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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第二幕 精霊と奏でるアリア=デュオ  〜王国に落ちる影〜
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1-7 王国に落ちる影

 果樹園の入口であるアーチを抜けると、すぐ側の家の前で三十代半ばくらいの女性が辺りをキョロキョロと見回していた。

 シェルツたちが近づくと、女性もこちらに気がついたようである。そしてシェルツが抱えている男性に目がいくと、血相を変えて駆け寄ってきた。


「ア、アンタ! いったいなんとしたっと(どうしたの)!」


 大声で叫びながら、男性の頬を叩いたり揺すったりしている。

 状況から関係性は容易に推測できる。シェルツは宥めるような口調で声をかける。


「あなたは、彼の奥様でしょうか? 魔物に襲われて、怪我をしています。お家で治療を行なっても良いですか?」

「ま、魔物だど!? こんな村の真ん中で……はえぐ(はやく)治してけろ!」


 状況を大まかに察した途端、少しの時間も惜しいといった様子で女性はシェルツたちを家に招き入れる。


 寝室に案内され、エラーニュ主体で治療が開始された。




 怪我自体は、大したことは無かった。しかし、傷口から血を吸われ続けていたらしく、極度の低血圧に見舞われていた。

 血の量はこれから生活しつつ元に戻すしかないが、応急処置として彼の体内魔力を活性化・操作し、体調を回復方向に向かわせる。


 十五分ほど治療を続け、エラーニュが手応えを得たような様子で立ち上がると、男性の顔の上に手をかざして短く呟く。


「〝覚醒せよ〟」


 かざした手から一瞬魔力波が放出される。

 気付けのようなものであったのだろうか、男性は一度ピクリと動いた後、ゆっくりと目を開けた。


「目を覚ましましたか。ここがどこかわかりま――」

「アンタ!! 大丈夫だが!? どごもいでぐねが(どこも痛くないか)!?」


 目を覚ましたのを見た途端に女性が覆いかぶさる勢いで男性に飛びつく。


「ぁ……? おっかあか? なしておい(オレ)えさ(家に)居んだ?」


 シェルツが男性の前で片膝を付き、目線を合わせる。


「覚えてる限りで構いません。あの木のこと、持ってきた商人のこと、些細なことでもできるだけ多くのことを話していただけますか?」

「木……木!! 大樹様はなんとなった!?」


 巨木のことを大樹様と崇めていたらしい。

 シェルツはありのままの事実を伝える。


「あの木は非常に危険でした。完全に切り倒し、今は見る影も無くなりました」


 男性は肩を落とすが、騒ぎ立てはしなかった。


「んだか……しょがねべな(仕方がないよな)。おいも、殺されかけたことは覚えでら」


 ずっと大切に育ててきたものに裏切られたのだ。夢や期待があった分、落胆も大きいだろう。


「これは、国の安全にかかる問題かもしれません。あの木にまつわること、聞かせてくれますね?」


 力ない顔でシェルツを見て、ゆっくりと頷くと、男性はポツリポツリと話し始めた。




 男性の話を要約すると、こういった具合である。


 木の苗は手のひらを広げたくらいの大きさであった。

 自然豊かなで栄養のある土地、例えば果樹園の中などに植えると良いと言われた。

 植えた後苗木を中心として、できるだけ広い範囲に円を描くように撒くようにと、赤い粉を貰った。

 苗木はすごい速度で生長し、周りの果樹より背が高くなった辺りから、周りの果樹の様子が悪くなっていった。

 生長した木になった果実を食べるごとに、この木を守らなければならない使命感が湧いてきた。

 三年間大切に育てて欲しい、そうすればあなたは村の英雄になれる、と言われた。

 商人の声や姿は思い出せない。真っ黒なローブを目深に被っていた、という情報だけが朧気に残っている。

 

 

