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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第二幕 精霊と奏でるアリア=デュオ  〜王国に落ちる影〜
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2-4 猫探し

 すっきりとした朝。

 軽くなった心と身体を感じながら、この国では嗜好品に分類されるパンを朝食として食べる。日本で食べていたものと比べやや硬く感じたが、ミルクと一緒に食べるとそれがまた丁度よく感じた。


 一息ついた後、五人の姿は再びギルド支部にあった。


「なんかいい依頼ないかしらねぇ。べジェビに行くついでにできるものがあれば最高なんだけど」


 アーニエはゆったりと依頼ボードに近づき、内容を吟味し始める。

 それに続いて各々依頼を見ようとしたところで、アーニエが声を上げた。


「何これ、地味な割に高報酬って書いてあるんだけど」


 彼女が腰を屈めて顔を近づけたその紙を覗いてみると、

「迷い猫捜索依頼――達成報酬三千ケッヘル」

と書いてある。


「猫探し? これって冒険者というより民間の探偵の仕事じゃないのかな?」

「シェルツさんの言う通りですが、依頼者をよく見てください」


 エラーニュの言葉に従い目線を移すと、そこには

「ハデスマー商会 レイクハー・ハデスマー」と記載してある。

 商会の名前を冠する苗字。事情に疎い心音でも、これが意味することは容易に推察できた。


「あー、そういうことか。コイツが金積んで人海戦術で探させる気だな」

「達成者には三千ケッヘル、って書いてあるもんね。報酬欲しさに何人探そうが、報酬を払うのは見つけた一人にだけってわけだね」


 よく考えられているが、それにしても猫一匹に大金を積むあたり金が有り余ってるのか、それとも特殊な事情があるのか……。


「ど〜もきな臭いけど、報酬には惹かれるわね。短期間でこれだけ稼げたら上々じゃない?」

「たしかにそうですね。猫一匹ならそう時間もかからなそうですし、三千ケッヘル分の蓄えが増えれば、少しお財布事情もラクになります」


 依頼用紙に視線を戻すと、剥がされた後に再び貼り直された形跡がない。つまり、まだ誰も受注していない新しい依頼というわけだ。

 うずうずしていた心音が、遂にと口を開く。


「ネコちゃん、見たいですっ!」


 打算も何も無い純粋な欲求に四人は愉快気に笑うが、一つ頷き合うと依頼用紙を剥がし、受付に向かった。

 

♪ ♪ ♪


「これが捜索対象の転写絵図です」


 依頼の詳細を聞くため受付に依頼用紙を渡すと、何かが描かれた上質な紙が提示された。


「真っ白でいかにも高そうな猫だな……」

「これ、ハープスシロネコだね。厳正に管理されていて、全ての個体に血統書がついてるはずだよ」

「って、これ光転写魔法で描写された紙じゃない。金あるわねぇ」

「つまり、光転写の理論を学んだ専門家と光転写用の部屋を所持しているわけですね。かなりの規模の商会みたいです」

 

 その紙はまるで印刷された写真のようであった。光転写用の部屋、というのは写真で言う暗室のようなものであろうか。

 いずれにせよ庶民には手が届かないものなのだろうなぁと、心音はぼんやり想像を膨らませた。


「もふもふです。ふわふわです。ぎゅーしたいです!」

「コト、これは依頼だからね。お仕事だからね?」


 困ったように笑いながらシェルツが釘を刺すが、どうも心音がいると場の雰囲気が緩くなる。


 紙はくれるわけでは無いようだ。華美な首輪が嵌められたその猫の姿を目に焼きつけると、シェルツがよし、と方針を打ち出す。


「まずは街の中を、手分けして聞き込みしながら捜索しよう。一時間後にもう一度ギルドに集まって情報共有、そして捜索場所を絞っていこうか」


 目立つ猫である、きっと目撃情報は上がってくるだろう。さっそく五手に別れて、シェンケンの街に散っていった。


♪ ♪ ♪


 シェンケンの街は冒険者たちで賑わっているが、宿が集まる区画に出ると人は疎らであった。

 まだ昼過ぎの日が高い時間帯である。会話がまだ得意ではない心音は、人の少ない区画を任されていた。

 それでも簡単な言葉を使い、短い会話で調査を進める。


「白いネコちゃん、見なかった、ですか?」

「白い猫? あぁ、あの端っこの宿屋に番猫がいたよ」


 なんと、さっそく手掛かりが! と思い駆け足で指し示された場所へ向かう。


「ね、ネコちゃんっ!」


 ばっ、と宿屋の中を覗くと、短く綺麗な毛並みをした猫が欠伸をしていた。


「あぁ? 客かい?」

「し、失礼しましたっ!」


 聞き方が悪かった。白い猫だなんてそこら辺にたくさんいる。特筆すべきはあのもふもふである!


「白い、もふもふ、ふわふわ、かわいい! なネコちゃん、見なかった、ですか?」


 少しスムーズになってきたカタコトの少女はめげずに探す。あのもふもふに顔を埋めるために!


