1-6 怪木に奏でる戦いの音楽《バトレムジカ》
『ぼくが、みなさんを強化します。きっと、それが今の最善手です!』
想定の範囲外から来た提案に、言葉が詰まる。きっちり二秒後、シェルツがやや語尾の昂った声で真意を問う。
「他者強化だって? 理論としてはあるけど、効率面から使ってる人なんて見たことがないし……そもそも使ったことがあるのかい?」
心音はゆっくりと首を横に振る。それでも、その瞳には確信めいた輝きが宿っている。
『今は、それ以外に手段が思い浮かびません。それにぼく、強くなった自分より、かっこよく戦うみなさんの方が、何倍もハッキリとイメージできます! なぜか、失敗する気がしません!』
駆け出しで戦闘経験も浅い少女の言。そのはずなのにシェルツたち四人は妙な説得力を感じ、頷き合うと武器を構えた。
「頼むぞコト! そこそこ強化してくれたら確実にあの木を叩き切ってやる!」
「コト、よろしくね。攻撃は俺とヴェレスで引き受けるから」
「防壁の中から出ないでくださいね。演奏中はわたしが守り抜きます」
「あたしがデカいの叩き込むまで耐えるのよ! 今度こそ細切れにしてやるわ!」
なんとも心強い仲間たちである。心音は自身のイメージが更に高まるのを感じ、深呼吸をすると楽器を構え、たっぷりと息を吸い演奏を始めた。
ゲディケ作曲【コンサート・エチュード】
ロシアのピアニストであった作曲者が書いたトランペットのための練習曲であるが、躍動感ある旋律は気持ちを昂らせる。
速めのAllegroに乗った、leggeroで、それでいてしっかりとした足取りで奏でられる十六分音符。
軽快なタンギングと滑らかなスラーに合わせて、パーティの皆に桜色の光が染み込む。
「来た、身体強化の感覚だ! これで戦えるぜ!」
「よし、突っ込むよ、ヴェレス!」
男性陣二人が防壁から飛び出す。
ちょうど火球が消え、迫ってくる他の熱源を察知した巨木は、二人に向けて攻撃を繰り出した。
「ヴェレス、冷静にね」
「ふん、今なら当たる気がしねぇぜ」
襲いかかる数多の枝を、シェルツはまるでどこに攻撃が来るか分かっているかと錯覚するほどの速度で躱していく。
ヴェレスは最小限の動きで枝を切り落としながら突撃していった。
巨木に近づくにつれ、攻撃は激化する。その分後方に攻撃が流れてこなくなっているのであるが、前衛二人にはかなりの負担を強いることになる。
しかしその渦中たる二人は、自身の身体に沸き起こるエネルギーを感じていた。
「身体が軽い。枝の軌道がハッキリと見える。この感覚は……」
「いつもの身体強化よりも力が漲るぜ。今なら誰にも負けねぇ気がする」
尋常ならざる集中攻撃。それをものともせず、むしろ余裕すら感じる動きで枝をいなし、数を減らしていく。
mfで始まった音楽が佳境を迎え、二分音符から始まるフレーズがfでcantabileに奏でられる。
それと共に強化の段階がまた一つ上がる。
「更に力が湧いてくるっていうの!?」
メイスに額を預け瞑想していたアーニエが思わず呟く。続けて、気を取り直したように宣言する。
「イメージが固まったわ! 六秒後に叩き込むから避けなさい!」
アーニエの声を聞くなり、示し合わせたようにシェルツとヴェレスが逆方向に飛び退く。
突如左右に離れた熱源に、巨木は一瞬動きを止め、そして後衛三人がいる防壁へ向けて枝を伸ばし始めた。
「させないよ!」
十分に距離を取ったシェルツが剣を上段に構え、簡易詠唱を完成させる。
「切り裂く一陣の風。〝風刃〟!」
振り下ろした剣先から三本の風の刃が強襲し、枝を切り刻む。
――――そして、六秒が経過した。
「今度こそ木片になりなさい!! 〝千刃海流波〟!!」
詠唱を終えたアーニエが魔法発動のキーを口にし、瞬く間に大量の水の刃が周囲に展開される。
それは渦を巻き、速度を上げると一斉に巨木に襲いかかった。
ザワッ、っと巨木全体が震える。
