2-2 報告と安らぎ
集合場所で合流したシェルツたちパーティ四人は、ギルドへの依頼達成報告に向かった。通常の依頼であれば受付で報告し、依頼確認課で詳細報告と達成物の提出を行うのであるが、シェルツたちはヴェアン支部の扉をくぐると、受付係と二言ほど交わし、支部長室へと足を運んだ。
三度、扉を叩く軽快な音が響く。
「鍵は空いている、入っておいで」
「失礼します」
支部長からの返答を受け、四人は入室する。
「面倒な依頼だっただろう、苦労をかけたね。さぁ、詳しく話を聞こう」
そういい支部長は応接用のソファに腰掛け、シェルツたちは彼に勧められて対面側のソファに座った。
「調査依頼を受けていた熊ネズミですが、懸念通り凪の森で繁殖していました。おそらく殲滅できたと思われますが、通例通り通常依頼で事後確認依頼をすべきかと思います」
シェルツの報告に、そうかと頷く支部長。
「副次依頼の達成は分かった。して、本題に入ろうか」
支部長の声音が変わる。熊ネズミの調査は、あくまでついでの任務であった。
「はい。勅命のあった工業都市マキアの調査ですが、生存者は確認できませんでした。街は完全に焼き払われ、人どころか生き物の気配は全くありませんでした」
「それと私の見解を申します。街の周りの草原地帯及び用材林の植物が全て枯れていました。燃えた痕跡が全くない状態で。毒の気配が無かったことから、おそらく植物生体内の魔力が根こそぎ吹き飛ばされたものと思われます」
シェルツの説明にアーニエが補足を入れた。
「そうか、やはり魔人族の落とした兵器は、ただ燃やすだけのものでは無いようだな。生物内から魔力を飛ばす兵器か。そんなものが量産されれば、いくつの種族が滅亡するか……」
支部長が苦々しい顔でそう零す。
(コトのことは話さない方がいいかな。推察に過ぎないけど、あの環境下で生き残っていたと知れれば研究機関行きは間違いないからね)
シェルツは心音がどこから来たのかについて、ある程度のあたりを付けていた。戦闘能力もないものが、一人で人里離れた凪の森を彷徨いているはずがない。熊ネズミのように、きっと何かから逃げてきたのだと。そして、最近起きたその何かに該当しうる出来事と言えば……
(身体から魔力を奪う兵器。きっとコトはマキアから逃げてきたんだ。詳しい事情は想像の域をでないけど、少なくとも元々魔力を持たず、生命の維持を魔力に依存していなかったから生き残ることが出来たんだろう)
あくまで推測に過ぎないが、心音がマキアから来たとして、それが明らかになることで心音がまた不当な扱いを受けることをシェルツは避けたかった。
「サンプルの採取は問題ないかね?」
「はい。生体・鉱物のサンプルも滞りなく。この後すぐに国営研究所への逓送依頼を出します」
シェルツたちの報告は、あくまで一冒険者視点での報告である。詳細な影響は専門の機関で分析される。
「よし。では、ご苦労だった。長旅でくたびれただろう。ゆっくり休暇を取ると良い」
「ありがとうございます。では、失礼します」
「「「失礼します」」」
四人は一礼し、支部長室を後にした。
「あー、肩が凝る。これ、オレいる意味あったか?」
ヴェレスが溜息を吐きながら愚痴る。
「いることに意味があるのさ。このメンバーで調査に行きました、ってね」
「わたしは、喋らなくていいから気がラクですけどね。だいたいシェルツさんとアーニエさんで対応してくれますし」
エラーニュは必要性は理解しつつ、極力労力は省きたいという感覚のようだ。
「逓送依頼は俺が出しておくから、解散にしようか。長めの休暇をとって、一週間後にまたここで集まろう」
シェルツの言葉を受け、面々は別れの挨拶を交わし各々の居場所へ帰って行った。
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シェルツが家を出た後、シェルツの母ティリアは心音の身体の具合を見ていた。心音をお風呂に入れた際に、目に見えて身体中が傷だらけだった上、民間の病院で勤務する現役の治癒士であるティリアは栄養失調状態、極度の疲労状態であることも見抜いていた。
『本当に、どれだけ過酷な環境にいたのかしら。いつ寝たきりになってもおかしくなかった状態よ』
経口栄養剤を飲ませながら、身体の治療にあたるティリア。薬と魔法を併用し、心音の身体の調子はみるみる良くなっていった。
(ティリアさんの魔法、すごく暖かい感じがする)
