第三楽章 雨音のリズム
音で溢れた世界。
音楽が満ちた世界。
音が世界を賑わせる。
音楽がこの世界を彩る。
音楽の天使が、歌を教えてくれた。
音楽の天使は、どこに隠れてしまったの?
音がある隣に音楽は響く。
音楽の天使は、世界を巡る。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
規則性あるリズムの中に、即興的なアクセントが加えられる。
トツ、トツ。
ザー、ザー。
タタタタタ。
本日二度目の食事が恋しくなってきた頃であるのに、窓の外は薄暗い。
大自然が奏でる雨音のオーケストラも、そろそろ聴き飽きてきた。
小さな手を窓枠に掛け、弾ける水に合わせて指を回していた心音が、ため息混じりに口を開く。
『雨降りさん、中々終わりませんね……』
そう広い訳では無い部屋に、五人の男女が座り込んでいる。
各々、本を読んだり思考に耽ったり、既に汚れ一つない武器を磨いたりしているが、一様に言えることとして、全員の表情には退屈さが滲み出ていた。
指先で浮かせた水を様々な動物の形に変えて遊ばせていたアーニエが、呆れた調子で答える。
「もうこれで四日目よ。いい加減にして欲しいわ」
室内に二つしかないベッドの片方に腰掛けて、長大なハルバードを磨いていたヴェレスは疲れたように零す。
「今日はギルドの修練場も使えねぇしよ。ホントやることねぇな」
ここ数日は修練場に通っていたが、今日は床の張替えを行うとのことで、いよいよ行く当てがなくなってしまった。
椅子に深く腰掛けて分厚い本に目を落としていたエラーニュが、視線をそのままに眼鏡の位置を整えながら諭す。
「仕方がありません、この時期はたまに大雨が降りますから。こんな中、街の外に出たりしたら遭難してしまいます」
思考に一段落付けたのか、額に手を当て考え込んでいたシェルツが顔を上げた。
「この天候じゃ、馬車を厩舎から出すのにも許可がおりないからね。それにしても、こんなに長く続くなんて珍しいなぁ」
例年、夏から秋にかけて強風を伴う大雨に見舞われるが、こう何日も続けて天候が回復しないのは、記録上でも中々あるものではなかった。
窓の外で踊る雨脚にも見飽きたのか、心音はレザーケースを手に取る。
中から美しく輝く銀色のコルネットを取り出すのを見て、ヴェレスが声をかける。
「お? また楽器の練習すんのか?」
『はい! 毎日吹いてないと落ち着かなくてっ』
心音が扱う〝音響魔法〟の効果で、音が聞こえる範囲も自在に操ることが出来る。
そのため、宿の一室であっても、外に音を漏らすことなく楽器の演奏をすることが出来、また心音一人だけに音が聞こえるようにすることも出来た。
「せっかくならさ、コト、俺たちにも演奏を聴かせてよ」
この陰鬱とした雰囲気を晴らして欲しいと言う願いもあり、シェルツが心音に提案する。
心音は快く頷くと、屋根から落ちる水滴が三度地面を叩く音を聞き、口を開く。
『それじゃあ、ぼくが雨の日に思い浮かべる曲を吹いてみますね!』
ちょっと待ってくださいね、と自分以外への音をシャットアウトし、音出しを始める。
時計盤の針が、丁度五分の一を刻む線を通過した頃、手応えを感じたように心音は楽器から口を離す。
『では、一曲、演奏しますね!』
パラパラとした疎らな拍手を受け、心音は深く空気を取り込んだ。
ドヴォルジャーク作曲
【八つのユーモレスクより第七曲】
ピアノ曲として多大な知名度を誇る一曲。
ヴァイオリンの王者とも呼ばれるクライスラーが編曲したヴァイオリン版も有名であるが、それに限らず現在では様々な楽器で演奏される。
この曲は、特別雨に縁がある訳では無い。
しかし、日本人であればこの曲を聴いた時、脳内に「あめあめふれふれかぁさんが」と浮かんでしまうことがよくあり、心音も例に漏れずその類であったのだろう。
