4-3 ただいまヴェアン
シェンケンを出て五日。
途中チャクトで宿を取ったりもしたが、特別寄り道もせず、王都ヴェアンまでの帰路をまっすぐ来た。
既に眼前には、王都の巨大な門がそびえ立っている。
この都を離れていたのは精々が一ヶ月と少しのはずであるが、随分と濃い時間を過ごしたせいか、心音はかなりの懐かしさを感じていた。
検問を滞りなく通過し、商店街の喧騒が五人を迎える。
その光景が初めて王都に来た時の感動をリフレインさせ、心音の脈動を前へ進ませると同時に、この世界での経験を積んだおかげで、当時は漠然とした賑やかさに感じたものが、より意味のある光景として瞼の裏に飛び込んだ。
時刻はお昼頃。
大きな荷物となっている、魔物討伐の証たる角の提出を考えると、自ずと最初の行先は決まってくる。
「まずはギルド支部に行って、依頼達成報告をしようか。それに、黒ローブに関する一連の出来事も報告しなきゃね」
言うまでもなく皆そのつもりであったのであろうが、確認の意味も込めてシェルツは言葉にした。
馬車を一度返却し、近くの預かり所に旅の道具を預けると、シェルツとヴェレスで大荷物を背負いギルド支部へと向かった。
ギルド支部の扉をくぐるなり、まずは荷物を減らそうと依頼達成報告の窓口へ直行し、手続きを済ませる。
同時に、チャクトの巨木とヴェアンの猿、それぞれの魔石の鑑定依頼を窓口に伝え、それらは奥の部屋へ消えていった。
昼食を摂ったり、最近の情勢について情報収集をすること二時間ほど。
査定額と鑑定結果が出たとのお知らせを受け窓口に向かうと、鑑定結果は支部長が直々に、と聞いたことも無い異例の事態を通告された。
事の重大さをじわりと感じながら、五人は支部長室の扉を叩いた。
「シェルツたちだね、入っておいで」
促され入室すると、余裕を持たせつつもどこか緊迫感を孕んだ瞳が扉へ向けられていた。
勧められるまま応接用のソファに五人が座ると、さっそくだが、と本題を切り出してきた。
「魔石を確認したよ。あれが、例の手紙の件に関わる魔物のものだね?」
チャクトでニルスが引率していた新米冒険者たちに託したシェルツの手紙は、無事支部長の元へ届いていたようである。
「はい。二つあったうちの大きな方が、例の巨木のものです。もう片方に関しては、これから説明します」
チャクト以降、シェンケンとベジェビでそれぞれ関係性の見られる出来事に遭遇した。
深い考察は交えず、見聞きし、体験したそのままのことをシェルツは整理しつつ端的に伝えた。
支部長からの質問なども交えつつ、ベジェビで得たアーシャからの情報を話し終えたところで、支部長は迷いのない口調で告げた。
「至急、軍部と連携して王都の守りを固めよう。並行して、詳しい調査を行いたい」
話を聞きながら、既に考えはまとめていたのであろう。事態を捉え迅速に決断する様は、さすが国内最大規模の支部を束ねる長だと納得出来る。
「そして、シェルツ、ヴェレス、アーニエ、エラーニュ。君たち四人には、五段位への昇段試験を受けてもらう。今回の二つの魔石は、どちらも大きな査定がついてね。特に巨木の方は六段位級の大物だ」
「本当ですか!? いやぁ、長かったわ〜」
「長かったとは言うが、アーニエ、君たち四人の昇段速度はかなり早い方だよ」
苦戦を強いられた、というのもそうであるが、単純な戦闘能力以外にも、あの魔物たちが持つ脅威は大きかった。それも加味されたのであろう。
段位が上がることで、条件付きの依頼を受けられる幅は広がり、五段位ともなれば指名依頼が入ることもある。
専業冒険者を目指しているシェルツとヴェレスにとっては特に、念願の昇段受験資格というものであった。
「さて、君たちが昇段した暁には、ギルドとして指名依頼を出したいと思う。魔人族の活動の実態を捉えるための正式な調査依頼だ」
「……なるほど、支部長自ら昇段受験資格の通達をするわけですね」
通常の調査であれば、四段位のままでも問題なく行なえる。その上で五段位認定を勧める理由となると……
「まずはヴェアン近郊を詳しく調べて欲しいが、こちらの問題が片付き次第、国外調査もお願いしたいと思っている。国外遠征を正式に受けるには、五段位以上が主力である条件があるからね」
(国外……! この世界を、より広く調べられる!)
心音にとって、その提案は自身の目的に直結するものである。大義名分を掲げて世界中を回れれば、それだけ地球に帰る手段を探す機会が増えるからだ。
「異論はないね? それでは、各々準備もあるだろう。試験の日取りなどは、事務局と打ち合わせてくれ」
支部長が立ち上がるのに合わせて、五人も立ち上がって一礼し、部屋を後にする。
エントランスへ続く廊下を戻りながら、喜びを露わにしてヴェレスが声を弾けさせる。
「やったなぁ! オレらもついに五段位だぜ!」
「気が早いよ。まずは全員で試験を突破しなくちゃ」
言葉だけを聞けば冷静に宥めているようであるが、そういうシェルツの声音も明るさを隠せていない。
「がはは、そうだな! ……しかし、オレらが試験対策してる間、コトはどうするよ?」
「あ、ぼく、ちょっと行きたいところがありますっ! タイネル山の精霊術工房に用事があって」
精霊術工房にお世話になったのは、もう半年近く前のことになる。
あれから今まで、多くの経験を積み、精霊術関係のことでも聞きたいことが多くできた。
心音自身がより上を目指す為にも、必要なことだろうと思えたのだ。
「そうか。じゃあ少しの間別行動になるな。でも、シェルツんとこに泊まるんだろ?」
ヴェレスが片眉を上げてシェルツに視線を流すと、シェルツは当然そうなるだろうと頷き、心音に告げる。
「母さんも、父さんも、特にティーネがすごく喜ぶよ。また、うちにおいで」
「ありがとうございますっ! ぼくも、またあのお家に帰れるのが楽しみですっ!」
ヴァイシャフト家のみんなは、心音を本当の家族のように扱ってくれる。
この世界に落とされてから不安だらけだった心を暖めてくれたあの家を、心音はこの世界の実家のように感じていた。
久々の王都である。
それぞれが、各々の帰るべき場所へと向かうべく、一旦の解散とすることにした。
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第四楽章は結構長いエピソードとなりますので、じっくりお楽しみください(o_ _)o