♪ ♪ ♪


 一時間後、ギルドに再集合したパーティ五人は情報を交換し合う。

 話をまとめると、ある程度の傾向があるようであった。


「なるほど、食べられるものが多い飲食店街方面での目撃が多いね。少し前に見たって情報も多いから、きっとその辺りにいそうだ」

「猫は警戒心が強いので、人混みを避けて安全な場所に隠れていそうです。きっと遠くには行っていないでしょう」


 滑り出しは順調である。この調子だと今日中にでも見つかりそうだと誰もが思いながら、街の南側に位置する飲食店街方面に向かうことにした。




 手分けして飲食店街の路地を洗う。

 きっとこういった狭い場所を好むだろうということ、人通りのある大通りは人目に付くから騒ぎになるだろうということから、集中的にいそうな箇所を探す。

 しかし探すこと一時間、めぼしい所は探し尽くしたはずであるが、全く痕跡が見つからない。


「どういうことだ? ここら辺にいるんじゃねぇのかよ」


 頭を掻きながら苦言を呈すヴェレスであるが、他の四人も同じ心境である。

 すると、北側から歩いてきた冒険者二人の会話が皆の耳に入ってくる。


「しかしさっきのアレ、凄かったな」

「そうだね〜。あれ確か高い猫でしょ? なんであんなのが街を走ってるんだろう」


 ばっ、と音がする勢いで冒険者二人を見る。

 それだとばかりにアーニエが彼らに詰め寄った。


「アンタたち、それ詳しく聞かせなさい!」




 有益な情報である。

 それに従い飲食店街とは反対側、四半時(しはんとき)ほどかけて最北端に位置する運動公園に向かった。

 彼らによれば、運動場を走り回り、転がっていたボールで遊んでいたそうだ。


「猫は体力がそんなにありません。きっと遊び疲れて付近で休んでいることでしょう」

「エルの前情報があれば気持ちもラクになるわね。金貨三枚はすぐそこよ!」


 もう依頼達成は確実とばかりに、アーニエの高笑いが響く。

 駆け足で駆けつけた運動公園では、トレーニングに励む冒険者たちや、遊び回る子供たちの姿が多く見えた。



「ネコさん? ネコさんならさっきまでそこで遊んでたの!」

「白い猫を探してる? 俺達がここに来た時にはそんなのいなかったな。なぁ、お前ら?」


 探しながら聞き込みを行うが、どうやら集約するに四半時前くらいまではここで目撃されていたようだ。


「ビンゴね、きっとまだこの辺に金貨は居るわ!」

「猫だよ、猫。木の陰や遊具の下とかを探そうか」


 広い運動公園、そこそこの数の物陰があるが、五人で探せばそうかからないだろう。

 嬉々としたアーニエとそわそわした心音が飛び出し、それに続いて皆で捜索を再開したが……




「ネコちゃん、いないです……」


 十分と少し探し回ったが、何処にも猫の姿は無かった。五人の顔にも疲労の色が表れ始める。

 複数人から得られた情報は確かなはずである。仮に捜索対象ではなかったとしても、近い姿の猫がいてもおかしくないはずであるが、一匹の猫すらこの公園にはいなかった。


「どうなってんのよ、猫のネの字すらないじゃない」

「おかしいな……まるで見えない何かを探してるみたいだ」


 目撃が確認された時刻から一時間も経っていない。それなのにその影は全く確認できなかった。


 頭が混乱してきた。やはりあの報酬額には何か裏があるのかと、疑念が湧いてくる。

 そんな中、南側の入口から歩いてきた子供同士の会話が鼓膜を揺らした。


「あのネコさん、キレイだったねー」

「びゅんって走ってたね!」


 これはもしや例の猫ではないのかと、まだ近くにいる希望を持ってシェルツが子供に話しかける。


「ごめんね、ちょっといいかな。その猫さんは、どこで見た?」


 突然話しかけられ子供たちはきょとんと顔を見合わせると、シェルツたちにとって耳を疑いたくなる回答が返ってくる。


「ボクのお父さんのお店で見たの。ネコさんにちっちゃいお魚あげたんだ!」


 嫌な予感がする。それでも確認せざるを得ない。


「そのお店って……どこら辺のお店かな?」

「お父さんはシェフなんだ! 飲食店街では有名なお店だよ!」



「そんな……まさか……」



 ありえない話である。


 飲食店街から運動公園までは大人が徒歩で歩いて四半時ほど。

 そして運動公園で猫の目撃情報があったのはそれから更に十数分前。

 計算が、合わないのである。


 まるで猫が瞬間移動してるかのような事態に、五人は困り果てた。


「同じ姿の猫が二匹いる、なんてことは無いかな?」


 その可能性はやはり誰もが思いつくであろう。しかしシェルツのその言に、エラーニュが反論する。


「そうであっても、ここで遊んでいる姿が目撃された猫が見当たらない理由にはなりません。飲食店街の捜索時に見つからなかった件もそうです」


 どうも普通の猫ではない可能性が高くなってきた。

 しかしここまで苦労して探しているのだ。途中で諦めるのは冒険者の(しょう)にあわない。


「こうなったら意地でもとっ捕まえるわよ! 飲食店街に行きましょ!」


 一匹の猫とのプライドをかけた勝負である。身体強化で脚力を増加させ、五人は駆け足で飲食店街へ向かった。

※四半時――おおよそ三十分。


ブクマに評価等、ありがとうございます!

第二楽章もようやく動き出しました。

音楽要素がご無沙汰していますが……そろそろ出てきます、そろそろ!

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