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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第二幕 精霊と奏でるアリア=デュオ  〜王国に落ちる影〜
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4-5 暗雲と共に

「やっほ、迎えに来たよ」

「あ! ええと、エーカさんにソロウさん!」


 帰りの馬車の護衛にも、ヴェアンから精霊術工房に来る時に一緒だった女性冒険者二人が、そのまま付いていたようだ。

 茶色のショートヘアで活発な印象を受けるエーカと、肩口で束ねた黒髪を流すのんびりとしたソロウのペアである。

 やや人見知り色の強い心音であるが、彼女たちの気さくな態度には、話しやすさを感じていた。


「今日は雲の様子がちょっと怪しいからね。早く乗った乗った〜!」

「は、はいっ」


 エーカに急かされて慌てて荷車に乗り込むと、すぐに馬車は出発した。

 馬車で山を下る、というと転がり落ちていかないか不安に思うが、どうやら魔法による制動がかかっているらしい。

 第三の手足のように扱える魔法の存在は、本当に便利なものだと心音は再認識した。



 山を下りきり、あと二時間ほどでヴェアンに着くという頃、暗雲が太陽を隠し途端に辺りが暗くなった。


「あー、これは降られちゃうかなー、雨」

「そうね〜。ソロウ、雨天は視界が悪くなるから、警戒、要注意ね」

「わかってるわかってるー。コトちゃんも冒険者なんでしょ? 頼りにしてるよー」


 エーカとソロウの二人も三段位冒険者ということであるが、冒険者歴で言えば断然心音よりも先輩である。

 そんな二人から護衛のことについて学ばなければと、気合を入れて辺りを探ることにした。


「……あれ、この音……?」

「なになに〜? 何も聞こえないけど……ね、ソロウ?」


 人一倍敏感な聴覚を周囲に向けると、聞きなれない雑音のようなものが耳を撫でた。

 

 さらさら、ざわざわ、はらはら、ばたばた。


 そんな擬音が入り交じったような異音。

 その音が大きくなるにつれ、発生源の方角がハッキリとする。


「南の方角から、みたいです。なんでしょうか……」


 何事かと三人揃って窓から顔を出すと、南の方角に黒いモヤのようなものが(うごめ)いているのが見えた。

 それは形を変えながら、こちらに向かってきているようだ。


「んー、なんだろう。――千里を我が元に〝遠視〟」


 ソロウが遠視を使ってその正体を探ろうとする。

 それは、すぐにその目で捉えることができたようで、ソロウの苦々しい声で危機が伝えられた。


「うげっ、やばいよエーカ。あれ、全部蛾だよ」

「え、えぇ〜!? あれ全部!?」


 迫ってくるモヤの正体は大規模な蛾の群れであった。このままでは、物流局行きの馬車列とぶつかってしまう。


「あれも魔物なんですか? 危険性はどのくらいなんでしょう?」

「赤い角が小さく生えてるから、アレ全部魔物だねー。あの種類は……細霧蛾かなー?」

「ソロウ、それ本当? だとしたら結構ヤバいかも。鱗粉に強力な睡眠作用があって、眠らせた獲物を集団で……いや〜!!」


 そうこうしている間も、黒いモヤはどんどん近づいてくる。退避する時間はなさそうだ。


「コトちゃん、防壁貼れるー?」

「すみません、防壁は使ったことないですっ」

「だよねー、あんなややこしい魔法。どーするエーカ、燃やすー?」

「炎は危険ね。燃え尽きなかったグループがここに到達しちゃったら、荷車ごと火だるまだよ」


 車列が止まる。

 先頭の御者も危機を察知したようだ。


「護衛の二人、アレ何とかなるかい!?」


 御者が血相を変えて荷車を覗き込んできた。


「何とかするしかないでしょ〜!」


 護衛二人と心音も荷車から降り、打開策を練り始める。

 

「風魔法ぶつけるー?」

「散っちゃったらもっと面倒じゃない」

「水魔法で押し流す?」

「ソロウ、そんな大規模な水魔法使えるの?」

「エーカ、文句ばっかり」

「文句じゃなくて事実でしょ〜!」


 答えが見つからず言い合いを始めてしまう二人にあたふたしながらも、心音も何とかアイデアを捻り出そうとする。


「土魔法で囲いを作って、その中に隠れますか?」

「それだ〜!」

「それならやり過ごせそうだねー」


 そうと決まったところで、三人は手分けして車列全体を囲うドームを作る。

 なぜここまでの規模の群れができたのかは彼女たちの知るところではないが、鱗粉さえ吸い込まなければ、やり過ごした後に進行を再開できるだろう。


 なんとか群れが到達する前に土壁を作ることができ、一行はその中で待機する。

 数分待ったところで、耳を澄ませていた心音が状況を報告する。


「蛾の群れ、たぶんここに到達しました! 羽音だけでなく、土壁にぶつかる音もします」

「そっかそっか、あとはやり過ごすだけだね〜」


 あれだけの規模の群れであるから、ある程度は待たなくてはいけないだろう。

 しかし、状況経過を確認しながら待つことしばらく、「まだかな〜」と零したエーカに、心音は困惑した様子で報告した。


「既に半時間ほど経過してますが、蛾の群れ、一向に通り過ぎません……」

「え〜! もうそんなに経ってたの? さすがに多すぎでしょ〜……」


 懐中時計を確認する心音の言葉を聞き、エーカは想定の遥か上を行く規模に辟易した様子を見せた。

 「けど、これだけ待ってるんだからもう少しの辛抱でしょ〜」とエーカが希望的観測を口にしたところで、ソロウは首を傾げながら疑問を口にする。


「でも、そんなに大きな規模だったかなー?」


 直接〝遠視〟で群れを見たソロウは、その時得た感覚的な規模と、現在陥っている状況に差異を感じているようであった。


「……もしかして、こいつらの目的って、私達?」


 エーカが何気なく零した言葉に、心音は背筋がぞわりとするのを感じた。


「でも、狙われるような理由ってありますか? 土壁はしっかりと塞がっていて、光も呼気も漏れていないはずですっ!」


 おおよそ蛾が目標にしそうな要素は排除しているつもりである。空気穴すら作っていないため、土のドームの中では徐々に空気が薄くなっていくのも感じていた。


「このままじゃ、みんな窒息しちゃうよ〜! やっぱり燃やす?」

「今外側を燃やしたら、ぼくたちも蒸し焼きになっちゃいますよぅ」

「んー、なんか考えよー」


 しかし、打開策を練る時間は始まって間もなく、ピシッ、という不吉な音によって終わりを告げた。


「わぁ〜!! 土壁が崩れる〜!!」


 ドームの中と外が繋がったことで、外に充満していた鱗粉が堰を切ったように流入してきた。

 エーカも、ソロウも、御者も、周りの人が次々と眠りに落ちていくのをぼんやりとした意識で確認しながら、心音も必死に捕まえていた意識を手から零し、暗闇の中へと落ちていった。

お読みいただき、ありがとうございます。

ブックマークも、とても嬉しいです!

評価ポイントつけて頂いた方もいて、歓喜です!!

ストックは増えてきましたが、もうしばらく、週一更新で続けていきます。

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