 全てを話し終えた男性は、意気消沈しているものの、どこか憑き物が落ちた様子であった。


 後のことは男性の妻に任せ、パーティ一行は家を後にした。





「明らかに何かの思惑があって木を植えさせたみたいだね」

「赤い粉……というのがおそらく認識阻害の結界でしょう。撒くだけであれだけ強力な結界が発現できる粉だなんて、おそらく魔法ではなく高度な精霊術ではないでしょうか」

「苗木を貰ったのが三年前の夏の終わり。もう少しで三年が経過するところだったのね。このまま放置してたら一体何が起こったって言うのよ」

「黒いローブってぇのが気になるな。どこにでもいそうな格好だが、夏場にフードまで被ってるってどう考えても怪しいだろ」

「うん、そして魔物は軍用魔物だった。そこから導き出されるのは……」


 冒険者経験の長い四人が考察を進める。

 心音は詳しく考察するだけの知識がまだ身についていないが、さすがにこの流れから行き着いた回答には目星がついた。


「魔人族の人が、ここまできて暗躍している、ってことですか?」

「そう考えるのが自然だね。正面からだけでなく、内側から崩そうとしてるみたいだ」


 状況証拠はあるが、推測に過ぎない会話である。しかしそうであったと仮定した場合に、核心となる部分を心音が突く。


「……王都のすぐ側のこの村、それも国の台所事情を担うここまで敵国の人が暗躍しているって、かなり問題になるんじゃないですか?」

「その通り、だね。ただ、まだ情報や証拠が足りない。もっと調査が必要だけど……いずれ、ギルドには報告しないとね。遠征は、中止せざるを得ないかもしれない」


 冒険が始まって早々、何やら深刻な事態が起きている可能性が浮上してきた。


 ――――世界見て回る、という目的はもしかして叶わないのではないか。


 心音の表情に影が落ちる。

 その事はつまり、元の世界に帰るヒントすら探しに行けないということなのだ。


「一先ず、ここまで来たんだ。ファストの村も少し覗いてから、一度ヴェアンに戻ろうか」


 反対するものはいない。


 既に太陽は夜の気配を感じさせている。

 先程の家に泊めてもらえるような空気感では無かったため、今日の宿を探しに急ぎ足で村内を回り始めた。



♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪



 目覚め。

 空は珍しく、曇天であった。

 窓辺に、今にも消え入りそうな少女が佇む。

 昨日の朝とは全く違う心音の様子に、アーニエとエラーニュは顔を見合わせて眉を曇らせた。


 パーティ一行は素早く支度を済ませると、朝食をとった後すぐにリヴの村を発った。


 馬車での移動中も、会話は少なかった。

 いつも場を賑やかにしていた心音が大人しいからであろう。

 ファストの村の住居区域はリヴの村側にあり、その入口までは馬車で十五分ほどで着く。 

 そのため、この空気感に押し潰される前に村が見えてきたのは幸いであった。


 御者を務めていたヴェレスが馬車を停車させる。


「気持ちが乗らないかもしれないけど、冒険者としての仕事だよ。村の様子を見てみよう」


 気を遣いつつも、甘やかしはしない。気持ちで行動に制限がかかってしまうなら、そもそも遠征には向かないのだ。


 馬車から降り、視界を前方に向ける。

 ナルやリヴの村と変わらない家々が並んでいる。違うとすれば、家と家の距離がそう離れておらず、整然と並んでいることであろうか。

 住居区域の奥には用材林が広がっている。多少の起伏はあれど、丘陵の域を出ない程度だ。


 いまいち感情の読めない目をしている心音の隣に立つと、シェルツは少し解説を始める。


「林業が盛ん、ってのは話したかもしれないけど、一口に言っても幅広くてね。家を建てる木材、暖を取るための薪、木工芸に使う材料も育てられている。

 それに、林がある事で生態系が守られたり、綺麗な水が林に貯蓄されたりと、この村が持つ役割は大きいのさ」

「シェルツさん、とても、詳しい、ですね」

「父さんが、こういう話をするのが好きなんだ。俺も知ることが好きだしね」


 農村地区チャクトに来てから、少しずつ対外念話を用いずに会話をしようと試みてきたため、心音の発音もスムーズになってきた。

 気分が落ちている時こそ、会話が必要だろう。塞ぎ込んでいては落ちていくだけである。


 解説もそこそこに、いざ村人に聞き込みをしに行こうとシェルツが合図を出そうとすると、村内から五人の男が歩いてきた。装いから推察するに、冒険者であろうか。


