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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第一幕 精霊と奏でるコンチェルティーノ ~落とされた世界、ここで生きる道〜
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1-3 長槍戦斧の戦士

「はぁっ!」

「〝水刃〟!」

「〝光縛鎖〟!」


 シェルツ、アーニエ、エラーニュの三人は一組になって熊ネズミの駆除にあたっていた。


「ただでさえ弱い熊ネズミも、子供でしかも凪の森の作用で弱体化しているとなっては、もはや作業ね」


 アーニエが掌で水の玉を転がしながら零す。


「いやでも、この森の中では魔法の効果がかなり落ちるし、いい鍛錬にはなるかな」


 そう言うシェルツは、身体強化をほとんど使用せずに戦っている。


 ここ凪の森では、原理は解明されていないが何故か魔力が直ぐに分解され、効果を発揮しても数秒で魔法の効果が切れてしまう。そのため魔法はほとんど使用できないし、魔力を活動の源とする魔物は大幅に弱体化する。


「二人とも、油断しないでくださいね。何度か危ない場面もあったんですから」


 さすがに回復が必要な傷を負うことは無かったが、エラーニュが対象の動きを止める光縛鎖により何度か攻撃を未然に阻止していた。


「ほら、ちょっとはエルに仕事あげないと暇になっちゃうでしょ?」


 言い訳じみたことを言うアーニエに、愛称で呼ばれたエラーニュはため息をつき視線を廻らす。

 かなりの数の熊ネズミの亡骸が転がっている。しかし、目的がまだ果たせていないことは、三人の共通の認識としてあった。

 シェルツが嘆息する。


「熊ネズミの成体、なかなか見つからないね。この子供たちを産んだ親がいるはずなんだけど」


 熊ネズミは繁殖力がかなり高い魔物である。成体少数がこの森に逃げ込んだという情報があったため調査に来たが、成体を探し出して殲滅しなければ、また直ぐに増えてしまう。


「そりゃぁそうよ。熊ネズミは警戒心が強いもの。子供のうちは好奇心旺盛で昼間でもウロウロしてるけど、成体ともなると日が落ちるまで巣穴から出てこないわ」


 そんなのギルドの講習でやる初歩中の初歩でしょ? とアーニエが呆れたように言った。


「それと、熊ネズミは目は悪いですが、鼻が利きます。異変に気づいていたら、尚更巣穴から出てこないでしょう」


 エラーニュにまで指摘され、シェルツは頭をかいて目を逸らす。


「いやぁ、どうも興味を引かれる分野以外は頭に入らなくて。で、どうしようか。日が落ちる前に巣穴に突入して一気に片付けちゃうのが確実だよね?」

「確実だけど、危険でもあるわね。でもいつまでもここに滞在する訳にもいかないし、ささっと巣穴を探してやっちゃいましょ」


 アーニエが面倒くさそうにそう言うと、シェルツはその様子に苦笑しつつ繋げる。


「でも、この広い森で巣穴を探すのは骨が折れるね」


 ちょっとした町くらいの規模があるこの森を全て捜索するとなると、確かに何日かかるか分からない。


「ふふん、それなら任せてください。さっき逃げ出した個体に、マーキングを仕込んでおきました。きっと今頃巣穴に向かってるので、追いかけましょう」


 なんとも見事なドヤ顔をキメるエラーニュ。


「さすがエラーニュ! 君のバックアップがないと、うちのパーティは回らないね」


 ようやくこの仕事に終わりが見えてきた一行は、巣穴に向けて歩みを進めるのであった。



 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 


『で、その笛みてぇなやつは、どうやって使うんだ?』


 ヴェレスと心音は待機している間、警戒する以外にやることも無く、不自由ながらもコミュニケーションをとることにした。

 心音の折れていた脚はエラーニュに治療してもらっている。瞬時に完治させるような即効性はないが、それでも立ち上がる程度なら痛みはするが可能なようである。初めて目の当たりにした魔法というものの存在に動揺したものの、疲れ切った頭はそれ以上の思考を諦めていた。


