2-7 繋がり始めた痕跡
捕まえた白猫を連れて、ハデスマー商会の事業所を訪れる。
中間報告も兼ねてギルドに顔を出した際、依頼主である商会主は日中であれば事業所に居るはずだと聞いて、ギルドから真っ直ぐ向かってきた。
「わぁ、おっきい建物、ですね」
「この建物、商会のもんだったんだな」
商業区で一際目立つその建物は、四階建てで広い敷地を持つ豪邸とも言えるものであった。
「まったく、儲かってんでしょうね。まぁ報酬さえ貰えるならなんでもいいわ」
圧倒されながらも、広く開放されているその建物のエントランスに入り、受付の女性に声をかける。
「迷い猫捜索依頼を受けていた冒険者の、シェルツ・ヴァイシャフトです。商会主のレイクハー・ハデスマーさんに面会できますでしょうか」
「ギルドから先行連絡を受けておりました。ただいまご案内致します」
女性が何か受付台の下で操作したと思うと、数十秒後に身なりのきちんとした男性が一人シェルツたちの元に現れた。
「お待たせ致しました、私、商会主の秘書を務めておりますハドルと申します。商会主の事務室にご案内致します」
案内に従い彼に付いていくと、何やら箱の中に通された。
「これは……なんでしょうか? 行き止まりのように見えますが……」
シェルツが不思議そうに中を眺める。
心音もその後ろから顔を出して様子を見ると、どこか既視感を感じた。
「これ……エレベーター?」
「コトさん、この箱に心当たりがあるんですか?」
流石のエラーニュもこの箱には覚えがなかったようで、心音に訊ねた。
「あ、いえ、ぼくの世界で似ているものを見たことがあって……」
こういう反応には慣れているのだろう、ハドルは営業スマイルで促す。
「ご心配なさらず。安全かつ迅速に、事務室までご案内致します。さぁ、中へ」
少し不審に思いながらも、五人はそれに従い中に入る。
それを確認するなりハドルはパネルに手をかざし、魔力光で光ったと思うと、箱ごと上昇を始めた。
「うおっ、なんだこりゃあ!?」
「やっぱり! やっぱりエレベーターですっ!」
「わ、わわ。こ、これはどんな原理で動いているのですか?」
初めて乗った人は皆驚きを見せるのであろう。ハドルは慣れた調子で説明する。
「様々な要素が絡み合っていますが、主には風魔法で箱の上下の空気圧を調整して昇降しています。最新の技術を取り入れているんですよ」
その説明を聞き、心音が感激したように声を弾ませる。
「魔法のエレベーター! この世界も、凄いです!」
その感激の旅も一瞬、直ぐに目的の階へ辿り着いた。
「ではこちらへ。商会主がお待ちしています」
一際立派な扉を潜り、五人は事務室へと入室した。
♪ ♪ ♪
事務室の内装からは、機能性と華美さを合わせ備えている、といった印象を受けた。
仕事がしやすい備品の配置がされている中、所々に美術品の類が飾ってある。
その最奥、広いデスクに裕福そうな恰幅をした男が座っていた。
彼はこちらを確認するなり、勢いよく立ち上がり部屋の中央へ躍り出る。
「おぉ、待っとりました。冒険者諸君、こちらの長椅子に腰掛けてくだされ」
促されるまま、彼の対面に腰掛ける。
「ワタクシがハデスマー商会を取り仕切っております、レイクハーです。いやはや、この度は依頼を受けて頂いて助かりましたぞ」
秘書のハドルがコーヒー――この世界での名称はもちろん違うが、心音はその味が確かにコーヒーと同じであることを感じた――を六人分テーブルに並べ、心音たちが一口口をつけるのを確認した後、レイクハーが身を乗り出して訊ねる。
「して、依頼していたハープスシロネコは……」
シェルツが心音に視線を流す。
一番猫が落ち着くということで、心音がここまで籠を運んできていた。
「ネコちゃん、ここです」
レイクハーの方へ籠を向け蓋を開けると、白猫がのそりと這い出てきた。
「おぉぉ! バルトルディフェリックスよ! 心配かけおって、元気だったかぁ!?」
「ば、ばるとる……?」
どうやら猫の名前であるらしいが、なんともまぁ大層な名前である。
レイクハーは猫を抱きしめ頬擦りをしている。猫が少し迷惑そうな、それでも嫌ではないといった鳴き声を上げているのを見るに、主従関係は――どちらが主かは置いておいて――そう悪いものでは無いのだろう。
一頻り戯れた後、ごほんと咳払いをし、居住まいを正してレイクハーが五人に向き合う。
「本当になんとお礼を言ったら良いか、依頼の遂行、大変感謝いたします」
「いえいえ、あたしらは報酬さえもら――むぐっ」
「これが俺たち冒険者の仕事ですから。民の役に立つ、それが今回も達成出来て良かったです」
シェルツに口を塞がれたアーニエがもごもご言っているのを少し目を細めて見て、エラーニュは、真剣な声音でレイクハーに質問する。
「ところで、その、バル、バルトルフェリックスさんは昔からそんなに魔法が強かったのですか?」
「バルトルディフェリックスですよ、お嬢さん。いやぁ、昔は大人しい子だったのですが、数週間前からだんだんとやんちゃになってしまいまして……」
「やんちゃ、ですか……」
やんちゃで片付けるには、あまりに強大な魔力である。嫌な予感を確かめるように、エラーニュは続ける。
「最近何か変わったことはありませんでしたか? 例えばバルドルデルフェリックスさんに特別なことをしてあげたとか」
「バルトルディ……いえいいです。そうですねぇ、特別なことと言えば……」
少し左上に視線を上げながら考え込み、そう言えば、とレイクハーは回答する。
