4-10 王都を守れ
二日後、心音の体調が回復に向かっているのを確認し、ヴェアン内にある冒険者ギルド本部の一室で詳しい事情を聞かれることになった。
心音の装備や楽器は、火災現場を調査してくれたヴェレスとエラーニュが回収してくれていたため、心音はいつもの装い、と言ったところだ。
保管されていた場所は厚い金属の扉に阻まれ、火が届いていなかったのは幸運であった。
普段足を踏み入れることの無いギルド本部。
本部には依頼の受注などの一般の冒険者の対応をする窓口はなく、各支部の運営を取り仕切る統括事務の中心であるからだ。
その一室、やや大きめの机の周りを囲むのは、大岩のような存在感を放つ男と、スラリと引き締まった白髪の男性、そしてギルド支部長とシェルツ、心音、という顔ぶれである。
本部への招聘にシェルツと心音は萎縮していたが、そんなことはお構い無しに聴取、もとい会議は始まった。
大岩のような男は首都警察の刑事部門長で、グルークというらしい。
もうひとり、白髪の男性はギルド本部次長のザインと名乗った。
ヴェアン支部長の名がラインというのを、心音は初めて知った。
各組織の所要人物が一堂に会するこの部屋には、一定の緊張感が流れていた。
心音とシェルツが一通りの事情を話し終えた後、グルークが静かに口を開いた。
「三年前辺りから昨今の起源派は活動が過激に過ぎたが、ここまでとはな。何かをしでかしそうな空気感は感じていたが……。さて、コトさん、あなたは何か狙われることに心当たりはあるかな?」
その質問が飛んでくるのは、やはりといったところだろう。この場に来る時点で、覚悟はしていた。
心音は他言を禁止されていた自身の事情を、ついに口にした。
「ぼくには、彩臓がありません。彼らの言う〝起源人〟が持つ特徴に、一致していたみたいです」
「なんだって? そんなことが有り得るのか……? どうやって生き長らえてきた、魔法は使えないのか?」
「すみません、昔の記憶が、全くないんです。魔法は使えませんが、ぼくの中に精霊が住んでいるので、いつでも精霊術が使えます」
「精霊術がいつでも? そんなことは、まるで……」
「まるで、伝説上の五精英雄のようであるな」
本部次長のザインがグルークの言葉を繋げた。
心音が首をかしげていると、シェルツが控えめな声で補足してくれる。
「五精英雄っていうのは、千年前の大戦でヒト族を率いて戦った戦士達のことだよ。彼らは、精霊と共に戦ったと言われているんだ。今までそんな話は空想上のものだと思っていたけど、コトに出会ってからはそれも少し信じられるようになったかな」
「精霊と共に……」
今では精霊術を扱う人はほとんどおらず、精霊の存在も、見かけはするがそれほど身近でもない、と言った具合である。
心音の存在は、そんな伝説の存在を体現しているかのようであった。
「さて、そのことも含め、事情は把握できた。この件に関して我々ギルド本部は、首都警察に対して全面協力の姿勢を取ろうと思っている」
「助かります、次長」
グルークはザインに礼を言うと、心音に向き直って説明する。
「これは内々の事項であるが、私たち首都警察は今回の騒動を通して、起源派の本拠地らしき土地を見つけることに成功した。これ以上やつらが力をつける前に、そこを叩こうと思う。近日中に行動を起こすつもりだが、コトさん、またあなたが狙われてはかなわん。保護下に入ってもらえるか?」
保護下に入る。
その言葉に心音はすぐ返事を出すことができなかった。
確かに、心音の存在は起源派にとって大きな意味を持つことから、再び狙ってくることは十分に考えられるであろう。
それに、具体的なことは分からないが、起源派構成員の言葉から察するに、心音に対する何らかの実験から得られる結果により、現存する生物に対して悪影響が及ぼされるということも考えられる。
それでも、為す術もなく捕らえられた悔しさからか、心音は何もせず守られるだけ、という選択をしたくはなかった。
「ギルドと協力して、ということは、首都警察から冒険者ギルドに依頼を出す、ということでしょうか?」