 心音は立ち上がると、その呼びかけに応え、無言で楽器を取り出そうとする。


『ちょっと待った嬢ちゃん、どうしてずっと無言なんだ? 言葉が違っても、対外念話で話せば良いじゃねぇか』


 心音はビクッと手を止め、申し訳なさそうな顔で首を振った。


『もしかして対外念話が使えないのか? 簡単だぜ? 言葉に魔力と意思を乗せて話せば……』


 そこまで言って、ふと言葉を止める。


『まさかとは思うが、魔力を扱えねぇのか? ……たしかに魔力光も魔導音も感じねぇ。魔力を扱えない人間なんて……いや、そうだった、ワケありだったんだな。すまねぇ』


 ヴェレスが目を閉じ謝罪の意を示す。豪快だが気配りが出来ないというわけじゃ無いみたいだ。


 基本的にこの世界に現存するほぼ全ての生物は、何らかの形で魔力を活用している。極一部、魔力が分解される地帯に生息する固有種が存在する他、先祖返りで魔力を生成する器官――個体により色が異なることから彩臓と呼ばれる――が無いものが生まれることがあるが、外部からの刺激に弱い幼児期、世界に溢れる魔素の影響から身体を守る魔力が生成されないということは、その寿命の短さを示していた。

 つまり、心音のように十代半ば――ヴェレスには十歳と少し程度にしか見えていなかったが――まで成長出来ている〝彩臓を欠損したもの〟は、どこか特殊な環境で育てられていたか、何らかの人体実験の産物か、等々ろくなことでは無いことは容易に想像できた。


 ヴェレスの謝罪に対して心音はゆっくりと首を振ると、おもむろに楽器を構え、演奏を始めた。


 J.S.バッハ作曲【主よ人の望みの喜びよ】


 無伴奏で奏でられるその美しい旋律が木々に反響する。コルネット特有のビロードのような透き通った音色。その柔らかくあたたかなサウンドは、風景と相まってなんとも幻想的な空間を演出していた。


 演奏を終えると、惚けた様子のヴェレスが呟く。


『なんてぇか、上手く言葉にできねぇ音だな。オレはゲイジュツなんてものは分からねぇが、これはなんというかまぁ……すげぇ良いものだってことは分かる』


 純粋に心からの感想を伝えてもらっている気がして、心音の顔が綻んだ。


 ガサ……


 後方から聞こえた茂みが揺れる音に、バッと構えるヴェレス。


『やべぇ、結界張ってても楽器の音って結構漏れちゃうのか。結界の仕組みってよく分かんねぇな』


 世界には、生物の体内で生成された魔力が外へ溢れ風化した〝魔素〟が空気のごとく存在している。

 魔物避けの結界は、その魔素の途切れている場所には近づきたがらない、という魔物の性質を利用した結界である。目立たない状態で待機していれば魔物は無意識に近づかないようになるが、目立つ行為――今回の場合は楽器の音などがあれば、気になって見に来るのが道理である。音を遮断する効果などは、無い。


『まぁ、熊ネズミなんざ何匹来てもオレの敵じゃねぇさ! 〝かかってこい!〟』


 ヴェレスの怒号に、三匹の熊ネズミの子供が飛びかかった。一匹も心音に向かおうとしないのは、さっきの怒号に魔法が込められていたからということは、心音の預かり知らぬところである。


 力強い踏み込み、一瞬でそのうちの一匹に肉薄すると大盾を一気に叩きつけて吹き飛ばす。そのまま勢いを殺さず身体を回転させると、大重量のハルバードを片手で振り回し遠心力を乗せてもう一匹を両断した。そして武器を引き腰だめに構えると、一気に突き出して迫ってきた熊ネズミを突き刺した。


 武器を抜きくるりと背後へ振り返ると、吹き飛ばされた熊ネズミが体勢を整え、既に襲いかかって来ていた。武器を後ろ手に構えているため盾で防ぐしか無いと思いきや、なんと腕を伸ばしたまま片手でハルバードを振り上げると、まるで木の細枝を振り回すがごとく、熊ネズミの脳天に叩き落とした。


「う、うわぁ……」


 目の前の凄惨な光景に、思わずへたり込む心音であるが、ヴェレスの尋常ならざる膂力にも驚いていた。見るからに超重量を誇っていそうなハルバードを片手で軽々と振り回す様は、巨大なネズミ以上に恐ろしくすらあった。


