2-6 もふもふ大作戦
「んあぁぁ!! また逃げられた!!」
アーニエが悲痛な叫びを上げながら地団駄を踏む。
他の四人も精神的に疲れ切った様子である。
柔軟体操を終えた心音とシェルツが皆と合流し、猫の捜索を再開してから早――――四日目。
マーキングが効いていたので、見つけ出すこと自体は難しくなかった。猫は街の周りをぐるぐると回っているようで、小動物や小鳥、虫などを食べて食を繋いでいるようであった。
強引に近づいて捕まえることが悪手であることは、猫と遭遇した初日に身に染みて理解させられた。
そのため、作戦会議で意見を出し合い、あらゆる捕獲手段を試みているのだが……
「あの猫どうなってんのよ。これだけ色々試して捕まえられないとか……」
エラーニュの光縛鎖で捕縛する案があった。
――有効射程まで近づくと警戒され、光縛鎖を発現させても避けられた。
餌で誘き寄せて罠にかける案があった。
――餌を視認するなり、超高速で接近、餌を窃取後、即離脱された。
アーニエの水魔法で濡らして行動速度を落とした後、心音の冷却魔法で凍りつかせる案があった。
――水が触れた途端、周囲に強力な風魔法を巻き起こし、水を吹き飛ばすばかりか接近することすら難しい状態になった。
網を広範囲に敷き、絡めとることで捕まえる案があった。
――上手く引っかかり、ようやく捕まえたと思いきや、多数の〝風刃〟を発現させて直ぐに脱出された。
「マタタビも効果なし、おもちゃにも見向きせず、ネズミに釣り針を仕掛けても躱され……。一体どんな手段を用いれば捕まえることが出来るのでしょうか……」
パーティの頭脳たるエラーニュもお手上げである。何日も追いかけ続け、未だ成果なしという結果に、全員が辟易していた。
今も前方に小さく、猫が背中から転がっている姿が見える。油断しているように見えても、近づく気配を見せた途端超速で逃げ出すのだからたまったもんじゃない。
「だいたいおかしいだろ。猫って体力ねぇんだろ? 奴はどれだけ走ってもバテる様子を見せねぇじゃねえか」
「それに魔法の強度がおかしすぎる。突然変異か何かなのかな? あれに闘争心があったら、かなりの危険度の魔物と並ぶよ」
苛立ちを見せながら零したヴェレスに、ため息混じりでシェルツが応じる。
諦めてしまいたいが、それは冒険者としての沽券に関わる。
葛藤に苛まれ悶々とする中、心音はふと思い出したように小さく紡ぎだした。
「モーツァルト……ネコちゃんと、モーツァルト。ネコちゃんが好きな、音楽……」
聞き慣れない名詞に、眉をひそめながらアーニエが突っ込む。
「何の呪文よそれ。疲れでおかしくなってないでしょうね? コト」
声をかけられて初めて声に出していたことに気が付き、慌てて弁明する。
『あ、いえ、少し思い出したことがありましてっ。ぼくの故郷で、ある音楽が聞こえるとネコちゃんが大人しくなる、って聞いたことがあって!』
藁にもすがる思いなのか、シェルツがそれに食いついた。
「猫も音楽を理解するのかい? それって、コトの楽器で試せないかな?」
『はい、やってみますっ!』
レザーケースからコルネットを取り出し、息を吹き込みながらピストンバルブの動きを確かめる。
その間、なんの曲がふさわしいか思考する。
モーツァルトは明るく楽しい曲をたくさん書いている。
彼は装飾音符や軽快な連符を多用したが、そういった音の動きを、もしかしたら猫は好むのかもしれない。
ゆっくりと二呼吸。
流れるような動作でコルネットを構え、たっぷりと息を吸うと演奏を始めた。
W.A.モーツァルト作曲
【きらきら星変奏曲】
日本でも歌詞がつけられ歌われる有名な一曲。
モーツァルトは有名なそのフレーズを、次々とメロディの形が変わる十二の〝変奏〟として盛り込んだ。
Twinkletwinkle littlestar.
コルネットの朝顔から飛び出た音が、楽しげに跳ね回る。
装飾音符を交えたそれは、猫と遊びたい少女が、まるで猫じゃらしをぴょこぴょこと動かしているように聞こえる。
気がつけば、猫がこちらに意識を向け、警戒しつつもゆっくりと向かってきている。
聞いたことの無い、どこか不思議な気分になる音。興味を引くことには成功しているようである。
主題の演奏が終わる。そしてattaccaに第一変奏へと切り替わる。
軽く口ずさむような主題とは打って変わって、流れるような高速の連符が踊り出す。
夜空いっぱいに広がる星々が縦横無尽に飛び交う様が幻視される。
猫が駆け出した。
そして心音の傍に止まったと思えば、音に合わせて心音の周りを飛んだり跳ねたりし始めた。
思ってもいない光景に固まっていたシェルツであるが、チャンスであることに気がつき慌ててエラーニュに囁く。
「エラーニュ、心音ごと防壁で包める?」
「えぇ、既に構築に取り掛かっています」
音と、星々が消えてゆく。
それに合わせてトリガーとなる〝全方壁〟を唱えたエラーニュが、比較的イメージの構築がラクな立方体型の防壁で心音と猫を囲んだ。
「よしよし! いいわねぇ。もう逃げられないわ……よ……?」
防壁に驚いて無様に暴れ回る、という光景を予想していたアーニエが、そのビジョンを裏切られたようで固まる。
その双眸には、猫が心音の脚に擦り寄り丸くなっている光景が映されていた。
やっと大人しくなった。
今までの苦労はなんだったのか。
こんなことならもっと早く。
全員の考えることは大体似通っていたが、いずれにせよこれで依頼は達成出来そうである。
エラーニュが防壁を透過させて捕獲用の籠を渡す。
心音は猫をもふもふしてその感触を堪能……もとい猫をなだめた後、落ち着いた手つきで猫を中に誘導した。
『もふもふ、ゲットですっ!』
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次回、第二楽章も着地します。
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