「良い儲け話がありましてですね、いやまぁその内容はお話出来ないのですが。その取引をしてくれた方が、愛猫さんが確実に喜ぶ餌を置いていきます、とサービスでくれた餌を食べさせましたね。余程美味しいのか、夢中になって食べていましたよ」
どこかデジャビュを感じる。
シェルツが会話に割り込んで聞き出す。
「その取引相手、なにか特徴的なところはありませんでしたか?」
レイクハーはそう時間もかけずに返す。
「特徴と言いますか、夏場なのに始終黒いローブを目深に被っていたので、不思議でしたね。まぁ商売の世界、顔を見せなくない人もいますからね」
線がつながった。
これも、チャクトの巨木から繋がる同一人物による出来事であろう。
「レイクハーさん、その餌を見せていただけませんか?」
深刻そうな声音のシェルツに少しタジタジとしながらも、レイクハーは立ち上がり、棚から袋を持ってきた。
「これと同じのが、あと三袋あります。バルトルディフェリックスちゃんが今まで食べたのは、ちょうど袋半分くらいですね」
シェルツが中から餌を一粒取り出す。
それは赤茶色のキャットフードのようで、特別変わった様子は見られなかった。
「エラーニュ、これから何か分かることはある?」
「少しお待ちを、解析を試みます」
机の上に餌を置き、エラーニュがそれに何か魔法をぶつけたり、水を垂らしたり炙ったり、様々なアプローチをかける。
出してもらったコーヒーが空になった頃、エラーニュが神妙な面持ちで顔を上げた。
「この餌、似た成分が魔物の角から抽出されているのを見たことがあります。わたしの記憶が正しければ、これは彩臓の働きを著しく上昇させ、暴走状態にします」
それに最も驚きを表したのはレイクハーだ。
「なんですと!? バルトルディフェリックスはそんなものを食べさせられていたというのか!?」
エラーニュは頷きを返すが、すぐにフォローを入れる。
「ですが、この成分は時間が経つと自然に排出されるはずです。抜けきるまでには少し時間がかかるかもしれませんが、まだ半袋分しか食べていなかったことは幸いだったでしょう」
それを聞き、レイクハーは胸を撫で下ろす。
しかし、その裏を返すと……
「つまり、全部、食べていたら、あのおっきい木、みたいに?」
「そうだね。でも、たぶんコトが想像するよりもっと大変なことになっていたかもしれない」
チャクトの巨木の厄介さを想像した心音であるが、シェルツは半袋を食べただけの現状を見るに、もっと恐ろしい事態を引き起こしていたのではないかと推測した。
「俺たちは、その黒いローブの男を追っています。詳しいことは話せませんが、ハープス王国にとって良くないことをしているのは確かです」
「なんてことだ……いやはや、本当に、この度はバルトルディフェリックスを救ってくれてありがとうございます。この餌はもう食べさせずに、部屋の中でゆっくり毒が抜けるのを待ちます」
最悪の事態は避けられたことを知り、レイクハーは身体の力が抜けたように椅子にもたれかかる。
「残りの餌は、証拠品として俺たちが預かります。バラテロトロフェリックスさんのこと、大事にしてくださいね」
「バルトルディ……えぇ、本当にありがとうございました」
話に区切りがついたところで、挨拶を交わして五人は部屋を後にする。
商会の建物から出たところで、心音が疑問を口にした。
「どうして、レイクハーさんの、ネコちゃん、狙われちゃった、ですか?」
わざわざ入り込みにくい商会のトップの猫を狙わなくても、その辺の民家を標的にしても良かったはずだ。
これは推察に過ぎないけど、とシェルツが答える。
「ハープスシロネコの魔法特性に目をつけたのかもしれないけど、きっとそこではないかな。たぶん、この街一番の規模を誇る商会を、内部から崩そうとしたんだと思う」
それを聞いて、厄介さを身をもって知っているヴェレスが苦々しげに零す。
「あんな魔法で暴れられた日には、建物内はぐちゃぐちゃになるわな。負傷するやつもたくさん出るだろ」
エラーニュが、それに、と付け加える。
「建物内には、たくさんの契約書類や機密文書があるはずです。それを喪失してしまえば、商会の運営も成り立たなくなってしまうでしょう」
そこまで聞いて、アーニエが合点がいった風に手を叩く。
「つまり、この街……いや、この国随一の商店街の機能を停止させて、冒険者の力を削ぎ落とそうとしたわけね!」
シェルツはそれに頷く。
この街の商店は対冒険者に特化している。そのため、国中の冒険者が武具を買い求めに訪れ、王都ヴェアンから遥々くるものもいるくらいだという話を、商店街を歩きながら心音はシェルツから聞いていた。
「初期段階で猫が商会の外に逃げ出していて良かったわね。もしあのまま餌を食べ続けていたら……」
事は思った以上に深刻そうである。
「これは、まだ余罪がありそうだね。早くベジェビに行って、情報を整理しなきゃ」
もしかしたら国を動かす事態になるかもしれない。迅速な行動が求められるだろう。
「そのまえに〜、早くギルドに行って報酬受け取りましょ! 金貨よ金貨〜、打ち上げしましょうよ!」
だらしのない顔でアーニエが声を上げる。
反論するものは、いない。長期に及ぶ集中状態は、十分な疲労感を感じさせていた。
「ぼくも、温泉、また入りたいです! ぬくぬくです!」
心配事は尽きない。
それでも、一つの事件が片付いた達成感を胸に、五人はギルドまでの道を歩き始めた。
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ここまでで第二楽章終了、次回から新エピソードです!




