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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第二幕 精霊と奏でるアリア=デュオ  〜王国に落ちる影〜
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3-2 蛇行する山道へ

 ベジェビの里は山間部に存在する。

 周りは山々に囲まれており、また別の町や村との中継地点でもないため、明確な目的がない限り里外の人間が立ち寄ることのない土地である。

 そのためベジェビ周辺の魔物討伐依頼を受ける冒険者は多いとは言えないが、山菜類を始めとするベジェビからの恩恵を感じている一部の冒険者は定期的に依頼を受注している、というのはゲヴァイドの談だ。


「なるほど、ゲヴァイドさんたちのような冒険者のおかげで、ベジェビの平和は守られているわけなんですね」

「受けた恩は返すのが筋であるからな。いやさ、きちんと報酬は受け取っている。あくまで仕事だよ、仕事」

「それでも、立派です。偶然、あなた方のようなパーティが出立する時に居合わせることができてよかったです」


 厩舎で馬の様子を見ながら二人の剣士が言葉を交わし合う。

 残りのメンバーには、荷車の整備をお願いしてあった。


 タイミングよく出会えたことには大雨で何日もギルドが機能していなかったことも少なからず影響はしているだろうが、それでもシェルツがこの巡り合わせに本心から感謝していることが見て取れた。

 

「こちらとしてはあんた等がベジェビに行くってことの方が偶然というか、意外なんだがな。我らは毎年この時期には必ずベジェビに行っておるのだ」

「毎年、ですか。この時期に何かあるのですか?」


 ゲヴァイドが馬の毛繕いを終えて、飼葉(かいば)が入った容器に手を付けながら答える。


「来月頭に、ベジェビで収穫祭があるのだ。山の幸を恵んでくれる山の天使に感謝する、秋の祭り、というものだ」

「来月頭というと……今から五回目の休息日の辺りでしょうか。そのために前もってある程度掃討を進めておくということですね」


 休息日、というワードを口にして、シェルツの脳裏に心音の顔が浮かび上がった。

 初めて休息日の説明をした際、心音は「ぼくの世界もこうだったらいいのに」と零していた。

 なんでも、心音の世界では五日働いて二日休む、というのが世界標準であったそうで、さらに心音が住む国ではその二日の休みすら確約されていないことが往々にしてあったらしい。

 そんな環境にいた心音にとって、二日働いて一日休む、という慣習があるこの世界の働き方が羨ましく思えたようだ。

 ちなみに業界によっては休息日を人ごとにずらしていて、飲食店は毎日どこかしらのお店がやっていたり、軍隊や首都警察などは三交代制を採用していたりするのであるが、そういったこの世界の常識についても、心音は「どうしてこうならないんだろう」と頭をひねっていた。


 閑話休題。


「そうでもせんと、収穫祭に群がる魔物の群れは捌ききれんのだ。収穫祭に並ぶ収穫物や料理の匂いに、毎年大量の魔物がおびき寄せられていてな」

「なんだか……本末転倒ですね。お祝い事のはずなのに、危険を呼び込んでしまっていて……」

「それでも、盛大に感謝せざるを得ないのだろう。彼らは、大自然と共に生きている。それを否定する権利は、我らにはない」


 自然の中に生き、山を、そして神に仕える天使を信仰しながら生活しているからこそ、そういった祀りごとを疎かにできないのであろう。シェルツも物分かりが悪いわけではない。気持ち的にどう思っているかは置いておいて、そういった考えもあるのだろうと納得した。


「シェールツ! こっちはいつでもいけるぜ! そっちの様子はどうだー?」


 シェルツも飼葉を手に取ったところで、厩舎の外からヴェレスが声を張り上げてきた。


「シェルツよ、あんたの仲間は元気が有り余っているようであるな」

「ははは、なんだかすみません――――ヴェレス! もう少しだけ待っててくれ!」


 ベジェビまでは半日ほどで着くとはいえ、途中で馬にトラブルがあってはいけない。

 幸い馬の調子は良さそうである。

 ゆっくりと労いながら飼葉を与え、シェルツは馬の頭部を優しく撫でた。


♪ ♪ ♪


 道中は危険な魔物との戦闘が多くあるだろう、と心音たちは覚悟していたのであるが、その予想とは裏腹に実際に戦闘の必要性を迫られたのはたったの二回だけであった。


「なによ、今回はずいぶん楽な道程(みちのり)ね」


 二度目の戦闘を終え、水球を二つ、身体の周りで交差させるように回しながら呟くアーニエの表情からは、物足りない様子がありありと見えた。

 その言葉を受けて、というわけでもないが、ゲヴァイドが眉をひそめながら考え込む。


「魔物の数が、少なすぎる。戦闘自体が少ないのはたまにあるが、〝遠視〟を使っても視界に入る魔物が今までになくまばらだ」



 事情に疎い心音が、少し首を傾けながら、曇りのない声で彼に伝える。


「ゲヴァイドさんたちが、頑張ったから、きっと、平和になったです!」


 言い終え、胸の前で握りこぶしを作る素直な眼差(まなざ)しを見ていると、そうであったら素敵なことだと、誰しもが安心しそうになる。


「はっはっ、お嬢ちゃん、そうであったら我らも嬉しいのだがな。なあに、我らとてシェンケンの冒険者全員の依頼受注状況を把握しているわけではない。今年は多くの冒険者が活動してくれているのかもな」


