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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第二幕 精霊と奏でるアリア=デュオ  〜王国に落ちる影〜
33/185

第二楽章 旅路〜種族と戦争〜

音が聞こえる。

小鳥の囀り、葉っぱの騒めき。


音が聞こえる。

子供の笑声、ボールが跳ねる。


音が聴こえる。

楽器の音色、ホールを震わす。


音が聴こえた。

初めての音、鳴らしたのは誰?


溢れる音が、聞こえてた。

溢れる音を、聴いていた。


今日もぼくは、音の中に沈んでいく。



♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪



 べジェビの里がある西の山間部への道中は、ここまでの道程(みちのり)に比べてやや魔物の数が多かった。

 とはいえ四段位冒険者を四人も抱え、心音も三段位として認定されているこの五人パーティにとっては、苦戦するような魔物がいた訳ではない。むしろ、心音の戦闘経験を積ませる意味では都合がいいくらいであった。


 チャクトからべジェビの村までは、日の出から日の入りまで馬車を走らせ続けたとして、まる二日かかる。実際は休憩や食事、魔物の相手などしなくてはならないため、二日進んでようやく半分と少し、と言った具合だ。


 退屈で足をパタパタさせていた心音が、肩越しに馬車の窓から外を眺めながら、なんとなしに零す。


『本当に、何も無いですね〜』


 見渡す限りの自然であり、人工物は全くと言っていいほど見かけなかった。

 「そうか、コトはこの世界の歴史も知らないのか」と、ついさっきヴェレスと御者を交代したシェルツが話し始める。


「大昔は、この辺りにもたくさん街があったみたいだよ。でも、長く続いた戦争のせいでかなりの街が滅びてしまったんだ。その殆どはもう自然に帰ってしまって、道の外に踏み込んでいかなければ痕跡も見つからないかな」

『戦争、ですか……』


 文明、文化、社会、世界。

 戦争というのはどこにいっても、多くのものを奪っていく。

 戦争なんて無くなってしまえばいい、というのは誰もが思うだろうし、口にすることは簡単だ。

 しかし人もまた生物であり、争うことでより優位な己を確立しなければならない宿命を帯びているのかもしれない。理想は口にするが、実際にそれを成すのは簡単ではないのであろう。


「今は少し戦火も落ち着いているけどね。王国軍や同盟国の軍が前線で押し留めていてくれてるから……いや、落ち着いて()()、かな」


 心音は思い出す。自身がこの世界に落とされた、その原点たる地を。

 工業都市マキアに落とされた大量殺戮兵器。その出来事により、争いが激化するのは目に見えていた。部外者には知られていないだけで、実際はもう戦場では変化があるのかもしれない。


『魔人族って、そこまでして長い戦争をしなきゃいけないほど、ヒト族とは違う種族なんですか?』


 地球でも様々な争いがあった。人種の違いから生まれた争いも数え切れない。それでも現代では、完全とはいえないが平等な社会が訪れ、不要な争いは激減した。


「んー。これは、あまり外では言わない方がいいんだけど、少し学術的な話をしようか」


 シェルツが居住まいを正す。真剣にじっくりと語りたいらしい。


「この世界で今確認されている種族は、ヒト族、森人族、獣族、獣人族、そして魔人族だ。

 前にも少し触れたかな、人類の起源とも言えるミイラが発見、研究されたって。その個体と一番構造が近いのがヒト族なんだ。だから人類をさす〝ヒト〟をヒト族は冠に付けて自称している。

 もちろんこれは他種族からは嫌われる呼称で、学術的には俺たちのような種族を指して〝創人族〟と呼ぶんだ」

『創人族……初めて聞きました。どうしてヒト族の人は誰も創人族って言わないんですか?』


 心音がこの世界に来てからそこそこ経つ。様々な人と会話を交わす中で自分たちの種を指すものもあったが、一度たりとも創人族というワードが出てこなかったことには疑問に思わざるを得なかった。


「ヒト族は全ての種族をまとめ上げる存在であると教育されるからね。そういった意味では起源派の思考はそこから発展したもので、彼らの思考を頭ごなしに否定出来ないのかもね」


 人類というのはどこへ行っても多種多様な思想が生まれるものなのか、完全に統一された社会というのはなかなかお目にかかれない。それでも……


『でも、やっぱり人を傷つける考え方はいけないと思います』

「うん、そうだね。思う事は自由だけど、それを他者に強要したり、不利益を与えちゃいけない」


 時に思想は人の命を奪う。地球でもそれは大きな問題となっていたことを心音は思い出した。


「それで、そういった教育を受けながら俺がこんな話をできるのは、まぁ父さんのおかげかな。科学者や歴史研究者なんかの中には、そういった教育に異を唱える人も少なくないけど、国が決めた方針には逆らえないよね……」