「おや? そこの大きいキミはヴェレスかい?」


 五人の中で一番装備を着こなしている男がよく通る声で話しかけてきた。


「んあ? ……あぁ、ニルスじゃねぇか。久しぶりだな」

「あぁ、あの時の大掃討以来かな? って、その時の仲良し四人組じゃないか」

「だ~れが仲良し四人組よ! あたしらが四人一組で行動してんの知ってるくせにヴェレスを連れて行っちゃって、どの口が言うのよ」

「それはすまなかったよ。でも、それがあの時の最適解だったんだ」


 どうやら顔見知りのようであった。遅れて、その名前をナルの村で聞いたような気がすることを心音は思い出した。


「それで、なんでニルスがファストの村にいるんだい?」

「この子達の引率でね。先月初段認定されたばかりの新米冒険者さ。チャクト近辺で経験を積むために、一帯を案内しながら戦いのコツを教えていたのさ」

「ということは、もしかしてこの近辺の魔物は討伐済みかな?」

「そうだね、あらかた片付けたから、今回は解散してヴェアンに戻らせるところかな」


 シェルツたちがこの村でできる仕事もどうやらなさそうである。

 と、シェルツが何かに引っかかったようで確認する。


「新米くんたちは、これからヴェアンに戻るのかい?」

「は、はい! これから帰還し、ギルドへの報告の後、教えてもらったことをまとめます!」


 新人らしい真面目な態度である。

 運が巡ってきた、とばかりにシェルツは瞳の明度を上げて彼らに言う。


「良かったら、一つ頼まれてくれないかな? ヴェアン支部長に届けてもらいたい書簡があるんだ。いや、正確にはこれから書くから、少し時間が欲しい」

「はい、構いませんが……直接支部長に持っていってもいいのですか?」

「俺は四段位だからね。受付に手紙を見せれば通してもらえると思うよ」

「よ、四段位冒険者さんですか! 僕たちで良ければ是非引き受けます!」


 彼らの快諾を受け、シェルツは「ちょっと待っててね」と荷車に乗り込み、六分ほどで出てきた。


「これを、渡して欲しい。絶対に支部長以外の人に見られないように気をつけてね」

「承りました! お任せ下さい!」


 元気な新人たちは大事そうに手紙をしまい、王都行きの馬車に乗り込んだ。


「シェルツ、あんたあの手紙って……」

「ご想像の通りさ。これでヴェアンに今すぐ戻らなくて済む。もう少し地方を見て回って、情報を集めながら遠征を続ける正当な理由を探すよ」

「え……」


 心音が意表をつかれた表情でシェルツを見る。つまり、旅を続けられる可能性が見えてきたという事だ。


 シェルツは心音に少し微笑むと、真剣な顔に戻し、ニルスに話しかける。


「ニルス、キミにお願いがある。リヴの村のことなんだけど――」


 魔人族のことなど一部を伏せながら、リヴで起きた出来事の大筋を彼に説明した。三段位冒険者として認定されているニルスに、リヴの村のケアと警戒を依頼するためだ。


「そういうことなら、私の仕事だね。ナルの出身だけど、私はチャクトを守るために帰ってきたんだ」


 良い回答が聞けて、シェルツは安心した様子である。


「オレらはもう少し西に行くからよ。ここは安全と言われていたが、まぁそういう事情だ。任せたぜ、ニルス」

「キミこそ、旅先でヘマをするなよ。一人だとホントに危なっかしいんだからさ」


 意外なところでのヴェレスの交友関係に、心音は珍しいものを見たような気がした。


「さぁ、そういうわけだ。次の目的地は、べジェビの里だ。会っておきたい人がいてね」


 アーニエがゲンナリした様子を見せる。どうやら苦手な人らしい。


「コト、旅は始まったばかりだよ。下ばかり見るより、前を見た方が色んな景色が入ってきて楽しいんじゃないかな」


 心音が見上げた先には頼もしい笑顔がある。

 周りに視線を巡らすと、それぞれが個性ある笑顔を浮かべている。

 なんて自分は恵まれているのだろうか。本当にいい出会いに巡り会えた。


「みなさん、よろしくお願いしますっ!」


 まだ陽は昇り続けている最中だ。

 曇り雲から抜けて全身を見せた太陽に照らされながら、明日の出会いを夢見てレザーケースを抱きしめた。

 


読んでいただき、ありがとうございます!

ブックマークも、嬉しいです♪

今回で第一楽章は締めとなります。

次回から第二楽章、まったりと、それでいて何かが起こる物語をお楽しみください(o_ _)o

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