4-14 夕日は王国を照らし
「コトさん、助かったよ。しかし、なぜ炎が質量を?」
演奏を終えた心音が倒れた牛鬼の元に駆け寄る。そして何かを引き抜くと、リザイアにそれを見せた。
「滞魔剣に炎を纏わせて飛ばしました! 魔法がすごくよく乗ってくれますっ」
コルネットの演奏は、やろうと思えば右手だけで奏でることが出来る。
一瞬左手を外し、滞魔剣に手をかけて射出したのだ。
「大したものだよ、君は」
感心したように頷くと、リザイアは部屋の奥に退避していたカルと黒ローブに向き直る。
「さて、頼みの魔物はそこに転がっているが、大人しく捕まって貰えるかな?」
魔装警棒を肩に乗せ、厳しい視線を二人に投げかける。
カルはさっきまでの余裕は何処か、焦りが滲んだように黒ローブに詰め寄る。
「ちょっと商人さん! あの魔物は街一つ落とせる脅威度だって言ってたではありませんか!」
『その言葉に偽りは無いが……首都ヴェアンの精鋭は想定以上にやれると言ったところか』
「何を呑気に構えているんですか! 私に世界のあるべき姿を見せてくれると約束したのはどうなるんですか……わっ」
煩わしくなったのか、黒ローブはカルを片手で突き飛ばすと、心音にじっくりとピントを合わせてハッキリとした口調で告げた。
『起源人を紐解き世界を変えんと考えていたが、どうやら起源人そのものの存在が世界を変えうるらしい。どのみち王都侵攻は頓挫した。しばらくの自由を約束しよう。お前がどう世界に影響を与えるのか、見届けさせてもらう』
そうしてローブを翻して背を向けると、まるでその姿が幻であったかのように消え失せた。
「な、消えただと⁉ いや、そんな魔法があるはずもない、幻術の類か! まだ近くにいるぞ、探せ!」
リザイアが慌てて部下に指示を出し、部屋中を探させる。しかし、出入口が一つしかないこの部屋を、いくら探せどその姿は終ぞ見つけられなかった。
心音とカルが対面する。
カルは心音の命に鎌をあてがった組織のリーダーである。心音としては、なんとしてもその目的を問いただしたかった。
「カル・オロジーさん。あなたがまとめていたこの組織の、目的を教えてください」
黒ローブが消えてから意気消沈して俯いていたカルは、顔を上げ心音の言葉に応える。
「元々は、歴史を研究するために立ち上げた組織なのです。進化の系譜を辿った時に、突如として世界に現れた人類や一部の動物たち。その謎を解明するために、当時の身体の特徴を残した生物を研究したりしていました」
「それが、どうしてあんなに大きな戦力を蓄えたり、世界をあるべき姿に、なんてことになったんですか?」
カルは深く息を吐くと、長い独白を始めた。
「あの男から戦力の供給を受けて、気分が大きくなっていたのかもしれません。
起源人は魔力を持たなかったため、精霊と共に生きていたという仮説があるのです。その説は君の存在で色濃くなりましたが、それが分かるずっと前、三年くらい前でしたでしょうか、黒いローブの彼が、その説の実証を助けてくれるというのです。
以来、私は全ての財を投げ打って、人を集め各所に拠点を作り、魔人族の戦力を蓄えることに手を貸していました。
間違った世界をあるべき姿に戻す。
それを妨げる首都警察を、こちらから攻め入って落とすという計画すら、最近は正しいと思っていました。
目の前に起源人の存在を証明する人が現れたことで、目が覚めましたよ。
私たちのしたことは犯罪です。ヴェアンに連れていってください」
過ぎたる力は万能感を生み、人を惑わせる。
あの黒いローブの男は、地球の伝承で聞くところの悪魔のような役割を果たしてしまっていたのだろう。
「体のいい足がかりにされていたわけか。戦争相手とは言え、嫌な手段を取ってくる。まぁどこまで信じて良いものかは署に戻ってから判断だがな」
リザイアは感想を述べながら、カルの手を後ろ手に縛った。
室内のどこにも魔人族の姿がないことの報告を隊員達から受け、頭をガシガシと掻きむしると、リザイアは撤収の指示を出し、この館から引き上げることとなった。
♪ ♪ ♪
帰りの馬車でシェルツたちから外での戦いの様子を聞いたところ、割方早い段階で魔物群の掃討は終わっていたらしい。
しかし、館の中から断続的に出てくる魔物の対応や警戒で、中々館内に入れずにいたようだ。
中で魔物を送り出していた起源派構成員を引きずり出し、もう魔物が出てこないと確認が取れたところで、ちょうど心音たちが出てきたということだそうだ。
「まったく、またコトは勝手に飛び込んで……」
「け、結果オーライですっ」
シェルツたち四人からの呆れた視線に、心音は顔を背けながら返す。
特にシェルツからはあの朝に言い聞かされていたこともあるので、尚更目を合わせづらかった。
「まぁ、今回はリザイアのおっちゃんも助かったって言ってたしよ、コトもケガ一つねぇし良かったんじゃねぇか?」
ヴェレスからの助け舟に、心音はキラキラした瞳を向ける。
複雑そうな顔で言葉に詰まるシェルツの代わりに、アーニエが言葉を探るようにして心音の目を見た。
「あ〜、なんてゆーか、シェルツの……あたしたちの気持ちも考えて欲しいってことよ。あんなことがあった後なんだし、心配もするわよ。コトがいないことに気づいたシェルツの様子と言ったら――」
「ああー、アーニエ、ありがとうね、言いたいことを代弁してくれて」
アーニエの言葉を遮ってシェルツが大きめの声で割り込んだ。何を焦っているのか心音にはピンとこなかったが、いずれにせよその本旨は胸に落ちた。
「そう、ですよね。すみません、また心配かけちゃって」
無事作戦を完遂できて高揚していたが、考えが足りなかったと、心音はしゅんと肩を落とした。
素直に聞き入れてくれた心音にシェルツたち四人は暖かい視線を落とすと、成り行きを見守っていたエラーニュが空気を切り替えようと話題を提供する。
「ベジェビで考察した黒ローブの最終目的は、おそらく今回の、王都すら攻め入れる魔物の群れを従えた起源派の戦力ということでしょう。無事解決出来て良かったです」
各地で異変を起こし、国力が低下したところで王都の機能を麻痺させるのが目的だったのであろう。
五人で解決したいくつかの事件や今回の起源派本拠地陥落により、奇しくも王国に落ちた影を払うことができたようだ。
「あ、王都が見えてきたわよ! 今回は無事依頼達成ということで、ある程度まとまったお金が入るのよね? 久しぶりに美味しいヴェアン料理でも食べましょ!」
「おう、そうだな! 何を食うかなぁ、どうする、シェルツ?」
波乱を呼んだ黒いローブの魔人族による一連の事件も、収束を迎えた。
心音の希望で始まった旅。様々な出会いと繋がりの中で、出来事は互いに作用し合い、必然的な偶然で物語は続いていく。
これから先の出会いに胸を膨らませつつ、心音は王都の右方に落ちていく夕日を見送った。
〜♪
これは、少女が繋いだ叙唱。
そして、異界の国に降り注ぐ、暖かな助奏で紡いだ物語。
いつもお読み頂き、ありがとうございます!
今回で第二幕は閉幕となります。
単行本でいえばちょうど二巻分が終わりました。
次回から第三幕スタートです!




