2-2 冒険者の街シェンケン
牙ツバメと二股ヘビ。
夜間の襲撃は無く、明け方から昼前にかけて現れたその二種以外は平和な道中であった。
特別危険度の高い魔物でもなく、心音が得意な火の精霊術で一気に焼き上げた。
「コトがいると温存できてラクだわ」と言い放ったアーニエに対し、心音が役に立てて嬉しいといった反応を見せた直後、精霊術に使う触媒が底をつきかけていることに気づいてアタフタする、などといった一幕もあったが、この四日間の移動も終わりが見えてきた。
『あっ! あれですか? あの茶色い壁みたいなやつ!』
心音が窓から顔を出し元気よく叫ぶ。
親指の長さ程度に見えたそれは、街を囲むように広がっていた。
「茶色い壁……あぁ、確かにそう見えるわね」
街との距離が縮まる。
そしてその全容がハッキリと双眸に映り――――
『これ……木ですか? 綺麗に組まれています!』
壁の正体は、格子状に組まれた木製の柱であった。
丈夫そうな太い柱が幾重にも組まれ、街の中の様子が伺えた。
「ここら辺では、魔物の集団暴走もたまにありますから、その早期発見のために防壁も兼ねて見通しのいい建造物を建てたみたいです」
理にかなっているといえばそうかもしれないが、この壮大な規模の壁を作るのに、どれだけの時間と労力を費やしたのか。
『芸術性を感じます……!』
その光景は均整のとれた美しさがあった。計算し尽くされたその建造物は、もはや一つの作品とすら言えよう。
(魔法を使って作ったのかな? すごいなぁ、この世界……)
地球では見なかった規模のそれに、心音は溜息をついた。
そうこうしてるうちに、検問の順番が回ってきたようだ。
シェルツたちが冒険者証を見せているのに倣い、心音も冒険者証を掲げる。
大きなギルドがある、というだけあって冒険者の出入りが多いのだろう。特段止められることもなく、すんなりと街の中へ入れた。
「わ、お店、たくさん!」
門をくぐると多種多様な商店が展開されていた。街の玄関部に店が集まるのは、この世界のセオリーなのだろうか。どうやら、冒険で用いる消耗品、食料や医療品などの店が多いようだ。
「この街は、ここら辺一帯の魔物を討伐するために集まった冒険者のためにできた街、とも言えるんだ。えーと、そこら辺はエラーニュが詳しいかな?」
「シェルツさんには前もお話したと思いますが……。こほん、元々は冒険者のために宿を構える人が集まってできたようです。そこから次第に冒険者のために必要な物品や装備品のお店が集まって、気がついたらギルド支部まで建てられてこんなに大きな街になっていたとか」
若干呆れた様子を見せながらも、自分の知識を話すこと自体に満更でもない様子でエラーニュは説明した。
「エルあんた、いったいどんな経路で情報仕入れてるのよ。昔から知識の範囲が広すぎるのよ」
心音がパーティに加わってからというもの、エラーニュの解説が入る機会が増えている。一緒にいる期間が長いアーニエですら、その教養の深さには驚きを禁じ得ないようだ。
「大体のことは、書物が解決してくれます。あとは長く生きる知識人の方々からお話を伺うとか……例えばべジェビの――」
「あー、あの婆さんの話はいいから。よくあんな年寄りの相手できるわね」
べジェビのとある人物に対して嫌な思い出があるのであろうか、アーニエはいつも苦々しげな態度で吐き捨てる。
「さて、野営が続いたし、ギルドで報告と情報収集を済ませたら宿を探そうか。今日はゆっくり休もう」
「そうだな、あの荷車の中に詰め込まれてたせいで、肩がこって仕方がねぇぜ」
御者を交代している時は、ヴェレスも荷馬車の中で過ごしていた。止むを得ないとはいえ、少し可哀想に見える絵であった。
「馬車を停留所に置いてくるよ。ヴェレス、角の運び出しお願い」
「おう。このくらいだったら一人で十分だな」
討伐した魔物の角が詰まった袋をヴェレスが肩にかける。結構な数であるが、大柄なヴェレスが持つことで不思議と小さく見えた。
心音は興味深げに周りを見渡す。
どの店も活気で溢れている。
武器を携帯している者が多いことから、客層のほとんどが冒険者であることが伺える。
冒険者のための街であるからそれもそうだろう、とは思えど、一般的な民間人がほぼ見当たらないことには少し驚く。もっと街の中の方へ入ればそれも変わってくるのであろうか?
そう時間もかからず、シェルツが戻ってくる。軽く相槌を打ち合い、一行はギルド支部へと向かった。
♪ ♪ ♪
冒険者ギルドシェンケン支部。
冒険者のための街に建てられたギルド支部だけあって、ヴェアン支部と同等かそれ以上の規模を誇っていた。
往来が激しいためスイングドアとなっている入口をくぐると、エントランスと受付が一体となったそこは冒険者で溢れていた。
既に何度か来たことがあるのだろう、荷物を抱えたヴェレスは迷わず受付窓口のひとつに直行する。
「ねぇちゃん、報告だ。コイツの確認を頼む」
ドサ、と窓口の机に置かれたそれを、眼鏡をかけた大人しそうな受付嬢は慣れた手つきで開封する。
中身を見るなり席を立ち、後ろの部屋まで歩き呼び鈴を鳴らすと、職員が数名出てきて袋を運んでいった。
「こちらに、対象の依頼番号を全てお書き下さい。達成数量はこちらで記載しますので空欄でお願いします」
受付嬢は説明しながら報告様式に羽根ペンでアンダーラインを引いて、記入が必要な箇所を示す。
「あー、エラーニュ。お前こういうの得意だろ、頼むわ」
「得意も何も、ヴェレスさん番号控えてすらいないですよね。まぁわたしが書くつもりでしたが」
やや呆れながらも当然の流れ、といった様子でエラーニュがヴェレスと場所を入れ替え、取り出したメモ用紙を参照しながら必要事項を記載していく。
「そういえば、依頼、別のギルド支部でも、報告、できたんですよね」
徐々に対外念話無しの会話に慣れてきた心音が、基礎講習の内容を思い出しつつ呟いた。
「依頼は番号で管理されてるからね。伝話機や光魔法とかと組み合わせて応用した魔送複写機で情報を共有してるから、対象を討伐した場所から近いギルドで報告できるようになってるんだ」
魔送複写機、というものの実物は見たことは無いが、心音も話は聞いたことがあった。伝話機の回線を利用した、言わばファクシミリのようなものである。
程なくしてエラーニュが書類を提出し、こちらに振り返る。
「報酬と査定点数は二十分程度で出るそうです。たまたま空いていて良かったです」
「今回は早いわね。いつもここは混んでるから、二、三時間待たされるのは覚悟してたわ」
心音からすれば十分たくさんの人が居るように見えたが、混んでる時はもっと多くの人で埋まるらしい。
ちょうど昼食を終えて、これから狩りに出るのにいい時間であったことも関係しているのだろうか。
「それじゃあメシにしようぜ。二十分くらいで結果が出るってんなら、すぐそこでいいだろ」
ヴェレスが受付とは反対側の扉を指し示す。
扉の上には「休憩室」と記載してあった。
「そうだね、軽く済ませるにはちょうどいいかな。メニューは少ないけどね」
シェルツが笑い混じりに同意する。
反対するものもいなかったため、五人は短い時間ではあるが、遅めのお昼休憩に入ることにした。
読んでいただきありがとうございます!
ブックマークも凄く嬉しいです♪
物語が本格的に動くのは、もう少し先です。
ほのぼのとした新たな街の様子をお楽しみください。




