あらためて、この支部が抱える冒険者の様子を目に入れておきたいと思ってね。それとコト、君にも用事があるんだ」
「え、ぼくですか?」
不意を付かれ、心音は小首を傾げて聞き返した。
「シェンケンの商会からの依頼達成に、先日の起源派制圧作戦への参加。更に、依頼自体は出ていなかったが、チャクトの巨木にベジェビの魔物襲来の件についても、ギルドに礼状が届いている」
思えば、多くの出来事を解決するために奮闘したものだと、懐かしさすら感じるそれを噛み締めていると、ラインは表情を和らげ二の句を継ぐ。
「そのどれもが、コトの活躍によるものが大きかったと聞いている。特に制圧作戦時のことは、首都警察のリザイア警部が絶賛していたよ。そこで、だ」
ラインが掲示板を指差す。そこに記載されている内容は……
「五日後に実施される四段位昇段試験を、コトにも受けて欲しい。それに値する査定点数をつけてもいいだろうと、幹部満場一致の決定さ」
予想外の言葉に目を丸くする心音の代わりに、シェルツとヴェレスが喜びに湧き上がった。
「やったじゃんコト! こんなに早く昇段試験を受けられるだなんて、過去最速なんじゃないか?」
「すげぇな! 特に最近のコトは、三段位に収まってていいもんじゃねぇと思ってたんだ」
周りの様子を感じ取り、心音にもようやくその意味が実感として湧いてくる。
「四段位、ですかっ! 合格できるように、頑張ってみます!」
前向きな回答が帰ってきたことにラインは満足気に頷くと、五人全員を眺め、小さくアドバイスをする。
「実技試験は、きっと問題ないだろう。筆記試験については、頼れる五段位の先輩達の力を借りられるね」
心音が振り返ると、エラーニュがあまり変わらない表情をやや楽しげに、目を光らせた。
「健闘を期待するよ。それでは、五日後に会おう」
ラインは目的を終えたとばかりに、支部長室へ繋がる通路へ向かった。
残された心音は仲間である先輩四人へ向かい合い、頭を下げる。
「ご指導、よろしくお願いしますっ」
「任せてください、試験の傾向は完全に抑えています」
「魔法の相手ならあたしがするわよ。近接の組手ならそこの張り切ってる男二人に頼みなさい」
エラーニュはもちろんであるが、アーニエもどこか嬉しそうな様子を隠しきれていない。
受付で試験の申し込みを済ませると、一度解散し各々準備を済ませた上で再集合することとなった。
心音がシェルツたちと出会った時、彼らは四段位であった。
ある種の憧れがあったそれに自分が挑戦できることに高揚感を感じつつ、心音はやる気を燃え上がらせた。
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「ボウレイイカと遭遇した時の注意点を述べてください」
王立図書館の一室、資料に囲まれた部屋で、心音はエラーニュによる試験の対策を受けていた。
秋も終わりが近づき、冷え込んできた。
朝と夕はここで座学を、暖かい日中は修練場で実技を、という生活を続けてもう四日目だ。
「ボウレイイカは触手で触れた相手の魔力を分解し伝播させる毒素を持っています。一体ならそれほど驚異ではありませんが、身体の小さい彼らは集団で獲物を取り囲むことで有名です。なので、一体でも見かけたら直ぐに距離を取ることが大事です!」
「概ね、正解です。あとは、切断してもしばらく行動を続けられる性質があるので、燃やし尽くしたり圧殺したり等、攻撃手段のことにも言及しましょう」
「あ〜、そうでしたっ! 前に教えてもらってたのに〜」
エラーニュが付けてくれた補足を受け、心音は悔しそうに頭を抱えた。
その様子にエラーニュは少し微笑むと、優しい声音を小さな唇から零す。
「大丈夫です、今日の抜き打ちテストの調子なら、問題は無いです。あのヴェレスさんが合格できていたんですから、コトさんならかなり余裕を持てるはずですよ」
「え、ヴェレスさん、そんなに大変だったんですか?」
エラーニュは手元の本を閉じ、遠い目をしながら語る。
「ヴェレスさん、暗記が致命的に苦手なんです。実際に経験しなきゃ分かんねぇよ、と言うので、国内各地に出向いてそれぞれの特徴を持った魔物と戦いに行ったり……。筆記試験のない五段位昇段試験の方がラクだったくらいです」
「それはなんと言うか……お疲れ様でした」
一体四段位昇段のためにどれだけの時間をかけたのか、想像するだけでも疲れそうだ。
「さて、試験は明日です。筆記試験はある程度問われることは決まっていますが、実技試験はたまに変わった課題が出されることがあります。何が来ても柔軟に対応できるように構えましょう」
実技担当のシェルツ、ヴェレス、アーニエにより、様々な想定の元動き回ったが、何が課されるか分からない試験というのも怖いものである。
感覚として馴染んできた精霊の流れを感じ取りながら、明日のために身体を休めることとした。
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さて、今話から第三幕開演です。
三幕のサブタイトルは何を示しているのか。楽しんでいただけたら幸いです!