『大丈夫か、コト? 見ての通り、この程度のヤツらなんて余裕ってもんよ! 心配すんな!』


 ガハハ、と若干検討ハズレなフォローを入れるヴェレスに、心音はコクコクと涙目で頷いた。

 地べたに座り込む心音に手を貸そうとヴェレスが近づいてくるが、何かに気づいた心音が叫ぶ。


「ヴェレスさん!! 後ろー!!」


 心音の尋常ならざる叫びに背後を振り向くと、新手の熊ネズミが突進してきていた。


「ぬぅっ!」


 全長の長いハルバードでは間に合わないと判断し、盾を横薙ぎに振るい熊ネズミを弾き飛ばす。

 しかし、一匹に見えた熊ネズミの背後に隠れていたもう一匹が、間髪入れずに襲いかかった。


「ぐあっ」


 右手に持っていたハルバードの柄で熊ネズミの爪を防ぎはしたものの、そのまま押し倒されてしまう。


『コト! 馬車の中に隠れてろ! 簡単には壊れねぇ作りになってるからよ!』


 勿論このままやられる気はないヴェレスであったが、目の前の熊ネズミに対応している間にもう一匹が心音に襲いかかるのを懸念して呼びかけた。

 しかし、心音は強い眼差しで首を横に振ると、ゆっくりと立ち上がり、楽器を構えたっぷりと息を吸い込んだ。


 《パァーーーーーーーン!!》


 五線譜上のF(ファ)の音がけたたましく鳴る。

 心音の狙い通り、二匹の熊ネズミはビクッと頭を抱え怯んだ。


「うぉ!?」


 ヴェレスもかなり驚いたようであるが、直ぐに我に返り、目の前の熊ネズミを蹴り飛ばした。

 そこからはあっという間である。ヴェレスはハルバードで熊ネズミをそれぞれ一撃で仕留めると、心音に向き直った。


『今の、なんだ? その楽器の音か? そんなとんでもねぇ音も出るんだな』


 信じられないような、訝しむ顔でヴェレスは言った。しかし、直ぐに頭を掻きながら照れくさそうに言う。


『いやまぁ、助かったよ。情けねぇところ見せちまったな』


 心音は首を振り「かっこよかったです」と伝える。意味は通じないだろうが、確かに想いは伝わった気がした。




『ちょっとぉ、なんかすごい音聞こえたけどだいじょ……って、なんかいい雰囲気じゃないの、お二人さん?』


 突如聞こえたアーニエの声にばっと振り向くヴェレスと心音。


『お、おぅ、お前ら随分早かったじゃねぇか』

『エルのおかげで直ぐに巣穴が見つけられてね。後は巣穴に魔法で合成した可燃性ガスを流し込んで、土魔法で蓋をして、離れてからアーニエが遠隔で着火してドカン、と。魔法は分解されても、魔法で生み出した物質までは分解されないからね』


 燃費は悪かったけど、と付け足すシェルツ。


『ところで何かあったの? って聞くまでもないか。よく一人で馬車もコトも守りながら五匹も撃退できたね』

『オレを誰だと思ってる。熊ネズミの子供なんざ準備運動にもならねぇよ。まぁ今回はコトにちぃとばかし助けられたんだがな』


 少しバツが悪そうにヴェレスは答えた。


『そんなことより、熊ネズミは殲滅出来たのか? 打ち漏らした(つがい)がいればまた増えちまうぞ?』

『この森じゃ探査魔法も効果を期待できないし、確実に殲滅したとは言いきれないけど、これだけ同胞の血の匂いが充満しているんだ、巣穴に戻らない個体はまず居ないと思う。定石通り巣穴に毒餌を巻いてきたから、問題はないと思うよ。事後調査は必要だけどね』

『そうか、なら早く帰ろうぜ。いい加減ゆっくり酒が飲みてぇ』


 遠征の最中野営するとなると、周囲への警戒のため思考を鈍らせる酒類は飲まないことにしているヴェレスは、話題の転換も兼ねて訴えた。

 他のパーティメンバーも早く帰ることには同意であった。任務を終えた面々は馬車に乗り込み、魔法で眠らせてあった馬を起こすと、心音を連れて街へ発つのであった。

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