弾んだ十六分音符が、三十二分休符でキャッチされ、続く三十二分音符と共にリリースされる。
その連続で跳ねていくフレーズが、雨音のように室内にリズムを作る。
どこか暖かく、気持ちが安らぐメロディ。
陰鬱とした室内に、色彩が取り戻されていくのを感じた。
演奏が終わり、心音が慣れた様子でお辞儀をする。
今回のお客さん四人は、微笑みとともに拍手を返した。
室内の明度が上がったように感じる。
否、それは錯覚ではなく――――
「おっ、外見てみろよ、晴れてきたぜ!」
灰色一色だった空から、青い下地が顔を覗かせた。
水溜まりに反射した太陽がキラキラと街を彩る。
シェルツは立ち上がり、一つ伸びをすると声を上げる。
「さぁ、行動開始だ。ギルドに寄ってからベジェビに向かうよ!」
♪ ♪ ♪
シェンケン支部で依頼ボードを眺め、いくつかの討伐依頼を受注する。
最後にもう一つ受注しようとシェルツが依頼用紙に手を伸ばしたところで、他の冒険者と鉢合わせた。
「おっと、すみません。あなたもこちらを受注しようと?」
「おぉ、すまんな。なに、何人受注しようが獲物はわんさかいる。先に手続きしてもらって構わんよ」
その男性は気さくに返した。
シェルツよりは一回り大きい体格。歳の頃は地球の感覚で三十代くらいであろうか。
心音の身の丈に迫るほどの大剣が、勇ましく鈍い輝きを放っていた。
「ありがとうございます。ええと、あなたもベジェビに?」
今取ろうとしていた依頼用紙には、ベジェビ周辺の魔物の討伐依頼が記されていた。
男性は片眉を上げながら腰に手を当てる。
「あぁ、そりゃその依頼の目的地だからな。そういやあんた見ねぇ顔だが……あんな所に何用だ?」
特別報酬額が高いわけでもない。ベジェビ自体にも特別な施設はなく、何か目的がないとわざわざ依頼を受けることは無い土地である。
内容はともかく、目的自体を明かすことに問題は無いだろうと、シェルツは説明する。
「知り合いに……いや、アーシャ婆に用事がありまして」
「ん? あぁ、里長か。この場合は情報屋と呼んだほうがよいか。最近はめっきり答えをくれなくなったって言うが、大丈夫なのか?」
合点がいったようで警戒心を緩めながら、少し心配の色を滲ませながら男は問いかけた。
シェルツは分かっていると頷いた上で答える。
「今までも何度か助けてもらっていまして。今回も、彼女の知識がないと突破できなさそうな問題があるんです」
「そうか、それならばそれで。我らは毎年この時期にベジェビ周辺の掃討を行なっていてな。良かったら着いてくるか?」
シェンケンからベジェビまでの道程は、王都周辺と比べ危険性が高い。集団で向かうことが出来るというのであれば、是が非でもない。
「ええ、それは助かります。みんなも、それでいいかな?」
振り返り問いかけたシェルツに対し、首を横に振るものはいなかった。
「よし、決まりだな。手前の名はゲヴァイドと言う。ここら一帯で活動する我ら六人パーティをまとめている五段位冒険者だ」
ゲヴァイドの後ろで、五人の男が手をひらひらさせている。
依頼を受注し、互いに自己紹介をする。
ゲヴァイドのパーティは五段位専業冒険者の彼以外は四段位兼業冒険者であり、冒険者歴の長いベテラン揃いのようであった。
ゲヴァイドの先導は的確で、スムーズに準備が進む。
昼食を摂り、大気が温まってきた時合を見て、一団はシェンケンの門を抜けてベジェビに向かい始めた。
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補足ですが……この世界は十二進数の文化なので、一日が午前午後それぞれ十二に刻まれているところは地球と同じですが、分も十二分一単位であるため、一時間は五等分されています!
分かりづらいですよね、自分でもなんて面倒な設定を作ったのかと……笑




