表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第二幕 精霊と奏でるアリア=デュオ  〜王国に落ちる影〜
58/185

4-12 暗中の剣戟

 館の中は薄暗く、照明のないそこは窓から遠ざかるにつれ闇を濃くする。

 窓から侵入し見回すと左右、そして奥に向かって廊下が伸びている。

 どちらに進むべきか悩んでいると、奥に向かう廊下の先から短い悲鳴が飛んできた。

 きっと首都警察隊の人の声だと察しをつけ、心音は闇の中へ身を投じた。


 肉眼では辺りの判別が付けづらい場所。

 自分の居場所を知らせてしまうことになるがやむをえまいと、心音は明かりを照らしながら声の元へ急行する。

 視界の悪い中、警察の専門ではない魔物に襲われたのだ。応戦できたとして、苦戦を強いられるのは必至であろう。


 戦闘音が近づいてくる。

 廊下を突き当たり左右に首を回すと、右側の通路に光が見えた。その光は、人影と背の低い生き物――魔物を照らし出している。

 魔物の数は三匹。対する首都警察隊員の数は八人であるが、廊下の狭さのせいで、魔物側に相対する二人しか応戦できていないようである。


 彼らのサポートをするため、心音は光を消して忍び寄りながら、建物の中でも使いやすい水魔法を構築し始める。

 その最中、警察隊員二人が応戦している二匹の狼の背後、死角になっている位置で、飛びかかる姿勢で魔法の爪を伸ばす個体が見えた。

 あんなものが意識の外から飛びかかった来たら、無事では済まない。心音は構築していた水魔法を咄嗟に〝水槍〟に変えると、爪を出した狼の下に、腹から貫くように遠隔発現させた。


「ギャンッ」

「な!? 何が起きた!?」


 短い断末魔を上げて狼が力尽きた。

 警察隊の人まで驚かせてしまったが、味方を一撃で仕留められた狼側は更に動揺する。

 一匹が背後の心音に気がつき強襲しようとするが、既に心音は滞魔剣に水刃を付与し、伸びた刀身を振り抜くところであった。

 二匹目も力なく倒れ込むのを目の前で見せられた最後の一匹は一瞬怯むが、やはり野生の切り替えか、生きるために鋭い爪を伸ばし心音に斬りかかった。

 心音は一度後ろに飛び退いて反撃しようかと考えたが、そうするまでもなく、狼は背後から警察隊員が振り下ろした魔装警棒に打たれ、そのまま倒れ込んで動かなくなった。


「ふう、皆さん、ご無事ですか?」

「あぁ、助かったよ」


 滞魔剣を鞘に収めながら歩み寄る心音に、警察隊を代表してリザイアが礼を述べる。

 足元に倒れ伏す狼を見ると、頭蓋が大きく凹んでいる。たしか魔装警棒は、魔力を込めた量で重さが変わるのであったか。骨を砕いて殺さず無力化するための武器であることを思い出すと、なんとも恐ろしい武器だと心音は苦笑した。


「あなたは要警護対象の……コトさんだったかな? 助力は感謝するが、何故ここに?」

「皆さんが突入した直後に、さっきの魔物が後を追うのが見えたので! 魔物の相手に慣れている人が助けに来た方がいいと思いましてっ」

「そうか。しかし、いや、実際に助けられているのだからこう言うのもおかしいが、ここはあなたを狙う組織の本拠地であり、危険な場所なんだ。今すぐここを脱し、冒険者や軍の目の届くところに……」


 言葉尻が萎んだと思えばリザイアは心音の背後の闇に視線を投じ、溜息をつきながら首を振ると言葉を再開した。


「ダメだな、この建物内を護衛無しに一人では返せない。作戦に同行してもらう。私の傍を離れるなよ?」


 突入した三班の中で、他の二班が六人編成なのに対し、リザイアがいるこの班だけは八人編成である。

 それはこの班が本命だからということもあるのだが、いずれにせよ対人制圧の訓練を受けた者の集まりであるこの中にいた方が、一人で暗闇を引き返すよりは安全だろうというのが、リザイアの判断であった。


