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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第二幕 精霊と奏でるアリア=デュオ  〜王国に落ちる影〜
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4-13 精霊と奏でるアリア=デュオ

 最上階に辿り着いた先、伸びる廊下の突き当たりに、他の扉とは異質なものが待ち構えていた。


「あからさまに怪しいが、まぁ大方のところあそこで間違いなさそうだな」


 他の扉も確認しながら歩みを進めるが、どの部屋も鍵がかかっていた。

 残るは、異質な扉のみである。


「さて、奇襲に備えておけよ」


 リザイアは魔装警棒の先に石の弾丸を待機させ、勢いよく扉を開きそれを中に突きつけた。


「おぉ、熱いねぇ。ようこそ私たちの秘密基地へ。と言っても歓迎はしたくないんだけどねぇ」


 伸ばしっぱなしの髪の毛に、不健康そうな頬、茶色い外套を纏った、学者を連想させる男がメガネを光らせて挨拶をする。


「おっと申し遅れました、私は考古学者をしております、カル・オロジーと申します。この組織も、まぁ研究の一環ですね。最近はそれに留まっておりませんが……」


 異様に広い部屋。部屋の四辺には多数の本棚が並び、最奥には広いデスクが置かれている。

 その部屋の中を歩き回りながら、カルは言葉を続ける。


「先の火災の影響で、見つかるのは時間の問題と思っていましたが……流石は首都警察、行動が早いですね」


 ゆったりと歩いていたその足を、カルは部屋の中央で止めた。

 武器の類は持っていない。特に構えもせず、侵入者の方向へと正対している。


「ここまで来れば諦めはついているな? 危険思想に凶器準備集合、罪状はいくらでも出てくるが、大人しくヴェアンまで着いてきてもらうぞ」


 リザイアが距離を詰めようと数歩近づいたところで、心音は部屋の中で異質な音が膨らんだのを捉えた。


「リザイアさん気をつけてください! 何か大きな生き物の気配を感じます!」

「なに? この部屋にも魔物を隠していたのか?」


 リザイアは足を止め、警戒の色を濃くする。

 それを見てカルはくつくつと笑うと、大袈裟な動作で両手を広げ声高々と告げた。


「惜しい! もう少しで射程内であったのですが。流石に私も無防備とはいきませんよ。とっておきを用意してあります」


 パチン、と頭上で指を弾くと、カルの左右に設置されていた本棚の影から、二足歩行の何かがのそりと巨体を現した。


「ちぃ、牛鬼か。こいつは軍の領分だろ」


 リザイアは苦々しげに舌打ちすると、視線を敵に向けたままじりじりと後退する。

 牛鬼と呼ばれたその額には、妖しく輝く魔石が埋め込まれていた。軍用魔物だ。


「おい、何故ヒト族のお前が軍用魔物なんて従えている」

「あぁ、これは私が操ってる訳ではありません。さっきのは演出ですよ、演出。ねぇ、商人さん」


 カルは芝居がかった動きで右手を後方に差し出すと、その先の空間が揺らぎ、黒い人影が現れた。


「黒いローブの魔人族……!」


 その風貌を見て思わず心音の口をついた言葉を聞き、リザイアもハッとした調子で問いただす。


「貴様……近年王都中で起きていた不可解な事件の数々は、貴様の仕業か?」


 黒いローブの人物はその表情を隠したまま、地鳴りのような声を響かせる。


『いかにも。幾つかが上手く刺されば良いと思い長らく準備をしてきたつもりであったが……創人族の戦力も甘くはないな』


 異国の言葉で紡がれた〝対外念話〟。

 一度言葉を区切り、心音を紅玉のような瞳で射抜く。


『最近、(われ)が仕掛けを施した地域で桜色の髪の少女が目撃されているようだが、何か知らないか?』

「知りません。ぼくに似た人もいるんですね」


 心音は素っ気なく返すが、その挑戦的な口調は肯定しているとも取れた。


『ふん、それを抜きにしても、火災の件でお前には相応の対応をしなければならん』


 黒ローブが手を横薙にすると、牛鬼が手に持つ斧を構えた。


『必要なのはお前の生きた心臓だ。五体満足で帰れると思うなよ』


 黒ローブの宣言を皮切りに、牛鬼が巨体を揺らし足音を響かせる。

 リザイアたちも応戦のため構えをとり、本に囲まれた空間で、ヒト族と魔人族の戦いの火蓋が切って落とされた。




「コトさん、あなたには後方で支援をお願いしたい」


 首都警察隊員たちが駆け出していく中、リザイアは後方を振り返って告げた。

 重量級の相手と戦う上で、ダガーが武器の心音に近接戦は向かないと判断したためであろう。

 心音は頷くと、得意な支援方法を伝える。


「ぼく、他者強化が得意なんです。支援は任せてください!」

「そいつは心強いな。任せたぞ」


 リザイアは小さく笑みを返すと、身体強化の魔力光を滾らせて戦場へと身を投じた。


 心音はコルネットを構え、p(弱奏)からルバート(テンポの揺らぎ)を伴って音の世界を作り出す。



 G.ビゼー作曲

【オペラ「カルメン」より アリア「ジプシーの歌」】



 オペラの主人公である美女、カルメンが歌い踊る独唱曲(アリア)

