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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第二幕 精霊と奏でるアリア=デュオ  〜王国に落ちる影〜
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2-5 毛玉との対峙

 迅速な判断が功を奏したのだろうか、目標は意外とあっさり見つかった。


「……! あれじゃない!? あの白い毛玉!」


 それは飲食店街入口付近を、のんびりと歩いていた。

 こちらの苦労も知らず、なんとまぁ呑気なものである。


「俺が行く。一気に詰めるよ」


 シェルツが歯切れ良く呟き、目にも止まらぬ速度で猫に接近する――――



 ――――と同時に猫の姿がブレて、消えた。



「なっ……!?」


 事態が飲み込めない。しかしすぐにハッとし、五人は背後に気配を感じ振り向く。


「マーオ……」


 いつの間にか移動していた猫が警戒心を露わにしてこちらを睨めつけている。


「マジかよ、ただの猫がしていい動きじゃねぇぜ」


 顔をしかめながらも、ヴェレスは飛び出す構えをとる。


「猫とわたしたちの周りに防壁を張ります。中心に追い込んで捕まえましょう」


 エラーニュが本を開きながら、小声で皆に伝えた。

 エラーニュが詠唱をしている間、四人はジリジリと四方に広がり、猫が行動を起こすのを牽制する。

 程無くして詠唱が完了し、周囲に高さ二メートル程度の防壁が展開された。


「覚悟しなさいニャンころ。逃げ場はないわよ」


 悪どい笑みを浮かべながらアーニエが手を伸ばす。

 四人に囲まれ、それを避けても防壁に阻まれる。もはや勝ちは確定していると言っても過言ではなかった。


 四人が一斉に手を伸ばす。

 その手が猫に触れる直前、猫が高くジャンプした。


「おっと。でもその高さじゃ逃げられはしな……!?」


 心音の身の丈に届くのではないかというほどの大ジャンプ。それでも無駄な足掻きに終わるかと思いきや、猫は空中(・・)を蹴り更に上に飛び上がった。


「バカな! 〝風踏(かぜふみ)〟だと!?」


 驚嘆して口をついたヴェレスの魔法名が耳に入り、それを知るものは目の前の異常事態が有り得ないものであると再認識する。


 猫はそのまま数度空を蹴り、街の南門の方に駆けて行った。


「あぁ、あたしの金貨が……」


 呆然とするアーニエを横目に、シェルツが難しい顔で考察する。


「ハープスシロネコはたしかに弱い風魔法を操る種だと聞いたことがあるけど、〝風踏〟のような高度な魔法を使いこなすだなんて、あまりに異様だ……」

「これではたしかに、三千ケッヘルも納得ですね。冒険者に依頼したのも頷けます」


 驚愕と困惑、取り逃した落胆で、どんよりとした空気感が流れる。


「は、早く、追いかけなきゃ! ネコちゃん、また遠くに!」


 心音がわたわたしながら発した言葉に、ハッとした様子で皆が顔を上げ、シェルツの指揮の元逃げ出した方向へ追跡を再開した。


♪ ♪ ♪


 その日いっぱい追跡を行ない、陽が落ちる直前に南口付近で発見すること自体は出来た。

 しかしあまりの速度に捉えることは叶わず、そして追い詰め方が悪かったのか、南口横にそびえ立つ木の柱の隙間から街の外に逃げ出してしまうのを、為す術もなく見送るしか無かった。


「最悪ね……街の外にでられちゃ、探し出して捕まえるなんて湖に沈んだ針を見つけるくらい面倒よ」

「門番の人にも、この時間に外へ出るのはダメだって言われたしね……」


 冒険者の、そして住民の安全のため、薄暮時間帯以降は日が昇るまで門の開閉を行わないとのことであった。


「唯一の救いと言いますか、なんとかマーキングを付けることには成功しました。ですが、その効果も持って五日でしょう」

「なんかオレらのせいで街の外に出ちまったみてぇに感じるし、このまま捕まえられねぇのは寝覚めが悪いな」


 難儀な依頼に手を出してしまった。

 それでも、ここで諦めるのは中段位冒険者としてのプライドが許さないし、なによりも……


「依頼を受けた以上、取り下げて査定が下がるのは避けたいね」


 依頼を受けること自体は、特別指定がない限りは段位の制限はない。

 しかし、出来もしない依頼をいくつも受けられては困るという点から、未達成時にはその状況を審査し、場合によっては査定点数が引かれるのだ。


「作戦会議、が必要ですね!」


 むむむ、と唸っていた心音が、その低い位置にある頭から皆を見上げつつ発する。


「そうだね、打開策を練ろう。休息も必要だね、宿に戻って食事を摂り次第、案を出し合おう」


 いつまでも失敗を引きずっていても仕方がない。前向きに思考を向けることが、事態を動かすのだ。

 少し、皆の表情が締まった気がする。

 時間との戦いである。今は今できることを、しっかり考えていかなくてはと、心音も猫に浮かれていた気持ちを引き締めた。



♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪



 翌早朝、作戦会議で挙がった捕獲に使う道具や、野生の魔物と遭遇した時のための武器などの装備を整える。

 心音が目を覚まし宿の中庭に出た頃には、そこには既にシェルツが柔軟体操をしている姿があった。


『シェルツさん、おはようございます、早いですねっ!』

「おや、おはようコト。ここに来たってことは体を動かしに?」


 一旦手を止めて、こちらを振り返りながらシェルツは返事を返す。


『はい! ぼく、鈍臭いので、少しでも良く動けるように身体を(ほぐ)しておかないと……』

「良い事だね。軽い準備運動で済ませる冒険者も多いけど、事前にじっくり身体を伸ばしておくことで、瞬時に出来る動きの幅が広がるからね」


 心音と話しながら、シェルツは肩を回し腕の可動域を確かめる。

 日本にいた頃、楽器を吹きながら歩き回るマーチングバンドの体験をした際、柔軟体操の重要性を教えて貰ったことがあった。その内容はたしか……


「柔軟体操をやるかやらないかで、怪我の確率も違うっていう統計もあってさ。関節の可動域を十分に確保する効果もあるし、瞬発的な運動をした時に身体にかかる負担を軽減できたり……ということらしいよ。まだあまり広まっていない最新の研究みたいだけどね」


 地球でもストレッチの重要性が説かれたのは意外と最近であったはずだ。

 この世界の文化は地球の感覚で言う昔風なものに思えるが、やはり怪我が死と直結する冒険者稼業、一部ではあるが、そういった研究は進んでいたようだ。


「さぁ、本気で捕まえに行くよ。いつまでもここで足止めされる訳にはいかないからね」

『作戦会議、いっぱいしました。きっと上手くいきますっ!』


 中庭の木に生い茂る深緑に、朝露が煌めく。

 心音はシェルツの隣に並ぶと、合わせて柔軟体操を始めた。




ブクマ登録等々、ありがとうございます♪

区切りの都合上やや短めです。

さらっと終わるエピソードのはずだったのですが、書いているうちに楽しくなってきちゃって……猫の話は次回次次回と続きます!

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