心音の身体中を支配していた痛みやダルさが取り除かれていくのを感じ、その暖かな感覚と共に、睡魔が襲ってきた。
(招かれてる家で寝落ちだなんて良くない気がする。ちゃんと、起きて、いな……きゃ……)
「あら、眠っちゃったわね。ふふ、身体がきちんとメンテナンスを始めた証拠ね」
抵抗虚しく意識を手放した心音をソファに寝かすと、ティリアは晩御飯の支度を始めた。
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目を覚ますと、久しく感じていなかった暖かな空気が身体を包んでいる。その安心感に微睡んでいると、聞こえてくる会話らしき音声に頭が覚醒していく。
はっとして、上半身を起こした。
『おはよう、コトちゃん。調子はどうかしら?』
「はわわ、すみません! 眠っちゃっていましたっ」
目覚めたコトに気づいたティリアに声をかけられ、言葉が通じないことも忘れて慌てたように返事をした。
心音の様子に何を言っているのか察したティリアは返答する。
『本当に、すごく疲れが溜まっていたのよ。どうかしら、身体が軽くなってない?』
そう言われ立ち上がってみると、全身を支配していた痛み、慢性的倦怠感、疲労による頭痛など、あらゆる不調が嘘のように消えている。
驚いたような困惑したような顔で身体をわたわたと動かす心音を見て、ティリアは優しく微笑んだ。
『さすがプロの治癒士なだけあるね。ありがとう、母さん』
突如意識外から聞こえた男性の声に一瞬ビクッとする心音であるが、それが自分を助けてくれた剣士――シェルツの声であることを直ぐに思い出す。
ここで落ち着きを取り戻して周りを見渡すと、ティリアとシェルツ以外にも、聡明そうな三十代後半くらいのブロンド髪の男性と、人懐っこそうな十代半ばくらいの同じくブロンド髪の女の子が部屋にいることに気がついた。
『初めまして、コトちゃん。私はシェルツの父で、リッツァーという』
『この子、動きが可愛い~! あ、私はティーネ、お兄ちゃん……シェルツお兄ちゃんの妹だよ!』
二人から自己紹介を受け、心音はお辞儀をする。どうやら、眠っている間に一家全員揃っていたようだ。
『シェルツから事情は聞いているよ。さぁ、みんなで夕食にしようか』
既に夕飯時だったらしく、リッツァーの言葉を皮切りに一同は食卓を囲んだ。
心音がこちらに来て、初めてのまともな食事。
一瞬躊躇い、ゆっくりと食事を口に運ぶ。
味付けの好みや、見る限りの食材も元居た世界とほとんど同じなようで、非常に美味であると心音は感じていた。パンと、野菜がたっぷり入ったスープ。家庭的な料理のあたたかさ、というのがそこにあった。
『コト、どうしたの?』
「え?」
シェルツからかけられた言葉の意味が理解できなかったが、一瞬遅れて自分の頬を伝う涙に気づいた。
ずっと張り詰めていた緊張感、家庭というものの安心感、郷愁の念、様々な想いが綯い交ぜになって心音の心を揺れ動かしていた。
「美味しい、美味しいです……!」
涙を拭って食事を再開するが、溢れる涙は止まらなかった。
泣きながら、しかしどこか安心した様子で食べ続ける心音を、シェルツたちは複雑な、それでいて暖かな目で見守っていた。
食事を終えると、まずは心のお休みが必要ね、というティリアの言葉により心音は客間に通された。来客用のベッド等一通りの家具が備え付けられており、まるで長期的に誰かが滞在するのを想定しているかのような部屋であった。
心音はベッドに潜り込み、この世界での出来事について追思する。
原初の記憶は何らかの異変により燃え盛る街。
生命力の一切が奪われた一帯。
線を引いたように突如現れた自然豊かな森林。
非現実的な巨大ネズミ。
物語に出てくるような戦士達。
彼らの使う超常的なチカラ。
この世界で暮らすたくさんの人々。
発展した街。
地球と変わらない家族の姿。
地球と変わらない……
そう、いくら非常識的な現実を幾多も目の当たりにしたとはいえ、地球と似通った点が多い。人間という生き物の姿、植物や果実、呼吸だって普通に出来ている、月と太陽、あのネズミだって地球で見るネズミをそのまま大きくしたようであった。
もしかして地球上の隠蔽されている地域であったり、表には出ていない国であったりするのかもしれない。淡い希望であるが、帰る望みは捨てたくない。少し元気の出てきた心音は、明るさが見えてきた心と共に微睡みに沈んでいった。