第四楽章 月下の戦、その頃に
進化とは、合理性の連続である。
魚がエラで呼吸をするのも、
植物が呼気の源を生出すのも、
動物が呼気を大気に委ねるのも、
細菌が集団としての個を持つのも、
ヒトが社会の一部として生きるのも、
泳ぐもの、
歩くもの、
這うもの、
飛ぶもの、
現存する種を比べ、それが近しい姿をしていたからといって、全く同じ進化の系譜を辿ってきたとは限らない。
必然の連続である変異を重ね、合理的な現在を迎えているのだ。
であるからして、現在生存する多くの種が魔力を手に入れたこともまた、必然であったと言えよう。
――考古学・古生物学者 カル・オロジー
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ベジェビからの帰り道は当然来た道をそのまま戻るわけであるが、山道を歩き慣れたことや、掃討により危険性の高い魔物への警戒レベルを下げることが出来ていたため、それほど疲労感を感じることなく抜けることが出来た。
順調に歩みを進められたと思った矢先、山の入口に辿り着いた心音たちの目に飛び込んできたのは、想像の外側から猫騙しをくらったような衝撃であった。
「なんだよ、これ……何が起きやがった?」
ヴェレスがかろうじて絞り出した声は、パーティ五人の止まった思考を代弁していた。
開けた地形いっぱいに転がる魔物の亡骸。
その状態から、そう時間は経っていないことが推測できる。
病死や自然死の類ではないだろう、明らかな戦闘の痕跡が各所に見て取れた。
冒険者歴が比較的浅い心音は逆に衝撃を柔軟に受け止めることができたようで、状況を確認しようとゆっくり視線を巡らせる。
それが馬車を預けた家屋に到達すると、僅かながらの希望を捉えた。
「お馬さん! そして馬車は無事です!」
これだけの規模の戦闘行為があったにも関わらず、家屋の周りは無事そのものであった。
少なくとも住人が何か事情に通じていることは確かであろう。
「家屋の彼が在宅してるかは分からないけど……なんにせよ、訪ねてみるしかないね」
衝撃にじっとしていても事は進まない。
状況から見て、為す術もなく襲われたわけではないはずだとシェルツは自身に言い聞かせ、渦中の家屋の扉を叩いた。
「すみません、ご在宅でしょうか! ヴェアンのヴァイシャフトです!」
よく通る声で張り上げられたそれは静かな周辺によく響き、そして消えていった。
再び静寂が支配するまで反応は返って来ず、五人が最悪の事態を想像し始めたところで、急に扉が開かれた。
しかしそこに現れたのはやけに大柄な影で……
「あんた等か。すまぬな、負傷が激しく、大きな声で応対できぬのだ」
「ゲヴァイドさん! 一体どうしてここに……いや、それよりも傷が深い。エラーニュ、治療を頼める?」
「もちろんです、直ぐに処置します」
「非常に、助かる。しかし、他の者達の方が重症なのだ。先に見てやって欲しい」
「それなら、ぼくも治療に当たります! エラーニュさんほど早くは治せませんが、今は戦闘中じゃないので!」
中に入ると、壁にもたれ掛かる者、床に横たわる者、ゲヴァイド以外にも五人の男性が苦しそうに倒れていた。
傷や出血の痕、装備品の破損具合から、かなりの戦闘を切り抜けてきたことが想像できる。
ゲヴァイドたちのパーティにも、当然回復を担当する者がいる。
しかし、一様に感じられる魔力がかなり薄いことから、回復魔法を使う余力も既にないのだろう。
エラーニュと心音が手分けして治療に当たる。
少し時間をかけて丁寧に治療していく過程で、彼らの表情が和らいでいくのが分かった。
最後にエラーニュがゲヴァイドの治療をしながら、いるはずの人物がこの部屋にいないことを問いかける。
「この家の主はどちらへ? 外の戦闘痕から見て、共に戦ったのではないでしょうか?」
「あぁ、彼であれば、別室で休んでいる。魔力を使いすぎたようで、しばらく起こさないように、との事だ」
「そうですか、良かったです……」
やはり、この家に傷一つなかったことは、かの魔法士によるものだったのであろう。
落ち着いてくると、やはり問いたださなければならないのは、この状態を招いた経緯である。
「ゲヴァイドさん、一体何があったんですか? ベジェビの収穫祭までに来れなかったこととも関係していますね?」