 ゲヴァイドは大きな手で優しく心音の頭を叩く。

 対する心音は少し複雑そうな顔だ。


「むぅ、ぼく、お嬢ちゃんじゃないです。立派な、三段位冒険者です!」

「おぉ、そうであったな。許してくれ、勇敢なるコトよ」

「そうです、勇敢ですっ」


 言い直してもらい、心音はご満悦の様子である。

 背後でゲヴァイドのパーティメンバーが苦笑しているのを見るに、先ほどの大げさな言い回しは、言うなれば子供をあやしているようなリップサービスであったのであろうことが伺え、シェルツとエラーニュは顔を見合わせて肩をすくめた。


♪ ♪ ♪


 山の入り口が眼前に迫る。

 山道はある程度整備されているようであるが、馬車で入っていくには狭すぎるように見えた。

 荷車内の心音が首を傾げていると、エラーニュから説明が入った。


「あちらを見てください。あの家屋の住民が、いつも馬車を預かってくれています」


 よく見ると、山道入り口の横にポツンと立つ家屋が確認できた。


『親切な人もいるんですね! でもどうしてこんなところに一軒家が?』


 魔物も多く、危険な地域である。わざわざここを住処にすることに、心音はメリットを感じられなかった。


「この家の人、なかなかの魔法士でして……。強力な結界を張っているので魔物は寄ってきませんし、食料や生活用品は自給自足か、ベジェビとやり取りして確保しているようです。そして、馬車を預かるのも、依頼料をもらうことでの小遣い稼ぎだ、っていつも言っていますね」

『ん~、変わった方、なんですね!』


 浮世に疲れてここに居城を構えたのであろうか、詳しく探るのは、馬車をお願いする立場上マナー違反であるだろう。


 馬車が徐々に速度を落とし、停車する。


 先行していたゲヴァイドたちが既に扉を叩き、応対しているようだ。

 常のように、二つの馬車を家屋の彼に依頼し、一行は山に足を踏み入れた。




 山道はしっかりと踏み固められており、ある程度の人の往来があることが見て取れた。

 しかし、山道に慣れた人が通る前提であるのであろうか、柵や整備された階段などはなく、ひたすらに続く傾斜を蛇行していく、体力が求められる道であった。

 誰も文句を言わず、淡々と足を進めている中、心音が少し遅れ始めた。


「みなさん……山道歩くの、上手……です……」

「わ、コト、ごめん気づかなくて。大丈夫かい?」


 シェルツが心配そうに駆け戻る。

 心音自身、元々の心肺機能に日々の鍛錬が加わり、体力が無いわけではない。それでも、山道というのは歩き慣れていないと、平地と比べ何倍もの体力を消耗するものなのである。


「油断してました……っ! 山道って、こんなに大変、なんですねっ」

「もう少しペースを落とそうか? 休憩できそうな場所は里まで無くて……」


 まだ歩き始めて四半時(しはんとき)ほど。もう同じくらい歩みを進めなければベジェビまでは辿り着けない。

 魔物が潜んでいる環境で無理をさせるわけにもいかない。シェルツは皆にペースの変更を提案しようとするが――


「大丈夫、です! ちょっと、ずるっこしちゃいます!」


 心音はそう言い放つと目を瞑り、ぼそぼそと何かを呟き始めた。

 そして間もなく桜色の光が心音を包み込んだと思うと、元気に数度飛び跳ね、皆に向き直った。


「これできっと、へっちゃらです! さ~いきましょ~っ!」

「あんたねぇ、こんなことで〝身体強化〟だなんて……」

「ここは自然も豊富ですし、精霊術士たるコトさんだからこそできる荒業ですね」


 アーニエとエラーニュがやや呆れた調子で呟くが、当の心音はどこ吹く風である。

 ゲヴァイドたちパーティの面々が少し訝しむような目線を送っているが、深い言及はご法度であろう。目的地に安全に辿り着くことが優先と、一行は進行を再開した。


♪ ♪ ♪


 特に何事もなく、そう、何事もなく山道が開けようとしている。

 明かりが強くなり、景色が一気に広がる――――


「コト、ついたよ。ここがベジェビの里さ」


 山々に囲まれた木製の家々。ところどころに段々畑があり、中心に流れる川が涼しさを生んでいる。

 里の奥には、ひと際大きな建物がある。あれが里長の居所であろうか。


 心音から桜色の魔力が霧散する。途端、疲労が襲ってきたようで、その場にくたっと座り込んでしまった。


「えへへ、疲れちゃいました。ちょっと休憩しましょうよぅ」


 シェルツたちにとってはいつもの微笑ましい光景であるが、ゲヴァイドたちにとっては……

 いや、ゲヴァイドたちにとっても、こればかりは仕方がないといった様子のようであり、軽く笑みを浮かべていた。


「慣れているとはいえ、さすがに我らも山道越えは堪える。もうじき夕暮れだ、本日は休養を取るとしよう」


 二つのパーティは、当然のことであるように里長の家の方角へ向かった。建物の大きさしかり、泊めてもらうならそこであろうし、里長に挨拶も必要なのであろう。

 昼の暑さが落ち着き、秋の気配が濃くなってきた。

 草のにおいが混じった空気を鼻先で感じながら、心音も皆に続いて里の中を進み始めた。


 ブクマやメッセージ等ありがとうございます♪

 新しい舞台に到着です!


 活動報告にも書きましたが、今回から週一更新に戻します。

 なかなか忙しさから抜けられず、ストックの確保が心許ないので……

 まだ少し備蓄はあるので、週一更新は死守します!

 どうかよろしくお願いします(o_ _)o

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