 一人加えて、九人は探索を再開する。

 各部屋の扉を開いて中を確認したが、どこにも人の気配はしなかった。

 書庫や工房、実験室めいた部屋など、研究組織という面が大きいように感じた。

 外から見たところ、この館は三階建てのようである。とすれば、侵入者に備え上の階に人を集めているのかもしれない。


 正面の窓から侵入し、今は丁度その裏側辺りまで到達しただろうか。分かりづらい位置に上階へと繋がる階段があった。


「こりゃあ、侵入者警戒を前提に建築されているな。ん、蛍光印か。階段はここしかないのか? 他の二班は既に登ったみたいだな」


 他の班がここを通過したことを示す印を確認し、リザイアの班も階段に足をかけた。



♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪



 そう広くはない階段。

 明かりのないその先は不気味なほど静かで、よからぬ存在を想起させる。

 部下を思ってか何かを予期してか、リザイアが先頭になって階段を上る。


 緊張感から長く感じた階段も終わりを迎える。その先は開けた空間で――


「ぬぅ!?」


 リザイアが小さく呻いたと同時に、金属同士がぶつかる甲高い音が響き渡る。

 突破に構えた魔装警棒に両刃の剣が止められている。


「奇襲とは感心しないな。〝衝撃風〟」


 猛烈な風が奇襲者に叩きつけられ、リザイアの元から吹き飛ばした。

 その隙に、後ろに続いていた八人も階段を上りきり、臨戦態勢をとる。


 飛ばされた奇襲者はすぐに体制を整え、わざわざ剣を鞘に収めて拍手をしながら歩み寄ってくる。


「お見事、流石はヴェアンが誇る首都警察。並の冒険者等ならさっきので首が胴体に別れを告げていたはずなんだがな」


 その姿に心音は見覚えがあった。

 心音が捕えられていた建物で、一度逃げだした時に戦った元宮廷騎士の男だ。


 相手も心音に気がついたようで、心音の全身を舐めるように見ると、忌々しげに顔を顰めた。


「やはり来たか〝贈り物〟。お前の様子は俺の使い魔が教えてくれていたが、こうして目の前で見てもにわかには信じられないな。我々の重要な拠点を燃やし尽くしたあの業火の中から生還していたとは」

「人さらいが文句言えることじゃないです!」


 対する心音は武器を構え、警戒心を全開にして応じる。

 元騎士の男は確かに強いが、こちらには対人制圧のスペシャリストが八人もいる。十分に勝算はあった。

 じりじりと元騎士の周りを包囲していく。それでも剣も構えず余裕を崩さない彼の様子に違和感を感じていると、ニタリと笑い元騎士はおかしげに声を響かせた。


「いいのかなぁ? 俺だけに構っていて」


 半弧を描くように包囲していた首都警察隊員の一人が突如前によろめき、倒れた。

 その背後には大きな槌を肩に担ぎ直す大男の姿があった。

 あの槌で殴られたのだろう、倒れた隊員の保護帽はひしゃげていた。


「ちぃ、油断した。全体、警戒しつつ壁際まで後退!」


 リザイアは槌の男に鋭い突きを繰り出し、相手が避けたところで倒れた隊員を回収し、壁際まで下がった。


 一度落ち着き、リザイアは周囲の気配を探る。大きな呼吸は目の前の男二人、そして小さな呼吸が十数人存在しているのを感じた。

 それを捉えた途端、嫌な予感が駆け巡る。


「……ここに、私たちの仲間が先に到達していたはずだ。彼らはどうした?」

「ふん、気づいているんだろう? そこら辺でおねんねしているよ。なぁに、死んじゃいない」

「キサマ……!!」


 リザイアが怒りを露わにすると共に、赤銅色の魔力光が溢れ出す。

 視覚的にも現れるほど強力な〝身体能力〟をかけ、姿が消えたと錯覚するほどの速度で元騎士に強襲をかける。

 しかし、元騎士はそれがはっきり見えていたかのように、突き出された魔装警棒をいつの間にか抜いていた剣でいなした。


 リザイアは動揺するも、いなされた方向へ流れた勢いを利用し、空を蹴って回転しながら得物を袈裟斬りに叩き下ろす。

 おおよそ反応できる速度ではないように思えたが、それも小さな動きで交わされ、右下から左上への一閃でリザイアは斬り飛ばされた。


「かっ、は」


 肺の空気が強制的に押し出され、一時的な呼吸困難に陥る。身体強化と共に武具強化で装備を強化していたのか、出血に繋がる傷はないようだ。それでも、強力な衝撃をくらったことに変わりはないだろう。