「話さねばならんな。こちらとしても、そちらの状況を聞きたかったところだ」
来客用の椅子などは、この家にはあまり備え付けていないようである。
ゲヴァイドを椅子に座らせ、互いに情報交換を始めた。
「収穫祭二日前の昼には、ここに辿り着いていたのだ。しかし、いざ山道に入ろうとしたところで、妙な振動を感じ辺りを見回すと、向こうの山から何かが群れを成して迫ってきていてな」
ゲヴァイドが指し示した先は、南北に伸びる山脈の北方、比較的標高が低く、森林に覆われていた。
「〝遠視〟で確認したところ、野生の魔物の群れと分かったが、種もバラバラで、何より問題なのはその数でな。目算で百は超えていた」
「……それが、この辺りに広がっていた魔物の亡骸の正体ですね」
「あぁそうだ。統率が取れていて、何か目的がありそうな群れ。放ってはおけないだろう。我らはこの家の主に避難を勧め、遠距離の大魔法を練り始めた」
ゲヴァイドがチラリと視線を流した先には、治療を受けて横になるパーティメンバーの姿がある。
その一人の傍らには、軽く丈夫そうな杖が添えてあった。
杖には、道を指し示すもの、という意味がこの世界にあるらしい。
そのイメージからか、魔法の対象を定めるために、杖を持つ魔法士が多いようだ。
「大魔法は概ね成功し、群れの頭上に飛ばした大火球が奴らを燃やし、燃焼性の高い空気をくべて一網打尽にしようとしたのだが……」
苦々しい顔で言い淀むと、ゲヴァイドは悪夢を思い出すように重い口を開いた。
「群れを土の壁が覆ったのだ。空気が遮断されて火球は消え、火傷を負ったものの大半が戦意を失わずに迫ってきたため、近接戦を余儀なくされた」
「かなり頭のキレる魔物。そして大規模の土魔法って、まさか……」
「やはり心当たりがあるか。何せ、奴は我らの守備線を抜けてベジェビへ向かったのだからな」
シェルツだけでなく、ベジェビで戦った五人全員が一体の魔物に思い至った。
同時に、シェルツとエラーニュ、アーニエはその意味を察し、当初描かれていた最悪のシナリオが胸の底から悪寒と共に湧き上がってくるのを感じていた。
「奴は、奴だけは軍用魔物であった。四十ほどの魔物を引き連れて山道へ入っていくのを、我らは残りの魔物の対処をしながら見送るしかなかった」
「……いえ、ゲヴァイドさんたちがいなかったら今頃俺たちは……」
嫌な予感は、確信に変わる。
「ゲヴァイドさんたちがここで、ぼくたちが戦ったのよりも、もっとたくさんの魔物を、倒してくれてたから、ベジェビに来た魔物は、あれだけで済んでたってことですね」
心音も答えに辿り着いたのか、それを確かめるように並べられた言葉に、シェルツは頷いた。
ゲヴァイドたちがここでベジェビに到達した倍もの魔物を止めてくれていたからこそ、あの月下の戦を五人とアーシャで捌き切ることが出来たのだ。
遮蔽物もなく、更には道を塞ぎ守りながらの防衛戦。
ゲヴァイドたちが戦い慣れたベテラン冒険者だったからこそ、命をつなぎとめられていたと言えよう。
「途中から家の主が敷地に防壁を張る傍ら魔法で遊撃してくれたが、あとは見ての通りだ。そちらの結果は概ね想像できるが……何が起きていた?」
ゲヴァイドの話を受け、事の全貌が見えてきたシェルツは、詳細にベジェビでの出来事を話し始めた。
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馬車を整備し、まずはシェンケンに戻るべく心音たちは荷車に乗り込む。
まだまだゲヴァイドたちには休息が必要である。
それでも、とゲヴァイドだけは見送りに出てきてくれた。
「ゲヴァイドさん、本当にありがとうございました。あなたたちがいたから、ベジェビは守られました」
「いいや、こちらの台詞だ。我らは毎年来ている身、あんた等が偶然この時期に来てくれて助かったよ」
言葉を交わすと、シェルツとゲヴァイドは顔の前で高く握手を交わし、それを別れの挨拶とした。
五人を乗せた馬車はシェンケンへの道を進み始める。
ゲヴァイドはそれをやや口角を上げて見送ると、重い足を引き摺り屋内へ戻った。
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