 つまり、国を上げて思想をコントロールしているとすら言えるのではないか。この国で育った四人(一人は今御者を務めているが)の前でそれを口にする勇気が、心音にはなかった。


「あぁ、だいぶ逸れちゃったね。そう、種族の違いなんだけれど、ほとんどの種族はミイラの種族――古代人から分岐したと言われてる。

 魔人族は魔力保有量が多く、見た目はヒト族と一緒だけど魔力光が漏れている。

 森人族は精霊を信仰していて、長い耳が特徴。

 獣族は特殊だね、知能が発達した動物が文明を築き始めた種族だ。

 獣人族は、これがまた社会的な問題でね、元が獣族と他種族のハーフなんだ」


 心音が思い浮かべていた人種の違い、といったものとは別次元にある違いであった。なるほど、もはや別の種である。


「これだけ違った種族なんだ、自分の種族がより発展して欲しいと願うのは自然だと思う。でも、魔人族がかなり過激でね。魔力量が多いその特性を武器に、他種族に対して侵攻を繰り返しているんだ」


 力あるものが繁栄するのは世の摂理である。しかし、されるがまま抵抗しない生き物というのも、当然存在しないだろう。


「魔人族の戦闘能力は脅威だからね。ヒト族の国はいくつもあるけど、全てが連合に加入していて、ハープス王国はその主催国なんだ。そしてその連合を中心に、魔人族以外の種族で同盟を組んで戦争をし、決定打がないまま千年、ということらしいよ」

「千年……想像もつかないです」


 百年戦争というものが地球でもあったが、千年だなんて、平安時代が令和になるくらいの規模である。異常とすら思えた。


「俺も実際に戦争を見たわけじゃないし、まだ生まれて十五年(17年)しか経っていない。伝聞でしか無いんだ。だからこそ、俺は世界を見て回りたい」

「なんだか、すごく立派です。興味本位じゃなかったんですねっ!」

「ははは、それも否定しきれないけどね」


 きっと幼い頃からの教育により、そんな疑問を抱く者すら稀なのだろう。ましてや、たとえ疑問に思ったとして実際に行動に起こすものなど、それこそほとんど居ないということは想像に易い。

 更にその中から、無事に遠征から帰還できる者となると……

 千年間その情報が揺らがないのも、そういった事情が付きまとっているからかもしれない。

 あるいは本当に教育されている内容が全て事実なのか。

 いずれにせよ、この旅にはそれを確認する意味合いもあるようだ。


「な〜んか、面倒くさい話ね。あたしはいい思いしながら楽しく刺激的に生きれればいいわ」

「アーニエさんはぶれませんね……。わたしはどちらかというとシェルツさん寄りです。真実を知ること自体に興味があります」


 傍観に徹していた二人も会話に加わり、真剣な空気感は引いていった。



「あ、そうだ。当たり前のようになっていたからコトには言ってなかったね。べジェビに行く前に、シェンケンに寄っていくよ」

『シェンケン……地名ですか?』

「うん、街の名前さ。冒険者ギルドもあるから、そこで少し荷物や依頼達成物を整理するつもり……というかいつもそうしていたんだ」


 うっかりしていたよ、とシェルツが頭を搔く。


『シェンケンって、どんな場所なんですか?』


 未知への好奇心に、心音の興味が向く。


「大きめのギルドがあるから、冒険者向きの店がたくさんあって……詳しくは現地を見ながらが分かりやすいかな」


 言い切り一つ伸びをすると、シェルツは続ける。


「少し、眠ってもいいかな。野営中の番をするから、身体を休めておきたいんだ」


 チャクト以西の旅路は危険度が増している。そのため結界だけでなく見張り番を付けるということは、昨夜の野営で心音も説明を受けていたことだ。


「あんたも体力を温存しておきなさい。しゃべるのって、案外消耗するのよ」


 アーニエが帽子を深く被り直す。


 移動中、心音が言葉を発することが多かったが、皆が無口というわけでなく、きちんとした理由があったことに気づいて心音は安心するやら恥ずかしくなるやら微妙な心境になった。


 エラーニュが本を開きながら声をかける。


「あと一晩越せば、次のお昼くらいにはシェンケンに着くでしょう。街が近づいたからといって油断せずに行きましょう」

『はいっ!』


 ヴェアンの他に、ギルドを構える栄えた街に行くのは初めでである。心音はそのわくわくを胸の内に留め、流れる景色を眺めながら休息に入った。

ブクマや感想、評価等、ありがとうございます!

第二章第二楽章スタートです♪

説明回になってしまいました。世界観の描写って難しいですね。。

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