 迫り来るような同音反復に色っぽさを感じる連符。

 スペインの情熱的な赤を連想させる、熱気すら伝わる演奏が、前線で戦う首都警察隊員たちの力を底上げする。


「なるほど、これはかなりの強化強度だ」


 リザイアたちは上昇した身体能力と、込めた魔力量で重さが変化する魔装警棒の性質を生かし、牛鬼の斧を弾きながら応戦する。


 食らったら最後、一撃一撃が必殺となる重たい斬撃。更には、牛鬼の体躯に対して魔装警棒のリーチの短さから、防戦一方となることを余儀なくされていた。


 牛鬼の額に輝く魔石は、六段位級と評されたあの巨木のものよりも、一回り大きく見えた。

 それがそのまま危険度に繋がるとすれば、牛鬼を二体相手にする警察隊員たちの負荷はかなりのものであるだろう。


 振り下ろされる斧を弾き、

 横薙ぎにされた斧を防ぎ、

 踏み潰さんとする脚を避け、

 息をつく間もない斧の嵐に、リザイアたちは徐々に消耗していく。


 度重なる武器のぶつかり合いで、斧の刃は潰れ、斬撃と言うよりは打撃と呼べるものへ変化していた。


 戦闘の最中、ついに警察隊員一人の手から武器が弾き飛ばされたのも、避けられないことであったと言えるであろう。

 無防備になった彼を庇うために、両サイドから隊員が二人前へ出る。

 二人が掲げた魔装警棒の上から、鉄塊と化した斧が叩き降ろされる。

 身体強化に重ねて心音の他者強化で固められてるとはいえ、絶大な衝撃が二人を襲う。

 警察隊員の足元、石造りの床がひび割れ、耐え切った二人はフラフラと後退する。


 このままでは長くは持たない。

 後方で他者強化をかけ続けている心音は、これ以上何も出来ないことに憤りを感じていた。


 演奏を止めれば他者強化は途切れる。

 ひとつの詠唱でひとつの魔法しか発動できないように、心音のコルネットの演奏では他者強化を発動してる間はそのひとつの擬似魔法しか維持出来ない。


 何か攻撃魔法で支援できれば状況は変わるのに。

 そのためには、擬似魔法の同時発動が必要で……


 ふと、心音の中で可能性の糸が張力をもって張り詰めた。


 大火災を引き起こした演奏を伴わない音響魔法。

 本拠地前の戦いで、演奏をやめても維持することが出来た他者強化。


 これを応用すればもしかしたら。


 心音は演奏を続けたまま、集中力を高め並列した思考を立ち上げる。

 他者強化を乗せた演奏を維持しながら、音響魔法を展開しもう一つの旋律を乗せる。


 一つ、二つと心音の周りに火種が浮き上がり、矢のように形作ると、牛鬼の方向へその矢じりを向けた。



 独奏(アリア)でありながら、二重奏(デュオ)



 一人で二つの旋律を演奏することが可能になったことにより、効果の大きい演奏を伴った精霊術を並列して発動することが実現された。


 炎の矢は目視さえも困難な速度で牛鬼に襲いかかる。

 牛鬼はそれを払おうと手を振り回すが、捌ききれずに被弾し、動きが鈍る。


「今だ! 足を砕け!」


 リザイアが号令をかけ、牛鬼に隙ができたことで可能になった溜めを作り、首都警察隊員が一斉に攻撃を仕掛ける。


 足を砕いたことで二体の牛鬼は膝をつき、頭部が攻撃を当てられる高さまで下がってきた。


「トドメだ!」


 警察隊員の一人が振りかぶり、牛鬼の頭蓋に魔力を込めた超重量の魔装警棒を振り下ろした。


「っ! あぶない!」


 その警察隊員の背後から、もう一体の牛鬼が上半身だけを捻り、腕をなぎ払おうとする。

 気がついたリザイアが防ぎに動くが、反応が一瞬遅れてしまった。


 このままでは牛鬼の攻撃が直撃してしまうというところで、その腕に一際大きな矢が質量を伴って直撃した。


 弾かれた腕をリザイアは魔装警棒で叩き落とし、そのまま頭頂にトドメの一撃を食らわせた。


 ドスン、と牛鬼が倒れ伏す重低音が二つ、室内に響く。

 強大な魔物との死闘は、ここに終幕を迎えた。

いつもお読みいただき、ありがとうございます!

ブクマもいただけて、嬉しいです♪

さて、第二幕のタイトル回収です。

次回で第二幕は終幕となります!

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