「あのリザイア警部が……つ、強すぎる」


 首都警察隊員たちも気圧されてしまい、距離を保ったまま誰も動けずにいる。

 その様子を嘲笑うように、元騎士の男は手のひらを天井に向け、横に首を振りながら言い捨てる。


「ダメだよ、ダメダメ。動きがわかり易すぎる。そんなんで対人制圧専門だなんて笑っちゃうね」


 追撃する様子は無さそうだ。

 状況を楽しんでいるのか、はたまた時間稼ぎをしているのか。

 いずれにせよ、作戦を練るなら今だと、心音はリザイアたち警察隊員に魔力線(パス)を繋ぎ、対内念話を試みる。


『(あの男の人は、元宮廷騎士だって言っていました。対人も対魔物もかなりの手練だと思われます)』

『(ちっ、そうだったか。怒りに我を忘れ考えが甘かった。慎重に連携して攻めねばな)』

『(そこで、一度しか使えませんが、ぼくに作戦があります)』


 密かに作戦会議を終え、回復したリザイアも立ちあがり臨戦態勢をとる。

 警察隊員たちは散らばり、二人の男を囲むように配置されている。


「ほぅ、集団の力を試してみるか? いいねぇ、楽しめそうだ」

「群れたところで雑魚は雑魚だ。骨を砕くまでは許されるんだったな?」


 元騎士と大男が対象的な声音で呟く。

 ここで、心音は大男の声を聞いて、心当たりがついた。


「あなたは……ぼくを閉じ込めてたおっきい人!」

「ふん、今更気づいたか。こうしてまた会うとは思わなかったが、今度は逃がさんぞ」


 心音は大きな声で全員に聞こえるように宣言する。


「ぼくがこのおっきい人を何とかします! 皆さんは元騎士の人を!」


 言葉を切るなり、心音は滞魔剣に炎を纏わせて大男に突進する。

 大男は心音の攻撃を交わしきれず、斬撃と熱線が直撃した。しかし、〝身体強化〟の要領で身体を硬質化させた魔力で覆っているのか、僅かに皮膚に傷を付けただけに過ぎなかった。


 その間、警察隊七人は元騎士を連携して攻め始めていた。ヒットアンドアウェイで確実に体力を削りに行くが、元騎士の余裕は崩れそうにない。


 一度目の攻防が落ち着き、それぞれが少し距離をとる。

 心音はリザイアにアイコンタクトをとると、固めていたイメージを解放し、擬似魔法を発現させた。


「白い世界で霧中の迷子。〝冷霧〟」


 元々薄暗かった室内が、霧に覆われていよいよ何も見えなくなる。

 元騎士と大男はそれぞれ霧を吹き飛ばそうと画策するが、心音と警察隊員たちの攻撃は止むことがなく、霧をどうにかする余裕もなく応戦することを余儀なくされた。


「何故だ、何故お前らには俺が見える!?」


 元騎士の声音に焦りが生まれる。

 視覚が頼りにならず、音を頼りに攻撃を捌く彼の背中には、発光する木の実が取り付けられていた。

 心音が精霊術で光を発現させたものである。先の応酬で付けられていたのを、元騎士と大男の二人は気付けなかったのだ。


「ちぃ、おいデカブツそっちは何とかなりそうか!?」

「問題ない。このチビの攻撃は俺には通らん」


 大男は、自身の前方(・・)から聞こえた元騎士の声に答え、心音の位置を探る。

 耳を澄ませた次の瞬間、「やぁっ!」と短い掛け声が後方(・・)から聞こえた。


「愚かな。そこだな!!」


 大男は振り向きざまに渾身の一撃を叩き下ろした。

 それは確かな手応えを感じさせた。しかし、想定したよりインパクトの位置が高いことに違和感を感じる。


「おま、な、ぜ……」


 霧が晴れる。

 大男の眼前には、頭上に折れた剣を掲げ、頭部から出血して倒れる元騎士が映し出された。


 大男は状況を理解できず、動揺して後ずさりする。

 その先、足元に違和感を感じ下を見ると、何やら薄いものを踏んずけたようであった。


「これで終わりです!」


 タイミングを見計らって心音が詠唱を終え、大男の足元に敷かれた魔法陣と触媒により、火炎の精霊術が発動した。

 いくら〝身体強化〟で身体を硬質化させようが、熱に耐えるには限界がある。

 それでも大男は火炎に耐え、消火するために動き回ったが、呼吸困難な状況が続き、ついに酸素が欠乏し倒れ伏した。


 武器を降ろしたリザイアが歩み寄り、疲労の交じった声で言葉を吐く。


「コトさんがいて助かったよ。我々だけではここを突破できなかったかもしれん」

「いえ、皆さんがあっての作戦でした! 部屋、明るくしますね」


 受けた礼に心音は嬉しそうにしながらも、精霊術で光球を生み出した。

 照らされた室内には、力なく倒れる多数の警察隊の面々と、剣を携えたおそらく起源派の者達が多数倒れている光景が広がっていた。


「……なるほど、ここで戦闘があり、疲弊していたところを先程の二人にやられたわけか」


 先行していた警察隊(ふた)班のおかげで、心音たちの負担が減っていたようだ。

 リザイア班の隊員二人が倒れている彼らに応急手当をした後、先を目指すことにした。


 二階は部屋数が少なく、広い部屋で何らかの演習などをする施設であったのだろう。


「いいか、おそらくこの先でやつらの頭が待ち構えている。気を引き締めろ」


 リザイアが場を締め直し、一行は武器を構え最後の階段を上り始めた。

いつもお読みいただき、ありがとうございます!

ブクマも頂けて、凄く嬉しいです♪♪

第二幕もあと少し、加速度的にフィナーレへ向います!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