膨大な魔力に生命の危機を感じたのであろう、全身の枝を使って迎撃しようと動き出した。
「甘く見んじゃないわよ!」
その全力も虚しく、力の差は歴然であった。圧倒的な水の殺意は、巨木の抵抗をまるで児戯のようにあしらうと、その樹幹を削っていく。
目測で幹周三十メートルほどのそれが中心部まで削られるまで、さほど時間はかからなかった。
あの雄大さは見る影も無くなり、その巨体が傾きを増していく。
「さ、倒れるわよ! 村人が捕まってる枝を切り落とすから、シェルツあんたが拾いに行きなさい!」
「了解任せて!」
ミシミシと音を立て、巨木の傾きが加速する。その直前に切り落とした枝から落ちてきた村人を跳躍したシェルツが抱え、何かの魔法なのか足元に生み出したクッションで落下の衝撃を何度か和らげると、危なげなく着地した。
ズシン、と大地を揺らす振動が広がる。その衝撃の余波が鳴り止まないうちに、エラーニュが声を張り上げる。
「葉の生い茂っている箇所がまだ蠢いています! 核があるはずです! 葉を削ぎ落としてください!」
「あたしがやるわ!」
アーニエがまだ展開させていた水の刃を操り、葉を散らせていく。
見えてきた隙間に、赤く光る石が現れた。
視認した瞬間、ヴェレスが距離を縮める。
振りかぶったハルバードを素早く二度振り下ろすと、赤く光る石が上部に弾け飛んだ。
落ちてきたそれを手首を返しキャッチすると、巨木を見下ろしてヴェレスが告げる。
「終わりだぜ、村に取り憑いた悪魔の木よ」
活動源たる石を失い、魔物化させていた魔力の供給が途切れたことで、巨木であったものはみるみる萎びていき、まるで何年もそのまま放置されていたかのように朽ち果てていった。
張り詰めていた緊張感が収まる。
後衛三人の下に全員が集まり、ヴェレスが掴んだ石を確認する。
宝石と言っても差し支えがない、均整のとれた、綺麗に赤く輝く石であった。
「予想はしてたけど、やっぱり軍用魔物だったね」
ため息混じりにシェルツが零したセリフに、皆が同調する。
「どーりでやばっちぃ強さよ。あんなの、普通なら五段位冒険者五人がかりとかで倒すもんでしょ」
「はっ、ちげぇねぇ!」
四人が乾いた笑いを交わす。
一人上手く理解出来ていない心音が、疑問を口にする。
「あの、野生の魔物と軍用魔物って、そんなに違うんですか?」
むしろ、そもそもの定義を知らない。
そういえば教えていなかったと、シェルツはこの機会に説明を始める。
「魔物っていうのは、元々魔人族が戦争のために、野生動物に魔法的な改造を加えて作り出したんだ。その魔物には身体のどこかに魔法が込められた石――魔石が埋め込まれてね、そう、ちょうどこんな具合の」
シェルツはヴェレスの持つ石を指す。
「それで野生の魔物は、魔人族の下から逃げ出した魔物が自然繁殖して生まれたものなんだ。生まれた個体には、石の代わりに赤い角が生えていて、保有する魔力量も親に比べてかなり低くなっているみたいだ。
その両者を区別して、軍用魔物、野生の魔物、と呼び分けているってことさ」
なるほど、軍用魔物が危険視され、冒険者ではなく専門の訓練を受けた軍人が対応に当たるわけである。心音がしばらく抱えていた疑問が解決するが、それと共に新たな疑念が湧いてきた。
「でも、その軍用魔物がどうしてこんな小さな村に?」
質問を受け、四人が何かを考えているような表情で視線を交わす。
その質問に回答する前に、とシェルツが指示を出す。
「これ以上の考察は後にしよう。今は、この村人の手当を優先しなきゃ」
巨木が倒れ、日光が当たるようになった戦場を背景に、心音たちは果樹園の傍の家に向かった。
ブクマがじわじわ……ありがとうございます♪
二話に分けてしまったボス戦、前回と併せてお楽しみいただけたでしょうか(o_ _)o
この一件は、今後に係る重要なファクターとなります……!