返事の代わりに心音から飛び出した質問にグルークは少し目を丸くするも、特に言い淀むこともなく答える。
「ああ、報告された起源派の手口には魔物が用いられている上、例の館からは多数の魔物の焼死体も見つかっている。我々首都警察は対人制圧専門であるから、魔物と戦う専門家の力も借りたい、ということだ」
その言葉を確認し、心音は間髪入れずに身を乗り出した。
「それなら、ぼくもその依頼を受けます! ぼくも作戦に加わることで、首都警察の皆さんの近くにもいられますし、監視もしやすいんじゃないですか?」
グルークは小さくため息をつき、言い聞かせるように返す。
「いいかい、やつらはずる賢い。敵の懐に入ろうものなら、我々の思いつかないあらゆる手口を使ってコトさんの身を狙ってくるだろう。そうなれば、我々でも守り抜くのは難しいんだ」
それに、とザインも付け加える。
「依頼を受ける条件は、五段位以上が主力のパーティだ。やつらの扱う魔物の統率のされ方を見るに、軍用に近い性質を持っていることが窺われる。生半可な実力では、足手まといだよ」
あまり口を開いていなかった支部長ラインも、眉の端を下げて心音に向き直る。
「コトには大きな可能性が広がっている。ヴェアンのためにも、まだコトを失いたくはないんだ」
三者三様の言葉で抑止をかけられる。きつい言い方もあったが、心音を慮ってのことであることは、はっきりと感じられた。
それでも、心音からは身を引こうとする意思は感じられなかった。唇をかみながら、どうにか行動を起こせないか思案しているようだ。
その様子を見たシェルツは、少し遠慮がちに、それでいてまっすぐな目で意見を出した。
「コトは、俺たちパーティの一員なんです。そして、俺たち五人パーティのうち、四人が五段位冒険者です。コトは三段位ですが、戦闘支援の能力はその域に収まりません。俺たちが五段位に昇段するだけの査定点数が稼げたのも、彼女のおかげと言っても過言ではありませんから」
五段位冒険者を四人も擁するパーティで活動していたとは知らなかったザインとグルークは驚きの声を上げた。ラインはもちろんそのことは知っていたわけであるから、こうなることも半ば予想できていたようだ。
シェルツの語気は勢いづき、更に畳み掛ける。
「俺たち五人の連携は簡単には崩せません。むしろ、五人揃うことでより戦略の幅を広げられるんです。……コトの参加を認めていただければ、俺たち五人パーティも依頼を受けます」
五段位冒険者四人の戦力増加。ギルドとしても首都警察としても、その戦力を見送るのは惜しい。
しかし、心音の作戦参加を断れば、彼らが参加してくれるかは保証できない口ぶりであった。
グルークは腕を組みなおし背中を背もたれに預けると、ギルドの重役二人に向けて問いかける。
「我々相手に大した胆力だ。ギルド内から見て、彼らの……彼女の戦闘能力はどのくらいのものですか?」
ザインが投げかけた視線にラインは頷き、正直な所感を述べ始めた。
「ふた月も前の情報になりますが、荒削りとは言え三人の三段位冒険者相手に向かっていく身のこなしと、打ち負かすだけの機転及び能力はあります。あれから冒険者として依頼をこなし、パーティの一員として大物狩りに貢献していることから、申し分ない戦力であると思われます」
その返答を受け止め、グルークは口角を釣り上げて楽しげに提案する。
「それほどの実力があるものと共に作戦に赴き、易々と敵に奪われるとなれば、我々首都警察の名折れだな! なに、我々は対人の要人警護については専門家と言ってもいい。どうでしょう、次長、支部長。首都警察に貴ギルドの冒険者の身を預けてはくれませんか?」
ラインは最初からそうなることは予想出来ていたようで、ひとつ頷くとザインの方を見る。
ザインは伝聞でしか心音やシェルツたちの実力は知らないが、信用を置くラインの反応を見るに、強く断ることも無いだろう。
「分かりました。この決定も加味して、作戦を組み上げましょう」
場がまとまったところで、心音とシェルツは退席し、後日作戦が伝えられることとなった。
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